スバルが戦場に現れたことで、デルタ小隊の士気は——というよりハヤテやミラージュの士気は嫌でも上がった。
しかしアラドとメッサーはその限りではなく、メッサーはいつもの厳つい顔のまま、白騎士と互角の戦いを繰り広げている。
アラドは渋面に顔を歪ませ、唖然としていた。
「あのバカ……。——何のつもりだスバル!?」
「状況は〈アイテール〉で聞きました。〈白騎士〉に〈
「だからと言って命令無視をするのか!」
「戦力を出し惜しみしてる場合ではないでしょう!」
その言葉にアラドは言い返せない。
理由はどうあれスバルを待機させれば、戦力が下がることを理解していたし、事実〈黒百合の悪魔〉の手でミラージュは追い詰められていたのだから、それ以上何も言えなくなる。
「……ッ!」
それでもアラドは出撃させたくはなかったのだ。
自らの命を捨てる覚悟で仇を討とうとしている者を、大切な仲間を、みすみす死なせたくはなかった。
だが、その願いは届かず、真紅の〈VF-31F〉は止める間もなく、ミラージュを攻撃していた〈黒百合の悪魔〉へとまっすぐに向かって行った。
◆
『援軍か?』
ミラージュから距離を置いた〈黒百合の悪魔〉が接近するスバルへ向き直る。
接近する敵機の拡大映像が映し出され、それがランドールで戦った真紅の〈VF-31〉だと分かると、口角を釣り上げ、瑪瑙のような黒い瞳が嬉々として輝いた。
『あん時の野郎か!』
すでにミラージュへの興味を失ったのか、スバルと同じように機体をファイター形態に変形させると、真正面から突っ込んでいく。
前方から〈Sv-262〉が接近する。
最高速に乗った翼が真空を切り裂き、すれ違うように交差した。
刹那、スバルの視界に尾翼に描かれた白百合のエンブレムが飛び込む。
漆黒のカラーリングが保護色となり、他のウィンダミア機と見分けがつかなかったが、至近距離で視認したことで、敵を理解した。
「あのエンブレムは……ヴァルター・ガーランドかッ!!」
怒りで声が震えていた。
見開かれた双眸は憎しみに染まっていた。
機体をガウォーク形態へ変形させ、アステロイドを蹴って、慣性ベクトルを真逆へ変更する。
そのままMMPブースターパックと脚部のスラスターを使い、ベクタードスラストを駆使して鋭角的な動きで距離を詰めていく。
ロックオンカーソルがまるで猿のように小惑星を足場に飛び回る〈Sv-262〉を捉えた。
「喰らえッ!」
両腕から放たれたレールマシンガンは目標へ殺到するが、アステロイドを踏み台にして容易く回避される。
壊せたのは小惑星だけだった。
苦々しげに舌打ちをすると、再び脚部スラスターを全開にして追いかける。
「〈
逃げる〈Sv-262〉を追いながら、通信チャンネルを全回線に開いて叫んだ。
『声!?』
ヴァルターは突如聞こえた声に驚くが、後方から追従して来ている〈VF-31〉からだということに即座に気づく。
何しろ戦闘中に名指して呼ばれたのだ、むしろそれ以外の可能性の方が低いだろう。
「答えろ!」
『だったら何だってんだぁ!』
〈Sv-262〉がバトロイドからガウォークへ変形させ、機体を前方へ宙返りさせながら、迫る〈VF-31〉へ右腕部のレールマシンガンを放つ。
飛来したそれを左右へジグザグに軌道を描いて躱し、回避した先のアステロイドを蹴って〈Sv-262〉へ肉迫する。
同時にバトロイド形態へと変形し、アサルトナイフを抜き放った。
そのまま〈Sv-262〉へ斬りかかるが、ヴァルターも同じようにバトロイドへ変形すると、右脚部の装甲から折りたたまれたロングソードを抜き、アサルトナイフと真っ向からぶつかった。
〈Sv-262〉が持つ、可変戦闘機に似つかわしくない幅広の長剣は、機体の盾と騎士団という名が相まって、まさに騎士のような出で立ちだった。
その長剣と短剣、長さの揃わない2つの得物による鍔迫り合いで、宇宙に火花が咲き乱れる。
「6年前、反統合勢力に加担して惑星フロンティアを襲撃したな!?」
『テメエあそこの生き残りか!』
「なぜあんな事をした!」
『傭兵に戦う理由を聞くのかぁ!?』
コックピット内にアラートが鳴り響く。
ミサイルロックをされたとARスクリーンに表示される。
視界の下方に〈Sv-262〉の脚部ハッチが開き、ズラリと並んだミサイルが顔を覗かせているのが見えた。
『吹っ飛べ!!』
雪崩のように吐き出されたミサイルから距離を取るために、ロングソードを弾き、熱核バーストエンジンを逆噴射して後退、両腕のレールマシンガンで迎撃する。
