マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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第1部 飛翔紅翼〜グレンノツバサ〜
Mission01 戦場のストレンジャー I


「暑い……」

 

それが、惑星アル・シャハルに降り立った瞬間、オレこと星那スバルが最初に発した言葉だった。

未知の惑星に初めて降り立ったという感動も感慨もなく、ただただ不快な暑さが全身を包んでいる。

この陽光を吸収してしまいそうな、夜のように暗い群青色の髪をかきあげて手扇で扇ぐが気休め程度にしかならない。

 

「なんでこの惑星はこんなに暑いんだ……」

 

真上からジリジリと照りつけてくる太陽を睨んでみたが、あまりの眩しさで目が痛くなるだけだった。

パイロットスーツは宇宙空間での活動も行えるよう密閉されており、風通しは悪いどころか無いと言ってもいい。というか無い。空気が漏れたら死んでしまうのに誰が好き好んで風通しをよくするものか。

とまあ、そんなパイロットスーツを炎天下の中着用していれば暑いのは至極当然のことではあるのだが、文句を言わずにはいられない。

 

「とりあえず脱ぐか……」

 

側から聞けば変質者と勘違いされそうな言葉を発しながらパイロットスーツを脱ぎ始める。

その下に着ている服は、新統合軍時代の制服を改造したもので、動きやすいよう改良してある。

先ほどのパイロットスーツに比べれば風通しも良くなり、幾分涼しかった。

 

「……さて、まずはどうしようか」

 

パイロットスーツを相棒である〈VF-25〉のコックピットへ投げ込むと、モニターを操作し、機体のシステムをロックする。

新統合軍による治安が取れているとはいえ、用心に越したことはない。

風防(キャノピー)を閉じると、オレはこれからの行動を考えながら、空港のロビーへと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空港内は、当然だが冷房が効いており涼しかった。

しかし、観光地——というよりリゾート地だけあって、空港内は利用客でごった返している。

キャリーバッグを引いた裕福そうな婦人やら子連れの親子やらが右へ左へ忙しく歩き回っており、その中を人の波に揉みくちゃにされながらかき分けて進む。

何とか適当に目星をつけたカフェへ入り、半日ぶりくらいの食事にありつくことができた。

 

「……やっぱ新統合軍のレーションは不味い」

 

もそもそとサンドイッチを頬張りながら店外の空港利用客を眺めていると——

 

「まったく……いつもこれだから!」

 

——自分より一つか二つ下くらいの臙脂色の髪をした少女がかなり緊迫した様子で、電話らしきものを片手にキョロキョロしていた。

少し尖った耳を持っているところから察するにゼントラーディかゾラの血が入っているのだろう。

もしかしたらモデルか何かかもしれない。

手足も長くスレンダーで、その辺りを歩いている女性とは一線を画す美しさだと感じた。

少女はまた辺りをキョロキョロ見渡すと、人混みの中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今晩はアル・シャハルで一泊する予定だったので、それまでの時間を消化するため、オレは空港に隣接された歓楽街をブラブラ散策することにした。

こちらの方にも、さきほど空港で見かけたような裕福そうな人たちが至る所で歩き回っており、賑わっている。

空を見上げて見ると、燦々と照りつける太陽は相変わらず暑かったが、空っぽの胃を満たしたことで多少落ち着いたのか、先ほどのような不快感は感じなかった。

 

「13時過ぎってところか」

 

太陽の位置から大体の時刻を図ってそれを時計で確認していると、ふと耳に残るメロディーが流れてくる。

 

「? このメロディー……」

 

そのメロディーに導かれるように視線を動かすと、高層ビルに立体モニターが投影されていた。

流れている映像には〈WALKURE〉と書かれており、音楽が流れている。

色や形を変えながら七色に輝く万華鏡のような声がスピーカーから溢れ、それを聞き流していく人もいれば、立ち止まってオレのようにモニターを見上げている人もいる。

それを見て思い出したのは、オレの故郷である惑星フロンティアにあるゼントラモールのとある場所だった。

そこもこういった立体モニターが流されており〈銀河の妖精 シェリル・ノーム〉や〈超時空シンデレラ ランカ・リー〉の歌が連日街の賑わいに色を添えていた。

 

「どこにいっても変わらない光景ってあるんだな」

 

近くのベンチに腰掛けて、〈ワルキューレ〉の音楽をBGMに道行く雑踏を眺める。

 

「ねえ、貴方?」

 

「……オレか?」

 

