空中騎士団の襲撃と、メッサー・イーレフェルトのデルタ小隊除隊が決定してから数日が経った。
季節は冬になり十一月に入った惑星ラグナだが、冬と言う割には気温は下がらず、右を見ても左を見ても半袖で街を歩く人間が見かけられる。
チャック曰くラグナは地球でいうところの熱帯や温帯に属しているらしく、一年を通して温暖な気候が続くらしい。
雪は降ること自体ごく稀であり、大抵雪が降った時は異常気象として扱われるそうだ。
その話をスバルが聞いたのはつい半刻前のことである。
そんなスバルは今、ハヤテ、ミラージュ、マキナ、レイナたちと夕食を囲んでいた。
ちなみにフレイアは留守にしているチャックの妹・マリアンヌに代わりチャイナ服に身を包んで給仕の手伝いをしている。
「毎度あり!またのご来店待っちょるよ〜!」
——などと言いながらハック、ザック、エリザベスと共に帰っていく客へ手を振っている。
その様子をホールから少し離れた位置からスバルたちは観察していた。
そんな折、マキナが端末を取り出して、何やら話し始める。
「ねぇねぇみんな。実はこれを見て欲しいんだ」
「どうしたんですマキナさん?」
マキナが端末を二、三度操作してホログラム・スクリーンに映し出したのは、今まさにチャイナ服でホールを駆け回っているフレイアの写真と、そのプロフィールだった。
「フレイアのプロフィール……これがどうかしたのか?」
「ハヤハヤ、にぶにぶ〜。名前の下を見てごらん」
「名前の下って……あ」
マキナに言われた通りの場所を見てようやく得心が行ったのだろう。
ハッと目が見開かれる。
「気づいた?そう、明後日はフレフレの誕生日なの」
「へえ、よく覚えてたなマキナ」
スバルはマキナの話を聞きながら、皿に盛られた春巻きを放り込んで、以前あったことを思い出していた。
(そういえばオレの誕生日もマキナが発起人になって祝ってくれたっけか)
スバルの誕生日は、ラグナでは——というよりバレッタシティでは——クラゲ祭りという日だったらしく、それはもう祭りと合わせて盛大に騒いでいたと記憶している。
「——で、その次の日にはメサメサも異動になっちゃうから、フレフレへのサプライズパーティーとメサメサのお別れパーティーってのはどうかな?」
「……パーティー、か」
「乗った!」
どこか上の空と言った感じのハヤテを押しのけるようにして現れたチャックは一体どこで話を聞いていたのか、嬉々とした表情で話に混ざってきた。
「オッケー、じゃあ段取りは私とレイレイが組み立てるね!」
「おまかせあれ」
「なら料理は俺の出番だな!」
「ミラミラ、ハヤハヤ、スバスバの三人は、フレフレとメサメサへのプレゼントを用意して、うーんと盛り上げちゃお!」
「イエス」
ぐっ、とマキナとレイナがサムズアップをする。
「イエス!」
それを真似してか、チャックも同じようにサムズアップをしてみせる。
そんなノリについていけないのか、はたまた恥ずかしいだけなのか。
ミラージュは赤面したままモジモジと頬を赤らめていた。
「あ……えと」
「「「イエス!」」」
「い、イエス……」
ついに勢いに負けたミラージュが胸元で小さくサムズアップをすると、マキナは満足げに頷く。
「スバスバ話聞いてた?プレゼント、ちゃんと用意するんだよ〜」
「ああ、わかって——ブフッ!」
考え事をしているスバルが気になったのか、マキナが声をかける。
と、スバルは皿に残った最後の一個となった唐揚げを放り込みつつ、返事をしようとしたが、突如、口元を押さえて吹き出した。
あまりに突然の出来事に、一同が固まってその様子を見ていると、スバルは青い顔でチャックへと視線を向ける。
「……チャック、これなんの唐揚げだ?」
「え?……あぁ!そいつは新メニューのクラゲの唐揚げだ!美味いか!?」
「……やっぱり、クラゲかよ」
ラグナに訪れた頃、レイナに無理やり口へとねじ込まれたクラゲの踊り食いを思い出し、それに身体が拒否反応を示したのか、スバルは白目を剥くと、盛大な音ともに倒れてしまった。
「うぇっ!?ス、スバルさん!急にどうしたね!?」
「ち、ちょっと!スバル!?」
突然倒れたスバルに驚いて、意味がわからないまま、慌てふためいて駆け寄ってきたフレイアとミラージュ。
それを見て笑うチャックやマキナ、レイナ、そんな様子も気にならないのか難しい顔で考え込むハヤテと。
三者三様で夜は更けていった。
◆
「——迂闊だった」
翌日。
バレッタシティの海岸線にある道路を歩きながら昨晩の出来事を思い出し、スバルはため息を吐いた。
空を見上げれば日差しは高く、快晴。
今日のバレッタシティは絶好の散歩日和だろう。
浜辺では今日もたくさんの観光客が海で思い思いの時間を過ごしており、とても十一月の光景とは思えない。
だが、スバルはそんなことはどうでもいいと言わんばかりに頭を抱えていた。
「……誕生日かぁ。何をやればいいんだか」
数歩歩いては立ち止まり、腕を組んで唸る。
今日はこの一連の動作を〈裸喰娘娘〉を出てからずっと繰り返していた。
「うーん……うおわっ!?」
その時だった。
考え事に夢中になっていたスバルは何者かに足払いをかけられるが、気づいた時にはすでに遅く、蹴躓き、地面と熱いキスをするハメになった。
「いってぇ……いきなり何しやがる!!」
