マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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演出の都合上、場面切り替えが増えますので、あしからず。


Mission15 絶翔 グレンノツバサ II

 

空を切り裂くような閃光が輝く。

全てを灼きつくす熱波がラグナの海を沸騰させる。

そして、天を貫くように光の柱が伸びていく。

それはまるで、ワルキューレの支配者であるオーディンの槍のごとき、世界を貫く槍のようであった。

フォールド空間によって起爆範囲を極限され、すべてを圧壊させていくフォールド物質使用型重陽子反応爆弾。

すなわち"反応弾"が起爆したのだ。

地球人類が独力で開発したその最終兵器は、放射性物質をほぼ放つことがなく、ただ熱と衝撃波だけを発生させる。

そう、たった二つだけを発生させるのだ。

だが、そのたった二つの威力は計り知れないほど強力で、だからこそ最終兵器と呼ばれる所以でもある。

そういう兵器が、惑星ラグナの表面を灼いた。

衝撃波によって発生した波が全てを飲み込む津波となって、バレッタ・シティの市壁を叩き、洋上の〈アイランド・ジャックポット〉のドームを、叩く。

そうして、シェルターに避難が完了していない人々を暗い海の底へと引きずり込んだ。

 

何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も。

 

そして、空で戦う彼らもまた例外ではない。

シグル・バレンス直下で起爆した反応弾は、熱波と衝撃波を撒き散らしながらその規模を拡大していき、ケイオスも、ウィンダミアも、新統合軍も、S.M.Sも関係なく、全てを光の中に飲み込んでいく。

反応弾が起爆する数秒前にアラドが叫んだ。

 

「反応弾が起爆する。逃げろ」

 

——と。

そこには敵も味方もない。

ただ、大勢の命が失われることを見越した言葉だった。

しかし——

 

「総員退避ッ!!」

 

「ま、間に合いませんッ!!」

 

「うああああああああッ!!」

 

——その言葉に反応できたのはごく少数だった。

ヴァール化した仲間達は、その脅威に反応できずに、跡形も残さずに蒸発した。

逃げ遅れた機体は熱波に装甲を焼かれ、衝撃に翼を砕かれ、オーバーロードしたエンジンの爆発に巻き込まれていった。

 

そうして。

 

生き残ったのは、爆心地から離れた位置にいた機体か、間一髪逃げ切った機体だけだった。

 

——絶望が、戦場に満ちていた。

一瞬にして、何百という命が失われた。

痛みが。

嘆きが。

憎悪が

怨嗟が。

後悔が。

苦しみが。

哀しみが。

この世に存在するありとあらゆる負の感情が渦巻いていた。

 

 

 

だが、しかし。

 

 

 

それでも、戦いは終わらない。

互いの生存をかけた戦いは、混沌とした状況となっても、まだ続こうとしていた。

或いは、戦うことこそが宿命だとでも言うかのように。

巨人族には英知がなくとも、力がある——故に自らの力によって滅びゆく。

人間にもまた、力があり、英知がある——それ故に、その愚かさ故に滅びゆく。

即ち、闘争こそが生命の本質であると言っているようだった。

それは"業"と呼び換えても良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォールド波増大!凄まじいエネルギーですッ!!」

 

反応弾が起爆した影響で、熱せられた大気が暴風となって荒れ狂い、衝撃波で揺れる〈アイテール〉の中で、ティリスが悲鳴のような声をあげた。

 

「何が起きているんだ博士ッ!?」

 

「知らないわよッ!あいつら何やらかしてくれてんのッ!?」

 

アラドの言葉に答える余裕もないのか、呪詛の言葉を撒き散らしながら、スクリーンを流れていく情報をかぶりつくように見ていた。

そこに、普段の知的な振る舞いは少しも見受けられない。

 

「不要な情報はこちらで処理します!博士は解析に集中を!」

 

「頼りにしているわよティリス!」

 

ガタガタとキーボードを叩きながら、スクリーンを流れていく情報の奔流を次々と処理していく。

その間にも、戦いを止めないウィンダミアの無人航空隊は、防衛網をすり抜けて、〈アイテール〉の対空砲火と激烈な戦いを演じている。

反転して防衛に回る小隊も、反応弾起爆による一時の混乱があったとはいえ、即座に立て直すあたり、精鋭部隊の面目躍如といったところだろう。

だが、それでも機械相手の戦いを経た彼らの疲労は濃い。

疲れを知らない人工知能との戦いは、あまりにも不利だった。

 

「博士!新たな反応が!」

 

「……ッ!これは!」

 

アイシャの瞳が大きく見開かれる。

センサーが捉えたフォールド波の波形には見覚えがあった。

忘れるはずもない。

アル・シャハルの戦いで巨大な神殿が現れた時と全く同じ波形だ。

だが——

 

「アル・シャハルの時よりも反応が強い!?全軍に通達ッ!次元震動に備えてッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

