マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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Mission12 閃光のAXIA Ⅳ

 

「これで本当に良かったんですか……カナメさん」

 

「……それがメッサーくんの望みなら」

 

空へと昇る漆黒の騎士を見送る。

そっと、彼から渡されたバングルを取り出した。

全てはアルヴヘイムから始まったのだ。

あの時の彼は、ヴァールになり自分を見失っていた。

そんな彼を助けたいと、ただ必死に歌ったから、救うことができた。

今の彼も、ヴァールになっていたが、自分は見失っていない。

きっと、あの時の彼とは違う。

だから、自分も成長したところを見せよう。

あの時と同じ歌で。

 

バングルが起動する。

懐かしい前奏が鼓膜を揺すった。

去り際に〈VF-31F〉から射出されたマルチドローンプレートが羽根のように、カナメの周囲を舞う。

 

「さあ、私たちのステージを始めましょう!」

 

歌が、始まる。

一度だけの、エース復活だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

空へと驀進するメッサーの正面に無人戦闘機(ゴースト)が現れる。

数の上では一対六。

だが、今のメッサーには負ける気も、落とされる気もなかった。

拡大した意識が全く同時に敵を捉え、世界をスローモーションに見せる。

いくつもの発せられたレーザーを全て避け切る一筋の道が"視えた"。

 

「うおおおおッ!!」

 

回避するのに無駄な動きはいらない。

機体を少し傾ければ済むことだ。

針の穴を縫うようにレーザーの嵐を〈VF-31F〉は掻い潜り、それでいてなお、回避運動に攻撃を織り込む。

飛来したレールマシンガンが二機のゴーストを鉄屑へと変え、放たれた極太のレーザーが、縦一直線にゴーストをぶち抜いた。

 

障害を排除した黒い鳥はさらなる空へと昇っていく。

もはや誰にも止めることはできないだろう。

それができるとすれば、ひとりしかいない。

〈ARIEL.III〉がアラートを鳴らす。

後方から異常な速度で接近する機影があった。

振り返るまでもない、ヤツが来たのだ。

 

「白騎士……!」

 

『フッ……』

 

ことここに至って、言葉は必要ない。

己の信念にかけて戦うのみだ。

熱核バーストエンジンが唸りを上げる。

反転、挨拶がわりのように互いの機体が至近距離ですれ違う。

メッサーは白騎士の、黄金の翼を。

キースは死神のエンブレムを。

それぞれの瞳に捉えた。

もはや、それだけで十分だった。

 

アル・シャハルの空で、死神と白騎士が同時に激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

金色の剣が、空を、雲を切り割いて飛ぶ。

死神の翼が、雲を蹴立てて空を舞う。

筆舌に尽くしがたい空戦だった。

その空域に集ったあるゆるパイロットたちが、敵も味方もなく二機の一騎打ちに見惚れ、手を出すこともできなかった。

立ち入ることは許されない。

それはすなわちこの戦いを穢し、彼らの誇りと矜持を侮辱するものだ。

それが彼らの共通認識だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すげぇ……!」

 

ハヤテはその戦いを見て、今が戦闘中だということすら忘れて、感嘆の声をこぼした。

それは、ハヤテの知る殺し合いとは異なっているように見えた。

——いや、きっと殺し合いなのだ。

互いに譲ることのできない何かを掲げてふたりの男は、アル・シャハルの空を炎に染め上げている。

 

通信機を介して聞こえる、カナメの歌。

その歌声に送られて、黒い翼が誰よりも高く、誰よりも速く、誰よりも力強く羽ばたく。

 

(アイツは……俺よりもスバルよりも遥か高みにいる)

 

ハヤテは歯嚙みをしながら、そう思った。

だが、同時に——

 

『必ず追いついてみせる』

 

——そう付け足した。

そこで、ようやくハヤテは、自分がずっと感じていた胸の高鳴りが何なのか理解した。

 

(……やっと、俺は目標を見つけたんだ)

 

ずっと、惰性に生きて死んでいくのだと思っていた。

何も、命を懸けるほどのことなんてないと思っていた。

だが、ようやく見つけた、見つけたのだ。

目指すべき指標を、辿り着く頂を。

 

「邪魔はさせねぇ!」

 

