マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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Mission01 戦場のストレンジャー II

暴動から数十分が経ち、シャハルシティはたちまち市街戦に突入した。

他ならぬ都市を防衛するために駐屯していたゼントラーディの部隊が、その砲火をシャハルシティに向けたのだ。

 

「酷い……」

 

通信機越しにミラージュの震えた声が届く。

彼女の言う通り、上空から見たシャハルシティは混沌とした様相を呈していた。

 

ヴァール化——わかりやすく言うと暴徒化らしい——したゼントラーディの駐屯兵は次々とリガードやクァドランに乗り込み、乗れなかったものは武器を手に取り、ただ本能の赴くままに街を破壊している。

ヴァール化を免れたゼントラーディと新統合軍が協力して事態の対処に当たっているが、収まる気配は一向に見られない。

 

先駆けて鎮圧に出てきた新統合軍の人型戦車(デストロイド)〈シャイアンII〉が市民に危害を加えさせまいとリガードに砲撃を加えるが、逆にリガードの荷電粒子砲の直撃を受け、逃げ惑う人々の上に倒れた。

 

「なっ……!」

 

胸から頭にかけての部分がまるごと消滅している、あの様子では、中のパイロットはもう死んだことだろう。

それだけじゃない、〈シャイアンII〉が倒れたことで一体何人の市民がアレの下敷きになったことか。

 

「あの様子では逃げ遅れた市民は……」

 

「くそっ……」

 

ブリージンガル球状星団は、広い銀河から見れば辺境だ。

地球からの移民船団が入植した際、その護衛だった新統合軍がそのまま駐屯したため、中央——つまり地球の影響力が少ない。

監視が緩めば堕落するのが人間だ、そうなれば統制を取るものから順に組織は腐敗の一途を辿ることになる。

士気はおろか練度すら上達しない兵など案山子同然だ。そういう意味ではゼントラーディの方がまだ優秀と言える。

だが、その優秀なゼントラーディが敵になれば、一転して脅威となるのだ。

改めて状況を確認しようとしたその時、視界の一角——再開発地区の大通りで爆発が起こった。

視線を向けて確認すると、接近してきた〈リガード〉の荷電粒子砲をモロに喰らった別の〈シャイアンII〉が爆散していた。

その後ろには逃げ遅れた人が何十人と残っている。

 

「マズい!!」

 

同じ轍は踏ませまいと、無意識にオレは操縦桿を傾けて、機首をリガードへ向けていた。

 

「あ、ちょっとスバル!」

 

ミラージュの声が通信機越しに届くが、そんなことに構っている暇はない。

フットペダルを押し込み、〈VF-25〉の熱核バーストタービンエンジンを噴かす。

〈リガード〉は次のターゲットを人々に移したのか、一歩、また一歩と近づく。

 

「この……ッ!!」

 

〈リガード〉へ向かって大きく旋回しながら飛び込み、地表からわずかに浮くくらいの高度で突撃、バトロイド形態——人型へ急速変形して側面から勢いを乗せた蹴りを叩き込む。

想定外の方向から不意打ちを受けた〈リガード〉はまるでボールのように吹っ飛び、50mほど離れた位置にあるビルに激突して動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

「あ、ちょっとスバル!」

 

人々が襲われているのを見つけて一目散に飛び込んでいった青年をミラージュは見送ることしかできなかった。

——いや、正確には追おうとしたのだ。

だが、あまりに突然の出来事で対処に遅れ、さらにそこに自身の上司から通信が来てしまいそれどころではなくなったのだ。

 

「ミラージュ!おいミラージュ!返事をしろ!」

 

「は、はい!アラド隊長!」

 

「マキナを回収してポイントαに集合だ!これより戦術ライブを敢行する!」

 

「了解です!ただちに向かいます!」

 

通信を切ると、ミラージュは眼下で〈リガード〉と戦闘をしているスバルの駆る〈VF-25〉を一瞥して、飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

スバルは動きを停止した〈リガード〉の安全確認を行ってから、逃げ遅れた人々の安否を確認する。

 

「逃げ遅れた連中は……無事か」

 

どうやらギリギリ間に合ったらしい。

軽傷を負っている人もいるだろうが、逃げるのに差し支えはないはずだ。

カメラアイが捉えた映像を確認していると、逃げ遅れた人の中に見知った顔を見つけた。

青い髪とオレンジ髪の少女——さきほど再開発地区で出会った少年少女がこちらを見上げている。

その表情は驚愕の形相のまま固まっており、感情までは読み取れない。

 

「ハヤテ!お嬢ちゃん!無事か!?」

 

機体をガウォーク形態——人型と戦闘機の中間形態に変形させ、風防を開き、直接ハヤテたちと顔を合わせる。

見知った人物が出てくると思っていなかったのか、ハヤテたちはまた驚愕の表情に固まるが、遠方で起こった爆発で、それもコンマ数秒で消えた。

 

「スバルか!?なんでアンタが〈VF-25(それ)〉に乗ってるんだよ!?」

 

「あー……まあ話せば長くなるんだが、今度話してやるよ」

 

内心で今度とはいつなのかとツッコんでいると、機体内に鳴り響くアラートで現実へと引き戻された。

レーダーには11時の方角から接近してくる3つの機体を捉えていた。

目視で確認すると〈ヌージャデル・ガー〉がプラズマキャノンを構えてこちらへ迫りつつある。

 

「とにかくお前たちは早く逃げろ!ここはオレがなんとかする!」

 

「何とかって……!」

 

