異世界食堂another またはエル君の異世界食堂メニュー制覇記 作:渋川雅史
「…チョコレートパフェ、フルーツパフェ…ホットケーキ…クレープは…パウンドケーキは日替わり…シュークリーム…チーズケーキはレア&スフレ&ベイクド…さすがにとおりいっぺんの事しか書けませんね~」
もはや魔窟というべきエチェバルリア家の自室にて、とことん怪しい笑いを浮かべたエルが倉田翼としての記憶を総動員して思い出したそれぞれの菓子の詳細を店主からもらった大きめの『ポス〇イット』にフレメヴィーラ語で書き留め、これまた店主に無理を言って貸してもらったメニューに貼り付けていく。
「これを使うのも十数年ぶりですが、こういう用途にこれに勝るものはありませんね。発明者は偉大です!…さて下準備は整いました、喜んでくれるでしょう!ヘルヴィ中隊長、アディ、待っていてくださいね。ぐふふ…」
Menue-X5:お好み焼き&焼きそば&ショートケーキ&シュークリームetc
チリンチリン…
「いらっしゃいませ!洋食のねこやへようこそ。」
「おう、いらっしゃい!」
「こんにちわアレッタさん、マスター。もう一人の中隊長を連れてきました」
「はい、毎度ありがとうございます!席はこちらで…ってお客様、大丈夫ですか?」
ツェンドルクの単座型建造のデータ取りと操縦に慣れてもらうためヘルヴィ&アディが操縦しているツェンドルクで異世界食堂の扉へやって来たエルとその一党。さすがに扉をくぐるまではスムーズだったのだが…
「ヘルヴィ先輩、先輩!?しっかりしてください!?」
「うわぁ完全に気絶してるぞ!おいバトソン、後から支えてくれ!」
「わ、分かった」
入店するなりヘルヴィは立ったまま卒倒し、キッドとバトソンが支えるやら席に運ぶやら…
「うーん、さすがにこれは想定外ですね~あははは……」
「「笑ってないで手伝えエル!」」
「はいぃーっ!」
右手を頭の後ろにしたエルの引きつった&乾いた&間抜けな笑いをキッド&バトソンが怒鳴りつける。もう顔なじみと言っていいチョコレートパフェ・プリンアラモード・コーヒーフロート・クリームソーダの他、パウンドケーキを囲んでいる聖職者らしい白い長衣姿の女性3人および3種のチーズケーキをそれぞれ前にしている鎧姿の大中小の女性3人はまだいい。ホットケーキの乗ったテーブルを埋め尽くす小人の群れやクレープ2種を囲む羽の生えた小人などというオトギバナシの存在は覚悟の遥か斜め上である。
「か、か、か…可愛いぃーっ!!」
「ちょっとアディ!あなたまでですか!?」
ヘルヴィとは異なり、可愛い物にオーバーヒートした挙句卒倒したアディを慌てて受け止めるエルであった。
「……」
「うへへへへへ…」
「あの~ご注文は…よろしいでしょうか?」
「…まあ、色々ハプニングがありましたが…まずは軽い食事にします。ミックスのお好み焼き2枚、焼きそば2人前を。」
「はい、マスター注文入りました…」
「あいよ!」
戻っては来たがテーブルに突っ伏しているヘルヴィ、店を出るリリパット達とクレープを囲んでいるフェアリー達を緩み切った表情で眺めているアディを横に珍しく疲れた表情のエルがアレッタに注文を出した、そのまま恐る恐るという体でヘルヴィに問いかける。
「あの~先輩…大丈夫ですか?」
「だ、だ…大丈夫なワケないでしょぉーっ!聞いてないわよここまではぁーっ!」
「すいません、僕も知りませんでした。」
切れるヘルヴィに頭を下げるエルだったがそれだけでは終わらないのがエルがエルたる所以である。
「お詫びと言ってはなんですが、お菓子の注文は時間指定の食べ放題にしますので、平にご容赦の程を!」
「…それは嬉しいけど…ここのお菓子がどんなものか分からないわよ。」
「そこは抜かりありません!これをどうぞ!」
フレメヴィーラ語訳の付箋を張り付けたメニューをすかさずエルはヘルヴィに差し出した、広げてみればスイーツ全ての名称と概略説明が張り付けてある。何よりメニューのビジュアルに彼女は釘付けになった。
「…こ、こ、これ全部食べ放題っ!?アディ!こっちを見なさいッ!」
