マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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Mission12 閃光のAXIA III

 

遺跡の眩い光が収まると同時に、美雲とフレイアは、光の中から弾き飛ばされた。

宙を舞ったふたりは誰に受け止められることなく、地面に叩きつけられて、倒れたままピクリとも動かなくなる。

 

「クモクモ!」

 

「フレイア!」

 

マキナとレイナが駆け寄ってふたりを抱き起す。

 

「クモクモ!しっかりしてクモクモ!」

 

「フレイア、しっかりしろ」

 

ふたりに反応はない。

生きてはいる、だが意識はなかった。

苦悶の表情を浮かべたままうなされている。

 

「急にどうしちゃったの……」

 

「——!マキナ、レイナ!」

 

何かに気づいたカナメが、ふたりの名を呼んで空を指差した。

見上げれば、スバルの駆る〈VF-25F/TA〉がまるで飛んでいるとは思えないようなほどふらつきながら降下してくる。

地表すれすれまで落ちてきた機体は、ガウォークへ変形しようとして、失敗し、砂漠に墜落した。

下が砂漠なのが幸いしたのだろう、大地を抉りながら滑り、ワルキューレの至近で制動する。

 

「スバスバ!?」

 

「今の落ち方、激ヤバ」

 

「スバルくん!」

 

慌てて駆け寄ったカナメが〈VF-25F/TA〉の風防を外部操作でこじ開ける。

コックピットに座ったスバルは操縦桿を握りしめたまま、ガクリとうなだれて、美雲やフレイアのように動かない。

 

「スバルくん?しっかりして!」

 

ヘルメットを取り外すと、ひどく汗をかいて、呼吸を荒くしたスバルの素顔が露わになる。

今まで見たことがないほど憔悴しきった顔をしていた。

 

「……か、カナメ……さん?」

 

虚空を見つめた瞳が、コックピットを覗き込む少女を捉える。

 

「……ここは……」

 

視線だけで辺りを探る。

どうやら先程までいた黒一色に染められた空間ではないことだけは理解出来た。

 

「戻ってきた……のか。——そうだ、美雲とフレイアは……」

 

スバルの問いに、カナメは答えず、苦い顔のまま、ただ振り返った。

それを追うように視線を向ければ、少し離れた位置で、美雲がマキナに抱きかかえられ、フレイアがレイナに抱きかかえられているのを捉える。

それだけで、あの空間にはやはり美雲とフレイアがいたこと、突然意識がブラックアウトしたことに関係していると思考が辿りつく。

 

「"あれ"のせいか……」

 

ヒトにも、トリにも見える巨大な存在。

あの姿を見たとき、既視感を覚えた。

が、頭の中はミキサーをかけられたように掻き混ぜられて、うまく思い出すことができない。

 

「"あれ"?一体何のこと?」

 

「……話は後です。まずは戦いに戻ります」

 

ワルキューレの歌は、美雲とフレイアの負傷で中断してしまった。

風の歌も止んでいるが、それでこちらの戦況が不利だということに変わりはない。

一個中隊規模の空中騎士団に対して、こちらはたった五機しかいないのだ。

メッサーが抜けた穴も大きく、それに次ぐ戦力である自分(スバル)が抜けるわけにはいかない。

機体のシステムを再起動しようとコンソールに触れるが、その手をカナメが止めた。

 

「無茶よ!そんな状態で戦えるわけがない!」

 

「……それでも、オレがやらなくちゃいけないんだ」

 

「スバルくん……」

 

「……〈白騎士〉の相手をできるのはオレしかいないんです」

 

歯を食いしばったスバルの瞳は鋭く苛烈で、そして痛ましかった。

使命感に雁字搦めに囚われて、やりたい事とやらなければいけない事を履き違えて、その姿は、ただがむしゃらに突き進んでいるようにも見える。

今の彼では十全のパフォーマンスはできないだろう。

ワルキューレのバックダンサーとしても、彼女たちを守護する騎士としても。

 

「カナカナ!スバスバ!」

 

