マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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Mission11 雪星 チュース・バースデー III

 

「これなんてどうだ?」

 

スバルが手に取ったアクセサリーを美雲に見せて問いかける。

林檎があしらわれた髪留めを選んだのは、フレイアが林檎好きということと髪を結っているという理由だったのだが、問いかけられた美雲は目を伏せって首を振った。

 

「違うか。うーん、何をプレゼントすりゃいいんだかさっぱりわからん」

 

「ねえ、スバル」

 

「なんだー?」

 

手にとったアクセサリーを戻し、腕を組んでうんうん唸り、再び棚に並んだ商品をズラリと眺めながら声だけ返事をすると、美雲が口を開いた。

 

「プレゼントってそんなに大事なものなの?」

 

その問いの意味をスバルは理解できなかった。

いつから渡すようになったかは覚えていないが、友人、知人の誕生日には何かしらは買っていただけに、そんな当たり前の質問に驚いた。

 

「そりゃあ年に一回しかない自分の日だからな。いい物を送りたいだろ」

 

「そういうものかしら」

 

「そういうもんだ。美雲だって祝ってもら——」

 

言いかけたところで、思い出した。

美雲には記憶がないことに。

記憶がないということは誕生日もわからない。

祝うことができないし、祝われることもない。

単独行動クイーン、ミステリアスヴィーナスなどと呼ばれる美雲のことだ、きっとワルキューレに入ってからも他のメンバーの誕生日に参加したことはないんだろう。

だから、そんな質問が出てしまった。そう考えた。

 

「——っと悪い。記憶ないんだったな」

 

「ええ、だから誕生日がどれだけ大切で大事な日か、私にはよく分からないの」

 

そう言った美雲は棚に並んだアクセサリーを手にとって、寂しそうに微笑んでいた。

当の本人はそれに気づく様子はなく、それを見たスバルも寂しそうにしている美雲を見ていて辛かった。

 

「でもきっと、暖かくて楽しいものなのね。マキナやレイナを見てればわかる」

 

「……ああ、生まれたことをみんなで祝福する日だからな。それに——」

 

言いかけて、スバルは口をつぐんだ。

 

「それに?」

 

「——それにフレイアにとっては……いや、ウィンダミア人にとっては、もっと大切な日だろうからさ」

 

その言葉の意味するところを察して、美雲は黙った。

ウィンダミア人は短命。

長くても三十年余りという、人間の三分の一ほどしか生きられない彼らの人生において、年に一度の誕生日はきっと、いや確実に大切な日なのだ。

だからスバルは記憶に残るくらい楽しいモノにしたくて悩んでたんだろうと思う。

そして自分がなんて無神経なことを言ったのだろうと反省した。

 

「だから、貰ってよかったって思えるプレゼントを——」

 

そうスバルが言いかけて、また口をつぐんだ。

だが、今度は美雲のさらに向こうを見て、双眸をこれでもかと見開いて固まっている。

 

「……スバル?」

 

美雲が固まったスバルの顔を覗き込むが反応はない。

心なしか彼の額に冷や汗が浮かんでいる気がした。

そんな美雲を、歯牙にもかけずにスバルは直線距離にして約100メートル先の人影を見つめていた。

スバルたちのように店の前に並べられた商品を手に取り何やら話している様子のふたり組。

自分より明るめの群青色の髪をした少年と、妖精のように尖った耳を持つ臙脂色の髪をした少女。

それがハヤテ・インメルマンとミラージュ・ジーナスだと理解するのに時間は要らなかった。

 

(——なんで、ハヤテとミラージュがここにいるんだ……!)

 

ダラダラと、額だけでなく背中からも冷たい汗が滲む。

別に後ろめたいことをしているわけでないのだが、なぜかそんな気分になった。

が、スバルと美雲が一緒にいる。

その事実を知られたくなかったスバルは、ハッと我に帰ると——

 

「美雲、向こうに行こう!」

 

「え、ちょっとスバル!?」

 

——美雲の手を取り、返事を待たずに駆け出した。

一目散に、一直線に、脇目も振らずに、一秒でも早く、その場から離れるべく雑踏の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

スバルたちが去って行った場所から少し離れた位置にある柱の陰から、マキナ、レイナ、チャックがひょっこりと顔を出す。

美雲の手を引いて、去って行く様子を見て、三人はニヤニヤと笑っていた。

 

