ラ・ロシュフコー
傲慢な怪物
ーーここに語ろう。
背中の一対の翼で天へと、高みへと望んだ一人の話を。
それは即ち傲慢の象徴。
後世にも語り継がれる人類史上初めて大空へと羽ばたいた罪深き
ー
「おい、何ぼーっとしているイカロス!」
気がつけば毛深いおじさんに怒鳴られていました。
え、ここどこ?そもそも俺は確かーーだめだ、思い出せない。大切な事を思い出しそうになると、割れる様に頭が痛む。まるで何かに鍵を付けられている様な感覚。
とりあえず落ち着こうと、一人胸を抑えようとして違和感を感じた。
むにゅんという感覚。目線を下に向けてみれば、たわわと実るおっ
「イカロス!」
怒鳴られて背筋を思わず伸ばす。慌てて返事をしようとして、声が出せない事に気がついた。
「無理して喋らんでもいい……全くミーノース王め。わしが何をしたと言うんだ」
ミーノース王?はて、そんな人は聞いた事がないぞ。
そもそもここは一体何処なのだ。石畳が広がると思えば天井は無かったり。空からは太陽の光が降り注ぐ。ベージュ色の長い髪に当たって中々暑い。
記憶はないものの、知識だけは残っている感じだ。おじさんの喋っている言葉は聞いた事がないが、理解する事が出来た。勿論喋れと言われたら話せるかは謎だが。
立とうとして見れば、足にはずっしりとした鎖が付いていた。鎖は俺の足と足の間に繋がっていた。こう言うのには詳しくないのだが、これにどの様な意味があるのだろうか。
「よし、イカロス。このラビリンス内に落ちている羽を集めてくるんだ。それで翼を作って、空から逃げてみせよう!」
「ーーーー!!」
飛べるわけないだろ!という声は出ず、代わりに
慌てておじさんが背中をさすってくれる。どうやらあまりこの体の状態は良くないらしい。よくよく見れば、足や腕に痣が多い。それに着ているのも薄汚れた布切れ一枚。
「ーーぁ」
喉が痛い。鉄臭い喉から声を捻り出し、やっと小さいながらも声が出た。
「だぃ……じょぅぶ」
「よし。わしは羽を蝋で繋げる準備をしておくから、羽をある程度持ってきたら帰ってきてくれ」
声を出すと喉が痛むので、とりあえず親指を立てて了承のサインを出すと、俺は石畳の地面をゆっくりと蹴って歩き始めた。
そしてその直後に腹の中にあるものを全て吐いた。
それは『イカロスの翼』と言う神話。
ミノタウルスを閉じ込めたラビリンスを伝説の石工 ダイダロスが作るが、ミノタウルスを退治したテーセウスに恋したミーノース王の娘 アリアドネーによって助けられる。本来生贄として死ぬはずだったテーセウスが帰還した事にミーノース王は不審に思った。まさかアリアドネーにその様な知恵があるとは思わなかったのである。そして疑われたのがラビリンスの作成者であるダイダロスだった。そしてダイダロスは息子のイカロスと共にラビリンスに閉じ込められてしまう。
要するにイカロスは完璧なとばっちりを受けたのだ。
ダイダロスはなんとか脱出しようと策を練る。その内に思いついたのが羽を蝋でくっ付けて翼を作り、天へと羽ばたいて脱出すると言うものだった。
作戦は成功し、ダイダロスとイカロスはラビリンスから脱出する事に成功する。
だが、そこで調子に乗ったイカロスは太陽に更に近づこうとし、やがて蝋が溶けて地面へと落ちていき……死ぬという物語だ。
俺はそこまで思い出し、自分がイカロスと同じ運命を辿るのではないかと思った。明確な死の気配がそこまで来ている。
動悸が早まる。走ってもいないのに息切れを起こし、立っているのさえ辛くなる。
いや、まだ分からないだろう?自分はイカロスと言われたが
そう思ったのも束の間。突如として視点がぐらりと傾いたかと思えば、急激に背が低くなった。よくよく耳を澄ませば背後から轟音が聞こえてくる気がする。
体ごと振り向こうとして、足が動かない事に気がついた。
否、
「アァァァァァァァァッッッッッッッッッ!!!!!」
どうしようもない痛みが全身を駆け巡る。
「ぃッッっっっぁぁぁッアァッッッ!!!」
自分の体が血溜まりへと沈んでいく。
誰に体を切断されたかも分からずにーー例え見ていても理解する事は不可能だろうーー明確な恐怖だけが体を貫く。
腕が落とされた。この時点で既に意識は吹き飛びかけていた。口からは小さな吐息しか漏れず、涙の跡と激しく吹き出る血だけがその悲惨さを語っていた。
意識が落ちるーーそう思ったところで、もう一方の腕が落とされた。落ちかけていた意識は痛みによって呼び戻される。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいぃっぃっっっっぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぁぁぁ」
もがく事も出来ずただ飛びかける意識の中で痛みだけを味わう。拷問の様な仕打ちに涙すら出なかった。いや、もう体の中の水分は全て持っていかれていたのかもしれない。
最後にダイダロスが駆け寄ってくる様子だけを見て、その視界が半分に割れた。
ー
「おい、何ぼーっとしているイカロス!」
怒鳴り声と共に意識が覚醒した。俺は確かと思い出そうとしてーー腹の中にあるものを全て吐き出した。
「だ、大丈夫かイカロス!?」
足がある。ただ
背中をさすってくれるおじさんーーダイダロスに大丈夫だとサインを送る。
大丈夫などではなかった。手足は震え、思考は恐怖で埋め尽くされた。
先ほど起こった事を夢とは言いたくなかった。痛みも全身を走ったし、何よりこうして自分がここにいることがその証拠だ。でも何故という疑問がぽつりぽつりと浮かび始めた。
夢というよりかは時間が戻った様に感じる。まぁ夢だろうと何だろうと、同じ事をすれば待っているのは死だ。
ダイダロスは先ほどーー1週目という名前を付けようか。記憶の整理にも役に立ちそうだーーと同じ事を言い、
とりあえず先ほどと同じ様に立ち止まったりなんかすれば、私は何者かによって殺されるだろう。バタフライエフェクトと言う様に、つぶさな事でも変えれば何かが変わるかもしれない。
まずは翼を携えて飛んでみよう。何かが変わるかもしれない。身は震えているものの、ここで止まって拷問の様に殺されるのは嫌だ。
そして意気込んでいた私の頭は宙を舞った。
そして傲慢にも生きたいと願ってしまった。
ー
3周目
「おい、何ぼーっとしているイカロス!」
拷問の様な長い長い時間が幕を開ける。
難易度型月