異世界食堂another またはエル君の異世界食堂メニュー制覇記 作:渋川雅史
オラシオ・コジャーゾ氏の事情は今回も全て私の創作であり、公式とはなんの関係もない事をあらかじめ申し上げておきます
それはエルが暫しのお別れを店主とアレッタ&クロ及び常連達に告げた日の事である。酒が目当ての常連達も去り、あとは赤の女王様の来店を待つだけ…3人がまかないを前にしていた葉境の時間、店主がふと漏らした言葉からこの話は始まる。
「…そういえばコジャーゾさんはどうしているかな?しばらく来ていないが…」
「?」×2
アレッタとクロの怪訝な表情に店主が続ける。
「二人が働いてくれるようになる少し前からぱったり来なくなった常連さんなんだ。まあ忙しくしているに違いない…ああいう人はやりたい事に没頭するとメシを食うのも忘れてしまうからなぁ~」
「どんな人なんです?」
『どうしていきなり思い出したの?』
そこで店主は苦笑しながら口を開いた。
「いや、今日のエル君を見て思い出したのさ…ある意味よく似ている人なんだ。エル君が『幻晶騎士』に憑りつかれているのと同様にあの人は『空を飛ぶ』事に憑りつかれている人でね…
そう、あの人が初めて来たのは今ぐらいの時間だったな…」
Menu-Z1:コロッケ&ボジョレー・ヌーヴォー
チリンチリン…
「いらっしゃいませ女王さ…おや、この時間に新顔さんとは珍しい。
ようこそ異世界食堂へ」
言葉もないとはこの事…オラシオ・コジャーゾは珍しくびっくりしていた。色々煮詰まっての考え事やらイライラやらで屋敷への道から外れて荒れ放題の庭の森に踏み込み、そこでぶつかった扉を何も考えずに開けてみればここにいたのである。回りの悪い頭で店主の促すままに席に付き、レモン水を一息に飲み干してようやく店主の説明を理解した次第である。
コジャーゾは一応技術士長なのでジャロウデク王国政府からは屋敷一軒を宛がわれているのだが、工廠に出ずっぱりの彼はほとんど屋敷に帰って来る事はない。維持管理の為の通いの使用人に任せっきりである。
…レビテートシップの建造は決して順調に進んでいるわけではない、まったく新規の兵器体系ともなると初期不良と言う名の技術上のごたごたは言わずもがな、更にはスポンサーである王国政府からの(主に予算面での)横槍はしょっちゅう、諸般の事情で組織構築・管理者としての力量も並々ならぬコジャーゾにしてもいい加減うんざりするような状況が続いていて半ば切れるような形で残務を放り出して帰宅してみればこのありさま…なんとなく笑いがこみあげて来るコジャーゾであった。
「『異世界』の食堂ですか。妙な事になったものですねぇ…」
コジャーゾは技術士として当然の興味として店内の設備―すべらかな内装や調度品、電気による照明etc-をある予感と共にしげしげと眺めていたが、突然壁の一画にその視線が釘付けになった、ガタン!と音を立てて立ち上がると足早にそこに歩み寄る!
「お客さん?」
その異様さに店主が声をかけるが耳に入らない…そこにはカレンダーが掛かっていたのだ。
「…シェフ、このカレンダーは正確ですかね!?」
「…ええ…」
壁に手をつき、食い入る様にカレンダーを睨んだコジャーゾのただならぬ様子に店主は引きながら肯定する
「ク…ククク‥‥ぎゃはははーーっ!やはりそうでしたかッ!面白い!面白いですよぉーっ!」
コジャーゾは一笑いした後完全に据わった目で店主に向き直った、更に引く店主の様子にお構いなくまくし立てる!
