shed~短編の倉庫~   作:Flagile

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ネトゲ廃人だった私は当然のようにデスゲームとなったソードアート・オンラインに囚われてしまった。そこで起こる様々な苦難、私は絶望に呻くことしかできないのだった。

嘘です。ネタです。コメディの練習作です。主人公無双とかではありません。チート能力でもありません。少しでも面白いと思って頂けると幸いです。


【ネタ】SAOで唯一の回復スキル持ちやっています。

 私の名前はジャスティリア、もちろん本名ではない。この世界(SAO)での名前、所謂プレイヤーネームと言うやつだ。この世界に囚われ、既に一年以上の月日が経っていた。SAO、即ちソードアート・オンラインは世界初のVRMMOにして現在私達が囚われているデスゲームの舞台だ。

 

 デスゲームが始まった時、私は絶望した。

 そして怒った。その理不尽に対して。

 

(茅場晶彦)よ!!何故我を見捨てたのだ!!!」

 

 叫んだ。

 喉を潰さんばかりに叫んだ。

 どうしても一つだけ絶対に許せないことがあったからだ。

 

 この世界に囚われた事?

―――違う。元々私はネトゲ廃人だ。

 

 ネトゲのために生きているのだ。当然SAOもクリアするまでは極限まで全てを注ぎ込むつもりだった。それが最低限度のリアルでの生活も必要なくなったのだ。その意味では感謝すらしている。

 

 ではデスゲームである事?

―――確かに死ぬのは嫌だ。

 

 まだプレイしていない積んだままのゲームがある。これから発売されるまだ見ぬゲームがある。見つけていない隠れた名作ゲームがある。そんなゲーム達が私を待っているのだ!死んでしまっては彼らに申し訳が立たない。私にはそれらをプレイする義務があるのだ!!

 

 ……とは言えSAOは攻略組でもない限り注意していれば、そう死ぬことはない。初期の混乱期を無事に乗り切った私には生き残る自信が十分にあった。オレンジギルド(犯罪者集団)にだけは注意が必要だが目立たずに転移結晶を常備しておけばまず大丈夫だ、と思う。

 

 そして死ぬことは確かに嫌だがデスゲームであることはある意味でこの世界を楽しむためのスパイスだ……ちょっと刺激的過ぎるが。

 

 では一体何が許せないのか?

――簡単だ。リアルの姿でこのゲームをプレイする事を強制した事だ。

 

 私はあの時(ログイン初日)(茅場晶彦)に言われるがままに手鏡を見た。そして絶望した。

 

 そこには私の理想を体現した天使は居なかった。膨大な時間と手間を掛け作り上げた細部までこだわり抜いたアバター、それは確かに美しいと言えるものだった。だがそれでも私は満足できなかった。そんな私に奇跡が舞い降りたのだ。気まぐれで実行したランダム生成、それが天使を降臨させた。

 

 クリっとした目にキュットしていながらプリっと美味しそうなリップが愛らしい笑顔を作り出している。愛らしく抱きしめたくなる子供のようでありながら、それとは反比例したつい下から持ち上げたくなる巨乳。しかしそれは全く下品ではなく、むしろ健康的で活動的な印象を与える。その理由の一端はふっくらとして触り心地の良さそうな髪をツインテールにまとめているためだろう。だがそれ以上に全身からにじみ出る活動的なエネルギーが彼女をそう見せているのだろう。

 

 いろいろ言ったが、私が言いたいことは一つだけだ。

 

 まさしく天使だった。

 

 (茅場晶彦)は奪ったのだ!

 私の天使を!

 許すことなどできよう筈がない!

 

 先程まで愛らしく微笑んでくれた彼女はもう居ない。そこに居たのは似ても似つかないガタイの良い男だった。身長186cm、体重98kgまるでボディビルダーのように鍛え上がられた肉体に腹だけ脂肪が纏わりついていた。

 

 腹には私がゲームに出会ってから蓄えたロマン(脂肪)が詰まっていた。そんなボディビルダー崩れの男が簡素なピンクのワンピースのような服を纏っていた。

 

 ロマン(太鼓腹)がへそ出しルックからはみ出していた。私の本名を須藤巌と言う。男でありながら女を装っているプレイヤー、所謂ネカマプレイヤーだった。

 

 

――――――

 

 

 そんな人生最悪の日は既に一年以上前の話だった。不幸中の幸いと言うべきなのだろうが、ネカマとは言ってもそこまで女っぽい名前ではなかったし、装備は男女共用だったために問題なく男物を身につける事ができた。

