異世界食堂another またはエル君の異世界食堂メニュー制覇記   作:渋川雅史

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 申し訳ありません。又中編になってしまいました


6#偉い人を連れて行こう 中編

「おう、兄者も呼ばれたのか!?」

「…まあな、しかしお前も変わらんなぁ…」

 シュレベール城最深部、先代国王アンブロシウスの私室への廊下を歩くのは王太子となった第一王子のウーゼルと第二王子エムリスである。エムリスがクシェペルカから戻って以降、祖父の譲位やら父の即位やらで王族一同は忙しく 落ち着いて話をするのも久しぶりという次第であるが、ブランクは特に感じさせない兄弟の会話だった

 もともとこの二人は仲がいい、一見落ち着いた貴公子であるウーゼルだがあの祖父と父の血筋であることはエムリスと変わりはなく、若いながら腹の座りようは常人離れしている。今も王室領の執政としてこれを抜かりなく治めているし、騎操士としての力量は並という処であるが時折の魔獣襲来時には騎士団を指揮してこれを撃退したことは1度や2度ではなく、将としての資質も認められている…己の立場を認識して努力と鍛錬を怠らない人物である。粗雑さが取りざたされるエムリスもこの兄には一目置いており、馴れ馴れしい物言いや態度も彼なりに兄の心労をおもんばかっての事、ウーゼル自身も部屋住みの身分で気楽な、それでいて豪放、騎操士としての力量が上の弟を少しばかりうらやましく思いつつその好意をありがたく受け取っているのだった。

「爺ちゃんからの呼び出しかぁ…なんだろうな?」

「『諸々の事が一段落したから茶会をするので付き合え』と言われたんだが…」

「なんだそうか…何か気になる事があるのか兄者?」

「いや、取り越し苦労ならいいんだが…」

 ウーゼルとしては父王リオタムスからこの話を聞いた時の表情に引っかかる所がある。その危惧は残念ながら当たっていた…

 

「…陛下がお茶を入れて下さるのですか!?」

「おうとも。余人を交えず家族だけの茶会だ、侍従達を煩わせる事もあるまいよ。」

 恐縮するウーゼルに対しアンブロシウスが茶葉を結構適当な分量でティーポットに投入しつつ豪放かつ気さくな調子で笑って見せた。

「孫ども、悪いと思うなら卓上の菓子を取り分けるぐらいせんか、ん?」

「お、おう…」

「…見た事のないクッキーですが、何処で購入されたのです?」

「ふむ、故あって×日前行った店の土産だ。これが実に美味い店での、リオやおぬしらにもその一端を食べさせてやろうと思ってな…」

 アンブロシウスの口調と笑顔に危険を直感するエムリス&ウーゼル…リオタムスの渋い顔がそれに予感に拍車をかけるのだが、その正体を掴めぬまま卓上の開封された箱中のクッキーを皿に取り分ける…プレーン&チョコ&レーズン&ザラメ&ジャム&アーモンドの各クッキー…それこそが災厄そのものである事も知らずに…

 

「どうだ、美味かっただろう?」

 呆然自失のウーゼル&エムリスに対し一人勝ちといったアンブロシウスが破顔する。

「じいちゃん!こんなもの何処で手に入れたんだっ!?…痛ててててっ!」

 先に立ち直ったのはエムリスだった。礼節などというものを世界の果てにすっ飛ばしてアンブロシウスに掴みかかろうとするが、その手をがっしりと掴まれた挙句捻りあげられて無理やり席に押し込まれる。