ヘルヴィはアディの襟首をひっ掴んでメニューを突きつけた、アディの目の色が瞬時に変わってエルに抱きつく。
「エル君大好きぃーっ!」
「はははは…」
もとからの食べ放題の予定をあえてここで提示する、提案というものは行うタイミングによっては切り札にもなる…倉田翼の記憶による駆け引きは功を奏した。女性陣二人は他の事はケロリと忘れたようにメニューに食い入っている。エルは内心やれやれと胸をなでおろしたのだった。
よく焼かれた豚バラ肉の香ばしさ、イカ・エビ・タコから出る未知の味と歯ごたえ、キャベツの甘味と麺の旨さ、ソースとマヨネーズ・青のり・削り鰹の旨味とすべての熱さに全員が目を白黒させたのは当然であるが、これはあくまでも前座である。
『さあていよいよ本日のメインイベントです!が…何なのでしょうね、この店全体の雰囲気は…?』
一触即発の空気が店内を覆っている、ほぼ全ての女性陣(クリームソーダとトーフステーキを除く)の視線がエルに集中しているのだ。
常連の御多分に漏れず自分の好物こそ最高と信じている面々の関心事はただ一つ。「注文は何か?」である。
女のプライドのかかった静かな闘いの焦点である「中身がおっさん」の少年が平然とその均衡を破った。
「最初の注文は僕がします、その後あの時計の長い針が一周するまでは何を頼んでもいいですよ。アレッタさん、注文お願いしまーす。」
「はーい。」
「ショートケーキとシュークリーム、それからコーヒーを5人前お願いします。それから持ち帰り用にパウンドケーキ3ホールとクッキーアソート大缶を3つ。」
「はい、マスター注文入りました…って皆さん?」
ずべしゃ!全女性陣(アーデルハイドとラナー、ファルダニア以外)がずっこけている…恐ろしい事にヴィクトリアとティアナまで…エルは自分が虎の尾を踏んだ事にようやく気付いた。
「…シュークリーム…こ、これは勝ったと考えてよろしいのでしょうか?…」
「ええ、自信を持っていいわアーデルハイド。ね、お兄様?」
ラナーが視線を明後日の方向に向けガッツポーズをするアーデルハイドを持ち上げつつ、事の成り行きについていけていないシャリーフを肘で小突く『機会を逃すな!』と。
「も、もちろんだよアーデルハイド。君の勝利だ!」
「パウンドケーキは持ち帰り…持ち帰り…持ち帰り…」
「お気を確かにセレスティーナ様!これは決して敗北ではありません!」
「むしろ勝利というべき。」
必死に、あるいは冷静に呆然自失のセレスティーナをなだめるカルロッタとアンナだが、彼女は止まらない。
「いいえ、いいえ!…確かめなくてはいけません!」
セレスティーナが決然と席を立つ。
「ありえない、ありえない、ありえない!」
「あり得ぬ、あり得ぬ、あり得ぬ!」
「お、おい、落ち着かんかヴィクトリア!」
「お静まり下さい女王陛下!」
「私自身とプリンアラモードの名誉の為に!」
「クレープを愛する花の国の一族、その女王ティアナ=シルバリオ十六世の名にかけて!」
ほぼ異口同音を発したヴィクトリアとティアナはもはや師匠&臣下の言葉も一顧だにしない、彼らも見たことがない憤怒の表情で杖を手に席を立つ、テーブルから飛び立つ。
「チーズケーキが敗北するなど…認めない!」
「みなまで言うなヒルダ!これはあってはならん事だ!」
「チーズケーキの敗北はあたしたちの屈辱!この汚名を断じて雪ぐべし!」
「「おう!」」
女傭兵3人組 ヒルダ・アリシア・ラニージャが怒りに燃えて席を立つ。
ズンズンズンとエルに迫る5人と1妖精。もはやなすすべがない。
「何故パウンドケーキが持ち帰りなのか理由を説明なさい!」
「貴方を見損なった、プリンアラモードを知っていながら選ばないなど!」
「クレープを無視するとは許せぬ!返答次第によっては花の国と全臣民を敵とすると知れ!」
「チーズケーキへの侮辱はあたし達3人への侮辱だ!覚悟はできてるんだろうな!」
「ちょ、ちょっと待ってくださーいッ!」
「エル君を虐めないでっ!」
アディが叫び、大の字に手を広げて5人&1妖精の前に立ちはだかる!パウンドケーキ愛&プリンアラモード愛&クレープ愛&チーズケーキ愛連合の猛攻を、破れ口に立つアディのエル君愛が見事に支え切った!