 

 そんなこんなでこの世界にも慣れ順調にプレイを進めていた。最も俺は攻略組ではなかったが……ゲーム廃人だった俺だが、残念ながらβテストに参加することはできなかったのだ。

 

 もちろん応募はした。と言うかありとあらゆる手段を用いて当選を目指した。それでも参加することはできなかったのだ。世界初のVRMMOのβテストという壁は俺のちっぽけな努力でどうにかできるような物ではなかったのだ。

 

 そしてプレイできないのに情報を見たくないと掲示板からも遠ざかっていた。その判断が足を引っ張った。俺はほぼ事前情報なしでデスゲームに挑むことになったのだ。

 

 慎重に慎重を重ねて、情報を集め、チキンプレイをしていた俺は運良くそれなりにレアそうな武器を手に入れる事ができた。そしてそれを実戦投入すべく、スキルにポイントを振ってしまったのだ。そう振ってしまったのだ……鈍器が不人気な装備ジャンルだとは知らずに。

 

 とは言え、その事自体は全く後悔していない。思い入れはあるし、性に合っていたからだ。だが、やはり効率や装備品の確保と言った点では苦労することになった。このためにどうしてもβテスター達の圧倒的速さに追いつくことができなかった。

 

 ビーター共め、と思わなくもない。だが、例え追いつけたとしても死ぬ危険性が圧倒的に高い攻略組に参加したかと言われると疑問が残る。俺はあくまでも生きてゲームを楽しみたいのだ。死んででもクリアしたい訳でも誰よりも強くありたい訳でもない。

 

 故に俺は攻略組でもなく、はじまりの街で解放を待つ臆病者でもない第三の選択肢を選んだ。攻略組がクリアした階層を探索してクエストをクリアし素材を集め装備を作る、そんな風に攻略組を支援する事にしたのだ。

 

 

――――――

 

 

 転機が訪れたのはそんな風にクリアされた階層でクエストを探して歩いていたある日の出来事だった。俺は新たなクエストを発見したのだ。それはまだ誰にも見つけられていないクエストだった。

 

 第26層スーヴェリージュ、そのエリアは天界をイメージしたエリアで美しい景色とそれに相反するエゲツナイ敵で有名なエリアだった。エリア自体の難易度は決して高くない。

 

 敵も強いわけではないのだが、大量のピアスとピンク色のモヒカンでパンクロッカーのような出で立ちの天使らしき雑魚敵がうじゃうじゃいたり、当たると装備が外れる枕を投げてくる敵や強制的に安眠へと誘う和布団で襲い掛かってくる敵、それに精神を入れ替える技を使う敵などどうにもエゲツナイ攻撃をしてくる敵が多い。ただ攻撃力が低い上に積極的に攻撃してくる敵は少ないため比較的安全だと言える。

 

 スーヴェリージュの北西にあるチグリス・ユーフラテス自然公園エリアではそんなエゲツナイ敵がわんさか出てくる。そんな場所でパーティメンバーと分断され敵に囲まれ孤軍奮闘していた時だった。

 

 そこにあった夜仮面の象とか言う変な象に振り回していた金棒(相棒)が直撃し粉々に砕け散ったのだ。基本的にオブジェの類は破壊不可能であるため誰も壊そうなんて思わないのだが、偶然、戦闘中に流れ金棒が当たったため発見できたのだ。

 

 どうにかこうにか敵を殲滅し、壊れた象を確認した所、無数の乱杭歯付きのニッケル合金製バットが有った。

 

 俺は歓喜した。

 

 何せこんな風に隠してあるということは何かのクエストで必要になるイベント専用の武器なのではないだろうか?そしてそう言ったイベントで手に入る武器は高性能な事が多い。

 

 特に一回しか発生しないイベントの場合、ここでしか手に入らない高性能なユニークウェポンである可能性もある。本来は何かのイベントを進める事でここにこれ(・・)が隠されていると分かるという手順なのではないだろうか?