ハヤテの言葉を最後まで聞く事なく、風防を閉じる。

そして、頭部のレーザー機銃とガンポッドで〈ヌージャデル・ガー〉の1機を牽制して機体を飛翔させた。

ファイター形態へ変形し、〈ヌージャデル・ガー〉より高度を確保すると、再び機体をファイター形態からバトロイドへ変形し、頭部レーザー機銃とガンポッドを掃射しながら降下する。

 

可変戦闘機はもともと対ゼントラーディ戦を想定して作られた人型歩行兵器だ。

人間の5倍以上の体躯を持つ彼らに対抗するために生み出された可変戦闘機は、第一次星間大戦で多大な戦果を残したとされている。

その戦い方は、ファイター形態の急接近、バトロイド形態へ急速変形し対象と近接格闘を行い離脱する、いわゆる一撃離脱の戦法だ。

体躯が同じ土俵に上がったのならば、後は機動力のあるこちらに分がある。

そして、〈リガード〉と一戦交えてわかったことだが、ヴァール化した兵士は、従来の兵士に比べて反応速度が遅くなることがわかった。

ここまでわかれば、後の戦法は自ずと決まってくる。

 

上空から〈ヌージャデル・ガー〉の一機へ牽制の射撃を行い、地表へ着地する。

そのタイミングを狙ったかのように眼前にビーム突撃銃が突きつけられる。

銃口の奥底が鈍く光り、撃たれようとした瞬間、機体をガウォークに変形、頭上を掠めていくビームを確認すると、そのまま機体をぶつけて、体当たりで吹き飛ばす。

ビルの壁面に叩きつけられた〈ヌージャデル・ガー〉の関節部を狙い、ガンポッドを掃射、直撃を受けた関節からスパークが放たれ、機体はそのまま動かなくなった。

 

一息つこうとするが、残った2機の〈ヌージャデル・ガー〉からロックオンされたアラートが鳴り響き、苦々しげに舌打ちをする。

 

「ったく、少しは落ち着けっての!」

 

 

 

 

 

 

——その時、フレイアの耳に微かな音が響いた。

 

「おい!逃げるぞ!向かうからもヴァールが来やがった!」

 

ハヤテが怒号を上げる。

視線の先には鉄パイプやバットを手にした市民たちが押し寄せて来ているのが見てとれた。

遠くではさきほど助けてくれたスバルの〈VF-25〉が2機の〈ヌージャデル・ガー〉を相手に戦っており、こちらを気にかけられる状況ではないらしい。

生き残った人々はヴァール化した暴徒たちから逃げるように反対方向へ走っていく。

だが、フレイアは微かに聞こえてくる音に夢中で聞いていない。

 

「おい!聞いてるのか!?」

 

ことさら大きな声で呼びかける。すると——

 

「声……?」

 

「え!?」

 

——空を見上げポツリと呟いた。

まるでここは戦場ではないかのように、うっとりと。

 

「虹色の……声……!」

 

その声に向かってフレイアはハヤテの手を振り切って走り出した。

ハヤテは一瞬の逡巡の後、フレイアを追い迷いなく駆け出していく。

そして——ふたりは女神に出会う。

 

紅蓮の炎に包まれたメインストリートに仁王立ちになり、不敵に微笑む。

それはあの時、スバルが街中で出会った淑女だった。

 

「やっと暖まってきたみたいね。それじゃあ……!」

 

その声に合わせて、帽子とサングラスを投げ捨てる。

戦場の空にスポットライトが灯った。

 

「歌は神秘!」

 

4機の流星が空を駆け抜ける。

その星から舞い降りてくる、3人の美女たち。

 

「歌は愛!」

 

「歌は希望!」

 

「歌は命!」

 

「聞かせてあげる、女神の歌を!」

 

「「「「超時空ヴィーナス、ワルキューレ!」」」」

 

それは幻というにはあまりハッキリしすぎていて、でも現実だと思えないほど夢想的だった。

戦場で着飾り、ドローンを翼のように輝かせて舞い踊り、歌い続ける4人の歌姫。

そのような存在は物語や映画の中にしか存在しない。

だが、もし存在しないはずのものが現実にあるのなら、それは現実の冷酷さでは決して打ち砕くことのできない不朽のものとなる。

夢を、現実が破壊することはできないのだから。

 

 

 

 

 

 

ワルキューレの歌が戦場に響き、それが途切れることなく、あまつさえ敵味方問わず、その場にいるすべての人々に届くのは奇跡や魔術の産物でない。

れっきとした技術の産物だ。

 

「ピンポイントバリア形成、フォールドアンプ正常に起動中、ワクチンライブ継続」

 

可変戦闘機——VF-31C〈ジークフリート〉と呼ばれる航空機のコックピットに座すミラージュのようなパイロットたちの働きがあってのものである。

デルタ小隊がワルキューレの直衛であるという喧伝に嘘はない。

彼女たちの駆る可変戦闘機は特別製であり、ワルキューレのライブを補助するためのメカニックがこれでもかと言うほど搭載されている。

 

「デルタ・リーダーより各機へ。アルファ、ベータ、ガンマ小隊が上空援護に入った。こちらは想定通り、直衛に入る」

 

通信機越しにアラド・メルダースの力強い声が聞こえる。

 

「「了解!」」

 

「ウーラ・サー!」

 

4機の可変戦闘機が機体を大きく傾かせ、燃え上がる都市へと突入していく。

それはまるで戦乙女に導かれて戦場へ身を投じる古代北欧の勇者のようであった。


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