マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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Mission14 決戦 ラスト・フロンティア II

 

「〈マクロス・エリシオン〉発進スタンバイ。繰り返す、〈マクロス・エリシオン〉発進スタンバイ」

 

朝が、訪れた。

ラグナの空が水平線から覗く太陽の光によって燃え上がる赤に変わる。

バレッタ・シティを守護するように屹立する〈マクロス・エリシオン〉がその陽光を受けて、後光が差し込んでいるのではないかという神々しさがあった。

 

「メインリアクター出力上昇、重力制御システム起動!」

 

「係留システム、ロック解除!」

 

「発進エリア、オールクリア!〈マクロス・エリシオン〉浮上開始!」

 

〈マクロス・エリシオン〉脚部に取り付けられたエネルギー供給パイプの接続が切られる。

山よりも巨大な身体を縛り付けるくびきが解き放たれ、低い駆動音と共に、舞い上がった。

ブリッジで制御管理するオペレーターのニナ、ベス、ミズキの三人も、普段の能天気さは鳴りを潜め、真剣な眼差しで計器類を睨んでいる。

 

「ケイオス、ブリージンガル球状星団連合艦隊総司令、〈マクロス・エリシオン〉艦長、アーネスト・ジョンソンである」

 

艦長席から立ち上がったアーネストが、〈エリシオン〉艦内、衛星軌道上に待機する部隊へ通信回線を開いた。

 

「レディMの交渉により、新統合軍の戦術反応弾使用は、我々の奇襲攻撃の結果を受けてからになった!」

 

アーネストから発せられた言葉に、オブザーバーシートでフォールド波計測装置やアンプの調整を行なっていたアイシャは胸をなでおろした。

もしこれで交渉が失敗していたのなら、さしものアイシャも正気ではいられなかっただろう。

それは、〈アイテール〉格納庫の〈VF-31E〉内で待機するチャックも同様だった。

 

「つまり、我々の行動如何で、ラグナの命運は変わるといっても過言ではない!」

 

それと同時に、メインリアクターの出力臨界を知らせる音がブリッジに響いた。

 

「これより作戦を開始する!ミッションコード『ラグナ・ロック』!本物のヤック・デカルチャーを教えてやれッ!——〈マクロス・エリシオン〉全速発進!!」

 

腹の底にくぐもった爆音が轟き、その熱量で蒸発した海水がバレッタ・シティ沖に広がった。

炎を吹き上げた全長800mの巨躯が、払暁の空に舞い上がり、星の海めがけて上昇する。

 

 

 

戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「近づいている」

 

遺跡戦艦シグル・バレンス艦橋にて指揮をとるグラミアは、唐突にそう呟いた。

彼のルンが光を放ち、風のないブリッジの中で揺れ動く。

 

「嵐が来るぞ!翼を広げよ!」

 

グラミアの獅子吼が艦橋にこだまする。

それは、虫の知らせのようなものだったのかもしれない。

だが、確信があった。

敵が、アーネスト・ジョンソンが攻めてくると。

 

「「陛下」」

 

獅子吼を聞いたロイドとジュリアンが駆け寄り傅く。

師と仰いだ男から教わったことは数多い。

艦隊機動の基本から応用まですべて教えを受けた。

なればこそ、敵指揮官アーネストが最初に取るべき行動は——

 

「ロイド、ジュリアン。敵の奇襲が来る。全艦に伝えよ、緊急フォールドを行う」

 

「なっ!お待ちください陛下!ハインツ様の容態はまだ……!」

 

ロイドの言葉を受け、グラミアは一瞬だけ、子を案じる父の顔になった。

が、それも刹那の間に搔き消え、王としての顔に戻る。

 

「ロイド、敵の指揮官が余のよく知る男(アーネスト)ならば、この戦い、初手で奇襲を仕掛けてくる。後手に回ってはこの戦に敗北しよう」

 

「ですが……!」

 

「ならば、ワルキューレを使います」

 

それまでこうべを垂れたまま閉口していたジュリアンが口を開いた。

立ち上がり、手近なコンソールを操作して、ホログラム・スクリーンを投影する。

そこには、シグル・バレンス外部に設置されたステージに立つワルキューレの姿があった。

一列に並び、電源の切れたロボットのように下を向いたまま、微動だにしない。

 

「すでに準備は整えております。いつでも、歌を響かせられましょう」

 

「そうか」

 

ジュリアンの言葉に、グラミアはどこか安堵しているようだった。

それもそのはず。

ただでさえ寿命の短いウィンダミア人だというのに、度重なる戦闘と歌により、他のウィンダミア人に比べて、さらに命が短く、寿命が削られているのだ。

そんな状態のハインツを出撃させたくないのは、父として当然のことだろう。

しかし、そうして歌わなかったからと言って、ハインツが成人を迎えられるかはわからない。

それでも、自身がハインツの成人に立ち会えないだろうことは理解していた。

だが、それでもいい。

せめて、子の代(ハインツ)には——子らの代(ハインツやキース)には、誰にも尊厳が侵されぬ世界を。

もう二度と、民を殺させぬ世界を与えたかった。

たとえ自分勝手と誹りを受けようとも構わない。

たとえ風に還らず、地獄に落ちようとも構わない。

全てを犠牲にしてでも、守りたいものがあるのだ。

だからこそ——

 

