イカロスの翼は死に戻る   作:玄武 水滉

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高評価ありがとうございます!そしてランキングにも入れて……感謝の言葉しかありません。
そろそろ物語も終盤へと近づき……というかこの話含めて後2話で終わりです。短い間の付き合いでしたがありがとうございました。

今回の話は少し短めです。次回は最終回になるかと。


もしそれが怪物の所為ではないとしても

 

 715周目

 

 

 

 生け贄の英雄テーセウスは、脱出不可能のラビリンスを脱出した。

 その理由はミーノース王の娘 アリアドネーから貰った糸玉を使う事でラビリンスから脱出する事が出来たのだ。だがその後アリアドネーとテーセウスは結局結ばれることはない。アリアドネーに恋した他の男が攫い、テーセウスは見つける事が出来ず諦めてしまった。アリアドネーがその後どうなったのか、テーセウスには知る由も無い。だが、望んでいなかった展開である事は明らかである。

 

 俺があの時最後に見た銀色の光、きっとあれが必要なんだろう。あの時俺が拾っていればもう少し結末は変わったはずだ。まぁ悔やんでもしょうがない。

 それにダイダロスが翼を作る上で足りないものがある。羽を蝋で固めるだけでは翼としては未完成なはずだ。

 

 だって神話のダイダロスは小さい羽を固めて作った大きな羽を()()()()()()翼を完成させたのだから。

 

 最後に必要なものは、本物のテーセウスが遺したアリアドネーの糸。神話では赤色と言われていたが、銀色に見えたのは気のせいだろうか。

 いや、恐らく血溜まりの中に落ちていたから赤色に染まったのだろう。本来は光に照らされて輝く銀色だったのが、血を吸って赤色に染まった。正直そんなのはどうでも良いか。糸であれば何でもいいのだ。

 

 俺の、テーセウスのやる事は一つ。落ちている短剣を拾って目の前の怪物を殺すだけ。絶命させてテーセウスとしての偉業を成し遂げるのが俺の役目。

 

 そして銀色の短剣を掴み、切っ先を迫る脅威に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 823周目

 

 

 

 

 

 

 

 俺は瀕死で寝転んでいるミノタウルスに跨り、銀色の短剣を喉に突き刺した。赤く温かい血が私の顔を汚した。大丈夫、どっからどう見ても致命傷だ。

 これで俺が帰らない限りは起き上がる事は無いだろう。一先ずは落ち着いて大丈夫だ。

 行き止まりの奥、『テーセウスは死んだ』と書いてある壁の足元。そこにアリアドネーの糸は落ちていた。やはり血溜まりに落ちている糸は大半を赤く染め、元が赤色の糸では無いかと錯覚させるぐらいだった。

 

 これがあればダイダロスの翼は完成する。俺はその糸を拾い、銀色の短剣を持っていない方の手で握った。血染めの糸からぽたぽたとテーセウスの血が滴る。自分の着ているボロ布が赤色に染まっていく。まぁミノタウルスの返り血を浴びている時点で全身真っ赤なのだが。

 

 刹那、倒れていたミノタウルスから光の粒が溢れ出した。その光は、まるで空に浮かんでいる月に吸い込まれていく様だった。

 

「イカロス!大丈夫だったか!?」

 

 駆け寄ってきたダイダロスが俺の体をぺたぺたと触ってきた。それを大丈夫だとあしらいつつ、俺は消えかかっているミノタウルスの側に座った。

 光り輝くミノタウルスーーいや、アステリオスの肉体は体の先端からボロボロと崩れていく。それを手で掬おうとして、指の間から光が漏れた。

 ダイダロスは俺の手を引っ張って帰る様に促した。だが、俺はそれを断って座る事に決めた。

 

 本来ならばミノタウルスと名付けられた怪物は、テーセウスの手によって殺される筈だった。だが、やって来た生け贄を皆殺しにしたアステリオスは一体どんな気持ちだったのだろうか。