人間観察に興じていると、ふと声をかけられた。

声のした方を向くと、ブルーグリーンに近い色の長髪にサングラスをかけた淑女がいつのまにか、隣に腰掛けていた。

いかにも裕福そうな見た目の淑女は観光にでも来ているのだろうか、それともお忍びで来た有名人なのだろうか。

サングラスのせいで顔の全貌は分からないが、凛と響く芯の通った声はシェリル・ノームを感じさせるが、彼女にはないミステリアスさも同時に感じた。

 

「何か用ですか?」

 

「貴方は、この歌をどう思うかしら?」

 

「へ?」

 

唐突な質問に素っ頓狂な声が出てしまう。

てっきり道でも尋ねられるんじゃないかなんて思ったりもしたが、別段そんな事はなかった。

 

「——歌って……今流れてるワルキューレの歌のことか?」

 

「そう」

 

「うーん、どう思うって言われてもな……」

 

左耳につけられたアメジスト色のイヤリングを指で遊んで考え込む。

そういえばフロンティアにいた頃にも、ランカさんから似たような質問をされたっけ。確かあの時答えは……。

 

「……そうだな。誰かの事を想って、それを届けたいっていう強い想いを感じる——うん、いい歌だと思うぜ」

 

「ふふっ、そう」

 

女性はどこか満足そうに笑う。

はて、何かお気に召す事を言ったかオレは?

 

「何でもないわ。それじゃあね」

 

オレの頭に疑問符が浮かんでいることに気づいたのか、女性はそれだけ言うと、立ち上がり去っていった。

瞬く間に雑踏に飲み込まれて見えなくなる。

 

「……何だったんだ一体?」

 

残されたオレはその女性の去っていった方角をじっと見つめポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

何度目かわからない通信呼び出しにようやく応じた先ほどのブルーグリーンの髪の淑女、美雲・ギンヌメールは〈LF6seマルチデバイス〉——付け爪型の通信機——をオンにする。

 

「やっと繋がった……!美雲さん今どこですか!?」

 

通信機越しに女性の苛烈な声が聞こえてくる。

しかし、美雲はそんな事はどこ吹く風のようにさらりと流して言った。

 

「大丈夫よミラージュ。どこにいたって問題ないわ」

 

「問題大有りです!単独行動は控えてくださいってあれほど——」

 

ミラージュと呼ばれた女性が全てを言い終える前に一方的に通信を切る美雲。

視線の先には先ほどまでベンチで問答を行なった青年がうだるような暑さに辟易している姿が見えた。

彼女は雑踏の中に立っていると言うのに、人の波に流される事なく、まるで周りが避けているのではないかと錯覚してしまうほど存在感を放っている。

なぜ面識もない彼に声をかけたのか、あまつさえ問いを投げてかけてをしてしまったのか。

青年を見つめながらもそのことが彼女の頭の中でグルグルと渦巻いていた。

 

(あの人から感じた何か……アレは何だったのかしら……)

 

彼女の中で答えが出ることはない。

しかしそれを表に出すことなくいずれ分かると信じて、ただ艶然と微笑み、今度こそ踵を返して雑踏の中へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……迷った」

 

時刻は進み17時を回ったところ。

真上で輝いていた太陽は傾き、シャハルシティは夕焼けで茜色に染め上がっている。

しかし、オレはなぜか再開発地区の路地裏を彷徨っていた。

いや、なぜこうなったのか心当たりはある。

ホテルに行くために荷物を取りに戻ろうと空港への道すがら、近道してみようなんて考えたのが間違いだった。

再開発地区がこんな迷宮になっていることなんて露知らずに踏み込んだ結果、現在に至っているのだ。

あの時のオレを殴れるのなら助走をつけて全力で殴ってやりたい。

 

「はぁ……どこだよここ」

 

呟いても答える者などいない。

トボトボと重たい足取りで歩を進める。

もしかしたら一生この迷宮に囚われたままなのではないかなんて考えがよぎったが、それを振り払うように頭を振る。

 

「はわああああああ!!」

 

するとどこからか女の子の悲鳴が聞こえてきた。

オレは反射的に腰に隠した銃に手をかけ、統合軍で叩き込まれた有事の際の対処に移ろうとしてしまう。

——が、そこで思い出した。

 

「そうだった……銃は機体に置いてきたんだ」

 

本来銃があるべき所が空いていることに気づき、頭を抱える。

退役したとは言え元軍人、そう簡単に癖は抜けないらしい。

仕方なくそのまま声のした方角へオレは走り出した。

 

「この先の角、かな?」

 

角を曲がり路地に飛び出すと、そこには1人の少年と2人の少女がいた。

そして何故か少年は少女の1人に組み伏せられている。

 

「密航犯確保!!」

 

「違う!違うって!!」

 

「じゃあ婦女暴行犯って呼ばれたい!?」

 

「は、はいっ!密航犯はアタシです!」

 

