異世界食堂another またはエル君の異世界食堂メニュー制覇記   作:渋川雅史

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2#友達にご馳走しよう 前編

「アディ、キッド、ちょっといいかしら?」

 本日分のツェンドルクの調整を終えたオルターの双子はヘルヴィに呼び止められた。

「何ですか先輩…じゃなかった第3中隊長?」

「実はミーティングに付き合って欲しいの、非公式の。」

「非公式?…ああ成程、分かりました。ほら行くぞアディ。」

「……」

 キッドは察した。つまりエル抜き、エルに聞かせたくない話だという事である。

 

「ねえキッド、アディはご機嫌斜めみたいだけどどうしたの?」

「ここ5日ばかりエルが授業とかツェンドルクに関わる以外では部屋に籠って書き物ばっかりやってて…拗ねてるんです。」

「…危険だわ…」

「はい…」

 誰が、どう危険なのかは言うまでもないのでキッドとしては相槌を打つよりない。

 

 いつエルがひょっこり覗くかもしれない会議室は使えない。工房の外の資材置き場が『非公式』ミーティングの定位置である。

 議題は常に「団長殿の動向」であり、メンバーも銀鳳騎士団の公式幹部であるエドガー、ディートリヒ、ヘルヴィ、ダーヴィド親方、そしてエルの腹臣?であるキッドとアディ、バトソンと決まっている。

「さあて、非公式会議を始めるぞ。バト坊、オルターの坊主に嬢ちゃん、団長殿の近況報告を頼むわ。」

 エルが何らかのアクションを起こした場合、真っ先に割を食う立場のダーヴィド親方が議長なのもいつも通りである。

そして3人は語った、アディの個人的感情を忖度しつつ纏めると以下のような事になる。

『ここ5日程エルからの問いかけが全くない。』

『こっちが問いかけても上の空の事が多々ある。何か考えていてるのは間違いない』

『時間があれば「ああでもないこうでもない」といった独り言を言いながらノートに何か書いている…つまんない!』

 親方他3名の背筋に悪寒が走る。経験上エルがそういう状況にあるという事は、彼がまた『常識を世界の果てまですっ飛ばした企画立案』の真っ最中だとしか考えようがないのでる。

「…まあなあ、俺たち銀鳳騎士団は「常識を世界の果てまですっ飛ばした」団長殿の企画と設計を形にすることと、そーいう団長自身を守るための騎士団だからなぁ~」

 早くも諦めモードの親方をヘルヴィが引き継いだ。

「確かにそうだけど…アディ、キッド、バトソン、もしエルネスティ…団長があなた達に相談を持ち掛けたら私達の誰かに知らせて、お願い!」

「止めなくていいんですか?…って無理か。」

 キッドの言葉に自身を含めた全員が頷く、幻晶騎士にかかわる事で暴走特急エルネスティを止めるなど陸皇亀(ベヘモス)を幻晶騎士一騎で止めるに等しい。それができるのがほかならぬエル自身だけというのだからなおタチが悪いというべきであろう。

「銀鳳騎士団に入った時からとっくに覚悟は決めているが、やはり事前に知っているのと知らないとでは腹の座り方に差が出るからね。」

「要するに心の準備をする余裕が欲しいって事さ、そしてそれができるのは団長の側近である君たち3人だけだ。」

 エドガーの言葉を受けたディートリヒの指摘にきょとんとする3名、ややあってバトソンが口を開いた。当然と言わんばかりに親方が答える。

「…俺たち、エルの側近なんですか?」

「あん?なんだ自覚してなかったのか?いつも一番最初に銀色坊主が無茶を持ち掛けるのが誰なのか考えてみろ。そういうわけだからよろしく頼むわ。」

 

「わ!出た!?」

「はい?」

「「ば、バカ!」」

エルは慌ててバトソンの口を塞ぐキッドとアディを見て首を傾げた。その姿にアディが『きょとんとしているエル君可愛い!』と叫んで彼に抱きつきすりすりする。

 

 非公式ミーティングの後、釈然としないわだかまりを抱えつつも、兎も角はエルの様子を見に行こうという事になったのだが、部屋から出てきた本人と鉢合わせしたのである。

「丁度良かったでふ、3人ほ探しに行こふと思ってまひたから、立ちふぁなしもなんでふから中ひ…」

 ホールドされてろれつの怪しいエルの言葉にキッド&バトソンはアディをエルもろとも彼の自室へ引きずり込んだのだった。

 

