マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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大変お待たせしました。
今回は豪華二本立てでお送りします。


Mission10 限界 ボーダーライン Ⅴ

 

それは、空からの刺客だった。

空中騎士団ではない。

彼らはすでに雲間の向こう、次元断層を隔てた母星・ウィンダミアⅣへと帰還した。

だからこそ、その刺客は誰にとっても以外でしかなかった。

 

「チャック!」

 

アラドの叫びがこだまする。

紙一重であった。

僅かに逸れたビームは、イエローオーカーに彩られた〈VF-31E〉の脚部を貫き霧散した。

あとほんの少し射線がズレていれば、貫いていたのはコックピットだったかもしれない。

そんな最悪の事態を想像したチャックのキャラメル色の肌を冷や汗が伝った。

しかし、エンジンを破壊されてしまっては、いかに最新鋭機の〈VF-31E〉といえども飛ぶための術はなく、墜ちるしかない。

真っ逆さまに海面に向かっていくチャックを救うために、アラドは即座に飛び出していた。

 

「デルタ3!アラド隊長!……うぁっ!」

 

それを助けに行こうとしたミラージュもまた、空から降り注いだビームによって右翼基部と右脚部を貫かれた。

 

「ミラージュ!!」

 

コントロールを失い墜ちる臙脂色の機体を救うべく、ハヤテの〈VF-31J〉が降り注ぐビームをギリギリのタイミング回避しつつ、飛翔する。

その状況を離れた位置から見ていたスバルは愕然としていた。

連戦による消耗があるとはいえ、曲がりなりにも精鋭であるチャックとミラージュのふたりが瞬く間に堕とされた事実にではない。

そもそも、航空戦における撃墜は出会い頭に起こるものだ。

メッサーやスバルのように一騎打ちができる。というのはアラドやチャック、ミラージュ、ハヤテたちが露払いをしているからこそできることなのである。

そして、航空戦のセオリーは相手の射程の外から、相手に気付かれることなく一瞬で撃墜することにある。

それの意味するところはただひとつ、相手が彼らより上手だった。ということであり、身も蓋もない言い方をすれば、運が無かったのである。

それを理解していたからこそ、スバルは驚かなかったし、寄ってたかって救援に向かったとしてもまとめて墜とされる未来しか見えなかったから動かなかった。

——いや、動けなかったのかもしれない。

見上げる夜空からは、こちらへ向かい、槍のように真っ直ぐに突き進んでくる機影が迫る。

その機影を見て、レーダーが捉えたIFFを見て、我が目を疑い、信じられないと目を剥く。

 

「嘘……だろ?」

 

茫然自失となったスバルは、その事実に動かない——動けない。

黒い機影が迫る。

蒼穹のビームがコックピットめがけて飛来する。

 

「スバル!」

 

「——ッ!」

 

そんな彼を現実に引き戻したのは美雲の叱咤だった。

イヤリングが震えて、虹色の声が鼓膜を揺する。

途端、意識が戻ったスバルの視界が閃光に埋め尽くされかけるが、間一髪それをローリングで回避する。

そして、翼と翼が擦れそうなほど接近した二機が交差した刹那。

機体の上面に描かれたエンブレムが視えた。

翼を持った青い外套を纏う死神のエンブレム。

見間違いであって欲しかった。

だが、心の底から溢れでた儚い願いは無残に砕かれ、現実が突きつけられる。

チャックとミラージュを撃墜したのは、間違いなく、メッサー・イーレフェルトなのだ、と。

 

「メッサー……!」

 

振り返る。

後方でインメルマンターンをした黒の〈VF-31F〉が再びスバルに狙いを定めて飛来した。

距離にして約800m。

ガウォーク形態だった機体を変形。

手足を格納し戦闘機となって、空中戦闘機動(シャンデル)で向かい合う形をとる。

奇しくもそれは、スバルがこのラグナに来て初めてメッサーと戦った模擬戦と同じ構図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈マクロス・エリシオン〉ブリッジは慌ただしかった。

