異世界食堂another またはエル君の異世界食堂メニュー制覇記 作:渋川雅史
Menue-X4:カツドン&ビフテキ
チリンチリン…
「いらっしゃいませ!洋食のねこやへようこそ。」
「おう、いらっしゃい!」
「こんにちわアレッタさん、マスター。今回は都合がついたので中隊長を2人連れてきました」
「はい、毎度ありがとうございます!席はこちらで。」
ツェンドルクの『荷馬車』牽引走行試験にかこつけて連れてきたエドガー第一中隊長とディートリヒ第二中隊長をオルター兄妹&バトソンがエルの開けた異世界食堂の扉に有無を言わさず引き込んだのだった。
「…ここが異世界の…」
「食堂なのかい?」
「はい!」
いきなりの異世界食堂に目を白黒させたディートリヒとエドガーだが、ダーヴィド親方からある程度の事は聞かされていたので客層にあたふたすることはなかった。内心はともかく落ち着いてホストであるエルが引く席に着く。
そしておしぼりとレモン水を持ってきたアレッタにエルが注文を出した。
「ご注文はお決まりですか?」
「今日はカツドンを6つ、それとビフテキを3つお願いします。」
「はい、マスター注文入りました!」
「あいよ!」
アレッタが目の前のグラスに注ぐレモン水をじっと見つめるエドガーとディートリヒ、それが全員にいきわたったのを見計らってディートリヒが口を開いた
「給仕のお嬢さん、ちょっといいかな?」
「はい、なんでしょう?」
「すべてのお客にこの氷入りの水がサービスで出されているそうだけど、ここにはそんなに大きな氷室があるのかい?」
「はい、奥に氷を作ったり食材を冷やして保管する銀色の部屋がありますけど、私には詳しい仕組みは分かりません。マスターやマスターの世界、つまりここの方ならご存知だと思うんですけれど。」
「そうか、確か君は別の世界の人だったね?忙しいところ済まない…しかし氷を作る魔法なんていったいどうすれば編み出せるんだろう?」
「それとなく構文士に聞いてみたが、見当もつかないと言っていたよ。」
「その件、興味深い。」
うーんと考え込む中隊長二人だったが、横から声を掛けられてそちらを見てみれば…そこには3人の男女がいた。ドレス姿の冷静さと知性を感じさせる美貌の女性(耳が長い理由はあえて考えないようにしよう)褐色の肌を光沢のある厚手の布地でぴったり覆った服装の貴公子とその妹(顔立ちに共通点がある)である。美貌の女性がまず口を開いた
「私は魔術師のヴィクトリア、ここではプリンアラモードで通っている。あなた達はエルネスティ騎士団長の部下?」
「はい、銀鳳騎士団第1中隊長エドガー・C・ブランシュと申します」
「同じく第2中隊長ディートリヒ・クーニッツです」
二人は立ち上がって一礼した。騎操士の教育には当然貴人に対する礼儀作法があり、目の前の3人は礼を示さねばならない『身分』の相手だとわかる。ヴィクトリア:『プリンアラモード』が二人に優雅な手ぶりで着席するよう勧めた。彼女もシャリーフ:『コーヒーフロート』及びラナー:『クリームソーダ』と共に近くに座る。
「ここでは私たちは皆一介の客、楽にしてくれていい。コーヒーフロートにクリームソーダ、先ずあなた達から聞いてみて欲しい」
「承知しました『魔女姫』…両中隊長に尋ねたい、君たちの国には本当に『冷却』の魔法はないのか?」
エドガーとディートリヒが同時に頷く。心底驚いたという表情のコーヒーフロートの後を受ける形でクリームソーダが前に出る。
「信じられないわ…いくら高地の国でも夏は暑いんじゃなくて?涼をとったり食材を
冷やしたりはどうしてるの?」
「いや、そもそもフレメヴィーラではそういった用途に魔法は使いません。我が国の魔法は魔獣と戦い、人の生きる事のできる地を奴らから切り取る為に編み出され、磨かれてきたものなのです」
「なるほど、納得した」
エドガーの返答にクリームソーダが絶句したが、プリンアラモードが深く頷く。
「エルネスティ団長やダーヴィド親方達の会話を聞いていてずっと気になっていた、あなた達の世界の魔法は私達から見るとひどく偏っている。初めから戦の為に編み出された魔法であったなら筋が通っている。
師匠、私はまた知識を得ることができた。やはり魔法の進歩はそれぞれの地の事情に大きく左右されるモノだという事。だからもっと多くの地の魔法を収集、比較して研究することが今後必要になる」
プリンアラモードがカウンター席のロースカツに宣言した後、2中隊長およびコーヒーフロート、クリームソーダに対して優雅な貴婦人の礼をした。
「ありがとう、あなた達のお陰で私がこれから追及するべき事を見出すことができた」
「い、いえ…」
「どういたしまして…」
狐につままれたような心持で返答した2中隊長だが、『さて』という呟きの後卓上のプリンアラモードを食する事に集中してしまったプリンアラモードの様子に大いに面食らってしまう。