「ならば先手を打つ。進め、全艦最大戦速」

 

「陛下!」

 

「果たすべき使命のためなら、余は悪鬼に身を堕とそうとも構わぬ」

 

——その瞳に迷いはなかった。

為すべき事のために、偉大なる王が突き進む。

暴風のごとく、艦が動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異変に気付いたのは、アル・シャハル宙域へデフォールドする直前のことだった。

フォールド時空間内を移動する〈マクロス・エリシオン〉のレーダーが"何か"を捉える。

 

「デフォールド先に高質量反応!急速接近!!」

 

「なに!?」

 

けたたましいアラートがブリッジに響く。

しかし、今更警告が出たところで、すでに〈マクロス・エリシオン〉はデフォールド体勢に入ってしまっている。

もう止めることはできない。

坂を転がりだした球が急に止まれないように、デフォールドを開始したフォールドドライブを急停止させることはできないのだから。

 

「……まさか!ヤツか!?」

 

「デフォールドします!」

 

ニナの叫びとともに、ブリッジが閃光に包まれた。

誰もが目を瞑り、光に目を背ける中、アーネストだけが、その閃光の中でも目を開けていた。

軍帽のツバと、丸太のように太い腕で閃光を遮った彼の視界に飛び込んできたのは、〈マクロス・エリシオン〉が小人に見えるほど大きな、とても大きな影。

閃光が収束すると同時に、その姿を現した。

 

「真正面だとッ!?」

 

〈マクロス・エリシオン〉が小人に見えるほど巨大な戦艦。

映像とデータでしか見たことがない、アル・シャハルを陥落させたウィンダミアの旗艦が、眼前へと迫る。

増設されたブースターを全開にして〈マクロス・エリシオン〉に突貫する敵艦を見て、アーネストは最初こそ驚きを露わにしたものの、次の瞬間には笑っていた。

 

「そう来たか!流石は元教え子だ!」

 

手の内はバレていたか。と頭に手を当て豪快に笑う。

それは、弟子が師匠の想像を超えたことへの喜びであり、そして巨人族(ゼントラーディ)が感じる戦いへの喜びだった。

 

「敵艦、フォールドします!」

 

「こちらの奇襲を逆手にとって攻め込んでくるということか。上手いやり方だ、七十点だな」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ艦長!」

 

オブザーバーシートのアイシャがあきれた声を上げて振り返る。

 

「あの艦のデフォールド先はラグナよ!ここで墜とさないとラグナは確実に陥落するわ!」

 

「わかっているさ」

 

重々しく頷いたアーネストが、ゆっくりと立ち上がった。

 

「コントロールを私に回せ。全艦トラスフォーメーション準備!」

 

「はぁ!?」

 

「重力制御をフル稼働させろ。航空隊は待機継続、それ以外の搭乗員は対ショック姿勢だ!」

 

アーネストの言葉から、彼が何をしようとしているのかわかってしまったアイシャは頭を抱えて叫んだ。

 

「……どうなっても知らないわよッ!ムチャクチャだわ!」

 

「君もまだ若いな、博士」

 

軍帽のツバの下から鋭い眼光を覗かせ、アーネストは、心底楽しそうに、笑った。

 

「ムチャクチャでも相手の意表をつくからこそ、奇襲は成立するのだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

〈マクロス・エリシオン〉が〈シグル・バレンス〉へと肉薄する寸前に、アーネストは動きだした。

バルキリーも上回る遥かに巨大な反応エンジンを全力で噴かし、加速する。

 

「全艦、トランスフォーメーションッ!!」

 

最大まで加速した〈エリシオン〉が〈シグル・バレンス〉に迫り、あわや激突すると思われた刹那、アーネストの獅子吼が轟いた。

手にした舵をめいいっぱい右へと切り、可変戦闘機のように変形をしながらも、バレルロールで、彗星のごとき巨大な艦を紙一重に躱す。

急激に機動を変え続ける艦にスバル達デルタ小隊をはじめとした航空隊が必死にしがみつく。

唯一、〈アイテール〉甲板内に格納されているワルキューレのステージだけは擬似慣性制御システムによって守られていた。

 

そして、可変戦闘機(バルキリー)でいうガウォーク形態に近い形、即ち半強攻型になったところで、アーネストはさらなる機動を加えるべく吼えた。

 

「見せてやるぞグラミアッ!これがお前に教えていない人型戦艦の運用だ!!」

 

