マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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Mission10 限界 ボーダーライン Ⅳ

 

何度目だろう。

ミサイルを回避して、迎撃して、また回避して。

たった2機のミサイルによる執拗なまでの飽和攻撃がスバルへと迫る。

それを加速で振り切り、それでも追いかけてくるミサイルを旋回式連装ビーム砲で迎撃する。

もう数えることなどとうにやめた。

いや、もとより数えることに意味などない。

気を紛らわせる程度のことだ。

だが、数えることができるということは、余裕があるということの裏返しでもある。

戦場では極限の状況下で命のやり取りが繰り広げられ、張り詰めた緊張の糸が集中力を増進させるが、それだけ疲労も蓄積させる。

どんな人間だろうと集中力には限界があるし、疲労だって溜まる。

それが解放されてしまえば最後、たとえ一瞬の隙であったとしても、敵にとっては、格好の的になる。

だから、ある程度自分には余裕があると——暗示のように言い聞かせて、1分でも、1秒でも長く生き残るために気を紛らわせるのだ。

そして、その余裕がスバルにないということは、敵の攻撃に追い詰められつつあるということでもあった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

吐息が熱を持つ。

それはヘルメットのバイザーを曇らせて視界を塞いだ。

 

「くそッ!」

 

ヘルメットをかなぐり捨て、目元にかかる前髪を搔き上げる。

左耳に付けられたイヤリングがわずかに輝いた。

後方からは2機の〈Sv-262〉が追従する。

 

手練れのパイロットだと思った。

白騎士やヴァルターのようにエース級の腕前ではない。

だが、長年研ぎ澄まされてきた感覚と培われた戦闘センス、そしてそれを最大限有効活用するコンビネーションに苦しまされていた。

敵でなければデルタで飛んで欲しいと思うほどに統制が取れている。

それに幾度となく、スバルのブレイクダウンは阻害された。

敵の本命である最初の2機——テオとザオを追うためにブレイクするが、その度に進路を塞ぐ射撃が邪魔をした。

ならばと迎撃に出れば、一転して回避に専念し、弄ばれるように時間だけが過ぎ去る。

シーソーゲームの様相を見せる戦いはすでに5分が過ぎようとしていた。

それがスバルにとっては何十分、数時間にも感じられただろう。

それほどまでに敵は戦いが巧かった。

 

——刹那。

 

「■■■■■■■■■■——!!!」

 

耳をつんざく叫声が通信機から響いた。

それはまるで獣の咆哮のようであり、雄叫びのようでありスバルはその声に聞き覚えがあった。

いや、ないはずなどないのだ。

滅多に大声を出さないメッサーのものなのだから聞き間違えるはずもない。

だが、それが意味するところ知っているスバルは、息を呑んで凍りついた。

 

「メッサー!?どうしたメッサー!!」

 

通信機からは逼迫した様子のアラドの声が聞こえてくるが、彼もまたメッサーの事情を知っているからだろう。

何度呼びかけても反応がなくなったことで、すべてを察したアラドは、スバル同様息を呑むと〈マクロス・エリシオン〉のアーネストへワルキューレの出動を要請していた。

 

「クソったれ……やっぱりこうなるのかよッ!!」

 

コックピットの内壁を叩き、出撃前にメッサーを止められなかったことを悔やむ。

 

(だが……今メッサーを助けに行っても、オレにできることは……ない)

 

そのもどかしさに、口元をきつく引き結んだ。

ヴァールが発症したならば、特効薬は歌だ。

それは美雲の、カナメの、ワルキューレの領分。

自分の役目ではない。

デルタの役目はワルキューレを守り、歌を届けること。

しかしフォールドクォーツが搭載されていない〈VF-25F/TA〉では歌を届けることはできない。

ならばどうするのか。

答えは決まっている。

1秒でも早く戦いを終結させることが、今のスバルにとっての役目なのだ。

だから、まずは後ろをついて回る2機を早急に墜とす。

その意思を固めるように、操縦桿を握りなおした。

 

 

 

 

 

 

 

 

カナメは歌っていた。

何が起こったかはまだ理解できていない。

——いや、もしかしたら、本当は気づいていて、認めたくなかっただけなのかもしれない。

だから、それをかき消すように歌っている。

命を込めて、魂を込めて、届けと歌い続ける。

 

通信機からはメッサーの叫び声が未だに響いてくる。

たまらずカナメは手にしたマイクで呼びかけた。

 

「メッサー中尉!メッサー中尉聞こえる!?」

 

「■■■■■■■■■■——!!」

 

……呼びかけに応じるはずはない。

わかっていたことだ。

だが、その程度で諦めるカナメではない。

応えないならば、応えるまで呼びかけるだけだ。

何度でも、何度だって。

ワルキューレが結成してからずっと繰り返してきたことだ。

歌って、歌って、歌って、歌って。

折れそうになる心を繋いで、立ち止まる仲間を奮い立たせて、幾度となく命を救ってきたのだ。

たったひとりも救えなくて何がワルキューレか。

——だから届いて。

 

「メッサー中尉!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおっ!!」

 

変形。戦闘機が人型へと姿を変える。

後方から接近するゴーストを、手にしたガンポッドと背面のビームキャノンで、続けざまに2機叩き落とす。

〈Sv-262〉から射出された〈リル・ドラケン〉により、一時は一対六の様相を呈した戦いだが、たった今2機撃墜したことにより一対四へと変わった。

が、それでも数の劣勢は変わらない。

 

「あと4機!」

 