だが、迫るミサイルの量は多くとても迎撃が間に合わない。
即座にエネルギー転換装甲を展開して防いだ。
「っぐぅ……!」
衝撃でコックピットが激しく揺れる。
歯を食いしばって耐えきると爆煙の中からレールマシンガンを連射しながら〈Sv-262〉が飛び出してきた。
『だいたいな!入植が始まった新統合政府の
「ぐっ……!なら何故市街地を巻き込んだ戦いをしたんだ!?」
後退しながらも、エネルギー転換装甲と両腕のピンポイントバリアをフル稼働し攻撃を無効化する。
弾幕が止んだ隙を見てファイター形態へと変形し、アステロイドベルト外へ出る進路を取った。
『戦う場所に決まりなんてあるのかよぉ!!』
再び〈Sv-262〉から怒涛のようにミサイルが吐き出される。
フレアを巻きながら、ガウォークとファイターを切り替えながら、アステロイドを踏み台にして、躱して、とにかく進む。
「関係ない人を大勢巻き込んでおいて!」
『だからどうした!戦場でちんたら逃げてる奴が悪いんだろうが!!』
ヴァルターのその言葉がスバルの怒りに油を注ぐ。
燃え上がった憎しみの炎に支配されたスバルは周りが見えなくなっていることに気づかない。
「テメェ……テメェだけは絶対許さねえ!!」
『別に許してもらおうなんて思ってねえよ!卵野郎が!』
小惑星群を抜け出し、
後方からは付かず離れずの距離でヴァルターが追ってきていた。
「ぶっ潰す!」
犬歯を剥き出し、闘争心を表面に出して吼える。
戦場が移ろい、障害物がなくなったことで、純粋な実力のみのぶつかり合いとなった壮絶なドッグファイトはもう間も無く終わろうとしていた。
◆
「なんだ……あの飛び方」
アステロイドベルトの上空でドッグファイトを繰り広げるスバルとヴァルターの飛び方を見ていたハヤテは愕然としていた。
デルタ小隊に所属してから何度もスバルの飛び方を見てきたハヤテにとって、今日のスバルの飛び方は明らかにおかしいと直感した。
普段は多少は粗雑ながらもメッサーに似た真っ直ぐな飛び方をしているスバルだが、今日のスバルはただ目の前の敵を討つために、ひたすら攻撃的に、暴力的に、強引に飛んでいた。
機体の関節への過負荷や推進剤の残量すら気にしないその飛び方に戦慄すら覚える。
「くそ!どうにかスバルを止めないと……」
苦々しげに舌打ちをするアラドの通信が聞こえてくる。
ハヤテはスバルが待機になることは聞いていたが、その理由までは聞いていなかった。
だが、先程オープンチャンネルで開かれたスバルとヴァルターの会話を聞いたことで、アラドが何か知っているのではないかと思い至る。
「おいおっさん、何か知ってるのか?」
「…………」
「アラド隊長!」
通信にミラージュも割り込む。
普段から飄々としているスバルがあそこまで感情的になる姿は側から見ても異常だ。
だからこそ、そこまで感情的になりえる理由が知りたかった。
「〈
「「!?」」
「あのまま戦えば間違いなくスバルがやられる……その前に止めなきゃならん」
「ですが、どうやって……」
鬼気迫る死闘を演じるスバルとヴァルターの間に入るには相当な実力が必要だ。
ミラージュは自分が力不足であると自覚していたし、ハヤテも同じだった。
デルタ小隊の中であの死闘に割って入れるのはアラドかメッサーだろう。
だが、メッサーは今まさに〈白騎士〉と戦っており、手が離せる状況ではない。
かといってアラドが戦場を離れれば指揮系統に乱れが生じかねない。
八方塞がりとなったこの状況を打破するためにアラドの脳内ではあらゆる可能性を模索しては消えていた。
その上相手にしなければならないのは〈黒百合悪魔〉や〈白騎士〉だけではない。
空中騎士団の機体は今もこの宙域にいるのだ。
「どうする……アラド・メルダース」
自問するように呟いたアラドの言葉は戦場の爆音と通信のノイズにかき消され消えていった。
◆
戦場に響く女神の旋律はデルタ小隊のプロジェクションユニットと変調装置の力で大きな広がりを見せていた。
ただ暴れるだけだった新統合軍の〈VF-171〉が小惑星に投影されたワルキューレを見て、通信機越しに聞こえてくる歌を聴いて正気を取り戻していく。
操られた兵士の半数に歌の効果を確認したとカナメが伝える。
だが、まだ半数なのだ。
残りの半数はまだヴァールによって苦しんでいるのだ。
だからこそ美雲は歌う。
フレイアが、カナメが、マキナが、レイナが歌う。
銀河のために、誰かのために。
