模擬戦が終了し、アイテールへ帰投する。
オレの〈VF-31F〉は見事に模擬弾で彩られ、撃墜されたと大々的に喧伝していた。
それは別として、
前が見えないせいで、あっちへ行ったりこっちへ行ったりして、挙げ句の果てにチャックに牽引されて戻ってくる始末だ。
メッサーのやつ、当てるところくらい考えろよ、まったく。
でもまあ、初めて乗った機体にしては上出来だったんじゃないだろうか。
格納庫へ機体を収納し、コックピットから出る。
「よう、お疲れさん」
そこでは先に機体を格納していたチャックが待っていた。
隣にはミラージュも一緒にいる。
「お疲れチャック。悪い負けちまった」
「何言ってんだ、メッサー相手にあそこまで戦えたんだ。上等な方だよ。な、ミラージュ?」
「うぇ!?い、いきなり振らないでください!」
自分に振られると思っていなかったのか、素っ頓狂な声を上げるミラージュ。
「さ、着替えてくるとしよーぜ!健闘祝いに今日の飯は俺の奢りだ!」
「よっしゃあ!」
オレとチャックは肩を組んで意気揚々と格納庫を後にした。
それを見てミラージュがやれやれといった感じで続いて出ていく。
◆
模擬戦終了後、機体を降りてからもメッサーは自分の機体を見たまま動こうとしなかった。
そんな折り、アラドが格納庫のメッサーの元へやってくる。
「ご苦労だったな。どうだアイツは?」
「及第点ですね。センスはありますがまだ荒削りといったところです」
メッサーは返事はするが、機体を見つめたまま動かない。
「どうしたメッサー?」
「……もしかしたら、アイツは化けるかもしれません」
「ほぅ?お前がそこまで言うなんて珍しいな」
「右翼先端を見ていただければわかるかと」
「……何かあるのか?」
怪訝そうな顔をしながら、アラドはメッサーの言う右翼先端を見に行くと——
「……ッこれは!」
——先端には、模擬弾1発分のペイントが付着していた。
そこでアラドは、最後に交差するあの一騎討ちの際に当てられたと確信する。
「模擬戦で当てられたのは久しぶりです」
「……確かに、こりゃ化けるかもしれないな」
アラドは頭を抱えて、だが嬉しそうに不敵に笑ってみせた。
◆
——夜。
〈裸喰娘娘〉での晩飯を終えたオレは腹ごなしに涼みに出ていた。
近くの桟橋に腰掛け、夜の海と、星の海を交互に眺める。
こうしていると、グリフィスパークを思い出す。
街の喧騒からも離れ、人もいないと言う点についてはほぼ一緒だ。
唯一違う点といえば、近くの〈裸喰娘娘〉から喧騒が聞こえて来るくらいだ。
……でも、嫌な喧騒じゃない。人の営みがあると実感させてくれる心地いい喧騒だ。
——空を見上げていたら、なんとなくハーモニカを吹きたくなった。
首から下げていたハーモニカを手に取り、ゆっくりと吹き始める。
奏でるのは、オレのお気に入り、ランカさんから教えてもらった大事な歌〈アイモ〉
星の海を越えて、銀河の彼方にいるであろう彼女へ届くように、奏でる。
オレはここにいる——と。
心配しなくても元気でやっている——と。
やがて、演奏が終わる。
ギャラリーはいない。強いて言うなら遠くの星のランカさん、か。
なんて、ロマンチシストのようなことを考える。
すると、背後からパチパチパチと拍手が聞こえてきた。
いないと思っていたギャラリーはどうやらいたようだ。たった1人分の拍手があまりに響く。
オレは拍手の主を確認するために振り向いて、驚いた。
「……美雲?」
ワルキューレのエースボーカル。ミステリアスクイーンこと美雲・ギンヌメールがそこに居た。
「どうしてここに?」
「真っ直ぐで綺麗な音色が聴こえたから、見に来たの」
夜の散歩でもしていたということなんだろうか?よく見れば格好もワルキューレの制服ではなく、私服だ。
「いい曲だったわ。なんて曲名なの?」
美雲がゆっくりとこちらに歩いて来る。
そして、オレの後ろで立ち止まり、同じように海を眺める。
「……
2人で夜の海を見つめながら、淡々と言葉を呟く。
「ラグナに来る前に、オレの恩人から教わった大切な歌さ」
「……そう」
「ああ……」
静かな時が流れる。
本当ならこういう沈黙は気まずいって感じるのだろうが、なぜか美雲との間にある沈黙はそれを感じなかった。
「ねえスバル。貴方、その恩人とはどんな関係だったの?」
「……急にどうした?」
「だって、恩人のことを話している貴方の
優しそうな顔って、緩んでたとかそういうことか?
ペタペタと顔を触って確認していると、美雲がその様子をみてクスクス笑う。
「まあ別に隠すことではないけど……関係、か」
答えに詰まる。
別に恋人とかそんな関係ではない。かと言って友達かと言われたら、微妙に違うし……。
「家族……姉、かな?」
「フフッ、貴方のお姉さんって、想像できないわね」
またクスクスと笑う美雲。
その仕草にオレの心臓が大きく跳ねた。
「姉って言っても本当の姉じゃないぞ」
「あら、そうなの?」
「そうなの。だから姉なんだけど友達みたいな感覚というか……友達より近いんだけど、恋人とかそういう目で見れないというか……」
「複雑な関係ね」
「……オレもそう思う」
自分でも言ってることがよくわからなくなってきた。
頭を抱えていると、美雲が一歩寄ってくる。
「ねえ、もう1度あの曲を吹いてくれるかしら?」
「え?ああ、まあ……いいけど」
そう言って、再びハーモニカを咥える。
今度はギャラリーがいるから気合が入るな。
ゆっくりと再び奏でられる旋律。
どこかの誰かの想いが、届きますように。
些細な願いが、天へと届きますように。
遠い銀河の彼方へ、届きますように。
あなた、あなた、求める誰かに応えるように。
すると、その旋律に別の旋律が加わる。
虹色に輝く女神の旋律。
振り返ると美雲が、その声でスバルの演奏に彩りを加えていた。
その音色は、かつてグリフィスパークでランカとスバル——2人が奏でた旋律ととてもよく似ていた。
空を見上げれば、スバルと美雲、ふたりの行く道を照らすように月が大きく輝いていた。