異世界食堂another またはエル君の異世界食堂メニュー制覇記 作:渋川雅史
先だっての予告の人物が来店する前にどうしてもこの人が書きたくなってしまいました。
「立てる奴はいるかーっ!いたら立て!……おいその二人に肩を貸してやれ!
いいかくたばるんじゃねえぞ!次の野営地まで頑張れ!少しだが水と食料があるんだからな!」
「…候補生、今日もよろしく頼むわ…助かるよ、俺っちは葬儀のやり方も祈りの言葉も知らねえ…さあ出発だ!」
後日「白骨峠」と称される事になる旧ロカールとジャロウデク間の自然国境である荒野の中の峠道に今日もグスターボの怒号が響く。行き倒れの一団の中からよろよろと立ち上がった2名を馬車に乗せ、その他の息のある者にはグスターボ自身が止めを刺した後剣を掲げて弔意を示し(他の者が剣も鎧も捨てた着のみ着のままなのに、流石というべきか彼だけが剣2本と砥石を持っていた)、一団の中にたまたまいた神官候補生が葬儀の祈りを挙げた後、彼が率いるさながら幽鬼の群れのごとき敗残兵の一団が行軍を開始した。
そこには十名あまりが転がっていたが息のあるものは半分程、立てない者は止めを刺してやる以外はない。小便を垂れ流している者はあと3日、死肉に群がってくる虫を追わない者はあと2日、瞬きをしない者は明日には死ぬ、それがこの十数日で彼らが否応なく知った余命判断だった…馬車にはもはや手の施しようが無い者を乗せる余裕はないのだから。
Menue-Z3:カツドン&エビフライ再び
チリンチリン
「いらっしゃいませ、洋食のねこやへようこそ。」
「な、なんじゃここはぁーっ!?」
『ありが…とう…ございま…』
野営地にて…今日助けた2人は水を一口飲んだ後、グスターボ達に笑って礼を言った後こと切れた。その他の手の施しようのない者を選別しグスターボが止めを刺し、候補生が葬儀を行う…ここ20日ばかり野営地で繰り返された光景である。
他の者が泥のように眠りこけたのを見届けた後、グスターボは一人野営地を離れた、
「ケエエエェーーッ!!!」
狂声と共に剣を抜き、背負い込んだ合計百人を超える死者と生者の命を振り払うようにグスターボは剣を振り回す!一見無茶苦茶な動きだが体に染着いた修練が全てを型稽古のそれとしている…こんな事は体力の消耗に過ぎない事は百も承知している、ここで崩れれば あるいは剣が折れでもしたら兵達の反乱を誘発し、自身は嬲り殺されるだけ…強権的に水と食料の配給を管理し、もう持たない兵を始末してきたのだからそれはそれでもう構わない(!)がそれはこの集団の全滅を意味するのだ。逃れえぬ重荷に抗する為に彼は剣を振るう、振り下ろす、突く、薙ぐ…ひとしきりそうした後 野営地に帰ろうと振り向いた瞬間ぶつかった『扉』を開けてみればここにいたのだ。
「いらっしゃい新顔さん、まずは席へどうぞ…アレッタさん水とおしぼりを」
「はいマスター!」
「水―ッ!?」
あまりの事に思考停止に陥ってギクシャクと席についたグスターボは目の前に置かれたレモン水をがぶ飲みした後店主の説明を聞いて更に腰を抜かしたのだった。
「じゃ、じゃあここは料理屋なんだな!?だったらあいつらを連れて!…」
「…申し訳ありませんがそれは無理です。」
事情を聴いた店主は心から申し訳なく思いつつ語る、一度入店したらあちらの扉は消えている事、退店したら扉は消えて7日後にならないと現れないことを…
「なんだよそれは…なんとかならねえのかよぉーっ!?」
「はい、俺にはなんとも…」
「お若いの、そのマジックアイテムを扉に仕込んだ者が初めにそう定めてしまったのでな。」
「ウワアァーッ!!」
店主とアルトリウスの言葉にグスターボは泣き崩れた、テーブルを叩きながら叫ぶ…
「なんでだよ、なんでなんだよ!…あっちには58人いるんだよ!ギリギリ歩けるヤツが41人!もう歩けねえが水と食い物さえあればまだ何とかなるヤツが17人!」
「わかってますよグスターボさん、持ち帰りと災害備蓄用を総動員するつもりですから。」
「よろしく頼む店主!」
声の方向に視線を向けてみれば真剣な表情のハインリヒとアルフォンス、ライオネルが立っていた。
「おいグスターボと言ったな?まずは食え!」
ライオネルの姿には流石にビビるグスターボだったが、目の前に置かれた手付かずカツドンの香りに思わず唾を飲み込み、そのまま掻っ込む!