「エル君はこの店に来るときは、いつだって連れて来る私達を驚かせて楽しませてくれようとしてるんですっ!今回だってヘルヴィ中隊長を…だからエル君が間違った事する訳がありませんっ!!」
「そりゃあうちの団長は常識をすっ飛ばした突拍子もない人だけど、理屈に合わない事はやらない人だよ!…矛盾してるケド…」
やや遅れてヘルヴィもアディを支える(微妙にフォローになっていないような…)予期せぬ壁にぶつかり勢いを殺された5人&1妖精はここで店主の咳払いを聞いた。
「うおっほん!お客さん方、うちはぼったくりも値引きも、『押し売り』もしないのは分かってらっしゃいますよね!?」
手を腰に厳しい表情で自分たちを見つめる店主の視線にはさすがに全員黙らざるを得ない。
「だけどよぉ~」
人一倍血の気が多いアリシアがそれでも食い下がる。そこへ珍しい人物が割って入った。
「まあまあ皆さんもご亭主も、ここは落ち着かねばなりますまい?」
「なんだよ、海国の陰陽師じゃねえか?あんたが口を挿むことじゃねぇよ!」
行き場を失った勢いをぶつける形でラニージャが凄むが、海国の陰陽師:ドウシュンは柳に風と受け流す。
「いやいやご亭主の言はもっとも。その上そちらの少年のお連れの2人の決意の程が分からぬ方々ではございますまい?まずは彼の話を聞いてみてはいかがでしょうか?」
「…そうですわね…」
「…異存はない…エルネスティ団長、あなたの考えを聞かせて欲しい」
セレスティーナの言葉に、落としどころと見て取った他の全員が同意し頷いた。そしてヴィクトリアが代表する形でエルに問いかける。
「はい…アディもヘルヴィ中隊長もありがとう…」
ここでエルは二人に頭を下げた、少し照れ臭そうに席に着く二人。その様子に微笑みかけた後エルは5人と1妖精に真剣なプレゼン用表情で向き直った。
「セレスティーナさんですよね?パウンドケーキはお分かりの事と思いますがお土産用です。向こうにはバトソンの同僚…こちらに連れてきていない鍛冶士の方が大勢います。彼らと親方、エドガー、ディートリヒ中隊長といっしょにこの店の味を楽しみたいのですが扉からみんながいる本部までの帰路はとても揺れるんですよ。だから固めのパウンドケーキは最適なんです。」
「ま、まあそんなに大勢の方がパウンドケーキを食べて下さるの?それは素敵ですわ!…そこまで考えておりませんでした、ごめんなさいね。」
「ヴィクトリアさん、えーと花国の女王陛下、それから…」
「あたしはヒルダ。こっちはアリシアとラニージャ、傭兵をやってる。」
「ではヒルダさん、アリシアさんにラニージャさん。プリンアラモードもクレープもチーズケーキも凄く美味しい事はよくわかっています。でもこの世界 この国では洋菓子店の良し悪しを知るための定石はショートケーキとシュークリームを食べてみる事なんです。僕達は皆さんと違って初心者ですからあえて定石を踏む事にしました。
が!無論プリンアラモードもクレープもチーズケーキも外すつもりはありません!ヴィクトリアさんがご存知の通りこの店のメニューを制覇するのが僕たちの目的ですから!」
エルのプレゼンは全員を納得させる力があったようである。
「…私達は大人げない事をしたらしい…エルネスティ団長、申し訳ない。店主もお騒がせした。」
「…魔術師殿の言う通りだ…両名にわが名にかけて詫びよう。」
「…そういう事なら…あたし達が文句をつける筋合いはないよ。アリシアもラニージャもいいだろ?…二人ともすまねぇ。」
「「お、おう」」
ややバツ悪げに全員席へ戻っていった。その光景を見たファルダニアが決め台詞を吐く
「しょうもな…。」
「お主、ずいぶんらしくない事をやったのう?」
「ほほほほ…『袖すりあうも…』と申しますが、『お好み焼き』と『焼きそば』の縁でございますよ。それに貴方が乗り出すとかえってこじれる事は目に見えておりました故…」