「頭を冷やさんかこの馬鹿孫!」

「…すまねえじいちゃん。だがよぉ~」

 アンブロシウスにとっては予定の反応であり、内心笑いが止まらないのだがあえて厳格な表情を作って見せる。

「どうだ、出所を知りたいか?」

「おうともさ!」

「是非にも!」

 身を乗り出す孫二人に向かってにんまり笑ってアンブロシウスは言った。

「教えてやらん。」

 王子二人がこけた…

「陛下ぁ~」

「じいちゃん~」

 アンブロシウスは完全に脱力した孫二人を再び厳格な表情で睨んだ後、再び悪戯小僧のごとき笑顔でずい!と二人に顔を近づけた。

「情けない声を出すでない馬鹿どもが…この残りはすべてお前らにやる故、出所を調べてみよ。

 …そう、明後日のこの時刻に報告を聞く。正解を報告したら面白い褒美をくれてやるぞ。」

「…どんな?」

「秘密だ。」

 又もこける王子二人。アンブロシウスは呵々大笑しつつ『やることがある』と部屋を出て行き、後にはやれやれという表情のリオタムスと真っ白になった息子二人が残されたのだった。

 

 さて、アンブロシウスの部屋を出て廊下を歩む親子の会話はといえば…

「…父上…陛下はこれの出所はご存知ないのですか?」

「『父上から』は何も聞いておらん。」

「左様ですか…」

 父王の返答の微妙なニュアンスに気付かずがっかりするウーゼル&エムリスに対しリオタムスの宣告が下った。

「ウーゼル、エムリス、リオタムス・ハールス・フレメヴィーラがフレメヴィーラ家の当主として命ずる。先王陛下の命しかと遂行せよ。…これもまた王族としての修行と思え!」

「はっ!」×2

 

「…いささか薬が効きすぎたかな?」

「『悪戯の度が過ぎた』の間違いでしょう?…だいたい手掛かりが少なすぎではありませんか?あれでは…」

 どこに隠れていたのかひょっこりとアンブロシウスが表れた、渋い顔のリオタムスが突っ込むがもう手遅れなのは承知の上である。伊達に何十年もこの父の息子をやっている訳ではないのだ。案の定アンブロシウスの笑顔は相変わらずである。

「いやいや大サービスだぞ、聞くところによるとエルネスティの母はあの容器を調べただけで正解にたどり着いたそうだ。今回は中身も袋もついておる、十分ではないか、ん?」

「あのエルネスティの母を基準とするのはいくらなんでも…」

リオタムスのしごく真っ当なツッコミであったが、道楽に人生をかけている父親には無論通用しないのだった…

 

「うーむ…」×2

 シュレベール城内ウーゼルの私室にて兄弟二人はテーブルの上のクッキー缶を囲みつつ顔を見合わせて唸っていた、調査が八方塞がりなのである。

 最初に二人がやったのは聞き取り調査だった。アンブロシウスの侍従長にここ数日の祖父の外出先を聞いたのだが…

「ディクスゴード公とセラーティ候と出かけて帰って来たのが4日前、その時しかない…」

「だが二人共もう3日前自領へ出立しているから追いかけても間に合わねえ。…にしても行き先がライヒアラという事は…間違いなく銀の長が絡んでるぞ。」

 文字通り祖父と孫の年齢差はあるが、道楽に人生をかけるというか、道楽と心中する覚悟完了しているという共通点から意気投合しているフレメヴィーラ最強の二人を今自分たちは相手にしているという事に王子二人は改めて戦慄した。

「冗談じゃねえ!じいちゃんだけでも厄介なのによ…なあ兄者、やっぱり俺が馬を飛ばそうか?銀の長は確かに変わったヤツだが陰険な処はこれっぽっちもない…っていうか無類の説明好きだ、聞けばなんでも教えてくれるぜ。」

「…間に合わん。父上の『フレメヴィーラ家当主として』という言葉を忘れたのか?今回の件は『王家の私的な問題』であると我々に釘を刺しておられるのだ。王国の公的機関である早馬(駅ごとに馬を交換できる)は使えぬ。お主の馬術の腕は承知しているが早馬なしでは1日で往復するのは無理だ、馬が持たぬ…エムリス、俺たちは完全に嵌められたぞ。祖父殿は我々に『目の前の手掛かりだけでこの謎を解いて見せよ』そう挑戦しておられるのだ…」