反応弾によって抉れた爆心地(グラウンド・ゼロ)が大地として新生する。

人の生み出した呪わしい炎が、神を呼び起こしたように。

フォールド・アウトの輝きが空間を切り取っていく。

そうして、"それ"は現出した。

巨大な玉座が現れ、そこに座るべき王が腰掛けるように、遺跡戦艦と結合していく。

創世記に記された物語のように、新たな神話が紡がれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学者どもが言っていたのはこのことか……」

 

神殿が現れる様子を艦橋から見ていたラウリ・マランは得心がいったように、顎に手を当て、なるほど、と言葉をこぼす。

 

「データは取れたか?」

 

「解析率90パーセント!もうまもなく終了します!」

 

「そのまま解析を継続しろ。いい手土産ができたな」

 

ニヤリと、不敵に笑ったラウリ・マランは、このデータを提出すればさらに上へ昇進できると、確信していた。

プロトカルチャーの遺跡にはまだ謎が多い。

そのひとつを解析したとなれば、自身の有用性の証明にもなる。

惑星(ホシ)をひとつ犠牲にした価値があったものだ。

 

「解析が終了次第、ただちに撤退するぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本艦と地上に出現した巨大なシステムが強制的に接続されてる模様!」

 

「これは……何らかのデータをシステムから受信しています!同時に送信も確認!……もの凄いデータ量ですッ!」

 

若い騎士たちの報告が次々と上がる。

その報告のほとんどは、未知の巨大なシステムによるもので、そのデータの量は膨大だった。

それを見たロイドは、メガネを直す仕草をすると、確信を持って言った。

 

「陛下、あの遺跡からは強い力を感じます。アル・シャハルの遺跡よりも遥かに強力な力を。おそらく歌の力を増幅させる効果があるものかと思われます」

 

その目は新しいオモチャを手に入れた子供のように輝いており、学者としての血が騒いでいるのは明白だった。

 

「これぞプロトカルチャーの意思、か」

 

「断言はできませんが、おそらく」

 

「……ならば進め!母なる大地を汚す不浄の火を躊躇いもなく使う奴らに銀河の覇者を名乗る資格などない!」

 

吼えるような号令が轟く。

その言葉に突き動かされるように、騎士たちの士気が上がった。

 

「歌えワルキューレよ!真の王の名の下に(ルダンジャール・ロム・マヤン)!」

 

「「「「真の王の名の下に(ルダンジャール・ロム・マヤン)」」」」

 

グラミア王へと傅く少女たちの瞳は虚ろだ。

しかし、はっきりした声で、ひとり、またひとりと歌いはじめた。

 

 

そうして、歌劇の第二幕が上がる。

 

 

 

 

(愚かだ。この遺跡の真価が、歌の力を増幅させるだけではないということを知らないとはね)

 

シグル・バレンスのブリッジに歓喜の声が響いている中でも、ジュリアンは冷静だった。

赤い双眸が、感涙にむせぶグラミア王やロイドを冷めたく見つめ、手元のモニターを流れていく情報を解析する。

 

(この遺跡は門だ。大いなる箱舟を運ぶための、門なんだよ)

 

解析しつつ、呼び出したホログラム・スクリーンに、イプシロン財団のベルガー・ストーンが映る。

 

「これはジュリアン様。何か御用でしょうか?」

 

「"王"の様子は?」

 

「は、未だに覚醒には至っておりません。ですが、ワルキューレと美雲・ギンヌメールの歌に反応は示しております」

 

「そうか、引き続き動向に目を光らせておいてくれ」

 

「かしこまりました」

 

スクリーンを閉じたジュリアンが、ブリッジ正面のメインスクリーンを見上げる。

そこには無人航空隊と戦闘を繰り広げる〈アイテール〉の艦影があった。

 

(だが、鍵がなければ門は開かない)

 

歌い出したワルキューレの歌は、遺跡の力を介して増幅されている。

それこそ、"風の歌"に匹敵するほどに。

しかし——

 

(所詮はハズレ……増幅してもこの程度か)

 

——ジュリアンが求むのは"風の歌"よりもさらに強力な歌だ。

それを歌うための力は、おそらくこの広い銀河の中で、美雲・ギンヌメールをおいて他にはいないだろう。

だが、未だに彼女に覚醒の兆しは見られない。

 

(やはり、覚醒を促すには手元に置いていないとね)

 

再びコンソールを操作し、スクリーンを呼び出す。

だが、呼び出されたのはベルガーではなかった。

映し出されたのは、ひとりのパイロット。

群青色の髪と瞳をした少年。

だが、その目に光はなく、ただ機械のように無表情で、マシーンのような雰囲気を纏っていた。

 

「君の出番もそろそろ来るかもしれないね」

 

「……了解」

 

ジュリアンの言葉に、少年は眉ひとつ動かさずに答える。

胸元にかけられたペンダントが禍々しい色を放ち、妖しく輝いていた。


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