唐突に、マキナの悲痛な叫び声が響いた。

それに合わせるように、〈ARIEL.III〉が敵機接近のアラートをかき鳴らす。

視線を向ければ、こちらへ向かって一直線に向かってくる三機の〈Sv-262〉を捉えた。拡大表示されたホログラム・スクリーンがその機影を映し出す。

三機〈Sv-262〉のミサイルハッチはすべて開いており、今まさに怒涛の奔流を吐き出そうとしていた。

 

「……ッ!カナメさん伏せろッ!!」

 

無我夢中だった。

機体を即座に再起動、立ち上がると同時に、ガンポッドと機体上面の旋回式ビーム砲塔を

一斉に放ち、ミサイルが発射される前に迎撃に出る。

ガンポッドの炸裂音とビーム砲塔の閃光が辺りを照らした。

 

「くそッ……視界がブレる……!」

 

先ほどの後遺症が残っているのか、視界が明滅し、目が回っているかのような錯覚に襲われる。

しかし、それでも先んじて攻勢に出たのが功を奏し、〈ARIEL.III〉の補助もあって、それぞれの機体の脚部エンジンにガンポッドとビームが命中し、砂塵と爆煙を巻き上げて止めることができた。

 

「……当たるもんだな」

 

安堵のため息を溢そうとした次の瞬間、爆煙と砂塵を切り裂いて、赤熱したビームが飛来した。

 

「なっ……!クソったれ!」

 

想定外の悪あがきと、脳が攪拌したことによる思考の鈍化による虚を突かれたスバルは、一瞬反応が遅れる。

その一瞬が致命的だった。

ビームの飛来する速度と、スバルがマキナたちを守れる位置に入るための数秒が足りない。

 

(間に合わねえッ!!)

 

 

 

 

——その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

スバルの〈VF-25F/TA〉が墜落していくのと、空中騎士団の攻撃が始まるタイミングはほぼ同じだった。

 

遺跡の光が収まり、白んだ視界が徐々に戻りかけていく中で、地表へ墜ちていく〈VF-25F/TA〉がハヤテたちの視界に入る。

 

「「スバル!」」

 

救助のために、ハヤテとミラージュが飛び出そうとして、接近する一個小隊規模の無人戦闘機(ゴースト)に遮られた。

 

「囲まれた!?」

 

「挟み撃ちってことかよッ!!」

 

正面から降り注ぐレーザーを回避すべく両サイドにブレイクする。

しかし回避した先にも無人戦闘機(ゴースト)と〈Sv-262〉が控えており、また回避を余儀なくさせる。

 

「クソッ、メッサー抜きでもキツイのにスバルまで抜けたんじゃ……!」

 

チャックの悲痛な叫びがこだました。

四機の〈Sv-262〉と八機の〈リル・ドラケン〉が四方八方、上下左右、全方位からレーザーとレールガンの暴風雨がハヤテたちを巻き込んで吹き荒れる。

もはや、回避するだけで精一杯だった。

 

そこに、さらなるアラートが〈ARIEL.III〉から発せられる。

それにいち早く反応したのはハヤテだった。

レーザーとレールガンの暴風雨から抜け出し、上空から飛来した〈Sv-262〉とドッグファイトに入る。

 

「こいつは……!」

 

振り返る。

追ってくるのは黒い装甲にに黄金のラインを縁取られた〈Sv-262(ドラケン)〉。

〈白騎士〉だ。

メッサーはいない、スバルもいない、なら後は自分しかいない。

 

「やってやる……!」

 

覚悟を決めて、操縦桿を握りなおす。

スロットルを全開、熱核バーストエンジンが火炎を噴き上げ、機体が加速する。

直後にアラート、ロックオンされた。

 

「うおおおおおおッ!!」

 

機首を持ち上げ減速、ISCで軽減されているとは言え、強烈なGが内臓を揺らした。

それでも歯を食いしばって耐え、白騎士をオーバーシュートさせる。

ARのロックオン・カーソルが〈Sv-262〉を捕捉した。

 

「もらったァッ!!」

 

レールガンが〈Sv-262〉へめがけて殺到する。が、白騎士はあっさりとそれを躱してみせた。

そしてハヤテと全く同じ軌道を容易く描いて、再び〈VF-31J〉の後ろに取り付く。

 

「化け物かよッ!こんな奴をメッサーは相手にしてたってのか!?」

 

自分の戦闘技術が足りていないのは自覚していた。

だからこそ、今自分にできる最大限の力を持って相対したにも関わらず、〈白騎士〉はそれの遥か上を行ったのだ。

 

(次元が違いすぎる……!)