額に青筋を浮かべて振り返る。
が、その勢いはすぐに削がれることとなった。
「考え事しながら歩くと危ないわよ」
そこにいたのは、言わずと知れた超時空ヴィーナス、美雲・ギンヌメールだった。
普段の制服姿ではなく、私服に身を包んでいるところから、彼女も今日はオフなのだろうと推測する。
「——そりゃご忠告どうも。でも次からは実力行使じゃなくて口で言ってくれ」
そう言いながら、少し赤くなった鼻頭をさすってスバルは不満を漏らした。
「フフッ、気が向いたらね」
美雲はいたずらっぽく笑うと、スバルへと手を差し伸べた。
その返答にスバルはまだ不満がありそうな顔であったが、
「それで、何をそんなに考えてたの?」
「マキナから聞いてるだろ?明日フレイアとメッサーにサプライズ・パーティーするって。だから、そのプレゼントを考えてた」
「パーティー……」
「美雲も来るんだろ?」
「——さあ、どうかしら?」
「……まあ、無理に来いとは言わねえよ。気が向いたら来ればいいさ」
「そうね、考えておくわ。——で、貴方はどこに行くつもりだったの?」
「ん?そりゃ
そう言って、スバルは海の向こうに係留された元移民船の〈アイランド・ジャックポット〉を顎でしゃくった。
「新しいものから珍しいものまで一通りのものは揃ってるし、プレゼント選びにゃちょうどいい」
「ふーん……」
しかし、美雲の答えはハッキリしない。
顎に手を当て何かを考えているようにも見える。
それを見てスバルはなにを思ったのか——
「……一緒に行くか?」
「え?」
——無意識に、美雲を誘っていた。
「え……」
(何言ってるんだオレ)
言葉にしてから、自分がとんでもないことを口走っていたことに気づいた。
これではまるでデートに誘っているようではないかと頭を抱えて悶絶する。
「あ、いや、その……プレゼント選びには女性の意見もあった方がいいかなって」
慌ててその場で考えた適当な理由をこじつけるが、そんな様子のスバルが可笑しかったのか、美雲は最初こそ目を丸くしていたものの、またいつものように微笑むと——
「いいわ。付き合ってあげる」
「……え」
——二つ返事で了承した。
その返事によって、今度はスバルが驚く番に変わる。
断られるとばかり思っていただけに、美雲の答えは予想外で、つい変な声を出してしまった。
「ただし、私を満足させられるかしら」
どこか挑発するように、美雲は腕を組んでスバルに言った。
「ぜ……善処するよ」
「フフッ、それじゃあ行くわよ?」
「あ、ちょっと待ってくれ」
クルリと身と菫色の髪を翻して目的地へ行こうとする美雲を制した。
「どうせ一緒に行くならレンタルバイクで行こう」
そう言って、道路脇に設置された観光客向けの充電式レンタルバイクを指差した。
「ええ、いいわ」
「…………」
「どうかした?」
「……いや、何でもない」
今日の美雲はやけに素直だな、などと思いつつ、あえてそれは言葉に出さずにバイクへ跨ると、その後ろに美雲も跨るのだが——
「……!!!」
——躊躇うことなく腰に回された手にスバルは驚き、ピタリと密着した背中から美雲の体温と女性特有の柔らかさを感じて、顔が熱くなった。
そして、今自分が置かれている状況を客観的に見て、とんでもない状態だと理解した。
(おいおい……これヤバくないか)
美雲はワルキューレのエースボーカルであり、銀河ネットを席巻するアイドルだ。
そしてアイドルには古来よりスキャンダルが付き物であり、切っても切り離せない物でもある。
ならこの状況はどうだろうか。
昼下がりに、バイクに二人乗りをして、あまつさえ密着している。
おそらく十人が見れば、十人がお忍びデートだと言うだろう。
それを見られるのは非常にマズい。
ここバレッタシティの住民は、もともと温厚篤実な人々が殆どであり、ワルキューレの拠点も置かれていることから、街中で見かけてもあまり騒ぎ立てることはない。
だからワルキューレのメンバーは、あまり変装せずに街中を歩くし、食事もするし、祭りに参加したりもする。
が、マスコミは別だ。
彼らはきっとこの状況も面白おかしく脚色してスキャンダルとして拡散するに違いない。
そうなればワルキューレを信頼しているファンを裏切ることになるし、今後の活動にも何らかの影響を与えることは否めないだろう。
そこから訪れる最悪の状況を思い描いたスバルは——
「美雲、悪いがちょっと飛ばすぜ。しっかり掴まってろよ!」
「ええ!いつでもいいわよ!」
——一刻も早くこの場から離れるべく、バイクのモーターをフル回転させ、〈アイランド・ジャックポット〉へ飛び出していった。
◆
そんなスバルたちが、バイクで飛び出す様子を見ていたふたりが建物の影から顔を出した。
手には
「……今の見た?」
「ええ、見たわ」
そう言って、キラリと怪しく光った眼鏡を持ち上げたのは、ほんのり小麦色の肌に、口元のホクロが目を惹く女性、ベス・マスカットだ。
「写真も撮った?」
「バッチリ!」
そう言って、ニナは
「「これは……」」
ふたりの声が揃う。
「「ビッグニュース!!!!」」
黄色い声を上げてふたりは彼らとは反対方向へと走り去って行く。
フレイアとメッサーへのサプライズ・パーティーが始まるまでに一波乱起きそうな、そんな気配が漂っていた。