異世界食堂another またはエル君の異世界食堂メニュー制覇記   作:渋川雅史

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待って下さっていた方はおられますか?



外伝5#新年営業の来店者達

 むくり…アルフヘイムの奥の院で大老(エルダー)キトリー・キルヤリンタは体を起こし立ち上がった、無論異例の事であるが、毎年繰り返されているという意味ではそうでもなかったりする。

『我ながら、らしくもない事を毎年続けているものよ…』

キトリーは一人ごこちた…齢数百年を経て研ぎ澄まされた彼女の体内時計は正確無比、更には月の満ち欠け、日光が作る影の長さと角度はもとより太陽とこの大地の距離を重力の強弱で感じる事ができる彼女は今日がその日であることを確信している。あの店で出される至上の甘味もさることながら自分よりはるかに年上‥千年の齢を数える「友人」との年に一度の出会いとお互いの思索の交換は究極の面倒くさがりの彼女をすら動かすものだった。キトリーはあらかじめ準備させていた銀貨を手に取ると奥の院に現れたその扉を開けた、チリンチリンというベルの音…言わずと知れたねこや、異世界食堂の扉である

 

Menue-Z5:お汁粉(白玉団子version)

 

 コツン、コツン…普段は喧噪に満ちてはいるが1月1日 年の初めのこの日、誰もいない国騎研(ラボ)をガイスカ工房長は穏やかな笑みと感慨を胸に歩いていた。

『まるでこの世界にわし一人しかおらぬようじゃなあ…』

廃材はかたづけられ、再生可能なものとそうでない者は分別され、治具工具はきちんと整理されて収まり、幻晶騎士も普及型幻晶甲冑(モートリフト)も定位置にある、事務所に行けば全ての管理台帳が作成されており、何処に何がどれだけ存在するかが直に分かる…去年ラボを挙げて計画し、半年がかりで行ったラボ全体の整理と清掃の結果である。

ガイスカはただ一点、これを年内に終わらせる事にだけは拘った。理由はただ一つ、今年いっぱいで引退する前にこんな工房を歩きたかったのだ…

 

 フレメヴィーラの新年はそれぞれの家で静かに家族縁者が集まってささやかなご馳走を囲み、静かに今年の安全・無病息災・豊作豊漁・商売繁盛を祈る日である。冬至とほぼイコールのこの時期には多くの魔獣は冬眠状態にあり、襲撃もかなり減る、無論ゼロではないのだが当直の騎操士達にも一杯の温めたワインが振舞われる…そんな静かな数日である。

だからここで働く者たちも全て帰省している中、ガイスカは気の向くままにあちらこちらに足を運び、時に足を止めてその整った有様を眺める…稼働すればたちまち喧騒と共に散らかるであろうが、今だけはこの光景は自分だけの物なのだ…と思っていたのだが。

「うん?」

こん、こん、こん…

ガイスカは耳を澄ました、最初は空耳かと思っていたが確かに足音が近づいてくる。やがて現れたのは。

「オルヴァー所長?」

「あれ?ガイスカ工房長…?」

双方ともにびっくりしていた、どちらも誰かにここで会う事を全く予想していなかったのだから当然である…

「新年早々何用ですかな?」

言葉遣いこそ丁寧だが明らかにむっとした口調と表情でガイスカはオルヴァーに尋ねた、正直待ちに待っていたこの状況に土足で踏み込まれたのだから当然だろう、だがオルヴァーの反応はガイスカの予想を超えていた。

「ああそうか、工房長はここでお一人の時間を楽しんでいたんですね?

邪魔をして申し訳ない、お詫びいたします」

オルヴァーは手を胸に跪いて頭を垂れた、長身を折ってガイスカの目線までへりくだった最大級のお詫びの姿である、年の功というべきか口調も態度も心からオルヴァーが詫びているのがガイスカには分かる

「あ、いや…お手をお上げ下さい。」

謝られたガイスカがかえって恐縮してしまった…かつてガイスカはオルヴァーを「王に取り入って所長に収まったいけ好かない若造」という目で見ていたが、偏見を取り払って見ると一見若い彼がどうも妙な人物であると考えるようになっていた。豊富な知識も対人関係の機微も『老練な』という形容がピタリとくる…実は見た目よりずっと歳月を経ているのではないかと…まああまり踏み込むのも非礼であるし(こう考えること自体ガイスカが相応にオルヴァーを信用するようになっていたという事である)近く引退する自分がとやかく言うべきでもないだろうと思っていたのだが、流石に気になってしまった。

