マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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Mission12 閃光のAXIA I

 

——ウィンダミア、王都ダーウェント。

 

その部屋は、ウィンダミア現国王グラミア・ネーリッヒ・ウィンダミアの寝室だった。

グラミアはダブルベッドから半身だけを起こし、目を伏せっている。

彼の顔の大半の皮膚は雲母のように剥がれ落ち、白く瘦せ細った腕からは生気を感じられない。

すでに35歳を過ぎ、ウィンダミア人の平均寿命を超えた彼は、いつその命が果ててもおかしくはないのだ。

 

その王に首を垂れる三人の男がいた。

ひとりは真ん中で首を垂れる壮年の男。

浅黒い肌に髭を蓄え、頭にターバンを巻いた中東系の男だ。

その後ろには宰相ロイド・ブレームとキース・エアロ・ウィンダミアが控えている。

 

「——それで、ベルガーよ。余に報告したいこととはなんだ?」

 

「は。ハインツ様と風の歌についてでございます」

 

ベルガーと呼ばれた中東系の男は、その飄々とした、いかにも商人のような芝居がかった口調で話し始める。

 

「この度、我がイプシロン財団が用意したサウンドブースターの調整により、ハインツ様の風の歌の力が増幅可能になろうかと」

 

「風の歌の力を……」

 

「はい。プロトカルチャーシステムの解析が遅れているせめてものお詫びでございます」

 

「そうか……」

 

「しかし!あのような物を使えばハインツ様へのお身体の負担がさらに!」

 

ベルガーの言葉に、その後ろで控えていたロイドが声を荒げる。が——

 

「構わん」

 

「なっ……」

 

「アレも余の……王族の血を引く者。そのくらいの覚悟はできておろう」

 

グラミアの意思は固いのか、ロイドすら見ずに、頑とした姿勢は崩さない。

 

「ですが……!」

 

「くどい」

 

「……ッ」

 

ロイドは苦虫を噛み潰したような顔で再び首を垂れると、俯いたまま唇を噛んだ。

 

「——それともうひとつ報告が」

 

「なんだ?」

 

「シグル・バレンスの能力解明は、もう間も無く50%に達します。今しばらくのご辛抱を」

 

「そうか、だが待つのにも限界がある。解析を急がせよ。すでに時はそう残されておらぬ」

 

そう言って拳を握りしめたグラミアの皮膚がまた少し、剥がれ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

男は、ただじっと目の前に広がる巨大なクレーターを見ていた。

菫色の髪を腰まで伸ばし、白い外套とよく仕立てられた衣服を風に靡かせて、ただそこを見つめる。

が、そこには何もない。

大地も、大気も、何もかもが消え去った空間だけがあった。

そこはウィンダミア人ならば、誰もが知る場所。

——カーライル。

かつて、この場所はそう呼ばれていた。

王都ダーウェントに次ぐ大都市であり、文化と平和の都として称えられていた。

だが、そこにはもう、何もない。

すべてが虚無によって飲み込まれた。

彼の地が消滅してから七年経った今も、大地に刻まれた傷跡は消えず、不安定な時空から溢れでた稲妻が亀裂を辿って放出されていた。

 

「あれから七年。多くの命が、風に還った」

 

手向けの一輪の花を取り出して、かつて栄華を誇った都市を想起する。

何十万、何百万もの人々の魂が、笑顔が、思い出が、歌があった。

それが、たったひとつの弾頭によって消滅したのだ。

 

「君たちの失われた命が無駄ではなかったと、必ず証明してみせよう」

 

花を添えようとした時、彼のポケットに入れられた通信端末から音が流れる。

それを取り出して、男は通話に出た。

 

「私だ」

 

「ジュリアン殿、イプシロン財団のベルガーでございます」

 

通話の相手は、今しがたグラミアへの報告を済ませたベルガーだった。

 

「やあ、ベルガー。君から連絡なんて珍しいね。どうしたんだい?」

 

「二点ほど、ジュリアン殿に報告したいことがあり、ご連絡を差し上げた次第にございます」

 

「へえ、それは朗報ということでいいのかな?」

 

「はい。——まずひとつ目ですが、ヴァルター・ガーランドの手術は無事に終了いたしました」

 

「それはよかった。様子はどうだい?」

 

「やはり、まだ機械の身体には慣れない様子……戦線復帰は今しばらく時間が必要でしょう」

 