 

 それが設定のミスなのか仕様なのかは分からないがクエストを進めていないにの関わらず俺が見つけてしまったのだ。手に入れたのはレアな鈍器系の武器、そして俺は数少ない鈍器使い。

 

 これは運命だ。

 そう思った。

 そう思ってしまったのだ。

 

 これが悪夢の始まりだった。レアなアイテムを手に入れた俺は試してみたくなったのだ。そして装備してしまった。

 

 無数の乱杭歯付きのニッケル合金製バット――エスカリボルグという名前らしい――を装備した瞬間、見掛け(・・・)が強制的に変更される。セーラー服に赤いジャケット、黒い紐リボンが良いアクセントになっていた。

 

 オシャレでカワイイ制服姿だと言えるだろう……着ているのがボディビルダー崩れのガチムチで無ければ。

 

「……えっ?」

 

 俺は呆然とした。

 

 そしてすぐに装備を外そうと試みた。まずこの現象の原因と思われるエスカリボルグを外そうと試みる……ダメだった。次に纏っていた防具を外してみる……問題なく外れたが見掛けに変化はない。

 

 愕然とする。

 

 エスカリボルグは呪いの装備だったのだ。

 

 俺はしばらく呆然とした後、貴重な転移結晶を使い、急いで街へと戻った。周りからの視線が痛かった。そんな視線を振り切りよるように俺は走った。一体どれほどの時間羞恥に耐えただろうか?

 

 実際には大した時間ではないはずだが俺には無限かと思える程長い時間だった。馴染みの武器屋に飛び込み、友人である店主のエックルザクスを捕まえ店の奥へと連行する。

 

「うわっ!何をするんだ変態!離しやがれ!……えっ?お前赤鬼か?やっぱり、そんな趣味が!?……離せ!!離しやがれ!!」

 

 突然の事にエックルザクスが何か文句を言って暴れるが強引に引きずっていく。店先でこの格好を見られる可能性を考えればこの対応も仕方がないだろう。

 

 きっとコイツも理解してくれる筈だ。……理解してくれなかったら、理解してくれるまで殴る。ちなみに赤鬼っていうのは俺の通称だ。鍛えあげられた四肢に弛んだ腹、そして金棒がどう見ても鬼って事らしい。ついでに言えば店主のエックルザクスはギルド仲間で何度もパーティーも組んだことがある仲だ。

 

「……落ち着け、別に取って食ったりはしねぇよ……エックル、助けて欲しいんだ」

 

 表から見えない位置まで移動したのを確認した俺はエックルザクスを適当に放り捨てる。投げ捨てられたエックルザクスは尻餅を付いた状態のまま言う。

 

「……ったく、ネカマだしガチムチだしやっぱり男が好きで襲ってきたのかと思ったぜ?」

「それは悪いな。だが何度も言ってるが俺はホモじゃないぞ?」

「……そう信じたいがね(俺の尻のためにもな)」

 

 聞こえているぞ、エックル……まぁいい。

 

 今は我慢だ。コイツをどうにかしないことにどうしようもないんだからな。

 

「それで、一体どうしたんだ?赤鬼がこんなに慌てるなんて珍しいが、鬼の霍乱ってか?」

 

 俺はこれまでの経緯を簡単に説明する。興奮しすぎてたせいでなかなか要領を得ない説明だったと思うが、エックルザクスはあっさりと要点をまとめる。

 

「……要はどう見ても怪しいアイテムを何も考えずに装備したって事だな?」

「……そうだ」

 

 その認識はどうかと思うが話をさっさと進めるために我慢する事にした。見せてみろ、そう言われたのでエスカリボルグを渡す。俺には何をやっているのかイマイチよく分からないがおそらく鑑定しているのだろう。

 

 エックルザクスはエスカリボルグを持ち上げたりいろんな角度から確認したりしている。一通り終わったのかエスカリボルグを置くと何か考えこむような仕草をする。

 

「……何か分かったのか?エックル」

「ああ、とりあえず呪われてるっぽいのは理解るんだが……」

「だが?」

「何か特殊な呪いっぽい……たぶんクエスト専用だな」

 

 クエスト専用、そう聞いて俺はクエストログを確認する。

 

「……あった、ルルティエの試練Ⅲ、か」

「そのクエスト関連のイベントだろうな、この呪いは」

 

クエスト:ルルティエの試練Ⅲ

 仲間を助けるために苦難の末、呪われたバットを夜仮面の象から手に入れたジャスティリア、彼女は呪われる恐怖を抑え勇気を持ってエスカリボルグを装備するのだった。身体を侵食する呪いに抗う術はない。しかしこれで仲間を救うことができる。ジャスティリアは仲間の元へと走り出すのだった。

 

 クエストログで確認できるのはこれだけだった。ルルティエの試練Ⅰ、Ⅱもログには見当たらない。どうやら面倒な事になっているようだ。しばしの沈黙の後、エックルザクスが言う。

