マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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Mission14 決戦 ラスト・フロンティア Ⅴ

 

〈アイテール〉艦橋、艦長の座るべきシートに腰をかけたアイシャは、艦長代理として各系統に指示を出しつつ、眼前に広がるホログラム・スクリーンを睨んで情報を解析していた。

かつて〈ゲフィオン〉と呼ばれる艦の艦長をしていただけに、彼女には他のクルーに比べて、艦の運用には一日の長がある。

だが、指揮を出しつつ解析を行うという芸当は未だ嘗て経験したことがなかった。

それでもなお〈アイテール〉が撃沈せず健在なのは、優秀なオペレーターや卓越した操舵士の技量によるところが大きいだろう。

目に映る範囲はすべて敵であり、響き続ける美雲の歌が、まだ自分たちは生きているのだと教えてくれていた。

 

「デルタ3、チャック・マスタング中尉からデータの転送と入電!」

 

「読み上げて!」

 

「ワルキューレと美雲さんの歌が拮抗して効果が発揮できていない、とのこと。また、ワルキューレの反応はラグナへ降下中の敵遺跡戦艦から発せられていると見て間違いないとのことです」

 

「なるほどね……!」

 

アイシャは送られてきた解析データと、自分が解析してはじき出したデータを見比べると、苦虫を噛み潰したような顔で、下唇を噛んだ。

敵なったワルキューレの歌がこれほどまでに厄介なのかと。

だが、同時に驚きもあった。

増幅装置を使っているとはいえ相手はワルキューレの四人。

その歌の力は疑うべくもない。

だというのに、美雲はたったひとりでそれに対抗している。

そのデータを見て、アイシャは舌を巻いていた。

美雲はまだ、一欠片も諦めていないのだ。

なら、自分たちがどうして諦められようか。

 

「やっぱり、敵遺跡戦艦に接近してワルキューレを奪還するのが一番手っ取り早いってことかしら」

 

座りなおしたアイシャが足を組み替えて、ホログラム・スクリーンに投影された部隊の展開図を見つめる。

 

「ティリス。後詰め部隊のメガシオンとグラシオンはどうなっているの?」

 

「は、はい!〈マクロス・メガシオン〉は、敵が出現すると同時に敵旗艦の砲撃を受けて轟沈したそうです……。〈マクロス・グラシオン〉は敵遺跡戦艦を追ってラグナへ降下するコースに入ったと報告が」

 

ティリスと呼ばれた少女は、自分の名前を呼ばれると思っていなかったのか、ビクッと肩を震わせると、自身の座席の前に配置された球体ホログラム・スクリーンと手元のキーボードへ交互に視線を移しつつ、滝のように流れる情報の中から必要なものだけを読み上げた。

 

「となると、マクロス・キャノンであたしたちが通る道を作るのは無理そうね……」

 

「あ、あの、この部隊展開では仮にマクロス・キャノンを使って敵戦艦への道を作ったとしても、確実に味方を巻き込むと思うんですけど……」

 

恐る恐るという言葉が似合うような姿勢でティリスがアイシャの案に異論を唱えるが、当の本人は展開図を見たままを思案に耽っているのか、上の空で返答した。

すると、何かを思いついたのか、眉がわずかばかり動く。

 

「ねえティリス。右翼の部隊が比較的統制が取れているみたいなんだけど、ここにはどの部隊が配置されているの?」

 

「えと、右翼にはランドール新統合軍とヴォルドール新統合軍が展開しています」

 

ガタガタとキーボードを操作して、アイシャが注視するホログラム・スクリーンに、展開している部隊の名前が表示される。

それを見たアイシャの目がさらに大きく開いた。

 

「——いい作戦を思いついたわ。現在展開している部隊に通達、これより〈アイテール〉は敵中央を突破してラグナへ強行突入するわよ」

 

「ほ、本気ですか!?」

 

「やーね、こんな時まで冗談言う趣味なんてないわよあたし」

 

「そんなのわかってますよ!」

 

「心配しないで、勝算があるから言ってるの。——それから、右翼に展開しているヴォルドール新統合軍の"彼"に通信を送って」

 

「"彼"……ですか?」

 

「ええ、"彼"の協力なくしてこの作戦は成功しないわ」

 

そう言ったアイシャは、不敵な笑いを浮かべており、アーネストが戦闘中によく見せる表情と似ていた。

それを見たブリッジクルーとティリスは、いくら頭脳明晰の天才と謳っていようとも、アイシャ・ブランシェットという女の本質にあるものは、アーネストと同じ巨人族なのだと、改めて思い知らされるのだった。

 

 

 

 

 

 

「敵艦隊を〈アイテール〉一隻で突っ切るだぁ!?」

 