メッサーたちの戦闘に介入しようとした無人戦闘機(ゴースト)を叩き落とす。

ふたりの撃墜王の戦いを囲むように飛ぶ彼の姿は、さながらバックダンサーのように、その戦いを彩っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

二機のバルキリーが一陣の風になって激突する。

ひどく美しい戦いだった。

荘厳すぎる戦いだった。

互いに一歩も譲らぬ戦いは、その苛烈さを増していき、このまま果てなく続くのではないかとさえ思わせる。

 

「——フフ……風が見える!」

 

キースの心は躍っていた。

これほどの戦いを繰り広げることのできる相手は、この宇宙広しといえど、今、しのぎを削りあう死神の他にはいないだろう。

ルンを輝かせながら、スロットルを入れる。

熱核バーストエンジンが炎を噴き上げ、黄金の機体が輝きを帯び始めた。

 

「うおおおおおッ!!!」

 

加速していく〈Sv-262〉を追い〈VF-31F〉も空を駆ける。

雲海を切り裂く二機の翼が、誰が見ても明らかなほどの光をまとい始めた。

太陽が中天を過ぎた空に光の軌跡が幾度も交差しながら伸びて行く。

輝きを増していく〈VF-31F〉を見たキースの心はさらに躍った。

 

『死神!やはりお前も風に乗るか!』

 

後に、居合わせた人々から神話の再現(ニーベルングの指環)と呼ばれた戦いは、佳境を迎え、終わりへと近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

光をまとった二機を見たスバルの目が大きく開かれる。

あの光に見覚えがある——ないわけがなかった。

ヴォルドールで、無我夢中で飛んだ時、機体が黄金の輝きをまとって飛んだことを今でも覚えている。

八年前、バジュラ戦役の際、アイランド船の中から、マクロス級に単騎で突撃する黄金の機体を見ている。

それらと同じ光をまとったメッサーの機体が、アル・シャハルの空に舞っていた。

 

スバルの耳につけられたイヤリングが輝く。

メッサーの痛みを。

〈白騎士〉の喜びを。

カナメの祈りを。

この戦場で戦う人々の想いが交錯していた。

 

「……勝てよ、メッサー」

 

 

 

 

歌うカナメの頬を一筋の涙がつたう。

哀しいわけではない。

昂まった感情が自然とこぼれ出ていた。

手にしたバングルに、ひとつふたつと涙が落ちる。

カナメの脳裏には、メッサーと出会ってからの記憶が走馬灯のように駆け巡っていた。

メッサーと戦場を駆け抜けたことも、互いに背中を預けて人々のために戦ったことも。

初めて彼と見上げた星空の美しさと、初めて彼が本当のことを話してくれたことも、全てが大切な記憶だった。

なら、その大切なものを守るために歌おう。

祈りにも似た想いが歌となって風に乗る。

命を削って戦い続ける彼に届けと、歌う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幾度か。

幾度目だろうか。

互いに決定打を見ぬまま、弾薬だけを消費し続け、紙一重で躱し続ける果てない戦いを繰り返し。

——やがて。

死神は白騎士の(ガンポッド)を破壊し、白騎士は死神の(ガンポッド)を破壊する。

そして、示し合せるのではなく、それが当然としか言いようのない動きで。

二機のバルキリーは宙返りをして、互いの機体を正面に捉えた。

 

超音速で飛翔する二機の戦闘機の相対速度は、互いが向かい合って直進をするならば、合成されて、本来の倍近い速度を叩き出す。

それはもはや、人間には認識できない世界の話だ。

だがふたりは違う。

キースはウィンダミア人特有の身体能力がある。

メッサーにはヴァール化による拡大した意識がある。

しかし、そのふたりですら、ギリギリの刹那を賭けなければならない。

 

そこに恐れはない。

死の恐怖などとうに捨てた。

今、彼らのうちに在るのは確固たる信念と、燃え上がる闘志のみだ。

だから進む。

ただただ進む。

何も立ち入らぬ。

誰も立ち入らせない。

世界ですら追いつけない。

 

互いの翼がすれ違う、その一瞬をめがけて、一心不乱に驀進する。

閃光が煌めく青い空に、(しろ)い風に魂が溶け込む。

 