…この200年あまり後、ビクトリアは東西大陸は無論の事、南大陸の魔法まで自身と弟子たちとで収集・比較研究して全世界の魔法の系統を分類統一した「全世界魔法大全」という書物を記して師を超える名声を得るのだが、この物語とあまり関わりはない。
「ねえねえエル君、カツドンって『カツドン』さんがいつも食べている料理だよね?どんな味なの?」
アディが舌なめずりしながらエルに向けて身を乗り出す。キッドもバトソンも続く。エドガーとディートリヒもつられてエルに注目し、エルが説明を始めようとした時である。
「それはですね…」
「よう、カツドンの話をしているのか?」
「「?…ひええぇーっ!」」
後からの吠えるような大声に2中隊長が振り返ってみればなまくらを担いだライオネル:『カツドン』が立っていた。親方から話は聞いていたがやはり聞くと見るとは大違いである。
「どうもカツドンさん、今日はごゆっくりなんですね?」
「おう坊主!いや騎士団長殿と呼ぶべきか!?昨日の夜一仕事片づけたんで身支度に手間取ってよ。返り血浴びたまま扉をくぐる訳にはいかねぇからな。へえ、また新顔を連れて来たのか?」
エドガーとディートリヒの悲鳴にも別に気を悪くした風でもなくカツドンはずい!と顔を2人に近づける。ひきつった笑いを浮かべて引く2人、その様子にカツドンは大笑いした。更にエルが笑顔で続ける
「二人はうちの中隊長です、今日はご存知の通り『勝つ』に通じるカツドンを注文してゲンを担ぐのが目的です!」
「成程!俺はライオネル、ここではカツドンで通ってる!その俺がカツドンについて教えてやろう、旨い!それだけだ!店主、いつも通りカツドンを大盛で!」
「あいよ!」
「お待たせしました、カツドンです!」
アレッタがエル一行とライオネルの前に並べるカツドン。ライオネルが歓喜の咆哮を上げ、エル以外の面々が流石に怯むが構わず続けた。
「よーく聞けよ?カツドンはカツだけでは味が濃すぎる、飯だけでは薄すぎる、両方一緒に口に入れるのが正しい食い方だ!」
それだけ言ってライオネルはカツドンをかっ食らう、その光景が一行全員の食欲を刺激した。彼に倣ってカツと飯を口に運んで…その後の5人の状況は言うまでもない。
豚ロースの肉と脂の旨味、砂糖(!?)の甘さと未知の調味料…『醤油』というらしい…の味を卵が包み込み、それを飯と一緒に!
「美味かったろうが!?…なんだ口も聞けぬようだな?結構結構!」
「招待者として喜んでもらえて嬉しいです!」
大笑いするカツドンとニコニコ顔のエル。他5名はテーブルに突っ伏すやら背もたれにもたれかかって惚けてるやら…
「やあ、相変わらず仕掛けが効いているようだね?」
呆れ半分の笑顔を浮かべた店主がビフテキを乗せたワゴンを押してやってきた、
「はい。キッドとアディとバトソンは免疫があると思ってたんですけど、カツドンは偉大ですね?」
「そうだろうとも!っておい、追加はビフテキなのか?」
「はい、ビフテキの『テキ』は敵(Enemy)に通じるのでカツと合わせて「テキ」に「カツ」、「敵に勝つ」っていうゲン担ぎで…ご存じなかったんですか?」
エルのカツドンへの答えが途中から疑問調になった、当然知っていると思っていたのだ。
「知らん!おい店主!どういうことだ!坊主の言ったことは本当か!?」
カツドンの殺気を含んだ怒号にエルの顔が青ざめた、ロースカツとテリヤキがそれぞれ杖と刀に手をかける、その他の者は凍り付いた。
「ええ、そういうゲン担ぎはありますよ」
店主の平然とした返答に店の空気が瞬時に氷点下まで下がったように思われる。
「ふざけんな!先代もあんたもなんで黙ってやがった!返答次第では…」
「ま、聞いてくださいよライオネルさん」
店主の口調は変わらない、出鼻をくじかれたカツドンが黙るとともに店主が淡々と語り始めた。
「先代のじいさんがあなたと最初に会った時、詳しい事情は分からなくてもあなたがのっぴきならない闘いを目の前にしてるのに自信を無くしているのはすぐ分かった筈だ。だからカツドンを出した」
「…そいつは分かる…」
「知っての通り『値引きもぼったくりもしない』のが先代からのうちの方針だ、このビフテキは今も昔もうちで一番高い料理です。だから先代はこいつを出すのはぼったくりだと思ったんでしょう。そしてあなたは見事に勝ってまたこの店に来てくれた、そんなあなたにもうゲン担ぎなんて不要、じいさんはそう考えたんでしょうね…俺もそう思います。
もっともライオネルさんのカツドンの食べっぷりがあまりに見事なんで、ゲン担ぎの
ことなんてすっかり忘れちまってたのかもしれませんがね?」
「…ククク…わーっはっはっッ!!!」
カツドンが笑った、今回は腹の底から楽し気に!そしてどっかりと席に着く。
「大したもんだよ店主!あんたもだんだん先代に似て来るじゃねえか!?