どのようにコントロールしたのかは本人のみぞ知るところだろう。

だが、その瞬間、間違いなく〈マクロス・エリシオン〉は"宙返り"をしたのだ。

それだけではない。

"宙返り"によって急激な変化を起こす重力の中で、アーネストは仁王立ちしたまま、さらに舵を切った。

船体が一回転する刹那に行われたその機動によって、バトロイドへ変形をしながら〈エリシオン〉が身体を捻る。

永劫にも思える数秒の間の後、進行方向を百八十度ターンさせた〈マクロス・エリシオン〉が付近を漂うデブリに着地すると同時に〈シグル・バレンス〉を真正面に捉えた。

 

「マクロス・キャノン発射用意!全砲門も開け!狙わなくていい!目の前は全て敵だッ!!!」

 

突き出した右腕部の〈ヘーメラー〉が空母から巨大な砲身へと姿を変える。

さらに艦正面に配置された大小多数の対艦重ビーム砲塔が、フォールド空間内へ逃げ込む〈シグル・バレンス〉を捉えた。

 

「ぶちかませぇっ!!」

 

刹那。

アーネストの咆哮と共に、巨大な光の運河と無数の光の砲撃が怒涛のごとく撃ち出される。

それはまるで、宇宙(そら)に伸びた天の川のようであり、かつて、マクロの空を貫いた雷のごとき、光の奔流による一撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ!」

 

無敵と思われた〈シグル・バレンス〉のバリアが貫通され、(ふね)が大きく揺れた。

あまりの衝撃に誰もが崩れ落ちる。

それは、グラミアもロイド達も同様だった。

膝をついたジュリアンが苦々しげに舌打ちをして、フォールド空間の向こうで砲身を構える〈マクロス・エリシオン〉を睨みつけた。

 

(やってくれる……!)

 

「陛下!」

 

駆け寄ったロイドの手を払い、グラミアは立ち上がる。

 

「無用だ。騎士たるもの、己の足で立ち上がれる」

 

しかし、立ち上がった矢先に、体勢を崩したグラミアがロイドの手で助け起こされた。

 

「……ままならぬものだ。己の体だと言うのに」

 

「……陛下」

 

ロイドは哀しかった。

ウィンダミア人が地球人やゼントラーディと同じ時を生きられないことが、これほどまでに残酷なことなのかと。

そんな当たり前のことは、知っていたというのに。

 

(これが、ウィンダミア人の宿命なのか……!)

 

悔しさに拳を握りしめることしかできない自分の無力さに腹が立った。

だが、腹を立てたところで、何ができるというのか。

ウィンダミア人が短命に作られた種族だと言うのならば、そのように創られたと言うのならば、それを覆すことは、すなわち創造主への反逆に他ならない。

だが、その創造主は遥か昔に滅びてしまった。

銀河各地に遺されたその痕跡を辿っても、自分たちが創造主になれるべくもないことなど、わかっている。

だからこそ、己が無力さが憎かった。

 

「状況を知らせよ!」

 

だというのに、ロイドの肩から離れたグラミアは、それでもなお立った。

王たる者の、男の矜持が彼の身体を奮い立たせていた。

 

「船体の損傷は軽微!ですがバリアフィールド発生装置に損傷あり!」

 

「フォールド航行にエネルギーを回していたため、バリアを突破された可能性があります!」

 

グラミアの声に、ふたりの若い騎士が反応した。

 

「ならば構わぬ!このまま突き進め!〈マクロス・エリシオン(ヤツら)〉が来る前に戦いを終わらせる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ケイオス、S.M.S、新統合軍の混成艦隊が控えるラグナ宙域に異変が訪れたのは〈マクロス・エリシオン〉が出撃してからしばらく経ってからの事だった。

静謐な宇宙に、宝石を散りばめたような星の海が、たしかに歪んだ。

やがてそれは大きく、大きく穴となって広がっていく。

そして、混成部隊主力艦である〈マクロス・メガシオン〉そして〈マクロス・グラシオン〉の二隻を足しても余りある巨大な穴が宇宙に空いた。

 

深淵のごとき暗き穴の底から、ゆっくりとその巨大な船体が滲み出る。

巨大な鳥を模した、人の手で作られたとは到底思えぬほど圧倒的な存在感を放つ、人の手によって作られた戦艦が混成部隊の眼前へと姿を現した。

だが、随伴する巡洋艦の数も、搭載する可変戦闘機の数も、到底連合艦隊には及ばない数であることは、この戦場にいる誰もが理解している。

 

だが、それを覆すことのできる兵器がウィンダミアにあることを、彼らは知らない。

次々と防衛のためにパイロット達が出撃し、それを迎撃するために騎士達が発進したと同時に、それは聴こえてきた。

 

狂詩曲(ラプソディ)のごとく奔放に。

聖譚曲(オラトリオ)のごとく荘厳に。

鎮魂歌(レクイエム)のごとく厳粛に。

聴くたびに色を変え、形を変えて、七色に響く音の波。

 

それは、星の海へと漕ぎ出した船乗り(パイロット)達を迎え入れる、セイレーンの歌声。

破滅(ヴァルハラ)へと導く戦乙女(ワルキューレ)の〈滅びの歌〉が戦場に響き渡った。


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