当然だろう。

戦闘が終了したと思った矢先に、精鋭であるデルタ小隊の2機が撃墜、さらに1機と交戦状態に入った上、その交戦しているのが、ラグナ支部におけるエースパイロットのスバルとメッサーだと言われれば、情報が錯綜してしまうのも無理からぬことである。

普段ならば艦長席で悠然と構えている、あのアーネストでさえ、半ば立ち上がるような姿勢でモニターを注視しているのだ。

 

「な、何が起こっている……?」

 

「……最悪の事態よ」

 

そんなブリッジの中で、アイシャはただひとり冷静だった。

いや、周りが慌ただしかったからこそ、冷静になれたと言うべきだろうか。

モニターに向かい、右肩上がりで上昇していくグラフを睨みつけて、アイシャは短く舌打ちをした。

 

(メッサーのヴァールが完全に再発した……このままじゃ……)

 

今なお苛烈な空中戦を繰り広げる2機を映し出すモニターを見上げた。

もし、スバルの機体が〈VF-25F/TA〉ではなく〈VF-31F〉だったら。

フォールドクォーツが搭載されている機体だったならば、ヴォルドールのような奇跡がもう一度起こったのかもしれない。

そんなありえた可能性が脳裏をよぎるが、振り払うように頭を振った。

今必要なのは仮定の話などでない。

この状況を打破するための、最善の策を見つけることだ。

 

「絶対諦めないわよ……」

 

アイシャは形の良い頬を思いっきりひっ叩くと、モニターに向かって再び睨めっこを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

〈マクロス・エリシオン〉のブリッジが慌ただしいように、その下に備え付けられたステージに立つワルキューレにも動揺が広がっていた。

モニター越しに繰り広げられる空中戦を見て美雲を除く全員があっけに囚われている。

 

「なんでスバルさんとメッサーさんのふたりが戦っとるんね!?空中騎士団は撤退したのに……どうしてなんね!?」

 

顔色だけではなくルンまで真っ青にしたフレイアは、今にも崩れてしまいそうなほど危うい。

 

「——カナメさん!」

 

「落ち着きなさい。フレイア」

 

今にもカナメに縋り付いて崩れそうだったフレイアを繋ぎ止めるように、肩へ、ぽん、と美雲が触れた。

 

「……美雲さん」

 

「私たちはなに?」

 

こんな状況で何を言いだすんだこの人は。

とフレイアは思った。

だが同時に、美雲・ギンヌメールはどのような状況にあっても無駄なことはしない人間だということも思い出した。

——私たちはなに?

この問いの答えはきっと——

 

「——ワルキューレ、です」

 

「そう、その通り。私たちはワルキューレ。私たちにできるのは歌うことだけ。——でも、その歌でたくさんの人々を救ってきた。守ってきた。なら私たちにやれることはひとつ。そうでしょう?」

 

美雲がいつものように自信に満ち溢れた面持ちで微笑む。

フレイアを励ますようにマキナが、レイナが、カナメが次々とフレイアの背中を、ぽん、と叩いて前へと進み出る。

皆、触れた手は震えていた。

今までにない状況に陥って不安なのは、みんな同じなのだ。

 

「——はいな!」

 

満面の笑みでフレイアは答えた。

そうだ。自分にできることは多くない。

そんなことはわかっていた。

なら、やれることをやるしかないのだ。

がむしゃらに、ひたすらに、真っ直ぐに。

額のルンも爛々と輝いていた。

 

「いくわよワルキューレ!」

 

カナメがマイクを剣のように空へと掲げた。

その姿は、まさに戦士(エインヘリヤル)の魂を宮殿(ヴァルハラ)へ導く戦乙女(ワルキューレ)のようであった。

 

「最高のパフォーマンスを!」

 