「シェフ、あなたは東洋人らしいがここはどこです!?シーヌ(中国)?インドシナ?」
「…日本ですが…」
「ジャポン!?ホクサイやウタマロ、ヒロシゲの国ですか!?更に面白いーっ!」
唖然とする店主を前に狂笑する事1分あまり。そのまま席に戻ったコジャーゾはコップ一杯のレモン水を一気に煽った。
「成程、優に1世紀以上ですか…氷も容易に手に入るようになっているとは、技術の進歩は目覚ましいですねぇ。
いやシェフ、驚かせて申し訳ない。もう腑に落ちたんで大丈夫ですよ。」
「そ、そうですか?」
まだ半信半疑の店主の様子に頭を掻いたコジャーゾはどこかしみじみとした表情と口調で切り出した。
「…ねえシェフ、あなた私が昔フランス人だったと言ったら信じてくれますか?」
奇妙な沈黙と睨み合いの後、店主がため息と共に肩を竦めた。
「…信じますよ、カレンダーはもとより葛飾北斎や喜多川歌麿、歌川広重を出されてはねぇ…」
「話が早くて助かります!」
そしてオラシオ・コジャーゾの独白が始まった
「シェフ。私はこのカレンダーからするともう100年以上前に死んだ人間でしてね、その頃はフランス陸軍の砲兵将校でした。…いえ操砲・射撃要員ではなく観測員、それも観測気球を運用していたんですよ。」
「始まりは祭りで幼年時代に乗った気球でした。あの浮遊感と上空からの眺めに魅せられて以降『空を飛ぶ』事に憑りつかれてしまったんですねぇ~。
しかし貧困とまではいかないが裕福とも言えない市井の人間が気球に関わる手段なんて限られてます…で、勉学にいそしんで士官学校に入学して砲兵科を専攻して、という次第です。そういえばこの時代の空はどうなっていますか?」
「…そうですか、リリエンタールという人物がグライダーと言うものを建造して以来動力飛行を多くの人間が目指しているのは知っていましたが…翼の揚力を用いた『飛行機』が主流になりましたか…ま、理由を聞けばもっともですし、この世界から退場した私がとやかく言うべき事でもありませんな。」
「話を戻しましょう。やりたいことを仕事として充実した日々は突然終わりました。珍しくもない話ですが事故ですよ、気嚢の水素がドカーン!上空から落下しておしまいです、最後の意識で考えたことは『まあしょうがないか』でしたね…私はさして信心深い人間じゃなかったんですが神様は実に粋なことをして下さるじゃないですか!?本来終わるはずの私の人生があの世界で再び始まったんです!」
「オラシオ・コジャーゾという人間が生を受けたのは代々魔法と工作を融合した技術を伝えて工房を営む技術士の一族でした。幼い頃は呑み込みの早い子だと言われつつ薄ぼんやりとした日々を送っていたんですがね、エーテルのふるまいに関するある技術体系を学んだ際『これを使えば空中浮遊ができるな…』と考えた瞬間、回路が繋がったというかスイッチが入ったというか、ともかく前世ってヤツの記憶を全部思い出しましてねぇ!!以後はあの世界の技術での飛行機械の開発に邁進開始、言うなれば再起動ですよ!
頑迷な長老連中が色々横槍を入れてきましたがそんな事は想定内です。私の手下(てか)やシンパをあらかじめ育成しつつスポンサーを物色していたらうってつけの国があったんですよ!」
「その国は先祖代々10代を超える累代の王が由来の怪しい全大陸再統一を目指し続けているというから酔狂な話じゃありませんか!まあ私にとってはそこが狙い目、二次元―平面での戦いしか知らないあの世界で三次元―空から見下ろす戦いができるようになると売り込んだら即飛びついてきましたよ!あちらでは私は家族との縁が薄いらしく父母もとっくに他界していたし兄弟姉妹もいない。で、賛同者と共に一族の工房を飛び出してその国で工廠を開設して今に至る、と言う訳です!」
パチパチパチパチ…講釈を終了し、再びコップ一杯のレモン水を飲み干したコジャーゾに店主は半ば呆然と拍手をした。
「いやはやなんとも…大変な人生を送ってらっしゃる…」
「そこはあなたも同じでしょうシェフ、異世界の住人相手の料理屋稼業…ウェルズもヴェルヌもこんな話を聞いたら真っ青になるでしょうなぁ~」
ここで二人はひとしきり笑い合う、そして店主がこんなことを言い出した
「あなたの話を聞いていると、何やらフォン・ブラウンを思い出しますよ。」
「どういうドイツ人ですソレ?」
「『月へ行く』事に憑りつかれた男ですよ」
「…月ってあの…頭の上のアレですか?」
「ええ」