自分たちの母艦から送信された通信を傍受したアラドは、その内容を聞いて、戦闘中であることも忘れ、声を張り上げる。

驚きのあまり視線を後方に向ければ、〈アイテール〉は既に混迷極める戦場にアプローチするコースに進出していた。

 

「ったく、無茶しやがる!全小隊〈アイテール〉の直掩に回れ!」

 

操縦桿を傾けたアラドは〈アイテール〉の直掩に回る軌道に乗り、それに追随するように後方からミラージュとチャックの〈VF-31〉が続く。

戦場はいまだに混乱の渦中にあるが、少数ながらも精鋭である空中騎士団はその限りではなく、突っ込んでくる〈アイテール〉を発見した部隊が、迎撃するために迫り来るが、

 

「やらせん!」

 

直上から剣のように鋭く切り込んだ三機の〈VF-31〉が瞬く間に〈Sv-262〉の部隊を撃墜した。

〈アイテール〉のブリッジでその様子を見ていたアイシャは満足げに頷くと、通信回線を開き、叫ぶように指示を出す。

 

「出番よッ!ララサーバル大尉!!」

 

「応ッ!!」

 

〈アイテール〉後方からダークグリーンのカラーリングにその身を染め上げ、新統合軍を表す〈NUNS〉の文字と、機首側面にワルキューレ、美雲・ギンヌメールのノーズアートを描いた巨大な機体が現れる。

可変戦闘機を一回りもふた回りも上回るそれは、かつて第一次星間大戦において投入された大型陸戦兵器〈デストロイド・モンスター〉を可変戦闘機のように再設計(リモデル)した可変爆撃機と呼ばれる機体で、〈ケーニッヒ・モンスター〉と呼ばれていた。

その機体のコックピットには、ヴォルドールの戦いでハヤテ・インメルマンが救い出した新統合軍兵士、アルベルト・ララサーバルの姿があった。

 

(またお前に乗って戦うことになるとはな……!)

 

アビオニクスの脇に貼り付けられた息子と娘の写真を見つめて、ほんの一瞬だけ父親の顔になる。

彼らの歌がなければ、愛する子供達と再会することはできなかったかもしれない。

彼らがいなければ、きっと今頃、自分は向こう側に立っていたかもしれない。

とても返しきれる恩ではないことはわかっている。

それほどの恩義を感じているのだ。

だから、せめて彼らの道を拓く力となろう。

 

「〈アイテール〉!甲板を借りるぞ!」

 

「えっ!?ちょっと!手加減しなさいよッ!」

 

まさか〈アイテール〉の甲板を使われると思っていなかったのだろう。

驚愕で裏返ったアイシャの声にララサーバル大尉は不敵に笑うだけで、答えなかった。

艦の直上に差し掛かった〈VB-6〉がゆっくりと、その姿を変貌させていく。

主翼を形成していた部位が脚部に。

機体背面の格納庫カバーが展開してミサイルランチャーを搭載した両腕に変形。

その下、格納庫内に収納された、戦闘機には不釣り合いなほど大きく強大な給弾システムと、敵艦隊の城壁を打ち砕く長大なレールキャノンの砲身が姿を現す。

爆撃機(シャトル)の中に封じられた陸戦兵器(モンスター)の軛が解き放たれたのだ。

 

「ケーニッヒモンスター、上甲板に降着しました!」

 

ティリスの報告とともに、相対速度を合わせて〈アイテール〉へと降り立った〈VB-6〉が火花を散らして甲板を滑る。

やがて、美雲の立つフォールド・サウンド・ステージの脇で、巨大な怪物は制動した。

 

「キャット・リーダー迎撃開始!死にたくない奴は俺の視界から去れッ!!」

 

〈VB-6〉のセンサーが前方に展開する敵艦隊を捉える。

給弾システムとレールキャノンの砲身が接続され、モンスターの代名詞とも言える、100キロ以上の射撃可能範囲を誇り、それを誤差数メートル単位で超精密射撃を行える自己誘導型砲弾が装填された。

 

「あーもう!ピンポインバリア展開!最大出力!美雲と甲板を守りなさい!!」

 

セットした髪が乱れるのも厭わずに、頭を掻きむしり、吹っ切るように叫んだアイシャの怒号がブリッジに響いた。

 

「喰らえぇぇぇぇぇッッッ!!!」

 

ララサーバル大尉の獅子吼とともに、四門のレールキャノンが爆炎を噴きあげ、同時に砲身内で瞬発的に電磁加速された弾頭が放たれる。

再設計前のデストロイド・モンスターには及ばないものの、その砲撃によって伝わる衝撃が地震のように〈アイテール〉を揺らし、ピンポイントバリアを展開してもなお抑えきれない反動が、甲板を抉った。