美雲が一番前まで進み出る。

歌が始まる。

奇跡を起こすために。

幾度も、幾度でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

互いのシザース軌道が何度も交差する。

メッサーは、やはり強かった。

何度もメッサーとの模擬戦を行ってきたスバルは、少しくらいならば彼の技倆に追いつけているのではないかという驕りがどこかにあったのかも知れない。

だが、それはただの自惚れでしかなかったと改めて思い知らされた。

そこに機体の優劣は関係なく、防戦一方、逃げの一手に追い込まれているのは自分が劣っていることにほかならない。

だが、それでいいとスバルは思っていた。

この戦いは、まったく無駄なものだ。

仲間同士の殺し合いなんてこと自体が間違っている。

だから、勝利条件はメッサーを倒すことではなく、メッサーを取り戻すこと。

自分が防戦に追い込まれて、逃げ続けていれば、ワルキューレの歌が効くまでの時間を稼げると思った。

少しでも攻勢に転じようとすれば瞬く間に墜とされてしまうだろう。

事実、ほんの少し前に正面切って戦闘を仕掛けようとして、機体上部の旋回砲塔を失ったばかりなのだ。

 

「メッサー!返事をしろメッサー!」

 

何度目だろう。

こうしてメッサーの名を呼ぶのは。

何度も呼んだ。

何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

だが、その度に返ってくるのは——

 

「■■■■■■■■■■——!!」

 

——言葉にならない咆哮と怒涛のように吐き出されるミサイルの弾幕だった。

 

「くそっ!」

 

フレアを撒いて加速。

ミサイルを振り切って距離を取ろうとするが、ロー・ヨー・ヨーで即座に追いつかれる。

ヴァール化しているというのに、メッサーの技倆は圧倒的だった。

知性が無くなろうと、理性が蒸発しようと、彼の身体に染み付いた技術が、それを支えていた。

 

「■■■■■■■■■■——!!」

 

メッサーが吼える。

血走った眼が〈VF-25F/TA〉を有効射程(キリングレンジ)に捉え、ミサイルとレールマシンガンのトリガーを弾こうとした。

 

——刹那。

 

視界がブレた。

まるで映像にノイズが走るように。

音声に雑音が混じるように。

何かが暴走するメッサーを阻害した。

 

「——ァ」

 

飛び出しそうなほど目が大きく見開かれる。

戦闘の音に混じって、微かなメロディーが鼓膜を、脳を、魂を震わせる。

それは歌だった。

幾度となく聴いてきた命の歌だった。

 

「■■■■■■■■■■——!!」

 

苦悶に満ちる叫声がこだまする。

メッサーの中に潜むヴァールが、歌ごときで絆されまいとのたうち、暴れまわる。

その痛みが、フォールドクォーツを介してこの戦場に拡散し、攪拌した。

 

「ぐっ——!?」

 

スバルの左耳につけられたイヤリングが震えた。

ヴォルドールほどはっきりした感覚ではない。

だがたしかに感じた。

メッサーの痛みを、哀しみを、絶望を。

 

振り返る。

追従する漆黒の〈VF-31F〉はこちらに狙いを定めてはいるものの、明らかに飛行が安定しておらず、さらに両翼基部、インテーク上面に搭載されたフォールドクォーツが輝いているのが見てとれた。

眩い輝きを発しているそれは、ワルキューレの歌がフォールドクォーツを介してメッサーに伝わっていることに他ならない。

しかし、伝播しているとはいえ、未だヴァールの沈静化をさせるまでには至っていないのが現状だ。

 

「歌は効いてる……!いや、まだ足りないのか!?」

 

思考が加速していく。

ワルキューレは常に全力で、全開で歌っている。

きっと彼女たちに不足はない。

〈VF-31F〉(ジークフリート)に搭載されたフォールドクォーツも〈VF-31A〉(カイロス)に比べれば大型のものを搭載している。

〈VF-31〉に搭載されたフォールドウェーブシステムが稼働するには十分なほど条件は揃っている。

なのに、メッサーが元に戻る気配はない。

 

(どうすれば——!)

 

イヤリングに触れる。

ワルキューレの歌がフォールドクォーツを介して響いてくる。

しかしその歌は"遠い"。

ヴォルドールの時のように、すぐ隣で歌っているという感覚がない。

 

「くそっ……コイツ(トルネード・アドバンス)にフォールドクォーツが積まれていれば……!」

 

と、言いかけたところで、スバルはハッとした顔になった。

目からウロコが落ちるように、鍵穴がカチリと音を立てて開くように、思考がひとつの答えを導き出し、得心した。

〈VF-31F〉にはフォールドクォーツが積まれているが、あとひと押しが足りない。

〈VF-25F/TA〉にはフォールドクォーツが積まれておらず出力が足りないが、スバルの持つフォールドクォーツのイヤリングがある。

 

ならば——

 

——スバルのイヤリングを〈VF-31F〉に持っていけばどうなるのか?