 

「……そう言えばこんな話を知っているか?」

 

 エックルザクスが語り始める。それは俺を絶望のどん底に突き落とすような話だった。SAOはアーガスが開発した世界初のVRMMOだ。そしてSAOは世界初でありながら非常に完成度が高い。これは茅場晶彦の才能が大きな役割を果たしていることは言うまでもない。

 

 そしてだからこそ茅場の力によって成長したアーガスは茅場の計画に――むしろ茅場その人にだろうか――その社運を掛けた。ここまではよく知られている話だろう。

 

 アーガスはゲーム業界の革命児として成長し、遂にはトップをも狙える企業へと成長した。とは言え比較的若い会社である事も間違いなく資金に余裕がある訳ではなかった。

 

 そして当然の話だが、いくら天才の茅場晶彦と言えども資金もなしにゲームを開発することはできない。SAOは奇跡的な低コストで開発されたが、それでもアーガスのみで賄いきれなかったのだ。

 

 VRMMOとしては低コストでも従来のゲームからすれば桁が一桁違う程の開発コストが必要とされたと言う。では、アーガスはどうしたのか?簡単だ。世界初のVRMMOだ。話題性は十分以上だった。スポンサーを募りそこから予算を獲得したのだ。

 

 さて、問題はここからだ。VRMMOで最も効果的な広告とは一体なんだろうか?

 

 考えるまでもない。ゲーム内でアイテムとして実際に使用することだ。この結果、SAOのスポンサーはコラボ企画として幾つかの商品をアイテムとして採用させる事に成功する。この事に茅場は世界観が合わないからと最後まで反対していたと言う。

 

 ここで、現在のSAOに話を戻る。現在SAO内にそう言った世界観に合わないコラボアイテムは存在していない。少なくとも今の所、確認されていない。これは茅場がSAOをデスゲームとする際に世界観に合わない物を排除したと考えるべきではないだろうか?

 

「ちょっと待て!エックルはコイツがそのコラボの一環だと思っているのか!?」

「……そうだ、と言うかそれ(・・)昔流行った小説に出てきたモノだと思う」

「……いや、その話が本当だとしたら何でコイツがこの世界に存在してるんだよ!?」

 

 エスカリボルグを指さしながら叫ぶ

 

「……たぶん、見逃したんじゃないかな?」

「……えっ?」

「どうやって管理していたのか分からないから確かな事は言えないけど、多分事前にコラボ関連の物に印を付けておいてデスゲーム開始時に印付きの物を削除するって感じだったんじゃないか?で、それには印を付け忘れたんじゃないかな?いくら茅場が天才とは言え、そう言ったアイテム管理とかは別の人がやっただろうし、その担当者が設定をミスったんでしょ」

 

 その言葉を聞いた俺は崩れ落ちた。この話が本当ならば呪いを解呪する方法が存在しない可能性がある。おそらくクエストを進めることで解呪されるのだろうが、そのクエスト自体が存在しない可能性があるのだ。

 

 クエストとアイテムの両方とも設定をミスっている可能性もあるが期待できるとはとてもじゃないが思えなかった。その事に気付いた俺は全身から力が抜けていくのが実感できた。

 

 これが、これが真の絶望か……

 

 

――――――

 

 

 その後それでも諦めきれない俺は一縷の望みを掛けて呪いを解くことができるという教会を訪ねた。―――対応するイベントの呪いしか解呪できなかった。

 

 まだ見つかっていないクエストが第26層スーヴェリージュにあるのではないかと探しまわった。―――別のクエストを発見して儲けたが、ルルティエとか言うのは全く見つからなかった。

 

 ならばエスカリボルグを破壊すれば良いと思いつき、早速試してみた。―――エスカリボルグは破壊不可能らしい事が分かった。なお実行の際に死に掛けた。圏内でやれば良かったと後で気付いたが後の祭りだった。

 

etc……

 

 思いつく限りの方法を試したが全てがダメだった。あまりに落ち込んだ俺を放っておけないと付き合ってくれたエックルザクスには悪いが無駄骨だったらしい。数少ない分かった事と言えば

 

 一つ、エスカリボルグを外す事はできないが防具は自由に付ける事はできるという事。幸いにしてフードを被ることで視線からは逃れられるようになった。

 

 二つ、エスカリボルグは破壊できない事。耐久度がゼロになると『壊れたエスカリボルグ』へと名前が変化し、性能が産廃になるだけで破壊することはできない事。

 

