最後の〈ヌージャデル・ガー〉を無力化し、機能停止を確認する。
レーダーを見ても付近にヴァール化した兵士は見受けられない。
遠くではまだ戦闘が続いているが、束の間の休息だろう。
「数が多いと厄介だな」
いくら機体の性能が良くても、中に乗っているのは人間であり、機械のように戦い続けることは不可能である。
さらに言えば、スバルはここまでフォールドしてきた長旅の疲れもあるのだ。
新統合軍時代に長時間の作戦に従軍した経験があるとはいえ、やはり体力的にも精神的にもキツイものがある。
呼吸と心拍を整え、再び操縦桿を握りなおした瞬間、再びイヤリングが、背中が震えた。
それはさきほど再開発地区で感じた不快な感覚ではない。
むしろ希望に満ち溢れた陽だまりの中にいるような暖かい感覚。
「歌……?」
音の発生源を探して、周囲を見回す。
聞こえてくるのは4人の歌声。
その声はまるで、フロンティアにいた頃に聞いた歌——シェリル・ノームやランカ・リーと同じ歌声だと感じた。
人々に希望を与え、空の彼方へ、銀河の彼方へ届きそうな声。
機体のセンサーが音の発生源を捉えた。
それはどうやら、さきほどハヤテたちを助けた方向から聞こえてくるようだった。
スバルは何かに導かれるように——あるいは無意識だったのかもしれない——機体をその方向へ向けていた。
センサーがその方角を拡大し、表示する。
そこでは、戦場の中、スポットライトを浴び、歌い続ける4人の美女の姿があった。
「あれが……ワルキューレ」
あまりに幻想的な光景を目の当たりにし、ここが戦場であることを忘れ見惚れてしまう。
すると上空から歌姫たちと同じ数のバルキリーが降下してくるのが見えた。
編隊を整え、色とりどりのスモークを引いて、空に模様を描き、時にアクロバットを決めながら暴走した兵士たちのマシーンを一定の範囲に押し込んでいく。
その戦術的な動きは、ワルキューレの歌を輝かせる彩りともなっているのが、見事というほかなかった。
「なら、あれがデルタ小隊……か?」
互いに敵の無力化を図り、時には連携して押さえ込み、ワルキューレの歌を聴かせる。
竜の頭骨が描かれた緑と赤のカラーリングが施された可変戦闘機が〈クァドラン〉の両腕を切断する。
混乱して乱射される副砲を避けると、可変戦闘機の陰から菫色の髪をした女性が飛び出す。
彼女は外部からコックピットを開けるレバーを操作し、暴れる兵士に直接歌を聴かせると、歌を聴いた兵士はたちまち戦闘行為をやめてしまう。
このような現象が、ここシャハル・シティで数え切れないほど起こっていた。
暴徒たちも、巨人たちも、次々と戦うことをやめ、ワルキューレの歌に聴き入っている。
それきっと、暴徒でなくとも同じことだろう。
絶望的な戦場に現れた救世主が如き女神たちの姿に人々は見惚れていた。
あるものは喜び、あるものは泣き、またあるものは奮い立つ。
そしてスバルもその1人なのは言うまでもないことだ。
かつて見た奇跡と同じような奇跡を目の当たりにして奮い立たないわけがない。
だが、それを遮るかのようにレーダーが敵機を捉える。
それは右でも左でもない。空からの使者だった。
——夜空を駆ける禍々しい光の帯。
距離が離れすぎていて正確な数は不明だが、半ダースほどの機体が降下してきていた。
「新手か……?」
機種、所属どちらも不明、いわゆるフーファイターだろうか。
スバルは機体をファイターへ変形させると、フーファイターが落着するであろう位置に向けて進路を取った。
ここがすべての運命の分かれ道なることを、この戦場に居る者はまだ知らない。
そして、新たなる祭りの始まりを告げる凶星が静かに落ちていった。
◆
「デルタ4、敵機だ。機数は不明、チャックの観測によれば半ダースほど、随伴してる無人機も合わせると一個中隊規模だそうだ」
隊長であるアラド・メルダースからの通信を聞いた時、ミラージュは一瞬意味を理解できなかった。
「アンノウンが衛星軌道上の新統合軍艦隊を突破。シャハルシティにアプローチするコースに入った」
「未確認機……?ゼントラーディですか?」
「いや、敵は可変戦闘機だ。ヴァール特有のフォールド波も検出されていない。つまり……」
「テロリスト—— !」
ミラージュは息を呑んだ。
そして、自分たちの戦いが第2段階に移行したことを瞬時に理解した。
操縦桿を握りなおし、接敵に備える。
すると——
「隊長!ミラージュ!もう1機アンノウンだ!」
——通信に割り込むようにして、チャック・マスタングが通信を送り込んでくる。
「アンノウンだ?