「いやースバスバもなかなか大胆なことをしますなー」

 

「大胆不敵」

 

「あんにゃろー。俺だってまだ誰とも手を繋いでいないってのに……!」

 

柱の陰から飛び出しそうになったチャックをまたふたりが肩を抑えて引っ込めさせた。

 

「でも急になんで走り出したんだろうね?」

 

「何かを見つけたとか?」

 

「おいおい、そんなこと話してないで追っかけようぜ、見失っちまう」

 

スバルは人混みに慣れているのか、スルスルと美雲の手を引いたまま間を縫ってどんどん離れて行く。

チャックの言う通りこのままでは見失うだろう。

 

「そうだね、追っかけようレイレイ!」

 

「作戦続行」

 

「「「イエス!」」」

 

三人はグッとサムズアップすると、柱の陰に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈アイランド・ジャックポット〉のモールは内外にあらゆる店舗を展開しているが、主に内部は服飾雑貨類を取り扱った店が多く、外は飲食類を取り扱った店が多い。

メインの広場には移動販売用のワゴン車がズラリと並び、壮観な光景と共に賑わいを見せている。

その広場の一角にあるベンチに美雲は座っていた。

 

「ほい、お待たせ」

 

そう言って、スバルが見慣れない食べ物を差し出した。

受け取ってマジマジと見つめるが、それが何なのかさっぱりわからない。

ソーセージと野菜をパンのようなもので挟んだ食べ物であることは理解できたが、サンドイッチにしては随分細長いと思った。

 

「急に走り出して悪かったな」

 

美雲の隣に、でも少しだけ離れた位置にスバルが腰掛けた。

 

「別にいいわ。でもなんで急に走り出したの?」

 

「え。……えーと、それはだな」

 

ハヤテとミラージュにバレたくなかったから、とは言えなかった。

 

「は、腹減ってさ!もうすぐ昼だろ?で、美味そうな匂いがしたもんだからつい……」

 

「そう」

 

スバルの答えに納得しているのかしていないのか、美雲はいつものように眉ひとつ動かさずにそれだけ言うと、興味の対象は手にした食べ物へと移ってしまったようだ。

 

「……もしかして、ホットドッグ初めて見たのか?」

 

視線はホットドッグから外さないまま、こくり、と美雲は頷いた。

 

「ホットドッグを知らないとは驚きだ……」

 

スバルは、そんな美雲をよそに、モサモサと咀嚼しながら頬を膨らませる。

 

「まあ食べてみろって。おいしいから」

 

「……ええ、そうするわ」

 

と言うが、一向に食べようとしない。

隣で食べているスバルはもう半分ほど食べ終えている。

そんなスバルの様子をじっと見つめたまま、美雲は動かない。

 

「…………」

 

その視線に耐えられなくなったのだろう。

スバルは齧ろうとしていた口を閉じ、美雲に向き直る。

 

「なんで食べないんだ?」

 

「別に……」

 

スバルから視線を外し、ホットドッグに向き直って、じっと見つめる。

だが、食べる様子はない。

それを見ていたスバルは、もしかしてと思ったことを口にした。

 

「ひょっとして……恥ずかしいのか?」

 

美雲の背筋がほんの少しだけ強張った。

 

(図星か)

 

「い、今まで誰かと一緒に食事をしたことなんてなかったから……」

 

「へぇー」

 

頬杖をついて、普段とは違う様子の美雲が面白いのか、ニヤニヤと見つめると、美雲は頬と耳を赤くして、それを隠すようにそっぽを向いた。

 

「おー赤くなった。珍しい」

 

「…………」

 

そんなスバルに何か言いたげな顔で不満を表すが、フン、とまたそっぽを向くと、手にしたホットドッグを一口かじった。

が、その一口で、美雲の顔が固まり、微動だにしなかった眉がほんの少しピクリと動く。

 

「どうかしたか?」

 

「…………」

 

美雲は答えない。

静かに手にしたホットドッグを置いて、口元を隠すように抑えている。

 

「美雲?」

 

「……これ、ものすごく辛いのだけれど」

 

「え?」

 