 おそらくイベントアイテムだからだろう。なお、これを使えるように修復するために俺が貯め込んでいた財産が大部分が消えたと言っておこう。

 

 三つ、エスカリボルグの本当(・・)の使い方が分かった事。唯一これだけが今回の件で得られた有益な情報だと言えるだろう。エスカリボルグは驚愕の性能を持つ武器だった。高い攻撃力に補正、異常に重い重量、ここまではごく普通の―――と言うとおかしいが―――魔剣等のレアドロップと同様だった。

 

 驚くべきは固有スキルだった。エスカリボルグを装備することでエクストラスキルを獲得できるのだが、このスキルの内容が信じられない物だったのだ。回復スキルなのである。そうこの世界には存在していないと思われていた回復スキルなのだ。かなり変わっているとは言え回復スキルなのだ……一応。

 

 スキルを発動するとまず対象をエスカリボルグで撲殺(・・)する。……ツッコみたい気持ちは分かるがとりあえず話を聞いて欲しい。この際に体力をしっかりとゼロにできないとその段階でスキルがストップしてダメージだけが入る。

 

 ちなみにこれを攻撃技として利用することができるのだが途中でスキルがストップしても技後硬直が正しくスキル発動した時間だけ掛るためどうにも使いづらい。これを避けるにはノックバックを発生させれば良いのだが、そのためには大ダメージを覚悟しなくてはいけないだろう……使えねぇ。

 

 話を戻そう。

 

 無事撲殺できたとすると俺の身体は勝手に動き出す。……そう勝手に動き出すのだ。一切の自分の意志とは関係なく。これは全てのソードスキルで共通なのだが、この日程そのシステムを憎んだことはない。勝手に動き出した身体がエスカリボルグを軽やかに振り回す。これは別に良い。

 

 だが、だが!だが!!

 

 勝手に口も動き始める。そして大声で唱えるのだ!

 

 ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ~

 

 そして撲殺したモノがビデオの巻き戻しのように再生していく。くどいと思われるかも知れない。だが、何度だって言う。勝手に身体が動くのだ。一切俺の意志は関係ないのだ、と。

 

 だからそんな目で俺を見るな!

 そして生暖かく励ますな!

 悲しくなるだろうが!

 

 ちなみにこのスキルは人だろうが物だろうがモンスターだろうが全てに発動できた。今回の犠牲者?はいつの間にか復活していた夜仮面の象だった。なお、二本目のエスカリボルグはドロップしなかった。

 

 呪いを解呪することはできないのだと諦めざる負えないと思いながらも諦めきれずに何かヒントはないかと探す毎日。それでも生きるためにクエストに挑まなくてはいけなかった。

 

 何せ今唯一使える武器を修復するために全財産の8割をつぎ込む羽目になったのだ。金がないのだ。そんな感じでギルド喜悦の天使連盟の仲間といつも通りにクエストに挑む事になった。

 

 ……俺の姿を見た瞬間大爆笑したのは一生恨んでやる。俺がこんな呪いに罹っていてもいつもと何も変わらずに――むしろエスカリボルグの火力分早く――クエストは進んでいく。

 

 今の所スキルを使わざるを得ないような状況に陥ることはない。相手も自分も極力使いたくない上に結晶を使った方が遥かに楽に回復できるからだ。

 

 そりゃあ、一度ミンチにされて復活できないかもしれないリスクを背負ってまでエスカリボルグに頼りたくないだろう。今回のクエストでスキルを使用したのはパーティメンバーの武器が折れた時だけだった。

 

 それなりにレアな武器だったのに見事に斬るのに失敗、管理も怠っていた事から耐久度がゼロになり折れてしまったという訳だ。あまり使いたくはなかったが、仮にも昔からの仲間の頼みだ。

 

 仕方なくスキルを発動する。

 

 ……周りからは見えないし聞こえない位置まで移動してスキルを発動させたがスキルが発動する。エスカリボルグで折れた武器をぶっ叩く

 

 ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ~

 

 野太い胴間声が俺しか居ない部屋に響き渡る。そして巻き戻すように武器が再生……しない?もう一度スキルを発動する。

 

 ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ~

 

 先程と同様に太く濁った声が軽い調子のフレーズを部屋に響かせる。……やはり再生しない。そしてこの時初めてこのスキルが回復ではなく見た目通りの時間巻き戻しだと言うことが判明したのだった。

なお、仲間からは使えねぇ、の合唱を頂いた。

 