「わかった。その間の対策はこちらで何とかしよう」

 

「もうひとつでございますが——」

 

ベルガーはそこで言葉を一度区切った。

 

「——〈王〉に覚醒の兆しを確認いたしました」

 

「——!!!」

 

その報告を聞いたジュリアンの顔色が変わる。

鉄仮面のごとき笑顔は一転して真顔になり、閉じられていた瞳が開かれ、その奥にある真紅の瞳が覗いていた。

 

「……ようやく、というところか」

 

「ですが、まだ兆しがある程度でございます。〈王〉が目覚められるのにも時間がかかるかと」

 

「近づいているのなら構わない。〈王〉が目覚める時を私はずっと待ちわびていたのだから」

 

「——報告は以上です。何かあればまたお伝えいたしましょう。失礼致します」

 

通話が終了する。

通信端末を仕舞ったジュリアンは頭を垂れて肩を震えさせていた。

 

「ああ……我が〈王〉よ。もうすぐ目覚められるのですね」

 

両手を翼のように広げて天を仰ぐ。

飛び出すほど開かれた真紅の双眸は恍惚に染まっており、ジュリアンはうっとりと呟いた。

 

「永かった……貴方の目覚めを待つのは。本当に……永かった」

 

ひときわ強い風が、ジュリアンの手に持っていた花を攫うが、それを気にもとめず、ただ恍惚としている。

 

「貴方のために贄を——カーライルを!捧げた甲斐があったというもの!」

 

今でも覚えている。

憎悪に満ちたその声を。

怨嗟に塗れたその顔を。

望まぬ虐殺への恐怖と絶望を。

名前も知らない戦闘機乗りの男は、故郷に残してきたであろう妻と子の名前を呼んで虚無へと消えた。

 

今でも変わらない。

すべては〈王〉のため。

外道畜生と罵られようとも、心など痛まない、むしろ愉悦すら感じている。

一体どれほどの時を捧げてきたのか、短命なウィンダミア人にも、地球人たちにもわかるまい。

 

「我が大願成就の時はすぐそこに……。ククク……ハハハハハ!!!」

 

天へと響く高笑いが、ウィンダミアの空にこだまする。

風に乗った花が宙を舞い、ソレが空間の亀裂へと落ちていくと、放出された稲妻が焼き尽くし、灰すらも残らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

——翌日。

メッサーはデルタ小隊とワルキューレに見送られながら、ラグナを旅立った。

が、感傷に浸る間は与えないとばかりにレディMから指令が下り、デルタ小隊を始めとした第三戦闘航空団の面々とワルキューレはアル・シャハルへと訪れる事となった。

 

サンドブラウンの惑星を臨むアステロイドベルトの岩礁に隠れるようにして、〈ステルスモード〉となった〈アイテール〉が航行している。

第一次警戒態勢となった艦内は電力がシャットアウトされ、観測機器や機材のみが点灯していた。

そのブリッジに第三戦闘航空団とワルキューレが並ぶ。

 

天球型のホログラム・スクリーンの前に立ったアラドが、いつもの調子でクラゲ・ジャーキーを咀嚼しながら、話し始めた。

 

「解析班の活躍により、先日のウィンダミアとの戦闘の際、アル・シャハルの遺跡から強力な生体フォールド波が観測されていたことがわかった」

 

アラドの目配せで、タブレットを持って立ったカナメがいくつか操作して、ホログラム・スクリーンに解析班が分析したらしき情報が表示される。

 

「連中はおそらく、遺跡の力を使ってマインドコントロールソング——つまり風の歌を増幅、発信をしている可能性がある」

 

「だから直接行って調べるって事ですか?」

 

「そういうことだ。無論、牽制の意味合いもあるがな」

 

「私たちは降下後、歌で遺跡を歌で反応させてデータの収集を行います」

 

「その間、俺たちデルタはワルキューレの直掩に回る。アルファ、ベータ、ガンマ小隊は周辺空域の封鎖及び哨戒が主な任務だ」

 

「隊長、ひとついいですか?」

 

「なんだスバル?」

 

「空中騎士団が強襲してくる可能性は?」

 

「十中八九来るだろう。何しろ連中の支配下にない惑星はラグナを除けば、もうアル・シャハルしか残っていないからな」

 

「……それをメッサー抜きでやれって言うのかよ」

 