「ふん…」
こちらもお好み焼きと焼きそばの縁に感じて仲裁に乗り出そうとしていた山国の近衛武士:ソウエモンはドウシュンに向けて鼻を鳴らすと明後日の方を向いたのだった。
「お待たせしました、ショートケーキとシュークリームです。コーヒーもすぐお持ちしますね。」
「「「「おおおーっ…」」」」
明らかにほっとした表情でアレッタが注文の品を持ってきた。アディとヘルヴィはもちろんだがキッドとバトソンも席から身を乗り出してのぞき込む。
「これがケーキ…すごく真っ白…上の赤いのは果物なの?」
「ベリーの一種ですけど品種改良されて丁寧に栽培されてるんです。真っ白なのはクリームをしっかり泡立ててふわふわにしてるからです」
「『泡立てる』って何?」
「専用の調理器具でクリームの中に空気を含ませるんです、この世界の菓子職人の腕の見せ所ですよ。」
「「ふえええ…」」
ベリー類と言えば野生種、クリームと言えばそのまま飲むか(これだって贅沢)煮物に使うかしか知らないヘルヴィとアディが目を丸くするが、エルは更に畳みかける。
「アディ、コーヒーについてヘルヴィ先輩に説明してあげて」
「うん。先輩、このコーヒーってすごく香りが香ばしいでしょう!?でもその分濃くて苦いからそのミルクとこの砂糖を入れるんです…砂糖は2杯だよね?」
「いや、お菓子と一緒の時は1杯がいいですよ。お菓子の甘さを殺さないように。」
「なるほど、そうなんだ。いま入れますね?」
砂糖壺を開けてアディが掬ったグラニュー糖を見たヘルヴィが真っ青になった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!何それ砂糖なの?そんな真っ白な!?…いったい幾らするのよ!?」
「大丈夫!コーヒーやお茶を頼んだらタダですから!」
アディの笑顔と共に放たれた言葉は瞬時にヘルヴィへのストレートとなった。…セットルンド大陸で砂糖と言えばビート(砂糖大根)から作るものだが、全体として地味が必ずしも豊かではないフレメヴィーラでは穀物の生産が優先されるのでビートの生産を行える畑は限られる。更にビートの糖分含有率はサトウキビに比べ多くはないので砂糖は高価にならざるを得ない。また金属とは勝手が違う精製技術も高くはないのでここまで白いものは作りようもない…クラクラとしている彼女をキッドとバトソンが慌てて支える。
「だいじょうですか先輩?」
「な、なんとか…エドガーの言った通りだわ…それにしても…」
ヘルヴィの視線はエルに向いた、相変わらずニコニコ顔のエルは平然とそれを受け止める。
「エルネスティ団長、あなた本当に全部知ってるのね?…このお菓子が、コーヒーがどんなものか、どんな味なのか…どこで?…どうやって?…」
溢れんばかりの力と才を幻晶騎士に、ただそれだけに注ぎ込んで暴走する前代未聞の趣味人というのが銀鳳騎士団員全員の持っているエルネスティの人物像である。半ば呆れつつも彼の暴走の先にあるものに魅せられて(毒されて)それに乗っている内の一人であるヘルヴィだが、この時ばかりはエルのその奥にある何かを直感して戦慄していた。
「さあて、僕自身それはどうでもいい事だと思っていますよ。今僕は自分がフレメヴィーラ王国のエルネスティ・エチェヴァルリアだという事に満足していますから。だからヘルヴィ先輩にも僕という人間がそれ以上でもそれ以下でもないって思ってもらえたら嬉しいです。…それよりもケーキです!食べて下さい食べて下さい!」
肩を竦めた後はまるっきり自分の好物を人に勧める子供の笑顔でけしかけるエルを見て、疑ったり恐れたりするのが馬鹿馬鹿しくなったヘルヴィは『えいままよ』とフォークでショートケーキの一部を切り取り(その生地のふわふわに驚きつつ)口にした。
「!?!?!?」