 ミーノース王の所為で呪いを掛けられ、妻子共に呪われた。産まれる子供には罪は無い。結局はこのミノタウルスも、俺が散々殺されたのもミーノース王が悪い訳だ。ミーノース王マジ許さん。

 

「ごめ…………ん」

 

 立ち上がって帰ろうとした所で、消え逝くミノタウルスがそう呟いた様な気がした。急いで振り返るも、既に光が空へと昇った後だった。

 ミノタウルスはただの被害者だった。勝手に牛の頭を持たされて産まれてきて。その所為で狂わされて、その為に閉じ込められて。そして自分が酷いことをしてしまったと思ったのか謝られた。

 それが俺は憎い。俺をここまで殺すんだったらミーノース王を殺せ。何故俺、いやダイダロスまでもが巻き込まれなければならなかったんだ。本来ならばダイダロスは無傷でラビリンスを脱出出来るはずだったんだ。それなのに、それなのに!

 

「今更謝るんじゃ無い!!!お前がどう言おうとも!俺は!私は絶対に許さない!!ミノタウルスも!この様に仕組んだお前ら神も!」

 

「お、おいイカロス?」

 

「絶対に殺す!何があっても殺す!刺し違えても殺す!覚悟しろ!私は貴様らが思っている程優しくはない!」

 

 俺はミノタウルスがどんなに酷く産まれてきたからと言われても許す気はない。だって実際に俺とダイダロスを殺したのはミノタウルスだ。世界じゃない、神でもない。こいつ自身の斧だ。だから謝れる筋合いはないし、もし謝られたとしても俺はテーセウスの短剣を喉元に突き刺すだろう。

 

 俺の、私の復讐はまだ終わっていない。そもそもの根源であるミーノース王に恨みはないが、この様に仕組んだ神を殺さなければならない。

 俺はテーセウスの短剣を握りしめた。爪が手のひらに食い込んで血を流し、その血はラビリンスの石畳へと流れて行き、奥の血溜まりへと混じった。

 

 ダイダロスが手を引っ張ろうとする。手に持っていた糸をダイダロスへと渡し、俺はそのごつごつとしたお父さんの手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8周目で落ち着く事が出来た窪みに着くと、ダイダロスは着くなり作業へと戻って行った。

 俺は短剣を地面に起き、満天の星空を眺めながら寝そべる事にした。未だにどれがどの星かは分からない。

 

 遂に俺のイカロスとしての生活は終わりを告げる。後はダイダロスが翼を完成させて終わりだ。()が翼を付けて、神を殺すだけだ。

 

 ……少し体が悲鳴を上げているのが分かる。体の節々がぎしぎしと軋んだ。ミノタウルスとの戦闘は苛烈を極めたものだった。一つ間違えれば死亡の世界で、たった一本の短剣を持って巨躯な怪物に立ち向かう。それは他者から見たら無謀に見えただろうし、勿論俺も少しは無理だろうと思っていた。

 戦っている間に集中力が切れたりもした。だが、ミノタウルスの目を見る度に蘇るのだ。あのお父さんを殺した時の怒りが。あの時の復讐心がふつふつと湧いてきて、気がつけばテーセウスの短剣を振りかざしていた。

 

 だがそれも遂に終わったのだ。俺の仕事は終わりだ。俺の、テーセウスとしての仕事は終わったのだ。その事に自分に対して激励をしつつ、俺は目を瞑った。

 

 起きた時には俺はいないだろう。俺の記憶を持って、俺の憎悪を持ったイカロスが。その天へと人間が復讐するという傲慢をもって神を殺してくれるだろう。

 

 俺が俺では無くなってしまう事に少しの恐怖感と、神へと復讐できる幸福感が混ざり合う心情の中、俺はその意識を深い闇の中に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






FGO編やべぇよ血生臭いよ

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