美雲から飛び出した意外な言葉に驚きを隠せない。

どうやら今顔が赤いのは、先ほどの恥ずかしくて赤くなっているのではなく、ホットドッグが辛くて赤くなっているようだった。

 

「ぷっ、あっははははは!!」

 

「……スバル、笑い事じゃないわ」

 

「ははは!悪い悪い。飲み物でも飲んで落ち着けって」

 

そう言って、一緒に買ってきた飲み物を渡す。

と、美雲は至って平静を装いながらしずしずとそれを受け取った。

普段から眉ひとつ動かさないポーカーフェイスの美雲の驚いた顔や、わかりやすくそれを隠そうとしている姿に、スバルはまた吹き出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クモクモきゃわわーー!!」

 

「ラブリー」

 

「お、おいお前ら見つかるだろ!落ち着けって!」

 

茂みから飛び出しそうな勢いでマキナとレイナが身を乗り出し、手持ちの端末でこれでもかというくらい写真を撮っている。

それをチャックが制止しようとするが、逆にふたりの勢いに押されて、たじろいでいた。

 

「美雲の赤くなった顔。激レア」

 

「しっかりデータに残しておかないとねレイレイ!」

 

「……ほどほどにしとけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとしきり笑い終えた後、食事を終えたふたりは、ベンチに座ったままゆったりした時間を過ごしていた。

晴れ渡った空の下、道行く人々を眺めている。

互いに無言のまま時が流れていく。

が、スバルにとってこの時間は苦ではない。

むしろ落ち着くのだ。今が戦争中ということも忘れて、何の変哲も無い日常を過ごしている安心感がある。

その安らぎが、度重なる戦闘で疲弊したスバルの精神を微睡みへと引きずり込もうとしていた。

 

(……食ったら眠くなってきたな……)

 

ウトウトしていると瞼が重力に逆らえず降りてくる。

 

(まだプレゼントを選んでないのに……)

 

何とか起きようと踏ん張る。

が、そんな時に限ってモールの各所に設置されたホログラム・スクリーンからワルキューレの歌が流れ、それが子守唄のようになって、スバルへと襲いかかる。

 

「……スバル?」

 

遠のく意識の中、美雲が自分の名を呼ぶが、返事をすることもできずに、スバルの意識はプツリと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

——〈マクロス・エリシオン〉ブリッジ。

アラドとアーネストは互いに渋い顔でホログラム・スクリーンに投映された星系図を見ていた。

そこには、これまでウィンダミアが襲撃をかけた惑星と勢力下に置かれた惑星、そしてまだ支配下にない惑星を表していた。

ガタガタとキーボードを叩きながら、アイシャも眉をひそめて星系図と睨めっこをする。

 

「敵の狙いは遺跡だろう。この間もアーグルパトラ遺跡(アレ)の偵察に来たに違いない」

 

「アラドの言う通りね。連中は遺跡がある惑星を優先的に侵攻してる可能性があるわ」

 

アラドの言葉を支持するように、アイシャが端末を操作をすると、また別のスクリーンで、ヴォルドールから始まったウィンダミアの侵攻ルートが時系列ごとにまとめて表示される。

 

「遺跡のない惑星を襲ったのは……さしずめカモフラージュってところか」

 

「だろうな。……そういえば博士、遺跡の方はどうなってるんです?」

 

「どうもこうもないわ、何の変哲もないただの石ころよ。ワルキューレの歌で活性化する可能性も試したけど、そんなことはなかったし……」

 

どうすればいいのかしらねー、と大きく伸びをしながら椅子にもたれかかる。

 

「レディMはなんて?」

 

「ラグナとアル・シャハルの防衛を強化するよう通達があった。残る遺跡はその二つだならな」

 

「てことは、ラグナ(ここ)が襲撃されたとなると、次の狙いはアル・シャハルか」

 

「まあ十中八九そうだろう。すでに新統合軍には通達済みだが……さて、どこまでやれるか」

 

「そうならないよう最悪の事態を回避するためにデルタ(俺たち)とワルキューレがいるんだろ?」

 

そう言ってアラドは肩をすくめておどけて見せた。

 

「わかってるじゃねぇか。メッサー抜きでもやれそうか?」

 

「やれなくてもやれって言うんだろ?それにメッサーほどではないにしろ、スバルもいるんだ。何とかなるさ」

 