「くそーっ!」

 半ば切れて卓上の袋をぐしゃぐしゃにしつつ叫ぶエムリス…そこへウーゼルの声が飛んだ。

「待てエムリス、お前何をぐしゃぐしゃにしているんだ?」

「何って、こいつを入れていた袋だぜ。」

「…それはもとからこれを入れていた袋だな?見せてくれ。」

「お、おう…」

 その袋―言わずと知れたビニール袋―を調べていたウーゼルの顔がみるみる真っ青になっていく。

「ど、どうしたよ兄者?」

「どうしたもこうしたもあるか!これはいったいなんだ?紙でも布でも皮でもないぞ、気が付かなかったのか!?」

「い、いや妙な感触だとは思ってたが…特に気にしていなかった…」

「…お前…いつも言っているが、その大雑把な所は直した方がいいぞ…調査方針変更だ!」

クッキー缶をやにわに掴んでウーゼルが部屋を出た、エムリスが慌てて続く。足早に向かったのは王城付随の鍛冶場だった。

 

「……」×2

 調査は再び壁にぶつかっていた。

「こんな薄板はとても作れない…か…」

「どうやって作ったかは俺達が聞きたいんだがなぁ~」

 王子二人は鍛冶士達から逆に質問攻めに会い、「王家の秘事」という事でその場は凌いだが更に困惑してしまったのである。更に更に大きな壁は…

「この翼の生えた犬は店の紋章だな…となれば下に書かれているのは店名の筈だが…」

「何なんだこれは?これが文字なのかよ…」

 二人が困惑するのも無理はない、フレメヴィーラも西方諸国も建国経緯から文字は同一であり言葉の差異もせいぜいが方言という処、まったく別の文字などと言うものを想定できないのだ。缶の裏に貼り付けられている「製造元・製造年月日・賞味期限」記載がアルファベットではなく漢字&かな&アラビア数字なのだから尚更である。

「こうしていても仕方がないか…」

「だな?」

 夜も更けたのでとりあえず一晩考えを纏め、明日朝相談しようという事で二人は別れて自室に戻ったのだったが、部屋に戻って暫くしてから白河夜船となったエムリスに対して夜通し考え抜いたウーゼルはある結論にたどり着いた。その結果まんじりともせず夜明けまでの時間を過ごしたのである。

 

 翌朝、兄弟の会話は以下の通り。

「兄者、もしかして寝てないのかよ?」

「…眠れるお前がうらやましいよ…実はな、全く馬鹿げた事を思いついた。」

……

「…馬鹿な事を言った。忘れてくれ」

「流石は兄者だ!俺には到底考えつかねえ!」

「忘れてくれと言っている…」

「なんだよそりゃ?言ってやれよ爺ちゃんと親父に!」

「言えるかこんな事!」

 ウーゼルの剣幕にはエムリスも不承不承ならが黙らざるを得なかったのである。

 

 そしてアンブロシウスの部屋、2人は並ぶアンブロシウスとリオタムスの前に跪いていた。

「してどうだ、結論は出たか?」

 前置きもなにもないアンブロシウスの質問に蒼白となるウーゼル、『言っちまえ!』と頻りにエムリスが兄を小突いている…そして彼はついに口を開いた。

「申し訳ございません先王陛下。非才の身故とても分かりませぬ、どうかお教えください。」

「なんだ降参か?不甲斐ないのぉ…」

 アンブロシウスの冷ややかな口調にエムリスが切れた!

「爺ちゃん、その言い方聞き捨てならねぇ!」

「やめよエムリス!」

 ウーゼルが静止するがエムリスは止まらない、立ち上がって真正面からアンブロシウスを睨みつけて叫んだ!

