マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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Mission14 決戦 ラスト・フロンティア Ⅳ

 

〈アイテール〉の甲板へと、スカイブルーのシールドで覆われたステージが上ってくるのは、舞台の奈落からセリに乗って登場することに似ている。

いや、むしろそのために作られたんじゃないかと美雲は思った。

無論、真実はこの艦を作った者達にしかわからないことだが、少なくとも、美雲はそう考えている。

ともかく、どちらも人目の触れることのない闇の中から、輝かしい星々が煌めく世界へと上がっていく行為であるという点では共通していた。

その行為は、いつであっても、どのような困難な局面でも、否応無しに美雲を高揚させた。

そして、それは今も例外ではない。

上昇が停止し、無限の星々が広がる海のたもとに立った美雲の瞳に、線香花火のように儚い光が炎の華となって煌めいては、刹那のうちに消えていく。

それはつまり、命の輝きが失われたことに他ならない。

こうしている今も、刻一刻と命は失われ、そして、このまま何もしなければ、さらに多くの命が失われることになるのだ。

それは誰もが望むことではない。

それを止めるためにここへ来たのだ。

 

「…………」

 

視線を下ろす。

〈アイテール〉甲板にヴォルドールの戦いを経て、復活を果たした〈VF-31F〉の真紅の美しい双翼が輝いていた。

どうやら、アラド達は到着と同時に出撃したらしい。

遅れるように現れたその機体が、たった一機で甲板に進み出るその姿は、ここが、この場所こそが、自分の独壇場(ステージ)だと言っているようだ。

その機体の機首、即ちコックピットに視線を向ければ、アビオニクスの操作をしているスバルの姿がある。

すると、美雲の視線に気づいたのか、スバルが軽くだけ振り向いた。

 

「行くわよ、スバル」

 

聞こえるはずのないつぶやきを、それでも銀河で彼女にしかできない高貴さで発声すると、それに応えるようにスバルは美雲へ敬礼をした。

〈W〉のマークを作り、ジェスチャーを返す。

 

まもなく、奇跡のステージが幕を開こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「機体チェック、オールグリーン。マルチパーパスパックおよびコンテナユニット異常なし、〈アイテール〉発進許可願います」

 

風防(キャノピー)越しに見上げる宇宙(そら)は混迷を極めているように見えた。

先んじて出撃したアラド達も、そろそろ戦闘に参加している頃合いだろう。

ヴォルドールの戦闘以来、完全分解(オーバーホール)でしばらく前線から退いていた真紅の〈VF-31F〉が復活を果たし、そのシステムチェックを終えたスバルが、操縦桿を握りしめて、発艦準備に入る。

 

「〈アイテール〉よりデルタ4へ、発進よろし、ご武運を(グッドラック)

 

まるで舞台の花道のように、リニアカタパルトにガイドマーカーが浮かぶ。

ランディングギアのロックが解除され、機体が電磁力で浮き上がった。

 

(美雲……)

 

振り返る。

フォールド・サウンド・ステージからこちらを見下ろす美雲と視線が交錯した。

 

「行くぜ、美雲」

 

敬礼をする。

それに応えるように〈W〉のマークと、美雲の微笑みが返ってきた。

舞台は整い、役者は揃った。

ならば後は幕を開けるのみ。

 

「発進!!」

 

舞台幕を切り裂くように、真紅の〈VF-31F〉が、リニアカタパルトによって宇宙(そら)へ射出されるのと、ワルキューレの——美雲の歌"僕らの戦場"が始まるのは同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミラージュ!なんかおかしくねぇか!?」

 

侵攻するウィンダミアと、それを防衛するケイオス、S.M.S、新統合軍の連合部隊との戦闘はラグナ衛星軌道上を中心に展開されていた。

奇襲後、即座に転身してラグナ宙域へデフォールドしたアラドたちデルタ小隊はそこに放り込まれることになったのだが、その戦況は乱戦を通り越して混沌としていた。

四方八方から鳴り響くロックオンアラートと、アル・シャハルの時とは別の意味で役に立たなくなったレーダーを見て、チャックは素直に疑問を口にすることにした。

 

「何が言いたいんですかチャック中尉!?」

 

一方、ミラージュの声には余裕がなかった。

それも当然だろう。

どんな人間だって、乱戦のど真ん中に放り込まれれば混乱するのが当たり前だ。

心を落ち着けようにも、四方八方から狙われては、そんな暇はない。

敵味方を識別しようにもレーダーは無用の長物と化している。

つまり、自分の目と直感だけが頼りなのだ。

そんな状況、事態だというのに、おかしいと聞かれて答えられる余力がミラージュになかったとしても、それは責められることではない。

 