そして砲弾はララサーバル大尉の熟練した技倆と計算によって算出された射線を作り出し、大気圏突入コースに入った敵旗艦への道を阻む壁に文字通り巨大な風穴を開ける。

圧倒的な火力によって道を切り拓くその姿は、紅蓮を纏う巨人、炎の国ムスペルヘイムの番人たるスルトの剣のごとき一撃であった。

 

「今よ!最大戦速!突っ込んで!!」

 

エンジンも焼けよ、というほどの勢いで、全推力を投入した〈アイテール〉が、さらなる加速とともに、炎の花道へと突入する。

普通ならば、敵陣のど真ん中にたった一隻で突入するなど、無謀な行為でしかないだろう。

だが、その行動が、逆に敵の想定を超えた。

もとより人的資源に乏しいウィンダミアはその戦力の大半を無人戦闘機に依存しており、ヴァール化した兵も、風の歌が響いた時ほどの統率が取れているわけでもない。

セオリーを無視した戦術により無人戦闘機は人工知能(AI)に混乱が発生し、理性を失っているヴァール兵に臨機応変な対応など望むべくもなく、闇雲に放たれるレーザーやミサイルは、ただただウィンダミア側の被害を増大させるだけだった。

 

「後は頼んだぞ、デルタ小隊!ワルキューレ!」

 

敵艦隊を突破した〈アイテール〉は、その速度のまま大気圏突入コースに入る。

役目を終えた〈VB-6〉は甲板から離脱し、追っ手を阻む殿となるべく、その場に残った。

コックピットの中でララサーバル大尉は敬礼で彼らを見送り、機体を百八十度回転させると、追いついてきた部下の〈VF-171〉と共に、混乱する敵艦隊を見上げる。

 

「全機散開!ヴォルドール方面軍の実力を見せてやれッ!!」

 

戦いの第二ラウンド開始を告げる砲撃とともに、〈VB-6〉スルトと〈VF-171〉ムスペルは再び戦いの宇宙へと飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

「すげぇ……」

 

大気圏へと突入する〈アイテール〉の近傍にいたスバルは、あまりの出来事に、感嘆とした言葉を発することしかできなかった。

何しろ、単機で飛び出していた彼が敵艦隊を突破するよりも早く〈アイテール〉が突破してきたのだから、そうなってしまうのも仕方のないことではある。

戦術も戦略もない、ましてや作戦計画ですらない無謀そのものの戦い方に単機で恒星間侵攻すら可能としている第四世代型以降の可変戦闘機のお株を奪われてしまっては立つ瀬がない。

だが、何よりもスバルが凄いと感じたのは、そのような状況になってもなお、歌い続けている美雲の姿だ。

ケーニッヒ・モンスターの砲撃による衝撃、最大戦速による加速と震動で重力制御と慣性制御をもってしても、ステージは地震のように揺れていた。

それでも、その歌声には乱れがない。

もしかしたら、そのような状況すら彼女には見えていないのかもしれない。

それほどまでに研ぎ澄まされた、神の領域に踏み込んだ歌だった。

 

「流石だな……」

 

歌う美雲の横顔を見たスバルは、素直に感心の言葉をこぼした。

彼女の目指しているものは、途方も無い高みにある。

きっと、まだまだ上へ登りつめていくのだろう。

そう思い、離れた存在になっていく美雲の姿を想像した途端、スバルの心が痛いくらいに締め付けられる。

 

(オレは……)

 

そんな高みを目指す彼女に置いていかれたくない。

そう思った。

立場は違えど、彼女の隣に立つのは自分でありたい。

そう願った。

 

 

 

 

その想いに呼応するように、フォールドクォーツのイヤリングの輝きが変化し始めていることにスバルは気づかない。

淡い輝きを発する機体の中からこぼれ出す炎のように紅い陽炎は大気の摩擦に紛れて、覚醒の時を待つように静かに揺らめいていた。




ここにきてまさかの名前ありの新キャラ登場(笑)
本筋にガッツリ関わってくるわけではありませんが、ハリーやガイ、オペ娘らのようにちょくちょく登場させられればいいかなー。
ぜひよろしくお願いします。
以下プロフィール

◆ティリス・ミュンヒェベルク
アイテールのオペレーターを務める少女。年齢18歳。
亜麻色の髪のエアリーボブカットにしている。
控えめで大人しい性格をしており、与えられた任務は真面目にこなそうとする頑張り屋。
頑張りが空回りしてしまうこともあるが、情報処理能力は一級品であり、戦術眼にも優れる。
しかし、その他の能力が軒並み平均以下の残念な少女。

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