アラドの言に異を唱えたのはスバルではなくハヤテだった。

いつになく険しい顔で、アラドを見つめている。

確かにデルタは精鋭揃いとはいえ、〈白騎士〉の相手はメッサーに一任していた。

先日は来なかったとはいえ、スバルでもギリギリ相手にできるかどうかの〈黒百合の悪魔〉もいる。

彼らが同時に攻めて来たら最後、たちまち自分たちは壊滅してしまうだろう。

その確信があった。

 

「……俺たちに沈黙は許されない。できなくてもやるしかないんだ。そうだろう?ハヤテ」

 

「……わかってる。けど——」

 

「お前は四の五の言わずにワルキューレを守ればいいんだ。オレが〈白騎士〉も〈黒百合の悪魔〉も相手にすればいい。そんだけの話だろうが」

 

煮え切らない返事をするハヤテを吹っ切らせるように、スバルが背中を叩いた。

ハヤテの言っていることがわからない訳ではないが、まだ負けると決まったわけでもないのだ。

ならばやってみる価値はある。

 

「なあに、本当に死にそうになったら煙に巻いてトンズラするさ、言葉通りな」

 

そう言って、手で作った飛行機から発煙弾を発射するジェスチャーをして、おどけてみせる。

 

「だから、余計な心配はすんな。お前は前だけ見てろ。後輩の背中を守るのは先輩の役目だ」

 

スバルはトンッ、とハヤテの胸を裏拳で小突いて、ニッと歯を見せて笑ってみせた。

それを見て多少は不安の種が取れたのだろう。

ハヤテはやれやれと言いたげな顔で力なく笑った。

 

「話は済んだか?それじゃあ改めて今回の作戦の概要だ——」

 

そこで一度言葉を区切ると、アラドはふてぶてしい笑みを浮かべて、クラゲ・ジャーキーを喰いちぎった。

 

「今回の作戦は速さが命だ。遺跡に辿り着いたら連中に捕捉される前に調査を終えて、俺たちのいた痕跡を残さずに引き上げる。いいな?」

 

「「「了解!!!」」」

 

アラドの号令が飛び、それが作戦開始の合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

——再びウィンダミア、王都ダーウェント。

王城へと帰還したジュリアンがグラミアの容態を見るために部屋に訪れていると、ポケットの中の端末が再び震えた。

 

「私だ」

 

「ジュリアン様、アル・シャハルの斥候から通信があります。ワルキューレの騎行が始まった。とのことです」

 

「……そうか、ついに動き出したか」

 

視線を上げ、こちらを見つめるロイドとグラミアにそれぞれ目配せをする。

 

「デルタ小隊とワルキューレが動き出しました。おそらく過日の戦闘で我々の目的を見抜いた末の行動かと」

 

「我々が遺跡をどう使うかの調査ということか」

 

「おそらくは」

 

ロイドの問いにかぶりを振って肯定すると、再び視線をグラミアへ向ける。

 

「陛下、今こそ出撃の時かと具申します。すでにアル・シャハル以外の遺跡は調査を終えており、後は彼の地の遺跡を起動させれば全てが整います」

 

「ううむ……」

 

「陛下に残された時間は、そう多くは残されておりません。事は一刻を争う自体かと、どうかご決断を」

 

「待て!ハインツ様にはまだ休息が必要だ!無理をすれば命も——」

 

「ならば、代わりを用意すればいいだけのこと」

 

「なっ!」

 

ロイドはジュリアンのその言葉に耳を疑った。

だが、普段瞳を閉じている彼が瞼を開き、あまつさえ冷酷な表情であることから、それが本気だと理解する。

 

「本気なのかジュリアン……」

 

「ええ、幸いハインツ様の代わりならいるでしょう。ここに」

 

ジュリアンは、手にした端末を操作して、風の歌に拮抗する力を持った歌を歌う五人の少女たち——ワルキューレの画像を見せる。

目を剥くほど驚いたロイドの額から、一筋の汗が伝い、カーペットにシミを作った。

 

「何を考えておるのだ、ジュリアンよ」

 

グラミアへと向き直ったジュリアンは胸に手を当てて、深々と礼をして——

 

「ワルキューレを捕らえてご覧に入れましょう」

 

——そう言った。




ついにマクロスΔにおける分岐点とも言える回に到達しました。
ここからオリジナル展開に徐々にシフトしていきますので、アニメとも劇場版とも違う展開に乞うご期待ください!

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