アラドは、また厄介ごとが増えたと言わんばかりに皮肉る。
「違いますよ!7時の方向、数は1機!機種は……〈VF-25〉!」
「……〈VF-25〉?アラド隊長、その機体は味方です!」
「なぜそう言い切れる?デルタ4」
今度はメッサー・イーレフェルトが通信に割り込み、淡々と言葉を紡ぐ。
なぜお前にそんなことがわかると言わんばかりに。
「〈VF-25〉のパイロットとは面識があります!少なくとも敵ではありません!」
「とりあえず〈
「ウーラサー!」
「「了解!」」
4機のバルキリーは、それぞれの軌道を描きながらアンノウンへ突貫していった。
◆
宇宙から降りてくるアンノウンを機体照合で計測するが、〈VF-25〉に搭載されたデータバンクでは該当するものがなく、情報は何一つ得られなかった。
分かる情報といえば目視で確認した単発エンジンノズルに緑の塗装が施され、両翼に増設ブースターらしきものをつけているくらいだ。
「ったくどこの機体だ!あんな機体、新統合軍でも見たことねぇぞ!」
フットペダルを押し込み、熱核バーストエンジンが火を噴き上げ、増速する。
すでにデルタ小隊はアンノウンとの交戦を開始していた。
あの中にミラージュの駆る機体があるのだろうが、それを確認している暇はない。
こちらを捉えて降りてきた1機——正確にはスバルではなくワルキューレを狙って降りてきた機体にターゲットを絞る。
その機体は港湾地区のクレーンのアーム下を器用に掻い潜りながら飛翔し、〈シャイアンII〉の対空砲火とミサイルを躱し、防衛部隊を撃破する。
そして、多数のマイクロミサイルをワルキューレへ向けて放った。
空を見上げればデルタ小隊は残りのアンノウンとの戦闘で忙しいらしい。
足止めを受けて直衛に回れずにいるようだ。
ワルキューレを守るのは、先ほどデルタ小隊の機体から放たれたドローンだけ。
しかし、ドローンとて無敵の盾でもなければ、無限に動くわけでもない。
その盾は活動限界を越えて、ついに、壊れた。
「させるかッ!!」
飛来するミサイルへ向かって直上からガンポッドと頭部機銃の一斉掃射を行いミサイル破壊を試みる。
次々と爆散していくが、それでも破壊できなかったミサイルはどんどんワルキューレへ近づく。
「このッ!間に合えぇぇぇぇぇ!!!」
ほぼ垂直に、減速することなく突っ込んでいく。
最高速に乗った翼は音を裂き、雲を切り、ミサイルの先へと突貫する。
そして、地面に当たる寸前、バトロイドへ急速変形を行い、ピンポイント・バリアを展開して撃ち損じたミサイルからワルキューレを防御する。
コックピット内に爆音と閃光が走り、操縦桿を強く握りしめ、振動に耐える。
ピンポイントバリアの限界が近いことを知らせるアラートがけたたましく鳴り響き、そして次の瞬間、激しい爆音とともに〈VF-25〉の左腕が爆散した。
「ぐあああああっ!!」
受けきれなかったミサイルが機体の各部で爆散し、コックピット内にスパークが走る。
そのままミサイルの勢いに押され、後ろへと倒れ尻餅をつくような体勢になった〈VF-25〉は、左腕と頭が無くなっており、ボロボロとなっていた。
メインカメラを喪失し、コックピット内のモニターも半分以上喪失した中で、スバルは歌声を耳にする。
「……なんだ?」
ワルキューレの歌声ではない。
でも一番最初に聞こえた不快な音でもない。
例えるならそう、太陽のような——絶望的な状況で、失った希望を与えるような歌声。
ワルキューレの誰よりもランカ・リーに近い感覚の声。
ノイズが走るモニターの正面からは先ほどのアンノウンは止まることなくこちらへ向かってきているのが見える。
「……ッ!撃ち落とすッ!」
尻餅をついた体勢のまま、ガンポッドを構える。
相手が飛び込んでくるなら構えてればいい。
ロックカーソルを片翼——増設ブースターへ向ける。
交差する刹那、互いに機体を捉えた。
国籍マークのない、白色に縁取られた、黒のカラーリング。戦闘機というよりは、エア・レースやデモンストレーション用の機体にも見える。
アンノウンは上方へ回避し、飛び去っていく。
スバルが放ったガンポッドはアンノウンのブースターに命中し、黒煙を吐き出していた。
片舷のブースターを外した直後にソレが爆散し、体勢が崩れるアンノウンだが、すぐさま立て直すと、もう片方のブースターもパージした。
そして——まるで可変戦闘機のように翼が現出した。
「なっ、まさかゴーストブースター!?」
分離したゴーストはアンノウンから反転し、ほぼ直角に近い軌道を描きながら再度こちらへ飛来する。
それをロックし、ミサイルを放つが、普通の戦闘機には確実できないような軌道を描き回避された。