たしかにあのじいさんならそんな風に考えただろうな!?あんたも先代も絶対に客を不愉快にさせない、満足させてくれる達人だからよ!脅かして悪かったな、坊主も皆の衆も」
「どうもありがとうございます。皆さんもお騒がせしました」
店主が胸を手にカツドンに、そして客の全員に一礼した。誰ともなく拍手が起き、やがて店の全体を覆っていく…それがひとしきり終わった後エルが店主に頭を下げる
「すいません!僕が余計な事を言ったせいで!」
「まあ正直言うと少しビビったがね。ライオネルさんとはかれこれ10年以上の付き合いだ、話して分からない人じゃないのは知っているよ」
「ふん、よせやい。」
どう考えても照れているとしか思えないカツドンの呟きは店主とエル以外の耳に入ることはなかったろう…さらなる照れ隠しかカツドンはこんなことを言い出した。
「店主、今日カツドンはここで打ち止めだ、俺にもビフテキをくれ、それと酒を!…ビフテキに合う酒はなんだ!?」
「赤ワインですね。」
「ではそれを一瓶頼む!それからグラスは3個だ、そこの中隊長2人に!無論俺のおごりだ!」
「ちょ、ちょっとカツドンさん?」
驚くエルの頭をぐしゃぐしゃにして笑いながらカツドンが続ける
「いいって事よ、面白い事を教えてくれた礼だ!
本当ならお前さん本人に一杯おごりたいんだがそいつは店主が許しちゃくれねえ。
だからこれくらいはよ…そうだ!そっちのビフテキの払いは俺が持つぜ!」
「えーと…」
店主が上目で自分を見上げるエルにニコッと笑う。エルも笑って頷いた。
「それではお言葉に甘えさせていただきます!」
「おう!」
そしてカツドン、エドガー、ディートリヒは赤ワイン、その他未成年はコーラのグラスを掲げもっていた。
「音頭は俺に取らせてもらうぜ。ねこやの先代と当代に!乾杯!」
「乾杯!」
グラスを乾した面々だが、エドガーとディートリヒはこれまで飲んだことのない程
ボディの強いワインにむせ返る。
「ぐはっ!なんだこの葡萄酒!?こんなに濃くて強いのは飲んだことがない!」
「あ、ああそうだ…だが待てよ…」
ディートリヒはそのままビフテキに齧り付いた。
「お、おいディー?」
「美味いっ!」
ディートリヒの叫びに驚くエドガー、そのままディートリヒはまくしたてる
「君も食べてみろエドガー!この酒はこの肉料理と一緒に食べる事で真価が分かるんだ」
「何だって!?」
エドガーもビフテキに齧り付き、そして衝撃を受けた。絶妙の火の通し方で活性化した肉汁の味と複雑なソースの味、更に加わるボディの強い葡萄酒の味!3者ともいずれに引けを取ることもなく口の中でぶつかり混ざりあう!衝撃に打ちのめされながら次の衝撃を求めるように肉を口に、酒を口に、肉を、酒を…!