「ひえええーっ!」
驚愕のあまり大口を開けて固まるコジャーゾ…彼がこちらで生きていた頃のフランスとドイツが宿敵であった事を知りつつも店主は昔「〇光なき天才たち」で読んだフォン・ブラウンの一代記を語らずにはいられなかった。月へ行くという目的の為に恩師を裏切り、組織を乗っ取り、独裁政権に協力して新兵器―ロンドンにドイツから打ち込めるミサイルを開発し(前世で砲兵士官であったコジャーゾはこのくだりで再び驚愕した)、ドイツの旗色が決定的に悪くなった時点で技術とスタッフを丸ごと抱えて躊躇なく米国に転がり込み、結局そこで月に行くロケットを作成した男の物語を…
「まあ流石に本人は月には行けませんでしたが、彼の開発したロケットは確かに飛行士を乗せて月に到達しましたよ。私にとっては過去の、あなたにとっては未来の話です。」
「…いやはやなんとも…その人物に比べれば私なんぞまだまだですなぁ~見習わなくては。シェフ、面白い話を聞かせてくれてありがとう」
「どういたしまして」
礼を交わす男二人…気づいてみれば珍妙な光景に再び笑ってしまう両名だった。
「さあて、料理屋に入ったからには何か注文しないと失礼でしょう。メニューを見せてもらえますか?」
「そのことですが、なにぶんこんな時間ですのでお出しできるものが限られてまして…それと英語は読めますか?申し訳ありませんが平日用のメニューの表記は日本語と英語だけなんですよ…」
「仕方ありませんね、フランス語の知識自体カビが生えてますが何とかなるでしょう。できるものを教えてくださいよ」
「承知しました。」
結果的に全ての心配は杞憂だった、コジャーゾの目はある一品に釘付けになったのだ。
「シェフ、これクリケットですよね!?できますかっ!?」
「できますよ、油の火を落してなくてよかった…ただ…」
「ただ?」
「このクリケット…コロッケはこの国に伝わって数十年、あなたの記憶にあるものとは随分違ったものになってるハズですがよろしいですか?」
「かまいませんよ!あちらで生を受けて×十数年あまり、食事に文句はないが唯一ジャガイモがないのが残念無念…こんな機会は逃せません!…ああそれとワインをお願いします。」
「ボジョレー・ヌーヴォーがあるんですがどうです?」
「Bonn!turban!」
「いやーこのクリケットは最高です!何よりこのジャガイモの味!」
「男爵芋を気に入っていただけるとは日本人として光栄です」
「バロンのジャガイモ…ですか?」
「川田男爵という方が広めた品種でしてね、この国で栽培されるジャガイモの主流です。こういうマッシュする料理にはうってつけでしてね」
ここでコジャーゾはしんみりとした表情でつぶやいた
「ジャガイモの味とクリケットの製法、パンのこの甘さにバターの味、ボジョレー・ヌーヴォーの味、それを極東で味わえる…そもそもここにあなたのような凄腕の料理人がいる…時の流れとそれに伴う技術―栽培、品種改良、醸造、製造、調理、物流その他もろもろの進歩を感じますよ…」
ここでコジャーゾはワイングラスを掲げた
「時の流れに、乾杯!」
チリンチリン
と、ここでドアベルが鳴った。来店したのは…
「7日ぶりだな店主、今宵もビーフシチューを馳走になるぞ!…おや、この時間に他の客がおるとは珍しいの?」
「いらっしゃいませ女王様、こちらはコジャーゾさんと言って拠無い事情でこの時間に来店された新顔さんです…注文はコロッケですのでご心配なく」
「ふむ左様か。コジャーゾとやら、妾は『赤』。見知りおくがよいぞ!」
「へへーっ」
一見大柄な美女だが赤銅色の肌と燃え上がるような赤毛、頭の角と金色の瞳は尋常な存在であろう筈がない。加えて身にまとう圧倒的な迫力に裏打ちされた尊大な物言いに圧倒され、立ち上がって一礼するコジャーゾ…店主が恭しく席を引いてビーフシチューを配膳し終わったのを見計らって小声で手招きする、
「シェフ、シェフ…あちらはどなたです?」
「赤の魔竜の女王様ですよ」
「…ド、ド…ドラゴンですか!?じゃああの姿は?」
「無論変身した仮の姿です、そのままでは店に入れませんからね。」
「美味い!」
ビーフシチューに舌鼓を打ち、細い炎を吐く女王様の姿に腰を抜かすコジャーゾだったがそれで終わらないがこの人物の凄い(『呆れた』あるいは『イカれた』)所である。真剣な表情で何か考えていたと思うとニタリと笑った…店主が嫌な予感を感じる間もあればこそ行動に取り掛かる…