 お礼として顔面に一撃をプレゼントしておいた。その後の検証により30秒間時間が巻戻っている事が確認できた。……ホントに使えねぇ。

 

 呪いを解くことをほぼ完全に諦めたある日の事だった。俺達、喜悦の天使連盟の面々は少し背伸びをした階層に挑んでいた。とても割の良いクエストを見つけたのだ。そう言った場合は取られない内に早く攻略するに限る。そう判断し万全の用意をしてダンジョンに挑んだのだった。少し背伸びしているとはいえ元々マージンを大きく取ったプレイだ。万全の用意があればそうそう問題が起こる筈もなく順調にダンジョンを進んでいた。

 

 それは油断だったのかも知れない。順調に進むクエストを後少しでクリアできる、その高揚が隙に繋がったのかも知れない。クエスト達成に必要なアイテムを手に入れた瞬間、俺達の誰もがアイテムに集中していた。誰も後ろからこのエリア最強の敵が迫ってくる事になど気づいて居なかった。

 

 気付いた時には既に遅かった。

 

 仲間の一人が背後から致命的な一撃を喰らう。幸いまだ息がある。が、止めを刺そうと敵が動いている。敵が剣を振り上げた時、ようやく俺達は動き始めた。

余りにも遅かった。目の前で振り下ろされる敵の剣、直撃し体力のゲージがゼロになる。

 

「あっ……」

 

 俺はそれをただ茫然と見送る。

 

「スキルだ!!!」

 

 その声にハッとする。エックルが俺に向かって叫んでいた。まだ回っていない頭でスキルを発動する。ポリゴンとなり消え始めていた仲間にエスカリボルグを振り下ろす。

 

 そうだ!

 

 俺は回復スキル持ちなのだ!!ようやく頭が回り始める。俺は呪文を唱えようとする。妨害は入らない仲間達が敵を足止めしてくれている。敵がこちらに来ないように敵の攻撃を避けずに受け止める。仲間の表情が苦悶に歪む。そんな事は今は気にしている場合じゃない。俺がやらなくちゃいけないのは呪文を唱えることだ!俺は全身全霊を掛けて呪文を唱えた。

 

 ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ~

 

 祈るような一瞬。

 

 散り始めていたポリゴンが巻き戻したかのように集まってゆく。そして光る。気付いた時には瀕死の状態の仲間がそこに居た。良かった……。エスカリボルグを手に入れていて本当に良かった。心からそう思う。

 

 蘇生した仲間に回復結晶を使用する。残念ながら蘇生はできたが最初の一撃までは回復できていない。30秒以上経ってしまったのだろう。こうなると回復結晶を使用するしかない。瀕死だった仲間の傷が回復していく。俺はそれを最後まで見ることはせずに敵へと向かっていく。他の仲間達が戦っているのだ。俺も参加しなくてはいけない。

 

 戦闘はすぐに終わった。いくらこのエリアで最強クラスの相手とは言えボスじゃない。その上、数も一体のみであるなら元々そう苦戦する相手ではないのだ。俺が参加した事によりパーティの攻撃力向上し為す術もなく敵は倒れたのだった。

 

 その後俺達は大事をとって貴重品の転移結晶で街まで戻ったのであった。これが俺がこのエスカリボルグを獲得して心から感謝した最後の瞬間だった。

 

追記

 街に戻った俺達はNPCのガーディアンに囲まれることになった。原因はすぐに理解った。いつの間にか俺の名前がオレンジネームになっていたのだ!いつなったかも推測ができる。エスカリボルグのスキルは対象を撲殺(・・)し、その後回復する。

 

 おそらくこの撲殺した、という部分でPKしたと判断されたのだろう。……何度も言って申し訳ないが、本当に、本当に

 

「使えねぇ!!!!!!」

 

 俺の絶叫が街に木霊した。

 




エスカリボルグ
レンジ:ショート、攻撃力:720-730、重さ:250、タイプ:打撃、耐久値:3000、要求筋力:45、防御:+50、敏捷性:-20、力:+60、エクストラスキル付加

スキル:エスカリボルグ
エスカリボルグ専用スキル、エスカリボルグのフルスイングで対象を撲殺する事で発動、ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ~の掛け声で対象の状態を30秒前に戻す回復スキル。蘇生時間の問題から敵前で使用せざるを得ないスキルであるにも関わらず長いスキル詠唱時間に硬直、プレイヤー相手に使用するとPK扱いと非常に使いづらい。


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