「所長、あなたはいったい…?」

だがオルヴァーはその質問にはあえて答えず、にっこりと笑ってガイスカにこんな提案をした。

「どうでしょう、お詫びに軽い食事に付き合っていただけませんか?無論私の奢りです。」

「…別に構いませんが…いったい何処で?」

このあたりの店が全て休みである事を知らぬはずはないオルヴァーの提案だが、どう見ても聞いても本気である事が分かる。困惑するガイスカをオルヴァーは笑顔で促した。

「まあ一緒に来てください、実はここに来たのはその店に行く為だったんですよ。」

 

 ぽかーん…ガイスカはその扉の前で言葉もなく佇んだ。以前廃材が山積みになっていた平地(今はすっきりと整理されて人が通れる)にやってくるとオルヴァーは魔法で見事に枯れ草を焼いて道を開いた、しかも杖を使わずにである。その道の先にあったのがその扉だった。

「い、いったいこの扉は!?」

その存在もさることながら扉に取り付いてそのものの作り…板や塗装、見事なまでにすべらかなドアノブの構造に目を見張っていたガイスカにオルヴァーは告げた。

「これは異世界食堂『ねこや』への扉。さあさあ参りましょう」

 

チリンチリン…

「いらっしゃいませ、洋食のねこやにようこそ…あ、新顔の方ですか?」

「いや、ずいぶんとご無沙汰していた者さ。君は最近雇われたんだね?」

「はい、アレッタと申します どうかお見知りおき下さい。」

「おや、オルヴァーさんでしたよね?お久しぶりです…前に来られたのは爺さんが他界した直後でしたからもう10年くらいになりますか?」

「ええ、諸般の事情で使えなくなっていた扉がまた使えるようになったので久しぶりにこちらの味を楽しむのと、それから…」

「キトリーさんですね?奥におられますよ。」

「みたいですね、後で挨拶に行きます…早速ですがお汁粉をお願いします」

「わかりましたが…お連れさんもお汁粉で宜しいんでしょうか?」

「ええ」

ここで店主はガイスカに視線を移したのちこんな問いかけをした。

「ご老体、お汁粉なんですが『白玉団子』で宜しいですか?」

「…ああ、エルダーと同じものですね?工房長、その方が確かにいいですよ」

状況をまだ把握できていないガイスカは店主とオルヴァーの勧めにこくこくと頷くしかない、「まいどあり」の声と共に厨房に下がる店主を見送ってオルヴァーの引く席に着き、彼からここの説明を受けて驚愕しつつもとりあえずは納得した。

「所長、『諸般の事情』とはもしかして…?」

「ええ、扉が廃材に埋もれてたからです。まさか『異世界への扉があるからこれをどけてくれ』とはいえないですからねぇ~」

「ですな…」

冗談めかした口調で肩を竦めるオルヴァーにガイスカは頷くしかなかった。

「さて、工房長はここでお待ちください。私はちょっとご挨拶をしなくてはならない方がいますので…はい?…よろしいので?…承知しましたエルダー」

声の聞こえない誰かと会話するような―奇妙に丁寧なオルヴァーの独り言に目が点になるガイスカ、そんな彼にオルヴァーが改まった&真剣な表情でこう言った。

「エルダーがあなたにもお会いしたいとの事ですが、これからの事はあちらでは他言無用に願いますよ、私の事も含めてね」

そう言ってオルヴァーはターバンを外した、

「しょ、所長っ!?あなたは!」

 

 そしてガイスカはこの異界にぽっかりと出現した人外魔境にいた。目の前にいるのはその正体を現したオルヴァーと明らかに彼の同族だがどこか透き通ったような髪の色といい造形がおよそ人間離れ・・・否本当に生きている存在なのか解からない女性(?)と、男女各一人・・・長く尖った耳はまだいい、女性の方は異様なまでに透徹した眼差しを含む顔が人というより研ぎ澄まされた彫像を思わせ、こちらも本当に生きている人間(?)なのか甚だ疑問である

「エルダー、こちらは国騎研の工房長 ガイスカ・ヨーハンソン殿です」

「衛使オルヴァー、お主の部下であるな?…我はアルヴの長(おさ)大老キトリー・キルヤリンタ」

「…初めまして…」

声も口調も、およそ人間が語っているとは思えない。一応挨拶はしたものの何をどう言ったらいいのか判らないガイスカはオルヴァーともう一人の金髪の男性(まだ生きている存在だと実感できる)に視線を回した…そこへ出し抜けに黒髪の女性がどこか冷ややかな調子で口を開く。