「えーでは本題に入りたいと思います」

「「ついに来た…」」

「んっふふっふ!…エル君分補充完りょー!」

 およそ15分後、製図台の前の椅子に座ったエルとベッドに座ったオルター兄妹&バトソンが向かい合っている、定位置である。…『エル君分』を満喫したアディが上機嫌なのは言うまでもない。

「うふふふ、実は僕、この世界に存在しない料理店を見つけまして。そこへ4人で食事に行きましょう!」

「「はいぃーっ!?」」

「?…ええーっ!?」

 今回は一体どんな無茶ぶりが出るのかと身構えていたキッドとバトソンは盛大にズッコケた、『エル君分』に浮かれていたアディの反応が遅れたのはご愛敬である。

「どうしました?」

「お、おいエル…もしかしてここ5日の考え事ってまさか?」

「はい!スケジュールを考えていました!」

 エル渾身のストレートが3人をノックアウトした。もはや3人には『エルだからな~』以外の思考が存在しない。

「えーと、話を続けていいですか?」

「「「いい…」」」

「そこはここにはない凄いメニューがある店なんです!是非とも全メニューを制覇したい!ですが7日おきにしか行けない上にボリュームも充分出してくれるとーってもいい店なので一人一品が限度、残すなど以ての外です!」

「…つまり、4人で4品頼んで分け合えば…」

「1回に4品制覇できると…」

「その通りですアディ!キッド!即わかってくれて嬉しいです!」

 キラキラと目を輝かせて力説するエルの尋常ならざる様子に対し、ようやくこっち側に引き戻された3人はほとんど条件反射で相槌を打つが、ここで奇妙な事にエルが『コホン』と咳払いをした。

「というのが本題の前座です。」

 『まだあるのかよ!』と叫ぼうとした3人だったが、時折エルが見せる背筋が凍るような真摯な表情と眼光…陸皇亀事変の際対峙したディートリヒが呑まれたあの…に射すくめられて凍り付いた、が…エルはその表情のまま3人に向けて頭を深々と下げる。

「ありがとうございます、アーキッド・オルター、アデルトルート・オルター、バトソン・テルモネン。」

「お、おいエル…」

「エル君…」

「ど、どうしたんだよエル?」

 知り合ってからこの方、フルネームで語りかけられた事などないしエルにこれほど深く頭を下げられたこともない。面食らう3人に頭を上げたエルがどこかはにかんだような笑顔…当然見たことがない…で語りかける。

「僕は銀鳳騎士団の団長を拝命しました。わかっていたことですけど『長』って大変ですね?実際のこまごましたことは中隊長さんたちが切盛りしてくれていますけど『長』が何もしないわけにはいかない、最終的には決断し、決済しなくちゃいけないんですよ…。

僕はこれまでやりたいようにやってきましたし、これからもきっとそうするでしょう。でもそれにともなう影響についてなにも知らないわけじゃないんです。ただそれでも止められないし止まらないだけなんです。

『長』としてはあまり褒めたものではないです、それでも3人はずっと僕の友達でいてくれた。それがどんなにありがたい事か最近分かるようになったつもりです。だから僕は皆にお礼がしたいです、いまの僕にできる最高のおもてなしをして『いままでありがとう、これからもよろしくお願いします』って言いたいです!それにふさわしい店を見つけた!だから3人には僕と一緒に楽しんで欲しいんです!」

 ここで又エルは深々と頭を下げた、止まったような時間が流れ出したのはアディが頭を下げたままのエルにいきなり抱きついたその時である。

「もうエル君たら、今更何言ってるのよ」

「分かってるだろ、昔からお前は俺たちの親友で、師匠で、今は俺たちの『団長』だ」

「エルについていく以上に凄くて面白い事なんて他にないじゃないか。」

「ありがとう!では早速詳細説明をします!」

 嬉々として製図台にスケジュールを貼り出してエルのプレゼンテーションが始まった、3人はやはり「エルだからな~」と苦笑するしかない。

「学園を出発するのは明後日の××時、身体強化で走ります…今回は僕達4人だけですけど順次中隊長さんたちや親方を1人ずつお連れするつもりです。」

「全員じゃなくて?」

「はい、責任者が一時的にせよ一度にいなくなるのはまずいですから。その次が家族の番です!僕の両親とおじいさま、二人の母様、バトソンのご両親を招待しますからそれぞれのスケジュールを把握しておいてください、その上で日時を決めましょう。」