アラドはニヤリと不敵に笑うと、噛んでいたクラゲを喰いちぎって、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

夢を見ていた。

とても、とても懐かしい夢。

そういえば、あの日もこんな風に青い空だったと想いを馳せながら、夢を見た。

 

「うーん」

 

スバルはショーウィンドウの中に並ぶ品々を見つめて唸り声を上げた。

どれもこれもそこそこの値段をするものだったが、問題はそこではない。

 

「おーいスバル」

 

腕を組んで悩んでいると、ふと名前を呼ばれた気がした。

その声がした方を振り返ると、そこには自分と似た青黒い髪に琥珀色の瞳をした、一見すれば男装の麗人と見紛う青年——早乙女アルトが、こちらに手を振っていた。

 

「アルトさん?ここで何してるんですか?」

 

「ああ、コイツの付き添いでな」

 

そう言ってアルトが指差すと、後ろからまたしても見知った人物がひょっこりと顔を出した。

緩くウェーブがかった豪奢なストロベリーブロンドの髪を腰まで伸ばし、サングラスをつけた女性。

おそらく変装のつもりなのだろうが、スバルは一目でそれが誰か見抜いた。

 

「シェリルさん?」

 

「ハロー、スバル。ここで会うなんて奇遇ね」

 

——銀河の妖精、シェリル・ノーム。

リリースされた楽曲はつねに銀河チャートの上位に位置し、かつてユニバーサルボードで17週連続1位の大記録を叩き出したこともある。

『この銀河に暮らしていてシェリルの歌を聞かない日はない』とまで言われるほどの大人気歌手だ。

なぜそんな彼女がここにいるかという疑問は浮かぶ前に、アルトと一緒にいるという点でとっくに消えていた。

 

「お忍びでデートですか?」

 

「なっ!?」

 

「そうよ。ね、ア・ル・ト」

 

あっけらかんと言ったスバルの言葉が真っ直ぐにアルトへ突き刺さり、顔を真っ赤にして驚く。

対してシェリルはそんなことは慣れっこだと言わんばかりに腕を組んでわざわざ見せつけてきた。

さらには、赤くなっているアルトの反応が面白くなったのだろうか、からかうように名前を呼んでいる始末だ。

 

「バッ……!す、スバルの前でくっつくんじゃねえ!」

 

「あら、じゃあスバルの前じゃなければくっついてもいいの?」

 

「そうじゃなくて!人前で腕を組むんじゃねえ!」

 

悪戯っぽく笑いながら、からかうシェリルと顔を真っ赤にして、右往左往するアルトという構図は、スバルにとっては見慣れたもので、ああまたか、という感じで笑いながら見ていた。

 

「相変わらず仲良いですね。ごちそうさまです」

 

 

 

 

 

 

 

 

普段ならばシェリルが飽きるまでアルト弄りは続くのだが、今回はその前にアルトがギブアップを告げたため、近くのカフェで休憩を取ることになった。

 

「……いいんですか?せっかくのデートなのにお邪魔しちゃって?」

 

「ぐっ……。ま、まあデートかどうかはともかく、少しくらい話してたってバチは当たらないだろ?シェリルもいいって言ってるんだし」

 

カフェテラスの一角に腰かけたふたりはカウンターで何を注文するか迷っているシェリルを傍目に、そんなことを話している。

 

「で、お前は何してたんだ?〈Formo(フォルモ)〉にひとりで来るなんて珍しいけど」

 

いつもはランカと一緒なのにな、と続けながらカップになみなみと注がれたコーヒーを一口飲む。

 

「そのランカさんの誕生日が近いんで、プレゼントを買いに来たんですよ」

 

「ああ、そういえばもうすぐだったな」

 

「それで買いに来たはいいんですけど、なかなかプレゼントが決まらなくて……」

 

「考えすぎなんじゃないか?アイツなら何を送っても喜んでくれるだろ。お前やオズマ隊長のなんて特にな」

 

「いや、でもせっかくの誕生日ですし、日頃からお世話になってるので、少しでもいいものを上げられたらなって……」

 

「バカね。それを考えすぎって言うのよ」

 

頭を抱えてテーブルに突っ伏していると、ようやく注文を受け取って戻ってきたシェリルが、スバルの後ろに仁王立ちして見下ろしていた。

 