「この箱や袋はセットルンドじゃねえ何処かから持って来たんだろ、違うかよッ!?」

「…馬鹿…」

 跪いたまま頭を抱えるウーゼル、言うだけの事を言ってぜいぜいと息をつくエムリス、奇妙な沈黙の後にんまりと笑ったアンブロシウスがパン!パン!パン!と拍手した後、口を開いた。

「正解だ。」

「はあぁぁーっ!?」×2

 大口を開けて固まる二人を見て更に大笑いするアンブロシウスと大きくため息をつくリオタムス…ひとしきり笑った後アンブロシウスは面白そうな表情で腰を抜かした王子二人にずい!と詰め寄った。

「どのような過程をもってその答えにたどり着いた?包み隠さず全て説明せよ。」

 

 ウーゼル&エムリスの説明が終わると、今度はアンブロシウスが大きなため息をついてリオタムスに向き直った。

「リオよ、残念な事にこやつらはまだ半人前以下、二人で一人前にも至っておらんようだ。」

「…はい、確かに…」

「な、なんだよそりゃ…」

 エムリスの反駁はアンブロシウスの厳格な大喝に粉砕された。

「黙って聞け!ウーゼルよ、お主が日々将来に備えて研鑽に勤めているのは承知しておる。精勤はお主の美徳だ、だがお主は大事な事を忘れておるぞ、精勤とは全て『決断』の為の準備である事を…何故勇気をもって一歩を踏み出さぬ!?

 王は時に、己自身の責にて理(ことわり)を超えた理を見出してこれを選ばねばならぬもの!王の真価を決めるのはその一事にあるのだ…これを選べなかった王は他にいかなる功を上げようとも『惰弱』『無能』以外の何者でもないと知れ!」

「…ハッ!」

 恐縮して跪くウーゼルの横でバツ悪げにあっちの方向へ視線を泳がせていたエムリスにはリオタムスの叱責が飛んだ。

「エムリス!お前は少し自分の頭で考えることをせよ、すべてウーゼルの考えではないか!?お前のそれは決断とは言わぬ、上に立つ者が行き当たりばったりと直感だけで物事を決めて何とする!?理を飛び越える事ができるのは理を極めたものだけ、王の決断に『終わり良ければ総て良し』はない!そのような事をしていればいずれ取り返しのつかない誤りを犯し、お主自身はおろか全ての者に災厄を招くと知れ!」

「…へい…」

「ま、よいわ。なんにせよ正解したのであれば褒美を取らせる約束であったからの…喜べ馬鹿孫共、このクッキーの出所へ連れて行ってやるぞ。『異世界食堂』へな」

 先程の威厳と迫力はどこへやら、すっかり『道楽者のご隠居』と言った体のアンブロシウスが嬉々として語る、異世界食堂を…

「エルネスティにはもう一昨日の内に知らせを送っておる、××日後に出立だ。エムリス、お前が御者をせい。ああそうだリオ、土産を楽しみにしておれよ。」

 再び腰を抜かした王子二人…ウーゼルが恐る恐るリオタムスに尋ねる。

「…父上はその異世界食堂…の事をご存知だったのですか?」

「うむ。」

「な、なんだよ親父!一昨日は知らないって言ってたじゃねえか!?」

「…『父上からは何も聞いてはおらぬ』とは…もしかして?…」

「そうだ、藍鷹&ディクスゴード&セラーティからは報告を受けておった。」

「ずるいぞ!」

「『嘘』は忌避すべきものだが、時と場合によっては『韜晦』できるのも王たる者の心得だ、覚えておけよ」

 破顔したアンブロシウスの大笑がその場を締めくくったのだった。

 




 アンブロシウスの謎かけというか悪戯に振り回される王子達の光景はいかがだったでしょうか?名前しか出てきていないウーゼル殿下は若かりし頃、まだ修行中のリオタムス陛下のイメージで書いてみました。
 次回はいよいよ王子二人の来店です

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