その刹那、ふたりは風を感じた。

メッサーはキースを。

キースはメッサーを。

風防も装甲も何もかもを越えて、たしかに互いの顔を見た。

迷いのない真っ直ぐな瞳を見た。

 

「……風!?」

 

『フッ……』

 

「——クッ!」

 

——先にトリガーを弾いたのは、メッサーだった。

相手のコックピットをめがけて、レールマシンガンを放つ。

完璧なタイミングだった。

並大抵のパイロットならば間違いなく撃墜できたであろう一撃だった。

 

だが。

 

二機のバルキリーの間に、無人戦闘機(ゴースト)が割り込む。

それは、白騎士が剣を破壊されると同時に捨てたゴーストブースター()だった。

命中するはずだった弾丸が全て盾に吸い込まれ、爆炎となって空に咲き誇る。

 

『うおおおおおッ!!』

 

「……ッ!」

 

その爆煙を切り裂くように、黄金の剣が飛びだす。

 

刹那、空がひどく静かに思えた。

今この瞬間、世界には自分と白騎士しかいないのかと勘違いするほどに。

〈Sv-262〉からたった一発のビームが放たれる。

真っ直ぐに、一直線に、自分の心臓の真下を貫くコースに飛来する。

 

——回避は間に合わない。

それすらできないスピードで飛行しているのだ。

——なら諦めるか?

それもできない。この命が尽きるまで戦うと決めたのに、どうして諦めることができようか。

 

——メッサーくん。

 

カナメの笑顔が見えた気がした。

カナメの歌が聞こえた気がした。

カナメが名を呼んだ気がした。

——そうだ。

彼女は信じてる。

自分が勝つことを、白騎士を倒すことを。

——いいだろう。

手だろうが足だろうがくれてやる。

足りないならば、この命だって差し出そう。

〈白騎士〉を倒せるのなら、大事な人を守れるのならば、惜しくはない。

 

(カナメさん……ッ!!)

 

ビームがコックピットを貫く刹那〈VF-31F〉が動いた。

変形。

戦闘機(ファイター)から人型(バトロイド)へ。

超音速の空気抵抗によって、変形機構が軋み、各部関節が悲鳴をあげる。

全身の骨という骨が砕け散りそうなGを耐え忍ぶ。

肉体より先に逝きそうになる意識を捕まえて、離さない。

 

『躱した!?』

 

「うおおああああッ!!!」

 

両腕のレールマシンガンを連射。

同じように人型へ変形しながら迫る〈Sv-262〉を迎撃する。

 

「■■■■■■■————!!!!」

 

限界を超えた肉体が、ヴァールによって膨張する。

筋肉が裂け、血管が破裂する音が聞こえた。

パイロットスーツはもはや最初からその色だったのではないかと思えるほど赤く染まっている。

それでも。

それでも——。

 

(まだだ……まだ動けッ!)

 

暴走する本能が、理性という名の檻を壊そうと暴れまわる。

精神と意志と意地でそれを押さえ込んで、赤で染められた視界で白騎士を捉える。

 

メッサーの肉体はとうに限界を超えていた。

毛細血管から血が溢れ出し、血の涙を流し、それでも戦うことを諦めない。

たったひとつを守るために、たったひとつを超えるために。

全てを犠牲にした男の姿がそこにあった。

 

「うおおおおおおおッ!!!」

 

突き進む。

目の前の白騎士へ。

回避などしない、必要ない。

飛来したビームが装甲に穴を穿つ。

飛散した破片が身体を切り裂く。

それでも、前へ、前へ、前へ。

必殺の間合いへ飛び込め。

 

 

 

 

そして——————。

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、この戦場にいる誰もが息を呑んだ。

間違いなく歴史に残る戦いであったと全員が思った。

 

戦いの勝敗はいつも残酷だ。

勝者は天を仰ぎ、敗者は地へと伏す。

バルキリー同士の戦いにおいてもそれは変わらない。

勝者は空へ昇り、敗者は地に墜ちるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

火を噴いたのは白騎士だった。

被弾したレールマシンガンがコックピットの装甲を貫き、爆煙を上げる。

直撃ではなかった。

だが、それでも戦いを終わらせるには十分な一撃だった。

 