「奇襲返しされて混乱しているのはわかる。だが精鋭揃いのケイオスとS.M.Sがこうも圧倒されるのは変だ!」

 

「だから何が変なんですか!?」

 

「いくらレーダーが役に立たなくても有視界戦闘なら敵味方の区別はつく!なのに連中はそれも見えてないみたいにがむしゃらに攻撃してやがるんだ!」

 

しかも敵はちゃんと敵味方を識別してるときた、と付け足したチャックが接近する無人戦闘機(リル・ドラケン)をレールマシンガンで撃破する。

 

「……!それって」

 

何かを閃いたように目を剥いたミラージュが口にしようとするが、それよりも早く"それ"は聴こえてきた。

 

「この歌……!」

 

「まさか……!」

 

互いをカバーするように背中合わせになった臙脂と黄の機体が動きを止めて、"それ"に耳を傾ける。

響いてきたのは万華鏡のごとく色が次々と変わり、兵を鼓舞するアップテンポなサウンド。

しかし、底知れない闇のような不安定さが垣間見え、本来の歌からは遠くかけ離れているように聴こえる。

そんな歌だというのに、聴く者全てを引きずりこむようなある種の中毒性を感じさせた。

 

「カナメさんたちの歌……!?」

 

「……てことはもしかして!」

 

二人の脳裏をよぎったのは、連合部隊がヴァール化する事態だった。

だが、そう考えれば、敵味方が識別できていないように見えるのも、物量差でも優っているのに押されているという点にも納得がいく。

そう考えてからの二人の行動は早かった。

 

「ミラージュ!データを集めてワルキューレの位置を探る!悪いが援護してくれ!」

 

「わかりました!任せてください!」

 

歌が聴こえるということは、少なくともこの戦場のどこかにワルキューレがいる。

だとしたら、やるべきことはひとつしかない。

即座に戦闘機(ファイター)へ変形したイエローオーカーの〈VF-31E〉が熱核バーストエンジンを噴かし、戦域から離脱するコースに入る。

それを撃ち墜とそうと数機の無人戦闘機(リル・ドラケン)が迫り来るが、

 

「邪魔はさせないッ!!」

 

間に割り込んだ臙脂色の〈VF-31C〉から放たれたレールマシンガンとビームガンポッドが瞬く間に無人戦闘機(リル・ドラケン)を炎の玉に変える。

はた目には戦闘を放棄しているように見えるチャックの機体を守るために、ミラージュは全力で、本気の空戦をやることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「十機目ッ!」

 

スバルが戦闘に参加してから僅か数分で、彼の撃墜数は二桁に乗った。

炎の玉となった無人戦闘機を切り裂いて、不滅の騎士(ジークフリード)が、さらに敵陣へと斬り込む。

復活を果たした真紅の〈VF-31F〉の性能は恐るべきものだった。

初めてこの機体に乗った時の感動は今でも覚えている。

だが、再び乗ったこの瞬間は、感動を通り越して、震撼させられた。

フレームや機器類は刷新したという話は聞いたが、さらなる改造を施されたという話は聞いていない。

つまり、ヴォルドールの時と機体性能はほぼ同じはず。

にも関わらず、機体性能以上の力を発揮しているように感じるのは、ひとえにアイシャと整備クルーの努力の賜物だろう。

心の中で、彼らと彼女に感謝と賞賛を送りながら、再び眼前に迫る〈Sv-262〉の翼をもぎ取り、エンジンを破壊する。

 

「十一機ッ!」

 

その時だった。

 

「——ぐっ!?」

 

ペンダントとして首から吊り下げたイヤリングが震えた。

金槌で殴られたような衝撃が脳を揺さぶり、意識が飛びかけるが、紙一重で繫ぎ止める。

直後、スバルの鼓膜を揺さぶったのは聴き慣れた歌だった。

 

「この歌声……カナメさんたちか……!」

 

美雲の歌に対抗するように、全く同じ歌詞が戦場に響き渡る。

 

——壊して、もっと、もっと、僕を感じて!

 

——戦場に咲く命よ、燃えろ、燃えろ!