「シェフ、ボジョレーまだありますか?」
「ええ…」
「じゃあもう一本下さい。」
店主が『まさかなぁ~』と思いつつボジョレー・ヌーヴォーをもう一瓶持って来るや否や止める間もなく赤の女王のテーブルの横で跪いたのだ。
「?」
「お食事中大変失礼いたします女王陛下。某(それがし)はオラシオ・コジャーゾと申す一介の技術士でございます。そちらの世界での神であられる方と同席させていただく栄誉に感謝し、ここに捧げ物を奉る次第であります!」
店主がはらはらしながら見守る沈黙を破ったのは赤の女王だった、凄みのある笑みと共に鷹揚に言葉を発する
「人にしては殊勝な事よな、もらっておくとしようかの。」
「ありがとうございます!シェフ、ワイングラスをお願いしますよ!」
「…承知しました…」
…相変わらずはらはらと店主が見つめる中、コジャーゾは給仕よろしく赤の女王のテーブルの横に立ち、ワインを注ぎ続ける。やがてビーフシチューの皿もボジョレー・ヌーヴォーの瓶も空になるタイミングを見計らって店主が寸胴鍋をもって来た。いつも通り金貨5枚を支払う赤の女王だが、ここでコジャーゾに向き直った。
「さてコジャーゾとやら、お主妾(わらわ)に何か望みがあるのだろう?」
「…お分かりになりますか?」
「見くびるでないぞ、その程度はお見通しじゃ」
いささかバツ悪げなコジャーゾに赤の女王は凄みのある笑顔を向けた、目が全く笑っていない…返答次第では消し炭にしてくれようという顔であった。さすがの店主も口を挿めない空気の中悪びれもせずコジャーゾが高らかに叫ぶ!
「やつがれの望みはただ一つでございます。あなた様の真の姿を、それも空を飛ぶ姿をお見せいただきたくお願い申し上げます!」
「な…?」
店主がズッコケ、赤の女王が口を開けたまま固まった…暫しの沈黙の後、赤が笑い出す、腹の底から楽し気に!
「店主よ!誠に面白い者を妾に引き合わせてくれたな!?」
「は、はあ…恐縮です…」
どう言っていいか分からず頭を掻く店主。更に赤は畳みかける。
「よかろう、お主の望み叶えてやろう!妾とともに来るがよい。…店主、この者が戻るまで扉を開けておけよ。」
「は、はい…」
「感謝申し上げます!」
そして赤の女王の座、執事のバルログと財宝の山に内心恐怖していたコジャーゾだったがドレスを脱ぎ捨てた赤の姿が溶け消えて出現した巨大な赤龍の姿にそれらは全て吹っ飛んでしまった。そして赤はひょい、とコジャーゾを爪の先で引っ掛けると掌に載せ、座を振るわせるような雄叫びと共に空へと舞い上がったのだ!
…凶暴なまでの気流と加速度、連なる低層雲を眼下に月の輝く夜空!それがコジャーゾが感じ、見たものの全てだった。
…完全に魂の抜けたような表情で帰って来たコジャーゾは声をかけるにかけられない店主の姿も目に入らない様子でテーブルに戻るとコロッケとロールパンの残りに齧り付き、ボジョレーの残りをラッパ飲みで一気に飲み干した!当然ガホガホと咽返る。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、はいはい大丈夫ですよ…シェフ、お願いがあります!」
背中をさすってくれていた店主の手をコジャーゾはいきなり握り返した!完全に引く店主の様子にかまわずまくし立てる!
「証人になっていただきたい!」
「証人?」
「そうです!」
ここでコジャーゾはまたレモン水を煽った、コホンと咳払いをした後真剣そのものという表情とガッツポーズで宣言を開始する。
「決めました!私は必ずあの赤の女王様の姿を模した船を建造します!全大陸の空を睥睨し、君臨する無敵の船―空飛ぶ戦闘艦を!」
流石にどう言っていいか分からず絶句していた店主だったが、男として賛同できるものを見出してこう言ったのだった。
「頑張って下さい。」
「メルシーボークー!」
「てなことがあったのさ。それからたまに―夜に帰宅できた日らしいが―には来店してコロッケとワインを頼んでくれた。こういう店だからワインは毎回フランス産という訳にはいかなかったが国産・オーストラリア産・南米産も美味いといってくれたなあ…」
「…変わった人はどこにでもいるんですね?」
「そういう事」
どう言っていいか分からないアレッタの感慨に苦笑しつつ頷く店主。その様子を眺めたクロは赤が来店したらその時の事を聞いてみようと考えて一人頷くのだった…
そんなことがあってから数か月後の夜の事…
チリンチリン、バタン!