「何も買って渡すってだけがプレゼントじゃないわ」

 

シェリルは優雅に無駄のない洗練された動作で椅子に腰を掛け、足を組むと、注文したカフェラテの注がれたカップを傾ける。

 

「大事なのは気持ちが篭っていること、それと渡したら喜んでもらえるって自信のあるもの。このふたつよ」

 

「気持ちと自信……ですか」

 

そう聞いて、スバルの脳内で色々な案が浮かんでは消える。

曰く、買って渡すだけがプレゼントではない。

曰く、気持ちが篭っていること。

曰く、渡して喜ばれる自信があるもの。

まだランカたちと暮らすようになってから三年余りで短いが、それでも喜んでもらえそうなものをひとつだけ、ピンぼけしたようにハッキリしないものだが、見えた気がした。

 

「……何となくわかった気がします」

 

「プレゼント、決まりそうか?」

 

「はい!」

 

ガタッと立ち上がると、スバルは先ほどとは打って変わり、晴れやかな顔でそう言った。

 

「ありがとうございました!アルトさん!シェリルさん!」

 

「おう、誕生日を楽しみにしてるぞ」

 

「フフッ、こんなサービス滅多にしないんだからね!」

 

ふたりに別れを告げると、足早に〈Formo(フォルモ)〉を後にする。

行くべき場所は決まっていた。

そこへ向かって一直線に、青空の下、ひとりの少年が駆けていく。

 

そんな懐かしい夢を、見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

深い水底から浮き上がるように、意識がゆっくり覚醒していくのを感じた。

まだハッキリしない頭が、眠る直前の記憶を辿る。

が、それを遮るように柔らかい感触が頭の下にあるのを感じた。

それを確かめるべくゆっくり瞼を開くと、差し込む光に網膜を焼かれる感覚が伝わる。

どうやら思いの外長く眠っていたらしい。

瞼を開ききって、光に目が慣れてくると同時に、目の前に飛び込んできた光景にスバルは目を丸くした。

 

「……お目覚め?」

 

美雲が自分の顔を覗き込んでいるのだ。

だが、覗き込まれること自体はさして問題ではない。

気になるのは、それが上から覗き込まれているということだ。

 

「……この状況の説明を求む」

 

「うたた寝した貴方が倒れないように横にして上げたの」

 

「なるほど」

 

「でもベンチじゃ硬いと思ったから、私の膝を貸してあげた。これでいいかしら」

 

「…………ッッッ!!!」

 

あっけらかんと言った美雲の言葉がまっすぐスバルに突き刺さり、寝ぼけていた頭が一瞬で覚醒して沸騰する。

ガバリと身体を起こすと、客観的に見られていた自分の姿を想像して、恥ずかしさから赤くなった顔を隠すように両手で覆い、声にならない声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

時間を遡り、スバルがうたた寝をしてから少し経った頃。

唐突に美雲がスバルを膝枕したことで、三人は度肝を抜かれることになった。

が、そこは鍛え抜かれたデルタやワルキューレだけあり、すぐに平静を取り戻すも、鼻息を荒くしたマキナが先程からずっとかぶりつくようにカメラで、その様子を動画で撮影しており、レイナはカメラのシャッターを切りっぱなしだった。

 

「ふおおおお!クモクモもスバスバに負けず劣らず大胆!」

 

「美雲の膝枕、激レア」

 

「許さねえ……アイツは今日晩飯抜きだ……」

 

ただひとりチャックだけはドス黒いオーラを放ちながら、美雲がスバルを膝枕した辺りからずっと呪詛のように何かを呟いている。

 

「スバルの寝顔もげっと。これも激レア」

 

「うーん!スバスバの寝顔もきゃわわ!」

 

カメラで撮ったデータを見ていたレイナは、子供のような寝顔のスバルの写真を見ると、何かを思いついたようにほくそ笑み、それを見たマキナはまた鼻息を荒くして喜んでいる。

と、チャックは何とはなしに、スバルから美雲へ視線を向けると——

 

「……っ!」

 

——美雲と目が合った。

いや、それだけではない。

マキナもレイナもチャックと同様に息を呑んで固まっていた。

先ほどまでの騒ぎっぷりが嘘のように静まりかえった時間が流れる。

 

「ね、ねえ、あれクモクモこっちに気づいていない?」

 