そう、ゴーストは普通の戦闘機ではない。
人工知能を搭載し、パイロットも搭乗しない、機械的限界まで運動性能を追求した無人機。
そうなればパイロットを保護する必要はなく、文字通り機械的な動きを最小のエネルギーで行い最大の成果を生み出す化け物となる。
だが、対ゴーストシミュレーションは新統合時代に嫌という程経験してきた。
ついでにルカ・アンジェローニという3機のゴーストを溺愛する知人から対ゴースト用の戦法も教わっている。
ただし、それは半自律型のゴーストに限った話ではあるが。
「コイツでどうだッ!!」
再びマイクロミサイルを放ち、ゴーストに回避運動を行わせる。
そうして、回避先を狭めていく形で絞り込み、次の回避先にガンポッドの射線を置く。
読みが当たり命中したゴーストが爆煙を上げながら落ちていき、空中で爆散した。
「よしっ!」
新統合時代にはシミュレーションで一度も落とせなかったゴーストを撃墜し、戦闘中であることも忘れ喜ぶ。
ガンポッドを降ろし、ワルキューレの安否を確認するため、振り返る。
(よかった。ワルキューレは健在か)
ワルキューレは歌い続けている。
1人でも多くヴァール化から解放するため、1秒でも早く戦いを終わらせるため。
エースボーカルらしい、菫色の髪をした女性が、中指と薬指を交差させ、片手でワルキューレを表す〈W〉を作ってみせる。
それを機体のサムズアップで返し、未だに空戦が続いている上空を睨む。
激しい戦闘が続いているらしく、至る所で爆発や閃光が放たれている。
その時、1機の〈VF-171〉が戦闘空域を駆けているのが見えた。
「ッ……また……歌?」
暗闇の中で聞こえた太陽の歌声。
どうやらあの〈VF-171〉から発せられているらしい。
「……!危ないッ!」
届かないとわかっていても叫んでしまった。
上空から飛来するビームに気づく様子はなく、そのままビームは〈VF-171〉の背部を撃ち抜いた。
片翼と片足を捥がれ爆煙を上げながら落ちていく。
爆散しないだけまだいいと考えたが、このまま地上に落ちればどのみち死ぬことは免れないだろう。
スバルは考えるより早く機体をファイターに変形させ飛び出す。
「間に合え……間に合えッ!!」
熱核バーストエンジンが火を噴き、翼が風をきる。
〈VF-171〉は錐揉み回転をしながら落ちていき落ちる速度もどんどん上がっている。
だが、スバルより早く救助に行く機体があった。
臙脂色のカラーリングが施されたデルタ小隊の可変戦闘機。
それがミラージュの機体だというのはすぐにわかった。
彼女は落下する機体に速度を合わせ、バトロイドで、流れるように受け止める。
だが、それを狙うかのようにアンノウンが背後から迫っているのが見えた。
「させるかッ!」
最高速のまま突っ込み、ミラージュとすれ違う。
そのままガンポッド掃射でアンノウンの軌道を逸らし、互いに交差する。
そのアンノウンは他の機体とは違い、白いラインに縁取られることもなく、すべてが黒に染められた装甲で覆われていた。
一目で他とは違う、異質な機体だと理解できた。
だがその機体は、機首を反転させると一気に遥か上空へと離脱していく。
敵の指揮官もパイロットもよほど優秀らしい。
おそらく撤退指示が出たのだろう、他のアンノウンも同じように上空の遥か彼方へと星のように消えて行く。
これが戦闘終結の合図となり、スバルは張り詰めていた緊張の糸を解き、シートにもたれかかった。
(疲れた、色々と……)
ヘルメットを後部スペースに置き、地上よりは近くなった空を見上げる。
届くかと思い手を伸ばすが、風防が邪魔で届きそうにない——風防がなくても届くはずはないのだが。
ふと、下方を見ると、ミラージュの可変戦闘機が〈VF-171〉を抱えたまま降下していた。
こちらも、降りようと操縦桿を握りなおすと、モニターに〈SOUND ONLY〉のポップアップが出現する。
「〈VF-25〉のパイロット、聞こえてるか?」
聞こえてきたのは男性の声だ。
落ち着きがあるが、決して頑固ではない、柔軟性に富んだ余裕のある大人の声だ。
「こちら〈VF-25〉」のパイロット。……デルタ小隊の人か?」
「そうだ。悪いんだが少しばかり話がある。降りてきてくれないか」
オレが真っ先に思い浮かべたのは説教とか刑法云々の話だと思った。
新統合軍時代に色々とやってしまった時の記憶が蘇る。
「さて、どう言い訳しようかな」
大きくため息をこぼし、機体を降下させ、デルタ小隊が集まっているところへアプローチするコースへ入る。
この後も何かがあると思うと憂鬱で仕方なかった。