 

「…………ハハッ」

 

我ながらとんでもない作戦を思いつくものだ、と自嘲気味に笑う。

だが、無茶な作戦であろうと、無謀な行動であろうとも、これ以外に手立てはないような気がした。

どのみち、このまま逃げ続けてもいずれどちらかが力尽き果てるのは自明の理というものだ。

だから、そうなる前に決着をつける。

そう決めたスバルの瞳に迷いはなかった。

 

「逃げ続けるのも飽きてきたところだ……やってみるか」

 

操縦桿を握り締め、大きく息を吸って、吐いた。

そして〈VF-25F/TA〉がコブラの姿勢に入る。

いや、それだけではない。

そのままクルビットで一回転しながらも、機体の姿が変わろうとしている。

音速の風圧を機体全体で受け止めて、内臓が潰れるほどの、骨がへし折れるほどのGを受け止め、それでも変形。

戦闘機から人型へ姿を変えた〈VF-25F/TA〉が〈VF-31F〉へ掴みかかる。が——

 

「なっ……!」

 

——メッサーもまた機体を人型へと変形させていた。

時間にして一秒にも満たない時間だった。

理性も知性も失っているというのに。

彼の肉体は一瞬でそれに対応してみせたのだ。

 

「嘘だろ!?でもなッ……!」

 

飛びかかるような姿勢の〈VF-31F〉と掴みかかるような姿勢の〈VF-25F/TA〉が空中でぶつかり、取っ組み合いになる。

しかし、それこそがスバルの狙いであった。

いくら肉体に染み付いた習慣でも、一手先、二手先までを読むことは出来なかったらしい。

至近距離で組み合った〈VF-31F〉の四肢を押さえつけると同時に、スバルはコックピットにある緊急脱出用のレバーを引いた。

EXギアシステムが作動し、手足を装甲が覆う。

背中に折りたたまれた翼を広げて、ジェットエンジンを噴かし、夜空へと飛び出した。

 

逃げるわけではない。

ただひとつ言えることは、歌を届ける方法はフォールドクォーツだけではないということだ。

主翼基部の影から飛び出したスバルは一直線に〈VF-31F〉のコックピットに張り付く。

外部パネルを操作して、無理矢理ハッチをこじ開けたのだが——

 

「助けにきたぜ!メッ、サ……ガッ……」

 

——ハッチの影から伸びた腕がスバルの首を鷲掴みにした。

膨張した筋肉が唸り、電子回路のように張り巡らされた血管が脈打つ。

パイロットスーツの上からでもそれがわかるほどに、メッサーの身体は異常に肥大化していた。

 

「■■■■■■■■■■——!!」

 

「ガ……ァ……メ、メッサ……」

 

ギリギリと音を立ててスバルの首が締め上げられる。

振り解こうと腕を掴むが、EXギアの握力を持ってしても、ヴァール化したメッサーの握力は弱まらない。

 

(意識が……くそ、酸素が足りねぇ)

 

だんだんと朦朧としてきた意識を必死に繋ぎ止め、当初の目的であるメッサーへイヤリングを届けることを果たすべく腕を伸ばすが、届かない。

 

——その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

生き残ったのは、自分だけだった。

その事実を、メッサー・イーレフェルトはベッドの上で知った。

ただ腑に落ちないのは、それを告げた相手が、新統合軍の士官ではなく、見知らぬ男だということだ。

ベッドの傍に立つ男——アラド・メルダースという男は、飄々とした雰囲気で、掴み所がない感じがした。

 

「これからどうするんだ?」

 

どうもこうもない。

自分には行く場所などあるはずがないのだ。

それを察したのか、はたまたわかっててあえて訊いてきたのか。

アラドは少し考えて、こう続けた。

 