「それはありえない……二十メートルは離れてるのに」

 

「で、でも、明らかに美雲のやつ気づいてる感じだぞ?」

 

冷たい汗が頬を伝うのを感じながら、再び美雲を見ると、彼女はただフワリと微笑むと、静かに。というジェスチャーをして見せるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いた?」

 

「……あ、ああ」

 

ベンチに座りなおしたスバルは、平静を装ってはいるが、まだ耳の先や頬が赤くなっていた。

 

「そんなに恥ずかしかったかしら?」

 

「恥ずかしくないわけないだろ……」

 

恋人でもないのに、人前で膝枕をされた挙句、寝顔まで見られたのだ。

これで恥ずかしくない男はきっといない。

確かに、今をときめくアイドルに膝枕をされた嬉しさはあった。

が、それと同じくらいの羞恥心が同居したスバルの心情は誰にも計り知ることはできないだろう。

 

「と、とにかく、人前であんなことはしないでくれ。誰か知り合いに見られたら事だしな……」

 

そう言いながらスバルは、モールで見かけたハヤテとミラージュに見られていないか心配だった。

 

「ふーん、そう。じゃあ次からは気をつけるわ」

 

美雲はスバルの方を向いてはいるものの、その視線は正面にある茂みに向けられていた。

その視線に気づいたであろう三人が慌てて頭を引っ込めているのが見えた。

 

「なんかあるのか?」

 

「別に」

 

「……そっか。んじゃ、そろそろ帰るか」

 

よし、と仕切り直したスバルか立ち上がる。

 

「プレゼントはいいの?」

 

「ん?ああ、それなら大丈夫だ」

 

まるで憑き物が落ちたかのような爽やかな笑顔でニカっと笑った。

 

「なんて言うのかな。買って渡すだけがプレゼントじゃないって思い出してな」

 

夢の中でシェリルに言われたこと——より正確に言うなら、以前にフロンティアでシェリルに言われたこと——をそのまま美雲に伝える。

 

「もう時間も時間だ。オレのプレゼントは、後は時間との勝負だからな」

 

彼のポケットから取り出された携帯端末のデジタル時計が、もうすぐ18時に変わろうとしている。

昨晩、クラゲショックによる気絶から目を醒ましたスバルの額にはマキナの書き置きが残されており、19時までには裸喰娘娘に集まる事と指示があったのだ。

おそらく用意するプレゼントは約束の時間には間に合わない。

だがパーティには間に合わせられそうだった。

 

「美雲はどうする?」

 

「そうね……もうしばらくここにいるわ」

 

「ん、わかった。それじゃあまた後でな」

 

急いでいるのか、スバルは美雲の返事を聞くや否や駆け足でその場を去っていく。

あまりにも潔く引いたスバルのその行動の早さに、美雲はほんの少しだけ不満を感じていた。

が、それに当の本人は気づくことなく去り、やがて人混みの中に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

美雲に三人が尾行しているということはもうバレていたが、それでやめよう、ということにはならなかった。

未だに茂みに隠れて覗き見しているのがその証拠だ。

スバルが起きてからも監視を続けていたが、突然彼が立ち上がると、去っていった姿を見て、マキナが不満をこぼす。

 

「スバスバったら、クモクモ置いてどこに行ったんだろ?」

 

「手を振ってた。もしかしたら帰ったのかも」

 

「いやいや!デートの途中で相手ほっぽり出して帰るバカがどこにいるよ!」

 

と、チャックはありえないと言いながらかぶりを振るが、それをやりそうな人物にひとり心当たりがあった。

となれば、似たような性格をしているスバルももしかしたらやるのではないか、そんな疑念が過って、それ以上言葉は続かなかった。

 

そんな時だった。

見張りをしているチャックのポケットが震える。

どうやら誰から電話がかかってきているらしい。

取り出した端末のスクリーンを見て、チャックは目を丸くする。

 

「……スバル?」

 

発信者は、今しがた見張っていたターゲット。

星那スバルからの電話だった。




美雲さんに膝枕されたいだけの人生だった……。
ということでスバルと美雲のデート回+ちょっとした過去話でした。
妄想が爆発した割にはあっさりとした引きですが、まあ次回以降もまだまだスバルと美雲の絡みはあるのでお待ちください。

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