『白騎士様!』

 

ボーグを筆頭とした騎士たちが、墜ちる〈Sv-262〉を追いかけていく。

 

——戦いは終わった。

 

勝者となったメッサーの機体はボロボロだった。

機体のあちこちに被弾跡が穿たれ、炎と爆炎で装甲が黒く焼けただれ、あまりに苛烈なドッグファイトにより、フレームそのものにもガタがきているのは明白だった。

そんな状態の〈VF-31F〉が降りる。

というよりは墜ちるような軌道で降下していく。

その先には、限界まで戦うメッサーを鼓舞し続けたカナメが、戦いを見届けたスバルが待っていた。

 

ほとんど失われてしまった薄ぼんやりとした視界で、待っている彼女の姿を捉える。

 

(……カナメ、さん)

 

なぜだろう、異様に寒気を感じる。

なぜだろう、血がこれだけ流れ出たのに身体が重い。

なぜだろう、何度目をこすっても視界がボヤけたままだ。

なぜだろう、歌は終わっているはずなのに、まだ聴こえてくる。

 

疑問は尽きない。

だが、ひとつだけわかることがある。

 

(……ああ。いい歌だ)

 

メッサーは静かに、瞳を閉じて、その歌に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ごう、と風が逆巻く。

激戦を制し、ボロボロになりながらもメッサーの〈VF-31F〉は、まるで玄関を跨いで家に帰るように、すっ、とガウォークへと変形し、傷ついた翼で風を捕まえると、ふわりと一度浮いてから、着陸した。

 

「メッサーくん!」

 

「メッサー!」

 

カナメが駆け寄る。

遅れて、スバルがようやく動くようになった足を引きずって走る。

〈VF-31F〉の風防(キャノピー)は開いていた。

その向こう、コックピットのシートに座るメッサーの姿も見える。

無事だ。

無事に帰ってきた。

神など信じたことのないスバルだったが、この時ばかりは神に感謝したかった。

ありがとう、と。

 

「……メッサー?」

 

コックピットの前で立ち止まる。

何かがおかしい。

先程から名前を呼んでいるのに反応がない。

カナメの声にすら反応せず、微動だにしない。

が、その理由は近くに来てわかった。

メッサーのパイロットスーツが真紅に染まっているのだ。

それが意味するところに気づかぬカナメでもスバルでもない。

カナメは先に辿りついたものの、唖然としたままメッサーを見つめている。

意を決したように歩み寄ったスバルは、そっと被っていたヘルメットを脱がした。

 

「「!!」」

 

男は、笑っていた。

死神は、笑っていた。

暖かな陽だまりの中、たったひとり、素敵な音楽を聴き終えた男が、寝入ってしまった、とでも言うように。

笑っていた。

こんな幸せそうに、人は笑えるのだろうか。

少なくとも、スバルの20年余の人生でも、カナメの22年余の人生でも、それほどの笑顔を見たことはなかった。

それほどに幸せそうに。

全てを終えて満足そうに。

男は、笑っていた。

 

「あ、ああ……あああ……ッ!!!」

 

「そんな……」

 

目を剥いたスバルは天を仰ぎ、カナメは膝を折って地を見つめる。

堰を切ったように止めどなく溢れる涙が頬を伝う。

 

「「メッサァァァァァァァ!!!!」」

 

ふたりの慟哭がアル・シャハルの空にこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

メッサーとキースの戦いは終わった。

だがそれはひとつの戦闘が終わったに過ぎない。

アル・シャハルにおける戦闘は未だ続いている。

そんな戦火が煌めく空が歪んだ。

まるで空間を切り取るように。

空間から何かが滲み出すように。

巨大な神殿の遥か上空が、たしかに歪んだ。

 

そして現れる——巨大な鳥が。

いや、巨大な鳥を模した、強大な戦艦が。

 

その強大な戦艦の中にジュリアンはいた。

艦橋からグラミアとロイドと共に、眼下の光景を睥睨する。

 

「——さあ、崩壊の序曲を始めようか」

 

ジュリアンが不敵に笑った。




次回から劇場版ベースのオリジナル展開が始まります。
ジュリアンの陰謀、スバルたちの運命がどう変わるのかお楽しみに。

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