「ジャジャジャジャーン!シェフ、ご無沙汰しておりました!」
「…い、いらっしゃいませ、洋食のねこやへようこ…」
ひどく乱暴に扉が開いたと思うと、すさまじいばかりにハイテンションな人物が入って来た、言わずと知れたコジャーゾである。たたらを踏みつつ挨拶するアレッタにずいと顔を近づけたと思うと破顔する。
「おや女給さんを雇われたんですね?商売繁盛大いに結構!わははは!」
「おひさしぶりですねコジャーゾさん…余程いい事があったと見えますね、それと徹夜明けですか?」
「分かりますか!?実は丸3日ばかり寝てないんですよ!というか寝てる場合じゃない!ついに、ついに完成しましたからねぇー」
「飛行戦艦?」
「その通ーり!」
ここでコジャーゾは店内を見回した。『えらく騒々しい奴が来た』という表情でこちらを見ているのは夜の常連達―アルトリウス、ギムレとガルド、タツジとオトラ、ロメオとジュリエッタである。好意的とは言い難い視線を気にするでもなくうきうきとテーブルにつく。
「ご注文はコロッケとワインで?」
「いや…シェフ、シャンパンは出せますか?」
「ええ、10分ほど待っていただければ調達できますよ」
「ではここにいる方全員にお願いいたします!」
「承知しました!」
酒好き揃いの店内の空気が一変したのは言うまでもない。
「さて、オラシオ・コジャーゾじゃったの?奢ってもらった礼を言うが、何に乾杯するのかね?」
アルトリウスの質問にコジャーゾは高らかに宣言した。
「ヴィーヴィルの為にお願いします!さあさあシェフも女給の二人も一緒に祝ってくださいな!」
「あんたが建造した竜形(りゅうぎょう)の空飛ぶ戦船(いくさぶね)の名かね?」
「いかにも!さあ、ヴィーヴィルの為に!」
「…ヴィーヴィルの為に!」
シャンパングラスが掲げられた、全員一息に飲み干す。
「…おいしい…」
「…なんて素晴らしい味だ…コジャーゾ殿、感謝する」
ジュリエッタとロメオが全員を代表した感慨と共に礼を述べたのだった。
「いやいや、喜んでいただいて何よりです!」
ここから(頼まれもしないのに)コジャーゾの事情説明が始まった。
「実は危ない所だったんですよ。何がかって?ヴィーヴィルの建造です、危うくお蔵入りになる所でした」
「スポンサーのジャロウデク王国がレビテートシップの配備とともにとうとう戦をおっぱじめました。これが連戦連勝!まあ当然ではあります、こっちは3次元 あちらは2次元の戦です。もう一つの大国であるクシェペルカ王国も征服して当面の目的は達せられたワケですが…それが私にとっては仇になってしまいました。要するにこれ以上強力な新兵器はいらない、資源は既存の船の増産に回すべきという事です。
スポンサーの意向とこの状況には流石に抗し切れません、今回は泣く泣く諦めざるをえないかと思っていたら予想外の事態が惹起して風向きが180度変わったんです!」
「王国軍総大将のクリストバル第二王子が討ち死にしました。『鬼神』…私らはそう呼んでいますがフレメヴィーラ王国のエルネスティ・エチェバルリアという人物が作ったなんと空を飛ぶ幻晶騎士に討ち取られたんですよ。
何もかも想定外!あそこはクシェペルカとは縁があるとはいえ介入してくる程の理由があるとも思えなかった上、援軍の『銀鳳商会』…まあ偽装した騎士団ですがそこの幻晶騎士が鬼神を筆頭にどいつもこいつも呆れたような規格外の性能の連中でして、ここからは口八丁手八丁!対抗する為という事でヴィーヴィルの建造を再開させることに成功!こう言っては何ですがエルネスティ・エチェバルリア氏には感謝感激雨あられです!…この思いはいずれ伝えるつもりですよ。ヴィーヴィルが彼と彼の鬼神を討ち取るという形でね!