「肉―ッ!なんだよこの味はァーッ!旨ぇーっ!」
「ワハハハッ!そうだろうそうだろう!?カツの味も卵と出汁と醤油の味も最高だぜ!」
「カツドンを食べ終わったらこれを食ってくれ、タルタルソースをかけたエビフライは更にうまいぞ!」
グスターボにこれまた手付かずのエビフライを勧めた後、ハインリヒはアルフォンスと頷きあった後店中の客に向かって呼掛ける。
「諸君!このハインリヒこの通り頭を下げて願う!今店内にある飯とパンの全てをここのグスターボ殿に提供してもらえないだろうか!?
無論そうなれば飯とパンのおかわりは不可能になる、だが扉の向こうにいる餓死寸前の58人の為曲げてお願いしたい!この通りだ!」
「私からも頼む!」
「異存はないぞ、のう皆の衆!」
「おう!」
更にアルフォンスが頭を下げ、タツゴロウの返答に常連たちが呼応した、店主達も動き出す。
「アレッタさん、クロさん、奥の野菜が入っていたダンボールを持ってきてくれ…組み立て方は教えるから中にラップを引いてくれるか?俺は災害備蓄用の乾パンと貯水用ポリタンクを持って来る」
「はいわかりました!」
『了解』
「店主、握り飯を作るのは任せてもらえるかな?」
「いや、店内でお客さんに調理を任せるわけには…」
「いやいや店主殿、飯は全部われら3人で買ったのだから食おうが譲ろうが勝手じゃろ?」
「天災にあった者への炊き出しだと思えばよいのではないか?」
「…そういう事にしておきましょうか。」
苦笑しつつ店主が了承した。
「あのご店主、皆様、パウンドケーキならば日持ちがする筈ですわ。ある物はすべて購入しますのでそちら様にお渡しください。」
「それを言うならクッキーアソートがもっと持つよ、私が在庫分の代金を全部払うわ。」
「その話乗ったよ、あたしらも金を出す!二人ともいいだろ?」
「おうさ!」
その有様にグスターボは唖然とする。
「お、おい…なんでそこまで…」
「ここは自然災害が結構多い国でしてね、そういう時は損得抜きで食事を出すんですよ。
お三方じゃないが『武士は相見互い』ですな」
「これは先を越されたな店主…それにお主、なかなかの戦人(いくさにん)と見た、部下共々飢餓で死なすには惜しいのでな」
「異議なし!」×3
タツゴロウとソウエモン、デンエモンが笑い、ヒルダとアリシア、ラニージャが賛同する
「これも光の神官としての修練ですわ。あなたの旅に神のご加護があらんことを。」
セレスティーナが微笑んで祝祷する。
「飢えの辛さはよく知っています。グスターボさんも扉の向こうの皆さんもねこやの味で元気になって欲しいです!」
「いい事言うねアレッタ」
アレッタとサラが相槌を打った
「我々は借りを返す…あるいは功徳を詰むというヤツだな。」
「そんなもんだな。」
不敵な笑いと共にアルフォンスとライオネルが語る、自分達と異世界食堂との出会いを…
「…あんたら…ここに来て命を拾ったのか?」
「おうよ!オレもアルフォンスのダンナもかれこれ20年生き延びたワケだ。」
ここでライオネルがグスターボの背中をどやしつけた。
「オレが言うのもおかしいが、人間生きるか死ぬかの土壇場は腹いっぱいになればけっこう何とかなるもんだぜ!だから今は食え!」
「ライオネル殿の言う通りだ!」
ハインリヒが正面からグスターボを見据えてその肩をつかむ!
「お主は今、扉の向こうの58人の命を背負っているのだろう!?倒れる事は許されぬ!」
ハインリヒは語る…魔の森から現れたモスマンの群れの襲撃。砦の命運のかかった援軍要請の伝令に出る。モスマンの毒で倒れる馬。剣以外の全てを捨てて走る!走る!走る!…飢えと渇きで倒れる寸前で出会ったこの異世界食堂、水とエビフライとパン!
グスターボは3人、特にハインリヒがここまでしてくれる理由を腹の底から理解した。目の前の人物は100人近い数の命を背負って走り切った男だったのだ…この剣鬼が滂沱の涙と共にテーブルに頭を擦り付ける…
「すまねえ!ありがてぇ!恩に着る!この通りだ!」
サンドイッチ・おにぎり・ロールパン・パウンドケーキ・クッキーアソート・乾パンを詰めたダンボールおよび水を満タンにしたポリタンクとミネラルウオーターの箱を扉近くに積み上げた後、グスターボは決然とハインリヒに一本の剣を差し出した。
「ハインリヒさんよ、こいつを受け取ってくれ。」
「いや、それは…」
「いいから!」
騎士や戦士が帯剣を渡す意味を誰よりもよく知っているが故に渋るハインリヒの手にグスターボは無理矢理に剣を押し付けた。
「この先の旅がどうなろうと俺っちはもう二度とこの店には来られねえだろう。あんたが初めてこの店に来た時と同じく俺は無一文さ…荷物になるだけの金はもうとっくに捨てちまったからよ。
俺っちが礼として渡せるのはこれだけだ、だから受け取ってくれよ!これでも少しは名のある業物だから目利きに渡せば相応の金にはなる筈だ。そいつで店主や女給の二人、客人達になんでもいいから礼をしてくれや!…みんなありがとうよ!」
「道中お気をつけて!」
「他の方々によろしく!」
「神のご加護を!」
キーン!ゴーン!