この生命を燃やして、戦場にいるすべての人に。
届け、と歌う。
◆
『おのれワルキューレ……余計な真似を!』
通り過ぎた小惑星に投影されたワルキューレの姿を見て、ボーグ・コンファールトは苦々しげに吐き捨てる。
ウィンダミア人特有の器官〈ルン〉が赤く光った。
『行くぞテオ!ザオ!あの耳障りな歌を止める!』
『ダー!我らの真の風!』
『見せつけてやりましょう!』
ボーグが駆る機体の後方から2機の〈Sv-262〉が追従する。
両翼に増設ブースターのように取り付けられた〈リル・ドラケン〉を巧みに操り、ベクタードスラストを駆使して、ファイター形態のままアステロイド群を突っ切って行く。
目指すはワルキューレの歌うステージ、敵の母艦だった。
「しまった、抜かれた!?アルファ小隊迎撃を!!」
「アルファ小隊、了解!」
〈アイテール〉の直衛に回っているアルファ小隊がその指示を受け、旗艦前方に展開、接近する3機の〈Sv-262〉めがけて、ミサイルの濁流を放つ。
『フッ、そんな攻撃で!』
小隊数機によるミサイルの飽和攻撃を見てもボーグは不遜な笑みのまま眉ひとつ動かさない。
透過型の
それを視線の誘導でロックオンし、3機の〈Sv-262〉からも雪崩のようにミサイルが吐き出された。
ミサイル同士による迎撃。
それは波と波がぶつかったときのように、ひとつの爆発が連鎖して巨大な爆炎となり、炎の嵐を作り出す。
その中を突き抜けて3機の〈Sv-262〉はガウォーク形態へと変形しながら飛び出した。
「何ッ!?」
『グロース!!』
機体上面にマウントされたガンポッドから真紅の重量子ビームが放たれる。
一直線に飛んだそれは〈VF-31A〉を縦に割るように貫いた。
「アルファ4!おのれ!」
迫る防衛部隊のレールマシンガンを宙返りで躱し、その死角を補うようにテオの〈Sv-262〉がカウンターを仕掛ける。
息のあったコンビネーションになすすべなくアルファ小隊の機体は墜とされていく。
やがて防衛部隊が突破され、ボーグの眼前には敵母艦〈アイテール〉のみとなった。
『喰らえッ!!』
波濤のように迫るミサイルを対空迎撃が迎え撃つが、撃ち損じたミサイルが弾幕を抜け、甲板に展開するステージへ殺到する。
「まずい!ピンポイントバリアを!」
カナメが声を荒げる。
眼前には自分たちの命を奪うために迫るミサイルが迫っていた。
それでもフレイアは歌うことをやめない。
ここで歌をやめればすべて無駄になってしまうから。
どんなに怖くても、逃げ出したくなっても、自分はワルキューレだから。
その一心で歌う。届くと信じて歌う。
(……美雲さん!)
フレイアを庇うようにして前へ出た美雲の姿に勇気をもらい、歌い続ける。
ルンを輝かせて、歌い続ける。
ステージ前面に、〈アイテール〉のAIが予測したミサイル弾着地点にエネルギー状のシールドが複数展開される。
間一髪だった。
寸前で展開されたピンポイントバリアでステージの破壊という最悪の事態は逃れたが、衝撃と爆炎でダメージを負ってしまっていた。
『見つけたぞ裏切り者!!』
フレイアの眼前に、弾幕を突破したボーグの〈Sv-262〉が姿を現わす。
オープンチャンネルで叫んだのだろう。
敵から発せられた言葉は、一番聞きたくなかった言葉だった。
「裏切り者……」
いや、正確には同郷の者に一番言われたくなかった言葉だった。
どんなに取り繕っても、明るく振舞っても、自分で覚悟している以上に、直接言われた言葉のナイフは彼女の心をズタズタに切り裂く。
足元がふらついて、言葉が震えていた。
眼前でガンポッドを構える〈Sv-262〉は間違いなくフレイアを狙っている。
——死ぬ。
そう思った刹那——
「フレイア!!」
——ハヤテの声が聞こえた。
青ざめていたルンが光を取り戻す。
顔を上げれば、ハヤテの駆る青い〈VF-31J〉がボーグの駆る〈Sv-262〉を蹴り飛ばしていた。
「ハヤテ!」
フレイアの声に喜色が混ざる。
また助けてくれた。
駆けつけてくれた。
それがたまらなく嬉しくて、頭のルンが輝いた。
「無事か!?フレイア!」
「うん!」
「待ってろ!こんな戦いすぐに終わらせてやる!!」
ハヤテはいつもの風のように爽やかな笑顔で言うと、逃げた〈Sv-262〉を追ってアステロイドベルトへ向かっていった。
余談ですがこの一連の戦闘の時に流れてた曲は最初は〈ワルキューレはとまらない〉でスバルが駆けつけたあたりから〈Walkure Attack〉が流れるイメージで書いてました。