 

諦めたわけではない。

だから幾度となくシザース軌道を繰り返す。

付かず離れずの距離で、離脱できそうな一瞬の隙はレールガンとレーザーで遮られる。

そしてついに、極限まで研ぎ澄まされた状況の中で、ハヤテの集中力が切れた。

小さな衝撃が、機体を揺らす。

〈ARIEL.III〉が機体全体のスキャンをかけ、左翼基部にレーザーが被弾したと表示された。

しかし、それに気を取られる間も無くアラート。

今度は避けられない、そう思わせるような意思を感じた。

 

「振り切れねぇ……!!」

 

 

 

 

装甲に覆われたコックピットの中で、キースは落胆の表情をする。

いや、もとより期待など薄かったのだ。

自らの技倆についてこれる戦士などそうはいない。

あの死神こそが最大、最高の好敵手だったのだと、再確認する。

 

「少しは風に乗るかと思ったが……」

 

もはや戦う意味などない。

一思いに終わらせるのが、せめてもの情けだ。

強者が弱者を嬲るのは、あってはならないことだが、これは戦争であり、抗えない者は淘汰されるのが運命だ。

 

トリガーを弾こうとした刹那、キースのルンが風を感じた。

知っている、自分はこの風を知っている。

自然と引き結んだ口から微笑みが溢れていた。

 

「——ッ!来たか!」

 

インメルマンターンで機体を反転、風を感じた方向へ飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、ひるなかの流星だった。

蒼穹の空に一筋描かれた紅い軌跡がどこまでも伸びゆく。

それが空の向こう、成層圏の向こうから来たものだと容易に想像できた。

この戦場にいる誰もが、その光景に息を呑む。

やがて、流星が燃え尽き、中から"それ"は現れた。

 

「あれは……!」

 

振り返ったハヤテが目を剥く。

流星の中から現れたのは前進翼を持った鳥。

 

「え……」

 

見上げたカナメから嘆息に混じって声が溢れる。

機体の上面に描かれた死神のエンブレム。

 

『待ちかねたぞ死神!!』

 

「デルタ2、戦闘を開始する(エンゲージ)!!」

 

デルタ小隊のエースパイロット、メッサー・イーレフェルトの駆る〈VF-31F〉が大空に飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「メッサー!?何のつもりだ!」

 

アラドは目を剥いて、呆然と空から降りてくる機体を見つめる。

 

「状況は聞きました……!」

 

通信機から聞こえてくるメッサーの声は苦悶に満ちている。

当然だ。

過日のラグナ防衛戦でメッサーのヴァール化は規定値を大幅に超えてしまったのだ。

ほんの少しのストレスでも、彼はヴァール化してしまうだろう。

それでも彼が、苦悶の声も発しながらも理性を保っているのは、彼の強靭な精神があるからこそ成せることなのかもしれない。

 

「勝手なことを!お前の身体は……!」

 

「だとしても……まだ俺は、デルタ小隊の隊員です!!」

 

「……ッ!」

 

屁理屈だということはわかっている。

それでもアラドは、メッサーのその覚悟を目の当たりにして、何も言えなくなった。

ホログラム・スクリーンに映ったメッサーの顔は、ただ己のやるべきことを見出し、全てを捨て去るつもりになった〈漢〉の顔をしていた。

 

「うおおおおおおッッッ!!!」

 

守りたい人を守る為に。

空から地表へ一直線に驀進する。

たとえこの身が果てようとも。

 

「守ってみせるッ!!」

 

変形。

戦闘機から半人型(ガウォーク)へ。

急減速で逆流した血液が頭に昇る。

飛びそうになる意識の首根っこを捕まえて無理やり繫ぎ止めた。

 

ビームとワルキューレの間に間一髪滑り込み、腕部のピンポイントバリアが展開される。

次の瞬間、激しい閃光と衝撃が身体を貫いた。

 