「我はセレナ。異郷のドワーフであるガイスカよ、ここに汝を呼んだのはこれから語る事の証人とするためだ…クリスティアンよ。」

「はいセレナ。オルヴァー、早速ですがとうとう我々が一つの大地…惑星の住人である事を突き止めた者が現れましたよ。」

「そうですかついに…どういった経緯で?…ははあ成程、又エルネスティ君が関わっていましたか?それにヴィクトリア女史、魔女姫殿が絡んで?…ある意味当然の成り行きですねぇ~。」

くっくっくと面白そうな笑いと共にクリスティアンの報告に相槌を打つオルヴァー、二人の会話中の情報量がとっく飽和状態で飲み込めないガイスカへクリスティアンが更に情報を積み上げる!

「それからセレナとそちらの大老(エルダー)殿がついにセットルンドと東西大陸間の距離算出を完了されたそうですよ。なんでも東大陸最東端から方角は××度、直線距離で×××、ほぼお互いに惑星地表の反対側に近いそうです。」

「ほほう!エルダー、セレナ殿、とうとう10年越しの課題に決着がつきましたか!?おめでとうございます!」

オルヴァーが跪いて頭の上で合掌し、そのまま頭を下げる‥アルヴの民の最上の礼である。そのあとセレナに向き直って口を開いた

「セレナ殿、アヴルヘイム謹製の魔法動力の月齢表記付き万年時計はお役にたったようで何よりです、我々としても作った甲斐があるというものですよ。」

「うむ、冬至・夏至・春分・秋分の日の出日の入りの方向と南中の角度、それぞれの時間。月の満ち欠けの周期と出入りの時間、いずれも正確な時計がなくては観測が意味を持たない。あいにくと私はキトリー殿と違って時間や天体の位置を感知する感覚を千年を超える齢の中で磨いてはこなかったのでな。重宝させてもらったぞ。」

「ちょ、ちょっと待って頂きたい!今までの話をお聞きする限り我々が住むセットルンド大陸の西×××離れた先にそちらのセレナ殿やクリスティアン殿、他来店者達の住まう3つの大陸があるという事ですかな!?」

蚊帳の外で混乱状態にあったガイスカがようやく立ち直って半ば悲鳴を上げるように割って入る!

「その通り、ようやく理解したか?…ドワーフの融通の利かなさはそちらでも変わらぬようだのキトリー、オルヴァー。」

「なんと!いくらなんでもその言い方は!?」

「まあまあ、セレナ殿は随分な年月お一人で生活されているそうですから、ここは穏便に…おや、これは間がいい」

ドワーフに対するエルフの特有の冷ややか あるいはつっけんどんな態度そのままのセレナの物言いに噛みつくガイスカを宥めにかかるオルヴァーだったが店主とアレッタが注文の品をもって来たのに安堵する。

「うちもカフェ・ドゥ・フロールやル・ドーム・モンパルナス並みの店になったという事ですな~」

「なんですかそれは?」

店主の笑いを含んだ呟きにクリスティアン&オルヴァーが異口同音に尋ねる、その場の空気を収める為か意図的に冗談めかした口調で店主は続ける。

「もう100年位前からある海外‥こちらの外国であるフランスはパリのカフェ…まあコーヒー店ですがね、当時は無名で懐がからっけつだった芸術の巨匠とか文豪とか大学者とか今たたえられている面々が一杯のコーヒーや安酒でたむろして激論やら与太話やらで日がな一日時間をつぶしていたっていう店です。他に2 3件ありますよ。」

「激論はともかく与太話というのは聞き捨てならんぞ店主?」

「失礼いたしました」

なんとなくそのあたりの機微を…クリスティアンの目配せもあって…感じたらしいセレナのさほど強くもない抗議に店主が一礼する、そしてようやくアレッタが口を開く事ができた。

「えーと…お待たせいたしました。セレナさん・クリスティアンさん・オルヴァーさんには餅、キトリーさんとガイスカさんには白玉団子のお汁粉です」

 

「…」

真っ黒な中に白玉団子の鮮やかな白、何よりも蒸せるような甘い匂い…異世界の菓子に口をつけるのを躊躇しているガイスカは何とも言えない表情で何の躊躇もなくお汁粉を啜っている他4名を上目遣いに眺めていたが、ついに腹をくくって匙を口に持って行ったが・・