「〈ケイオス(ウチ)〉に来ないか?」

 

「?」

 

あまりにも突拍子も無い言葉に、メッサーは絶句した。

——〈ケイオス〉

その名は少し耳に挟んだ程度だ。

もとはフォールド波通信・情報、フォールド航法事業のベンチャー企業だったのだが、ここ十年ほどで規模を拡げ、傘下に芸能部門や軍事部門などさまざまな事業を抱え、銀河を股にかけて活動する星間複合企業体。

それくらいだ。

 

「ヴァール症候群(シンドローム)からの回復例は類例が少ない。今回のライブも、効果があったとは言いづらい。そんな中で、お前さんは数少ない成功例でな」

 

「成功例……ですか」

 

上から目線で、治療と称してデータ集めか。

などと怒る気力はなかった。

いや、怒るべきでもなかった。

彼らは、彼らにできる最善を尽くしたのだ。

ただ、それで救われる命が自分だとは思わなかっただけの話だ。

 

「ウチの研究者——ブランシェット博士というんだが、彼女いわく、ヴァール回復者の中には、ある種の免疫が作られている可能性があるらしい。ヴァールに耐性をもつ〈ワルキューレ〉同様にな」

 

〈ワルキューレ〉

また聞きなれない単語だった。

だが、アラドの話から大方の予想ついた。

今はもういないが、自分が目覚めてからしばらく部屋の片隅で号泣していたカナメ・バッカニアという少女が、きっとそうなのだろう。

 

「その〈ワルキューレ〉の護衛をしろ、と?」

 

「察しがいいな。その通りだ」

 

アラドは咀嚼していたスルメを喰いちぎって、ニヤリと笑った。

 

「〈ワルキューレ〉の歌は戦場で歌って初めて意味を持つ。だがそれはヴァールの巣で歌うのと同義だ。だから、腕のいいパイロットがいる。空戦も、アクロバットも、バトロイド戦もこなせて、度胸と思い切りのいいパイロット。おまけに新統合軍が手放してもいいと思えるようなヤツだ」

 

「俺のようなヤツですか」

 

「そう、お前のようなヤツだ」

 

新統合軍が、たったひとりの生き残りであるメッサーを歓迎していないのは、事実だ。

普通なら、どんな負け戦でも生き延びたパイロットには利用価値がある。

英雄として祭り上げたり、プロパガンダとして持て囃したりだ。

だが、今回の事件は違った。

彼の部隊で、たったひとり生き残った彼が勲章をもらえば、隊員の遺族たちはどのように考えるだろうか。

といって彼を処罰すれば、今後ヴァールの犠牲者を処罰せねばならないことになる。

これはこれで銀河人道法の趣旨に反する。

要は、新統合軍にとって、今の彼は腫れ物でしかなく、いなくなっても別段気にも留めない存在ということなのだ。

 

「……わかりました」

 

もとより行く宛などない。

ただ少なくとも、意味のある死に場所だと思った。

拳銃で脳漿を吹き飛ばすのは簡単だが、それが何か償いになるとは思わなかった。

せめて、意味のある死が欲しかった。

 

「ただ、ふたつ条件があります」

 

「おお、なんでも言ってくれ」

 

「ひとつは——。俺がヴァールになったら殺してください」

 

「……除隊という道もあるぞ。というよりそういう規程なんだ」

 

「わかっています。あくまで俺個人の問題です。最後の瞬間まで俺はコックピットにいたい」

 

「なるほどな。なら俺とお前の個人的な約束ということならイエスだ。隊長としては首を横に振らせてもらう」

 

「それで構いません。そう言ってもらえれば安心して戦える」

 

「そうだな。……で、もうひとつはなんだ?」

 

もうひとつのほうは、口にするのに勇気が必要だった。

 

「さきほどの——カナメ・バッカニアさんでしたか?彼女のシングルが出ていたら、ディスクとデータで戴けませんか?」

 

「データ販売だけじゃ物足りないか?」

 

「いえ、単に光学ディスクの方が恒星風や反応兵器のEMPに強靭ですから、念のため持っておきたいと思っただけです」

 

「わかった。手配しよう」

 

サインもつけるか?