エドガーの言った『衝撃』という言葉をヘルヴィはとことん思い知った。しっとりふわふわの生地とそれに挟まれた果物の甘煮、滑らかなクリーム、全てに共通するのは何の癖もない上質の砂糖の甘さ!勢いに任せて残りの全てを一口で!更に苺の瑞々しい酸味と甘さが加わって…
「お、美味しいぃーっ!」
「「うめぇーっ!」」
アディ&キッド&バトソンの叫びを半ば人事不詳の頭で聞き流しつつコーヒーでケーキを流し込んで…その芳醇な苦みに更に追いつめられる…
「うんうん、喜んでもらえて何よりです!さあて次はシュークリームですよ。」
「ちょ…ちょっと待ってよ…衝撃で…正直頭がおかしくなりそうなんだから…」
息も絶え絶えなヘルヴィにエルは容赦なく追い打ちをかけた
「いーえ、鉄は熱いうちに打てと言います!ほら見てください」
エルは自分の分のシュークリームを慎重に二つに割った、その断面…カスタードクリームとホイップクリームがシュー生地につまっている…の様子他に4名の思考が完全に停止する。
恐る恐るシュークリームを手に取った4名、そのずっしりとした重さが4名を震撼させる。
「この中身…全部クリーム…なの?」
「はい!遠慮はいりません、そのまま齧り付いてください!」
ヘルヴィの脳裏に『悪魔の笑顔』という言葉がよぎったがそれも一瞬の事、シュークリームに齧り付いた彼女は奇妙な納得感を覚えていた。
『ああ、この子…エルネスティは手段を択ばずに、心底私達を喜ばせようとしてくれているのね…彼の言う通り、そのほかの事なんてどうでもいいわ』
ここにヘルヴィへの「ありがとうございます、今後もよろしくお願いします。」の意を伝えるというエルの目的は達成された。
「さあいよいよ時間指定食べ放題です!何がいいですか?」
「ヴィクトリアさんがいつも食べてるプリンアラモードを!」
とはキッド。
「あのチョコレートパフェ!」
とはバトソン
「…こっちのクレープってこんなに中身があるの!?チョコバナナって何!?食べたいっ!」
とはアディ
「チーズをどうやってケーキにするのよ…この3種類全部!」
とはヘルヴィ
「分かりました。プリンアラモードとチョコレートパフェは人数分、チョコバナナクレープは5個、チーズケーキは3種類を各二皿、順番はお任せします」
「はい、マスター注文入りました!」
「あいよ!」
30分後…
「このプリンの味ってさっきのシュークリームと似てるな?」
「同じカスタード味で…」
「チョコレートってどういうものなんだ?」
「それにこのバナナって?」
「どちらもここでは穫れない輸入品で、西方諸国でも多分無理…」
「チーズの味がしっかりしているのに甘い!どうやって混ぜるの…」
「それはさすがにちょっと…」
食べてはの質問、食べてはの質問にあたふたと対応するエルは女の闘いの第二ラウンドが展開しているのを知らない…
「パウンドケーキの追加!願ってもないことですわー!」
「チョコレートパフェは無理でも、シュークリームの追加の数は!…」
「プリンアラモードの追加の皿数は…1,2…」
「女王陛下、そろそろ…」
「ううむ、クレープの数を最後まで見届けられぬのは無念!」
「ぐふふふ…圧倒的じゃないかチーズケーキは!」
一時間後
「この『モンブラン』て言うの追加お願いします!」
「私も!」
「な、なあアディ、ヘルヴィ先輩ももう時間だし、な?」
「「イヤ!」」
「お、おいどうするんだよエル…?」
「あははは…どうしましょうか…」
完全に据わった目でキッドの静止を即座に却下し更に皿を積み上げんとする2女子、エルにもなすすべがない。げに恐ろしきは別腹である…
「えらいことになってるな。」
岡目八目、全状況を見て取った店主がアレッタとクロを手招きし、何事か耳打ちした。頷く二人をつれてエルに歩み寄る。
「大変だねエル君?」
「はい…」
途方に暮れるエルに店主がこちらも耳打ちをする