再び変形。四肢を格納し、迫る〈Sv-262〉から距離を取るため加速する。

それに反応したのは随伴する2機のゴーストだ。

2機が突出すると同時に、さらなる加速をかけるべく〈VF-25F/TA〉の熱核バーストエンジンが火を噴き上げる。

機械は単純だ。

逃げたなら追う。

追われたなら逃げる。

よほど精巧なプログラミングを施されていなければ、シミュレーションとなんら変わりはない。

もっとも、それを補って余りある戦闘力と、人間にはとても不可能な機動を対処出来ればの話ではあるが。

 

〈VF-25F/TA〉の機首が下がり、海面に向かって一直線に突き進む。

ゴーストとの戦いは、何も正面切って戦うことだけが正解ではない。

それはフロンティアにいた頃から何度もルカ・アンジェロー二に教えられたことだ。

例えば、いくらコンピュータといえど、カオスそのものの大気運動は予測できない。

例えば、コンピュータが下す判断が、常に最善で、必ずしも不利になるものではない。

機械の、コンピュータの持ち得ない戦術の多様性こそが有人戦闘機最大の武器なのだと。

 

「チキンレースだ!ついてこれるかブリキ野郎!」

 

後方から迫るゴースト2機を一瞥して、スバルは不敵に口角を持ち上げた。

フルスロットル。

VF-25F/TA(トルネード・アドバンス)〉の最高出力は未知数だ。

製作した本人のアイシャでさえ過信するなと言っている。

だが、望むところだ。

どのみち同等出力が出せる間に合わせの機体で勝てないならば完全修復が終わった〈VF-31F〉に乗っても勝てはしないだろう。

だから、8年前の機体(ロートル)でも勝てることを証明したかった。

 

海面はどんどん近づいてくる。

こちらは変形をする、ゴーストは離脱する。

どちらかが折れればそこで決着がつく。

だから両者は最後までギリギリで粘るが——

 

——最初に折れたのはゴーストだった。

搭載されたAIが並列思考で様々な可能性を模索するが、海面激突への可能性が高まった瞬間、機体を急減速させ、コースから離脱する。

それを視認した瞬間、変形。

機首を持ち上げ、脚だけを展開して、両翼の先端に取り付けられたエンジンポッドと共に逆噴射して急減速。

海面スレスレで機位を立て直し、滑るように飛行する。

そして後方上空で的となったゴースト2機に向かって、背面のビームキャノンが火を噴き、縦一直線に貫いた。

 

「これで残り2機ッ!!」

 

爆炎に照らされた夜空を見上げれば、2機の〈Sv-262〉が浮かび上がって〈VF-25F/TA〉を睥睨している。

 

『フッ、なかなかやるな』

 

『だが、時間切れだ』

 

ヘルマンとカシムがそう呟くと、呼応するかのように2機の〈Sv-262〉が海面から飛び上がった。

スバルが取り逃がした本命である2機だ。

慌ててバトロイドへと変形し、空へ向かう〈Sv-262〉へガンポッドを向ける。

が、テオとザオは、そのスバルには目もくれず大気圏外への離脱コースへと入る。

 

『分析終了!遺跡に異常なし。いつでも風を吹かせることは可能です!』

 

『よーしよくやった!……む?』

 

作戦成功を喜ぶヘルマンのルンが、風の乱れを感じ、僅かに発光した。

視線を向ければ、〈マクロス・エリシオン〉から発艦した増援の一個中隊が、こちらへ迫っている。

 

『敵の増援が来たか。……キース!』

 

『フッ、潮時だな。全機帰投、枝に戻る!』

 

ヴァール化したメッサーとの激戦を繰り広げていたキースは余裕の表情でそう言った。

各空域で戦闘する騎士たちに号令を出すと、後方から迫る〈VF-31F〉をコブラでオーバーシュートさせ、そのままクルビットで進行方向を転換し、一気に空へと昇っていく。

引き際の見極めと、その速さは見事という他になく、連戦により消耗したデルタ小隊にも追う力はほとんど残されていない。

全員がその場で夜空へと消える流星を見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

空へと昇る流星が雲間に消えるのを確認すると、スバルたちは緊張の糸が解けたのか、シートに寄りかかって大きなため息を吐いた。

 

「敵さん、一体何がしたかったんだ?」

 

「陽動だよ」

 

「えっ!?」

 

チャックの問いに、スバルが苦虫を噛み潰したような面持ちで答える。

敵の狙いが何だったのかはわからない。

だが、その術中に見事にハメられたことだけは理解できた。

さらに、結果的にとは言え、メッサーのヴァールを悪化させられた件もある。

——完全なる敗北だった。

 

「陽動って……敵の狙いは一体?」

 

チャックとの通信に割り込むようにして、ミラージュがホログラム・スクリーンに現れる。

 

「さあな。その辺りは明日調べればわかるだろう。こっから先は解析班の仕事だ」

 

スバルはシートにもたれかかり、肩をすくめてみせる。

それを嗜めるように、今度はアラドがホログラム・スクリーンで現れた。

 

「話はそこまでだ。とにかく今は帰投しろ。デルタ2、戻れるか?」

 

「…………」

 

返事はない。

 

「デルタ2?おいメッサー?」

 

「…………」

 

再びアラドが呼びかけるが反応はない。

 

「おいメッサー?どうした!?」

 

三度、アラドが呼びかけた。

 

——その刹那。

 

空から一筋の光が降り注いだ。

それに誰も気づくことはない。

いや、誰が気付けたというのだろう。

疲弊した精神は、意識を鈍らせ。

磨耗した神経は、感覚を鈍らせる。

完全な死角から放たれた一撃が、イエローオーカーの機体を貫き、夜空を朝焼けのように染め上げた。

 


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