東方東奔西走録   作:練武

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5話 僕と幻想郷-1

どこか、梟の鳴き声。彼らは夜にネズミなどの獲物を狙い佇む。

どこか、虫の鳴き声。彼らは夜にメスを求めただ音色を響かせる。

おとなしい風が木々を揺らして通り過ぎる。夜の森はただ不気味すぎるほどに静かで、厳かだ。隣に何かいる、そう思わせるほどにあたり一面生きた気配を感じる。

一歩一歩慎重に進まなければ何かに気づかれてしまう。

うっすら月と星が辺りを照らしてくれてはいるものの一寸先は闇。

闇は、人を不安にさせる。その一歩が命取りになるかもしれないから。

 

「コンパスは大丈夫。携帯は...なんで圏外なんだ。」

 

暗い森の中で、一筋の光の中を確認するが、その画面には残酷にも圏外の二文字が写し出されていた。

時計は午後2時を過ぎた頃合いだ。あたりを見渡しても木、木、木。

ここはどこなんだ?理解できていない中でただ1つわかることがある。ここは、奔放山でないということ。

あの扉を開けてからの記憶からここまでの記憶がない。目が醒めるとそこは暗い森の中だった。

何が起こったのかさっぱりだ。理由はわからないが気を失って、それで寝ていたことになるのか?

でもそれならあの廃神社で寝ていないと理由がつかない。

考えに考え、1つの結論に至る。それは僕が普段なら毛頭至らない結論だ。

かみかくし

失踪した男子大学生、50年前に忽然と姿を消した村娘

2人と同じように、僕もあの山から消えてしまったのか?

じゃああの噂は本当なのか?

そんなこと、今わかるはずがない。これは夢か幻だ。こんなこと起こるはずがない。頭を振って否定しようとする、が

じゃあ僕がこの目で見ている鮮明な景色はなんだ?吸っているいつもと違う透き通った空気はなんだ?ひっそりと聞こえてくる小さな音はなんだ?

1つ1つ克明に脳に脳へ伝えられる情報、そのリアルさが僕に問いかける。

これは、幻か?夢か?

 

「もうわけわかんねぇよ、本当に神隠しかよ...」

 

少し涙目になりながら吐き捨てる。もうさっぱりだ。

途方に暮れてその場で立ち尽くしていた時、聞こえた

低い、低いうなり声が。人の声じゃない、獣の声だ。

空気がビリビリと震えるのを感じる。

声の方向は真後ろか、だんだんと大きくなっている。

何かいる、だけどそれがなんなのか

声が大きくなるにつれ、どこか嫌な臭いが漂う。獣独特のクセのある臭い。自然を生き抜いてきた臭いだ。

足音だろうか?唸り声とは別に地に落ちる音が聞こえる。

ずしん、ずしん。かなり大きい、そして何より恐ろしかったのは、

その獣は立っている。二足歩行だ。

二足歩行の獣?一体なんだ?

恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのは理解を超えた、何か

だった。

大きさは2m、全身が茶色で筋肉質。猫背で腕を垂らして歩くその化け物は、口の異様に尖った歯を見せながらゆっくりと近づいてくる。

僕は全体を認識した途端、走り出した。目に見えた物を理解する前に、考える前に、そこから逃げ出した。

あれはきっと知ってはいけないもので、僕が見てはいけないものなんんだ。きっとそうだ、そうに決まっている。

だけど、それがいけなかったのか

化け物は急にスピードを上げた。足音の間隔が早くなり地を蹴って追ってくる。もしかして、今までばれていなかったのか?

僕が走ってやっと気づいたのか?

そんなこと考えている暇なんてない、後ろを振り向く余裕なんてない。ただ、走り続けるだけだった。

 

 

 

気が遠くなりそうなほど走った。僕の人生20年、割と走った記憶があるがここまで死ぬ思いをしたのは初めてだ。

汗は滝のように全身から流れ、肺の空気を何度も総入れ替えしている気分だ。足もおぼつかなく視点が左右に何度も揺れる。

それでも、足を止めることなんてできない。後ろはずっと追いかけてきている。

奴の足は思ったよりも早くはなかった、しかし体力勝負となるとジリジリと追い上げられている。足音と息遣いがだんだんと大きくなっている。

『死』

昨日まで微塵も感じてなかった恐怖がヒシヒシと迫ってきている、実際どうなるかわからないが、ただ怖かった。

あの時の僕は何も考えていない。体力の限界も、水分を取らないといけないことも、ここがどこだなんてのはもう吹き飛んだ。

ただ後ろの恐怖から逃げることしか頭になかった。身体も精神も疲れていたのだから尚更だろう。

ゴールがないマラソン。そんなマラソン続けてたら、いつか限界はやってくる。

 

「あれ....」

 

突然、足がきかなくなった。足が地面に磁石のように引っ付いた。そして意思とは関係なく、ただただ震えている。疲労からなのか、恐怖からなのか。

ダメじゃないか、こんなところで立ち止まっちゃ。

肩で息をしながら膝小僧を何度も叩く。

 

「なんで!なんで!」

 

膝が真っ赤になるまで何度も叩くが、それでも震えは止まらない。寧ろ震えが大きくなる。

ついに足に力が入らなくなり、そのまま座り込んでしまった。立とうと足に力を入れても足がいうことを聞かない。

そして、視界もだんだんとぼやけてくる。ぐにゃぐにゃと辺りが歪み、真っ直ぐ座っているのかわからない。

足音も遠くなってきた。臭いはきつくなってきているのに、不思議だ。汗が目に入ってももうそれを拭き取る余力さえない。

ついには重力に負けて地面に横たわる。もう遠近感さえ狂ってきた。

遠くなる意識の中で、最後の力を振り絞って声に出す。

 

「やめろぉ!やめてくれ!」

 

「嫌だ!なんなんだよ!死にたくない!」

 

どれくらい叫んだか。僕には時間がなかった。遠くなる意識の中で、あいつの臭いだけが僕に改めて現実を突きつけた。

死ぬんだな、と。

 

 

 

 

「死んだんですか?」

 

「死んでたらここいないから」

 

素っ気ない一言に思わず突っ込んでしまう。

でもあそこはどう考えても死んでいたんだよね。まさかこうして生きているとはあの時の僕は思わなかっただろう。走馬灯が頭でうっすらとロードショーを開始したのを覚えてる。

 

「そこで、私が現れたんですよ!」

 

あぁ、そうだった。そこで射命丸さんが助けてくれたんだ。だけどその間気を失ってたから詳細はわからない。

 

「それじゃあ続き話すね、と言っても僕は気を失っていたんです。なので目を覚ましてからになります。」

 

 

 

 

 


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