と言われたが、それについては丁重に断った。

が、それを聞いて悪戯っぽく笑うアラドをメッサーは見逃さなかった。

後日、送られてきたシングルディスクにはご丁寧に名前入りでサインまで入っており、頭を抱えてため息をこぼすことになるのだが、それはもう少し先の話だ。

 

それから数日、退院したメッサーは正式に新統合軍を除隊し、アラドに連れられて惑星ラグナへと訪れた。

無論〈ケイオス〉へ入るためだ。

到着後、〈マクロス・エリシオン〉艦内の案内がてら目的地に向かっている最中、メッサーは思わぬ再会を果たした。

 

「あなたは……」

 

目の前に立つ少女——カナメ・バッカニアは大層驚いた様子でメッサーを見つめていた。

 

「今日からウチで面倒をみることになりましてね。今から挨拶に行こうかと思ってたんですよ」

 

「アルヴヘイムではお世話になりました。メッサー・イーレフェルト少尉です。よろしくお願いします」

 

「……うん、よろしく」

 

フワリと微笑んだ彼女の笑顔は眩しくて、この命はきっと、この笑顔を守るために生きながらえたのだと、思った。

言葉にはしないが、心の中で誓いを立てる。

 

(この命が果てるその時まで、きっと守ってみせます)

 

それが、自分にできる恩返しだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

暴走する意識の中で、歌を聴いた気がした。

もっとも、それで何がどう変わるわけでもない。

だが、確かに聴いたのだ。

あの人の歌を。

 

それは、通信機からではなかった。

真っ直ぐに伸ばされ、スバルを鷲掴みにした左腕から聴こえてくる。

見ればいつのまにか、左腕につけていたバングルが起動していた。

中に収録されたたったひとつの曲を再生するために。

 

「ウ……ァ……」

 

「歯ァ……食い、縛れ……メッサー!」

 

その歌を聴いた一瞬。

ヴァールの力が弱まった。

それをスバルが見逃すはずもなく、彼は自分の首を絞める左腕を掴むと、それを軸にして右脚を振り上げた。

——衝撃。

脳が揺れるほどの衝撃が側面から叩き込まれる。

振り上げた右脚はハイキックとなって側頭部に直撃したのだ。

 

EXギアを装着した状態での蹴りは、平たく言えば巨大な金槌で殴られているのと同じだ。

そんな一撃を受ければ普通の人間どころかヴァール化した人間でも、巨人族(ゼントラ)でもただでは済まないだろう。

だから、スバルは極限まで力をセーブしてハイキックを叩き込んだ。

脳は揺れるが命に別状はない。

ヘルメットは砕けるが、それだけだ。

 

「いい加減……目を覚ませ!」

 

腕を振りほどいたスバルが、今度は全身で体当たりをかます。

歌によって抵抗力が低下したヴァールはそれを受け止めることはできずにシートへ押し込まれた。

暴れる四肢を押さえつけ、彼はメッサーの耳へイヤリングをつける。

 

——刹那。

 

〈VF-31F〉に搭載されたフォールドクォーツと、イヤリングが激しく共鳴した。

ワルキューレの歌が、カナメの歌が、時空を超えてメッサーへ伝播する。

 

「カ……カナメ……さん」

 

眩い輝きの中、あの人の笑顔が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつのまにか、メッサーのヴァール化は治っていた。

肥大化していた筋肉は縮小しており、膨脹した血管は気づけば萎えていた。

 

「目ェ覚めたか?メッサー」

 

「…………」

 

メッサーは頭を垂れたまま、返事はなく動く様子もない。

どうやら気絶してしまったようだ。

 

「……まあ、元に戻ったからよしとするか」

 

短いため息を吐くと、スバルは〈VF-31F〉のモニターを操作して、〈マクロス・エリシオン〉との通信を繋いだ。

 

「こちらデルタ5。メッサー中尉の鎮静化を確認。これより帰投します」

 

短く通信を終えると、スバルは空を見上げ、今度は大きなため息を吐きながら〈VF-25F/TA〉へと戻るのだった。


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