「うぷっ!?」

「やはり甘さに驚かれたようですね?」

相変わらず面白そうな笑いを含んだオルヴァーの言葉…数秒後立ち直ったガイスカが叫ぶ

「こ、こんな甘さ…いったいどれ程の砂糖を!?…まさか価格は金貨では!?」

「いやいや、こちらの世界では砂糖はとても安価ですよ。ビート(砂糖大根)より糖分が濃い『サトウキビ』というものから作るそうですが南国で集中栽培されて大量生産されているそうですから。」

「…」

暫し絶句していたガイスカだったが目の色を変えてがぶがぶとお汁粉をかき込み始めた!、その途中で白玉団子を口にするが…噛むとホロリと崩れ、ほのかな甘みがお汁粉の甘さをリセットしてくれて更に食が進んだのだった。

「気に入っていただけて何よりです。おかわりはいかがです?」

「いただきましょう!」

「まいどあり!・・・ああそうだ、おかわりの前に口直しの塩昆布をどうぞ。」

「? 所長これは?」

ガイスカは小皿の塩昆布をきょとんとした顔で眺めた後オルヴァーに質問したが

「店主のおっしゃる通りの口直しですよ。コンブという『海藻』の干物を煮詰めて作ったものでしてね…ああご心配なく、この国は海産物の豊富な島国でして、日々の食事の副菜としてありふれた食材ですから。」

オルヴァーの説明に半信半疑のまま塩昆布を口に入れたガイスカが塩辛いだけではないその旨みに驚愕したのは言うまでもない。

 

「どうぞ、おかわりです」

「どうも店主殿…一つだけ質問があるのですがよろしいかの?」

「なんでしょう?」

ガイスカはオルヴァー・セレナ・クリスティアン、そしてキトリーのお汁粉の椀に目をやった後、真剣な表情で店主に向き直った。

「お汁粉に入っているのが所長やそちらのセレナ殿・クリスティアン殿は『モチ』という物だそうですがワシとキトリー殿が白玉団子というものなのは何故です?…いやワシもあれを食べてみたいと思いましてな。」

「ああ成程、理由は簡単です、あなたやキトリーさんに餅が危険物だからですよ。」

「はあ!?」

事情が呑み込めないガイスカに店主は明るいが真摯な表情で続ける。

「ガイスカさん、あなたはかなり多くの歯を失っていらっしゃる。餅はご覧の通り伸びる食材でして、噛み切ることができないと喉に詰まらせる危険があるんです。実際こちらの世界では歯を失い、或いは噛み切る力の衰えた高齢の方がのどに詰まらせて亡くなる事故が後を絶たないんですよ。」

「大老キトリーはもう咀嚼するのも面倒になってしまっています、餅が危険なのは同様ですのでね。」

「左様でしたか…ご配慮ありがとうございます。」

「どういたしまして」

ガイスカは今度はゆっくりと味わいながらお汁粉を啜っていたが、オルヴァーにしみじみと呟いた

「所長、料理の腕もさることながらあのご店主の客への配慮は見事なものですなあ~」

「ええ、先代もそうでしたが見事なものですよ」

 

 さて、かくてガイスカもめでたく(?)ねこやの常連になったのだが彼が嵌ったのは…

「おじさま、今日はパフェではないのですね?」

「左様殿下、今日はまずシュークリーム、そのあとチーズケーキを注文するつもりですわい」

「じいさん分かってるねぇ!」

「…甘党のドワーフ…」

「情けない!」

ギムレとガルドの冷たい視線もどこ吹く風、アーデルハイド・アリシアらとニコニコと話を弾ませるガイスカであった。

 

 …暫しの後、ガイスカは来店したデレシアと鉢合わせして、祖父がいきなり甘党になったのと引退したにも関わらずやたらと工房に顔を出す理由を知られて1月ばかり(デレシアがシュークリームにハマるまで)口をきいてもらえなくなった…てなことがあったのだがこれは余談である。

 




随分間が開いてしまいましたがいかがだったでしょうか。

次回はグランドフィナーレとなります。
エル君とアディは原作でとうとう結婚しました…めでたい!のですが先を越されたのはいささか残念です。

次回は二人の結婚式前の一場面です

「マリッジブルー:エルネスティ・エチェバルリアの告白」
お楽しみに


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