 

 

 

ビームを防ぎきった〈VF-31F〉はその勢いまでは押し殺すに至らず、体勢を崩して地に伏せった。

風防(キャノピー)が開き、中からメッサーが現れる。

 

「カナメさん無事か!?」

 

「メッサーくん!?」

 

ヘルメットのバイザーが開き、その奥の顔が露わになる。

血管が浮かび上がり、目も血走っていた。

まさしくヴァールを発症した者の容姿へと変わり果ててもなお、メッサーは自我を保ち、自らの成すべきことを理解していた。

 

「メッサーくんその身体……!」

 

「俺のことはいいです!今は貴方の歌が必要なんだ!」

 

その言葉がメッサー自身のことを指したものなのか、それとも今シャハルシティでヴァールに苦しむ者たちに向けられたものなのか、あるいは両方だったのかもしれない。

 

「歌ってくれカナメさん!ヴァールが広がる前に!……俺がヴァールになってしまう前に!」

 

「……ッ!」

 

「お願いだカナメさん……俺は最後まで、俺でいたい……」

 

初めてだった。

ここまで感情的になったメッサーを見たのは。

ここまで自分を前へと押し出したメッサーを見たのは。

だから——

 

振り返る。

マキナとレイナは不安げな面持ちで美雲とフレイアを介抱している。

美雲もフレイアも苦悶の表情を浮かべており苦しそうだ。

今この場で歌えるのは、自分しかいない。

歌を届けることができるのは自分しかいない。

 

「……わかったわメッサーくん!」

 

——メッサーを見つめるカナメの瞳に覚悟の色が宿った。

 

「……ありがとう、カナメさん」

 

メッサーは笑っていた。

今までにないほど穏やかな顔で、敬礼をする。

しかし、シートに座り直そうとしたメッサーを、スバルの声が引き止めた。

 

「待てメッサー!お前、まさか……!」

 

同じように風防(キャノピー)を開き、身を乗り出すようにして叫ぶ。

だがメッサーは、スバルを見ても笑うだけだった。

もとより死など承知の上で戻ってきた。

だから今更何を迷う必要がある。

そう言っているような気がしてならない。

だから引き止める。

恨まれたっていい。

仲間を失うよりは百倍マシだ。

だから叫ぶ。

行くなと、お前が必要なんだと。

 

「……メッサー!」

 

「スバル——」

 

短い、本当に短い時間が流れる。

目を開いたメッサーの瞳に、覚悟に揺るぎはなかった。

 

「——後は頼む」

 

短く、それだけ言い残して〈VF-31F〉の風防は閉じられた。

後顧の憂いを断ち切るように。

すべての想いを断ち切るように。

無機質なたった一枚の壁が、メッサーと彼らの世界を隔絶させた。

 

「メッサー!」

 

スバルの叫びは届かない。

戦火の音にかき消されゆく。

メッサーは空を見上げるだけだ。

自らが翔ぶ空を。

〈白騎士〉との因縁が始まった空を。

その見上げたメッサーの横顔を、スバルは不覚にも美しいと思ってしまった。

いつも、覚悟を決めた戦士の顔は美しい。

美しいゆえに、どうしようもなく哀しい。

今も、あの時も、何一つ変わらずに、自分は見送ることしかできない。

だから、生きて必ず帰って来い、と祈ることしかできなかった。

 

 

 

 

空を睨む。

戦いはまだ続いている。

だが、それはスバルたちの仕事だ。

自分が戻ってきた理由はふたつある。

ひとつは、約束を守る為に。

ひとつは、決着をつける為に。

 

心臓が跳ねる。

締め付けられるような痛みが全身を駆け巡った。

——どうやら残された時間はそう多くないらしい。

機体のスロットルを入れる。

ゆっくりと、徐々に〈VF-31F〉が浮かぶ。

この空のどこかに、〈白騎士(ヤツ)〉はいる。

 

——さあ、行こう。

 

無数の閃光が煌めく戦火の空に、死神の翼が羽ばたいた。





——次回、閃光のAXIAクライマックス。

そして、物語が動き出す。

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