 

その歌が、スバルには、気勢昂める鬨の声(ウォークライ)のように聴こえ、ヴァールへの耐性を持たないパイロットたちには、気勢を削ぐ喊声(ウォークライ)のように聴こえた。

そのせいだろう。

萎縮し、闘志を失ったパイロットたちが次々とヴァール化しては〈VF-31F〉へ殺到してくる。

その暴走に終わりは見えない。

美雲の歌は、アンプを通して聴こえているはずのなのに。

 

「クソったれ!……どうして美雲の歌が届かないんだ!」

 

再び、ヴァール化した新統合軍の〈VF-171EX〉を二機撃墜した。

そのままスロットルを一杯に入れ、さらに敵陣の奥深くへと機体と歌を届けるために、熱核バーストエンジンが、蒼炎を吐き出す。

 

「デルタ4!飛び出しすぎるな!」

 

各小隊の援護を行いつつ、チャックたちの直掩に回っているアラドの声が聞こえた気がした。

だが、止まるわけにはいかない。

歌を届けると、カナメたちを助け出すと約束したのだ。

 

「もっとだ!もっと近くで歌を届けないと!」

 

暴風雨のようなレールマシンガンやビームの嵐を紙一重で躱す。

接近するミサイルは近接信管が反応する前に駆け抜けた。

 

「!?」

 

しかし、回避に専念していたせいだろう。

後方に控える〈アイテール〉へ迫ろうとする二機の〈Sv-262〉に抜かれてしまった。

〈Sv-262〉の機体下部に懸架されたビームガンポッドが展開し、その砲塔が美雲の立つサウンドステージを直射するコースを取っていた。

 

「やらせるか!」

 

マルチパーパスコンテナユニットが起動し、内部に搭載されていた二門のビームガンポッドが、トルネードパックやYF-29のような旋回式ビーム砲のように展開する。

本来、デルタ小隊はその任務の特性上、威力を抑えた近接戦用の武装を装備することを義務付けられていた。

しかし、スバルの機体はもともとアイシャが試験運用に使っていたという経緯があり、またパイロットの希望もあって、より火力を特化させた場合の戦力評価という名目で搭載を許可されていた。

無論、市街地戦などでは一般人への被害を極力出さないという条件を付けられていたが。

それがここに来てようやく日の目を見ることになったのだが、ワルキューレを守るための武装が、ワルキューレを奪還するための戦いで使用されるというのは、何という皮肉だろう。

閑話休題。

展開したビームガンポッドから放たれたスカイブルーのビームは一直線に〈Sv-262〉へ飛来し、機体を真っ二つに引き裂いた。

脱出するまもなく爆散した〈Sv-262〉が炎の華となって虚空に消えていく。

 

「ぐっ!」

 

ペンダントを通して伝わってきた感情が、スバルの心を締め付けた。

爆炎の熱さ、破片が切り裂く痛み、死への恐怖、命を失う哀しみが雪崩のように襲いかかる。

ミキサーのようにかき混ぜられた感情の嵐の中で、飛び交う無数の感覚の中で、自分を見失いそうになるが、同じようにペンダントを通して伝わる美雲の歌が、スバルの自我を繋ぎ止めた。

かつて、カナメの歌が暴走するメッサーの心を繋ぎとめたように。

 

(もっと、もっとだ!オレの全てをこの戦いに、この舞台に注ぎ込む!だからジークフリード!お前の性能(ちから)を貸してくれ……!)

 

〈VF-31F〉から淡い光が溢れ出す。

だが、その光は以前ほど強くはない。

今にも消えそうな儚い軌跡を残しながら、真紅の翼が宇宙を駆けていく。

 

 

 

——戦いの終わりはまだ、ずっと遠くにあるように感じた。




この出撃シーンは、この作品の執筆当初からやりたかったシーンのひとつだったので、ようやく書くことができて楽しかったです。
というより、僕らの戦場 Mikumo Soloを聴いた時からずっと頭にあった構想でした。
まだやってみたい構想はいくつか残っているので、ちゃんと表に出せるように楽しみながら書いていきます。
まだまだお付き合いくださいませ。

〜機体解説〜

◆VF-31F ジークフリード(星那スバル機)

星那スバル専用の搭乗機。
白地に赤と黒のラインが施されている。
デルタ小隊のオブザーバーであり、〈VF-31〉のベースとなった〈YF-30〉を開発したアイシャがデルタの運用を想定して一番最初に建造した機体。
外観は〈VF-31〉と大差はないが、内部フレームや機器類はA型の物を流用している。
スバルが加入することとなり、急遽〈VF-31F〉の予備フレームなどを流用して完成に至った。
通常のF型との相違点として頭部パーツのみ〈VF-25〉をイメージしたグリーンのバイザー型となっている。
その他はF型とA型のパーツが混在しており、完成形であるデルタ小隊の〈VF-31〉には若干性能や耐久性が劣る。
劇中において大破と過負荷による二度の改修を経て、フレームや機器類を刷新したことで、ようやく本機の完成に至った。

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