 

「それはいい傾向だね?」

「全くだ。」

「『立場が人を作る』という事だろう、名言だ。」

「エルネスティ君も大人になったって事ね?」

 プレゼンテーションが終わった後『遅れを取り戻すぞー!』の宣言と共に製図台に向きなおったエルを残して部屋を出た3名が早速中隊長達&親方に先程の件を話した際の反応がこれであった、4人とも腕を組んでうんうんと頷いている。

「大人に…ですか?」

「そうよ、団長としてこれまでの事を感謝してこれからの事を頼む。食事に招待するという行動で仁義を通す。子供にはできねえ事さ。」

「僕達もいずれ呼んでくれる訳だね?楽しみにしているよ…その、なんだったかな世界に…?」

「『この世界に他にない位美味しい店』なんだそうです。」

「そんな店をどうやって知ったのかしら?…」

「まあエチェバルリア家は下級貴族で、しかもラウリ校長が祖父なんだ。当然顔も広いはずだからそのツテじゃないかな?」

 いたって常識的な結論に達した7名だったがこれを責めることはできない。だいたいエルの説明を比喩的にではなく実際の事として認識する人間がいたら、それはシャーロックホームズ並みに天才と狂人の境目にいる人物だろう。

 

「んっふっふっふ!エル君とおっ出かけ!エル君とおっ食事!」

「「……」」

「どうしたのよ二人とも、そんな顔して?」

 うきうきとギャロップするアディがどこか浮かない顔のキッドとバトソンに声をかける。二人は顔を見合わせた後口を開いた。

「なあアディ、ディートリヒ中隊長や親方の言ったこと覚えているか?俺たちは『エルの側近』なんだって話。」

「友達じゃなくて『側近』だよ…いわれてみればそうだよな。エルは団長で僕たちは団員、公の立場ってものがこれからついて回るんだ

ヘルヴィ中隊長が言った通りエルは『大人』になっていこうとしているんだよきっと。」

「…俺たちも子供のままじゃいられないんだな…って考えると…ちょっとな…」

 はにかんだような、どこか寂し気な男子二人の態度……だが女子は強い!

「そんなの問題なーい!ね、キッド?父さんの指示覚えてるよね『エル君と共にあるように』って。私はあの人に言われたからじゃなくて私の意志でエル君のそばにいるわ!絶対離れない、離さない!そのためなら何でもする!大人にでもなんでもなるわ!」

拳を握りしめて力説するアディに虚をつかれた二人だったが、決意を込めて頷きあった。

「そうだな、アディの言う通りだ!」

「俺たちも大人になろう!エルについていくために!エルの役に立てるように!」

 3人がしっかり手を握り合う!感動的な光景であるがここで少し照れたキッドが茶々を入れた。

「アディはエルが大好きだもんな?エルを絶対離すなよ!負けるなよ!」

「と、当然よ!あんたたちだってそうでしょ?だいたいエル君は私の抱き枕…」

「はいはい、そういう事にしとこうか?」

「バ…バカバカ!」

 顔を真っ赤にして食ってかかるアディを制したキッドが決意を込めた表情で拳を振り上げ鬨の声を上げた!アディとバトソンも続く!

「「「えい!えい!おーっ!えい!えい!おーっ!」」」

 

 さて、幼馴染&友人&側近の3名が決意を新たにしていた頃 エルネスティ本人はといえば…

「んふふふふ…準備万端整いました!あえて『異世界』とは言いませんでしたから気づいていないでしょうね~

 サプライズももてなしの一環!楽しんでくれるでしょう!『もう何日寝ると~♪土曜の日~♪』」

 まるっきり誕生パーティーを指折り数えて待つ子供である、百年の誓いも冷めようという光景である、3人がここにいなかったのは全員にとって幸いであった。

 




 2話目が予想外の分量になったので前後編及び別章としました。
後編はいよいよ4人の異世界食堂討ち入りです。

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