ああそうだシェフ、確かVSのブランデーがありましたよね!?あれ一本お願いします、流石に閉店間際までいられないので私からという事で赤の女王様に献上していただきたく…あれ、みなさんどうかされましたか?」
店内の微妙な雰囲気をみてとったコジャーゾが首をかしげる、最初に沈黙を破ったのはやはり店主だった。
「コジャーゾさん、あなたセットルンドの方だったんですね?」
「はいいぃー?」
店主は語る、常連であるが最近来店していないエルネスティ・エチェバルリアの事を…
コジャーゾが顎が外れんばかりに驚いたのは言うまでもない。
「なんともはや…暫く来ない内にそんな事になっていたとは!世界は意外に狭いものですねぇ~
にしても惜しい!昼間に来店していればエルネスティ・エチェバルリア本人にご対面できたものを!色々と面白い話ができたでしょうに…」
「今や敵同士、ですか…因果な話ではあるが浮世の常ってヤツでしょう…料理屋の店主が口を挿める状況でないのは承知していますよ。」
ここでギムレとガルドが口を挿んだ
「コジャーゾさんとやら、あの銀髪小僧は色んな意味で手ごわいぞい。」
「勝算はあるのかね?」
「無論です!」
コジャーゾは意気揚々とヴィーヴィルのスペックを語る…全員が驚くやら呆れるやら…特にアルトリウスはまたしても卒倒しかけたのだった。
「…まああたしらはさしてあの銀髪小僧に関わりはないクチだけどさ…」
「正直、そんな代物とやりあうあいつには同情を禁じ得ないな…」
オトラとタツジの言葉にロメオとジュリエッタがこくこくと頷く。
「でしょうでしょう!?わはははは!…今日はクリケットが特に旨い!」
ひとしきり笑った後3皿目のコロッケに齧り付くコジャーゾであった。
「さて、これでお暇しましょう…すいませんねシェフ、お得意様を減らすことになってしまって。」
代金を払い終え扉に向かうコジャーゾの不敵な台詞に店主は肩を竦めて見せた。
「その時はあなたが新たな常連になってくれるという訳でしょう?気になさらんでください」
「そういやそうですね、では又!」
「またのご来店をお待ちしております。」
嵐は去った。そして店主にアルトリウスが語りかける。
「どうなる事じゃろうな?」
「『神ならぬ身に知る由もなし』ですよ」
「…違いないの」
イカルガVSヴィーヴィルの勝敗はご存知の通りだが、早々に小型レビテートシップで脱出したコジャーゾの独り言は以下の通り。
「ま、勝敗は是非もなき事。フォン・ブラウンの顰に倣って技術の売り込み先を探すまでです。
が!残念無念はもうクリケットが食べられない事!…万已むをえざる時はフレメヴィーラに行きますか…エルネスティ・エチェバルリアが来店しているという事はあそこに扉があるという事ですからねぇ~」
「あのオラシオ・コジャーゾさんが来店してたんですか!?」
西方戦役に一応のカタがついて最初に一人で来店したエルがそのことを聞いて流石に驚いたのは言うまでもない。(その前にヴィーヴィルとの戦を滔々と語って常連達を驚愕せしめたのは当然だが…)。
「そうか、君が勝ったという事はコジャーゾさんは…」
「いえいえ、あの人は生きてますよ。小型レビテートシップで飛んでいるのを見ましたから。
しかしフォン・ブラウンですか…何処に自分を売り込みにいったのやら。いずれあの人とは再び相まみえるでしょう…」
「そのときはねこやの店主がよろしくと言っていたと伝えてくれるかい?それにもしかしたらフレメヴィーラ王国に売り込みに来るかもしれないよ」
「あり得ますね、そうなったら…多分喧々囂々の論争の挙句殴り合いになりそうです」
「違いない」
店主とエルの笑いがその話題を締めくくったのだった。
外伝いかがだったでしょうか。
ジャロウデク側の登場人物中「竜血炉(ブラッドングレイル)」で油まみれになっていたあのシーン以降、感情移入はできないがさして憎めない2人のうち一人がこのオラシオ・コジャーゾです。
フォン・ブラウンとイメージが被るのは私だけでしょうかね?
次回予告は
「女王と騎士、道行きの第一歩」
です、来店者はあのお二人。どうぞお楽しみに