アレッタと店主の別れの言葉、セレスティーナの祝祷、ハインリヒ・アルフォンス・タツゴロウ・デンエモン・ソウエモン・ヒルダ・アリシア・ラニージャ・サラが剣&刀の鯉口を切り、ライオネルがなまくらを打ち叩く。箱とタンクの全てを扉の外に出したグスターボがもう一本の剣を掲げて答礼し、扉の向こうに去っていった。
「あれがジャロウデク…エルネスティ団長の敵国の兵か…」
「そうですね…」
「敗戦とは過酷なものじゃよ」
タツゴロウと店主、アルトリウスの呟きがこの状況を締めくくったのだった。
Menue-Z4:サンドイッチ&おにぎり&パウンドケーキ&クッキーアソート
「おい起きろ!食い物と水を手に入れた、運ぶのを手伝え!」
「いいか、まずはこのサン…ええと何だったかな…とにかくこの色々挟んだパンが最初だ!よく味わえよ。
馬車の連中にはまず水をたらふく飲ませてやれ、食い物はそれからだ!」
いきなり今まで食べた事のないサンドイッチを目の色を変えて詰め込んだ歩ける41人が人心地ついたところでグスターボに、どこでこんな食料を手に入れたかと聞いたのに対し、彼の返答は…やにわに剣を引き抜くと先頭の一人の鼻先に切っ先を突き付けて…
「覚えとけ、この後その質問をするヤツは切る!
いいか、この食料はとてつもなく旨いがもう二度と手に入らねえ!大事に食って何としてでもジャロウデクにたどり着く!腹ぁー括れよッ!!」
次の日はおにぎりを、2日目と3日目はパウンドケーキとロールパンを、そのあとはクッキーアソートと乾パンで食いつなぎ、水場を見つければポリタンクと空ペットボトルに詰め込んで…ジャロウデク最辺境の砦に最後の31人がたどり着いたのは水も食料も尽きた翌日の事だった。
「…あそこで扉に出会わなけりゃ全員野垂れ死んでたかよ…ありがてえ…本当にありがてぇ!」
およそ半月後、グスターボが率いる幻晶騎士独立中隊はジャロウデク西部戦線・絶対防衛線であるカンガー関にいた。ここは西部から王都へ続く唯一の道、多方面から侵攻する11国の軍が集まらざるを得ないチョークポイント…連携皆無と言っていい11国の各軍に対して旧式幻晶騎士(老兵&少年兵騎乗)の旅団が金床となって敵を拘束し、槌である打撃連隊が叩き各個撃破する。旅団の破れ口を火消し役として塞ぎ打撃連隊到着までの時間を稼ぐのが彼の率いる独立中隊-グスターボと共に帰還した30名―に宛がわれた役目だった。
「ケッ!要するに『死んでこい』ってことだな。」
生きてジャロウデクの砦にたどり着いたグスターボ以外の30人(例の神官候補生を含む)は結局全員騎操士だった。やはり日頃の鍛錬による体力がものを言ったという事だったのだろう。
無論彼らは全員王宮に招かれてカルリトス王子より叙勲を受けたのだが、グスターボは見てしまったのだ、カルリトス王子の目を、
『負け犬がどの面下げて帰ってきた!?疫病神共め!』
その目はあからさまにそう語っていた…
謁見の場で臣下が王族の顔を覗く…今のグスターボがカルリトスに含む所があるが故の無礼である。西部戦線の事情は承知しているがレビテートシップを一隻でも捜索に回せば優に1個大隊規模の人数(=兵力)が助かった筈なのだ。つまるところ自分達は捨て殺しにされたのである。
「あの生き地獄を知っている俺たちは汚染物質ってワケだ。誰一人帰ってこない事情を隠蔽する為 敵に始末させようって腹だろうがそうは問屋が卸さねえ!
野郎ども死ぬんじゃねえぞ!この戦にケリがついたらあの食料の出所へ連れて行ってやる。そこにはあの食料どころじゃねえ旨い料理がごっそりあるんだからな!
特に候補生!おめえにはカツドンってやつを奢ってやる、あれは旨いぞぉーっ!」
彼方に赤い信号法弾が上がった、戦線が破られたのだ。デッドマンズソードⅡを先頭にグスターボ独立中隊が破れ口へ突撃を開始する!
「行くぜ、旨い料理を腹いっぱい食う為だ!11国の連中をボコって生き残れよ!」
グスターポはコジャーゾと同じくどうも憎めない人ですが、彼のキャラに私はどうしても『人斬り以蔵』を連想してしまいます。
いけしゃあしゃあと大往生しそうなコジャーゾと違い、彼はいわゆる『畳の上では死ねない』人物と考えています。彼の結末は次回に…
次回こそは
或る入店拒否者の末路
となります。
誰の事なのかはおそらく皆様もうお分かりでしょうね?