「こういう時、女の子を止める魔法の言葉を知らないかな?『……』」
「そうか!?ありがとうございます!」
「後始末は任せてくれ。」
笑ってサムアップをする店主にエルも笑顔でサムアップを返した、そしてアディとヘルヴィに相対する。
「アディ、ヘルヴィ先輩!」
「「何!?」」
「いい加減にしないと『太りますよ』。」
店内の空気が凍り付いた、効果は絶大である。
「その…先輩…もう時間みたいだし…」
「そ、そうね?…」
「じゃあアレッタさん、クロさん、テーブル片づけて。」
「はい!」
『わかった』
「ああああああ……」×8
店主の指示通りわざとガチャガチャに皿&容器をトレーに回収する2人。かくて女の闘い第二ラウンドは水入りとなり、不発に終わった。
「今日はいろいろとご迷惑をおかけしました。」
頭を下げるエル、だが店主の笑顔は変わらない。
「ま、この商売をやっているとこんなことはしょっちゅうさ。はい、持ち帰り用のケーキとクッキーです。」
「ありがとうございます。キッド、バトソン手伝って下さいよ。」
「俺たちが?」
「持つの?」
「当然です、これがこういう時の男の役目です」
ここでエルは店主に向き直った
「それから次の土曜ですけど。…」
「分かっているよ。パーティーセット10人分予約受承りました。」
「おねがいします!」
さて、扉からの帰路のツェンドルクの騎内でアディとヘルヴィの会話。
「ねえアディ?…あなたやキッドはエルネスティ…団長が変だと思ったことはないの?」
「どうしてですか?エル君はいつだって変ですよ。」
「…そういうものなの?」
「そういうものです!」
「…わかったわ、そういう事で手打ちね。」
Menue-X6:クッキーアソート再び
銀鳳騎士団に事実上占拠されたライヒアラ学園の幻晶騎士整備棟にダーヴィド親方の声が響いた。
「おいみんな!騎士団長殿からの差し入れだ!」
「…もしかして、酒ですか!」
「バカ野郎!未成年が、しかもここで酒なんぞ食らうヤツがいたら俺がタダおかねえぞ!ケーキとクッキーだ。」
「お菓子―っ!?」
女性鍛冶士数人が色めき立つが野郎達の反応は鈍い、だが親方はそれを敢えて無視し、にんまりと笑いつつ…食べた後の展開など容易に想像がつく…指示する。
「手が止められる奴はこっちに来て茶の準備と盛り付けだ。手の込んだ部分を担当してる奴は早くキリをつけちまえ!」
そしておよそ1時間後、銀鳳騎士団鍛冶士の全員がエルの元に押しかけて来た。
「団長―っ!なんなんですかあのクッキー!」
「あの黒い粒はなんですかぁーっ!?苦くて甘くて…あんなの…あんなの…」
「中のフルーツは酒に漬け込んでるんですよねっ!?あんな強い酒どこにあるんですかっ!?」
「みんな落ち着いてください。あれは…特別な店で特別な日しか手に入らないモノですから…でも心配しないでください。また買ってきます!」
エルの返事に「おおおーっ」という歓喜の声が上がった。だがここで親方が宣告する。
「野郎ども、まさかこのまま団長にたかるつもりじゃあるまいな?」
「…どうすればいいんですか親方?」
「簡単なこった、金を出し合って団長に頼みな。」
「そんなぁ~」
「俺たちの俸給であんな高級品なんて…」
下手をすると金貨一枚するかもしれないと意気消沈する面々。だがネタばらしに期待のニヤニヤ笑いを浮かべた親方がエルに向き直ってわざとらしく尋ねる。
「そうだな~…団長、あのクッキー1缶いくらでしたっけね?」
「そうですね~大缶一つ銀貨2枚あれば…」
親方の悪戯に嬉々として乗ったエルの笑顔の一言が止めとなり、その場の鍛冶士達が全員ズッコケるのだった。
以後、7日おきに鍛冶士の面々がフライングパピーのクッキーアソートを心待ちにするようになったことは言うまでもない。
いよいよ家族招待が間近ですが、以後幕間に暫くお付き合いください