その頃未成年4人組はと言えば、
「口の中で弾けるぅーっ!うめぇーっ!」
「あまーいっ!おいしーいっ!」
「色なんてどうでもいいや!でもなんでこんな風に弾けるんだろう?」
「ああそれは二酸…ある種の気体を水に溶かすとこうなるんですよ」
「「「ふーん…」」」
コーラを堪能していた3名だが、微妙な表情でビフテキに注目する…フレメヴィーラでも牛肉の扱いは常連達の世界と変わりはない。牛は農耕&荷役用の家畜であり、肉となるのは怪我・病気・老齢で働けなくなったものだけ。味については何を言わんやというレベルである…その3人へまたしても『悪魔』が囁く
「うふふふ…マスターが言っていたでしょう『うちで一番高い料理』だって。普通の一品料理なら常連さんたちの世界の銀貨で1枚ですがビフテキは2枚です。なにしろこれは『肉牛』!食用にする為だけに飼育された牛の肉ですから!味の方は折り紙つきですよぉ~」
美味そうな見た目と匂いを押しとどめていた常識という名の堤防が決壊した、切り分けられた肉にフォークが突き刺されそして…3人はエドガーとディートリヒにやや遅れて同様の運命を辿ったのだった。
「いかがでしたビフテキは?どうも異世界では牛肉は不味いものらしくて不人気なので… そちらではどうなんでしょう?」
牛肉についての懸念を確かめに来た店主の質問にまずエドガーが我に返った。
「…ああ、いや…こちらでも同じです…しかしこの肉は…旨かったです」
「それはよかった。こんな店ですので高級肉という訳じゃないですが、満足していただいたようですね?」
店主の笑顔と言葉がエルを除く全員に更なる衝撃を与える。相変わらずニコニコ笑顔のエル以外はテーブルに突っ伏した。
「高級って…もっとすごい肉があるのですか!?」
悲鳴半分でディートリヒが叫んだ。無慈悲なエルの合いの手と店主の答えが更なる情報を積み上げる。
「この国の国産が高いんです。これはどこからの輸入肉ですか?」
「オーストラリア産だよ。アメリカ産は政治的事情というヤツで最近高くなったんだ」
「そうなんですか、大変ですね?」
「待った!この話はここまでにしてくれ!!」
これ以上の情報を積み上げられては精神的に持ちそうにないと判断したエドガーが無理やりのドクターストップをかけた。大きく深呼吸をした後で店主に向きなおる。
「店主殿、先程のライオネル殿への対応といい料理の力量といい、あなたは凄い方だ。エルネスティ団長が私達を招いてくれたのも当然です、最高のもてなしでした。
ありがとうございます団長」
「喜んでもらえて嬉しいです!」
2中隊長がエルに立礼し、エルも礼を返した。そこでディートリヒが店主に向き直って問いかける
「こちらではさぞかし名のある料理人とお見受けいたしますが、もしやどこかの宮廷にお仕えでは?」
「いやいや、私は一介の洋食屋の店主です。ここの商店街の全ての料理店の主はジャンルが違えど私と同等かそれ以上の腕前ぞろいでしてね、一日たりとも気が抜けないんですよ。宮廷とか偉い方が使う料理屋には我々なんぞ足元にも及ばないような料理人が多々おられますしね」
「おいしっかりしろディー!気を確かに持て!…この世界は一体何なのですかぁーっ!!」
論理回路がついにショートして目を回したディートリヒを、どうにか持ちこたえたエドガーが支えて揺さぶりつつ叫ぶ。
「こういう世界なのじゃよ、お若いの」
ロースカツの一言がエドガーにとどめを刺したのだった。
「ねえ、どうだったの…ってどうしたのよ二人とも?」
ライヒアラ学園に戻って来たエドガーとディートリヒに異世界食堂について質問したヘルヴィは、二人の精も根も尽き果てたといった風体に驚いた。
「あ、ああ。旨かったよ…」
「何よそれ、ほかに言い方がないの?どんなものが出てどんな味がしたとか!?」
「ほかに言いようがないッ!…いやすまん…」
「ちょっとどうしたのよディー?…エドガー?」
半分切れたようなディートリヒの言葉に思わず怯んだ後、正面から自分を見据えたエドガーの様子に思わず後退る。
「そう、あれは『旨い』というレベルの話じゃない、言うなれば『衝撃』だ!
いいかヘルヴィ。あの扉をくぐったら覚悟を決めるんだぞ」
「お、脅かさないでよ…」
「なあエル、どうして今回はヘルヴィ中隊長を誘わなかったんだ?
荷馬車なら3騎のせられたろ?」
ここまで聞いたキッドはエルの表情を見てそれが愚問だったと悟った、エルの顔に張り付いていたのは例によって常人には理解しがたい事を思いついた際の笑いだったからだ。
「うふふふ……何故なら次回はお菓子をメインにしようと考えているからですよ!」
「お菓子ィーッ!?」
アディが歓喜の声を上げた、更にエルは畳みかける。
「そうです!あそこのお菓子の大半はマスターの友人がやっている「フライングパピー」という洋菓子店から仕入れているそうですが、これ目当てにやって来る常連さんも沢山いるとのこと!美味しい事はもちろん、これまであったことのない常連さんにも出会えるでしょう!特にアディは楽しみにしていてくださいね?」
「うれしいぃーっ!」
アディは満面の笑みと共にエルに抱きつくが、キッド&バトソンはとんでもない種族の常連に会うことがないよう祈りつつ天を仰ぐのだった。
次回はヘルヴィ中隊長の為のお菓子編です、今まで出てこなかったお菓子の常連中、誰が登場するかお楽しみに。