組み伏せた少女が苛烈な声を上げる。

締め上げられた腕の痛みを訴えて少年が叫ぶ。

その横でうろたえている少女が手を上げて自白する。

……とんでもない所に飛び込んでしまった。

 

「いだだっ、あ、あれ?アンタは?」

 

すると組み伏せられた少年と目があった。

それに合わせて2人の少女の視線もこちらへ移る。

 

「や、えーと。お邪魔しました」

 

「お、お構いなく……?」

 

少年に手で挨拶だけ交わすと、そそくさと来た道を戻ろうとする。

女の子が襲われているんじゃないかって思ったがそんなことはなかった。

オレの出る幕はなさそうだし、早くこの迷子から脱出しよう。

 

「っておい!アンタ!助けてくれよ!」

 

立ち去ろうとしたら少年の声に引き止められる。

助けるまでもないと思いつつも、少年の元へ戻ってしまう。

 

「今、そこのお嬢さんが自分が密航犯って自白したろ?つまり、そういうことなんじゃないか?」

 

そう言って、組み伏せられた少年を心配そうに見つめているオレンジ色のショートヘアーの少女を指差す。

少女はと言えばオレに指をさされて『ほえ?』みたいな顔で首を傾げている。

 

「え……そ、そうなんですか?」

 

今度は臙脂色の髪の少女が口を開いた。

さっきは色々混乱してて気づかなかったが、よく見れば、今朝空港で見かけた少女だ。

臙脂色の腰まで届く長髪に妖精のように尖ったゾラ人かゼントラーディ特有の耳。

ここまで揃っていれば見間違えることはない。

 

「はいな……後ハヤテはそこから落ちそうになったアタシを助けてくれだけで……」

 

そう言ってオレンジ髪の少女が建物と建物を繋いでいる支柱を指差す。

どうやったらあんな所から落ちるって状況を作れるんだ……。

 

「ろ、路地裏に連れ込まれていかがわしい事をされそうになったわけではない……と?」

 

「いっ、いかがわしい事!?」

 

オレンジ髪の少女が声を張り上げて顔を真っ赤にして驚く。

なぜかそれに反応してハート形の髪飾りが光ったような気がしたが多分気のせいだろう。

でもまあ、なるほど。何となく状況が掴めてきたぞ。

おおかたさっきの悲鳴はそこのオレンジ髪の少女のものだ。

柱から落ちたところをハヤテと呼ばれた少年が助けたが、なんかこう勘違いされそうな体勢で助けてしまったんだろう。

で、そこにえんじ色の髪の少女が出くわした、と。

 

「まあこんな人気のないところじゃ勘違いされるのも無理はないわな」

 

1人でうんうんと頷く。

ただでさえ人の少ない再開発地区だ。

そこで路地裏に美少女を連れ込んで押し倒したりなんかしてたってなれば、間違いなく強姦魔だと判断するだろう。

おそらくオレも同じ判断をしていたに違いない。

しかし解せないのは、この臙脂色の髪の少女、状況判断から行動に移すまでが早すぎないだろうか。

ハヤテと同年代ぐらいに見えるが、男性を容易く組み伏せている辺り軍属なのかもしれない。

着ている服もなんとなく私服や普段着というより制服って感じがするし。

 

「……わかったら拘束解いてほしいんだけど?」

 

すっかり組み伏せられている事を忘れられていたハヤテと呼ばれていた少年が声を上げる。

 

「あっ、し、失礼しました!」

 

慌てて臙脂髪の少女は離れると、両足揃えてピシッと立つ。

そして斜め45度の礼をして謝罪の言葉を口にした。

 

「すみませんでした!」

 

「はぁ……まあ、そう思われても仕方ない状況だったしな」

 

ハヤテはバツが悪そうに頭に手を当てて、オレが来る前に起こった状況を想像して辟易したような顔になっている。

 

「なあ、アンタ空港の警備員じゃないよな?かと言って軍属って訳でもなさそうだ。何者なんだ?」

 

話がひと段落ついたところで、オレは率直に疑問に思っていることを告げた。

臙脂髪の少女はまたピシッと立ち直すと溌剌とした声で自己紹介を始める。

 

「はい、〈ケイオス〉ラグナ第三戦闘航空団デルタ小隊所属、ミラージュ・ファリーナ・ジーナス少尉です」

 

「「デルタ小隊?」」

 

オレとオレンジ髪の少女の声が重なる。

 

「苦情でしたら、弊社の広報に」

 

今度はハヤテに向き直り、申し訳なさそうな顔をする。

一方オレと声がハモったオレンジ髪の少女はミラージュと名乗った少女を憧れの人を見るようなキラキラの目で見つめていた。

 

「あのぉ、ひょっとしてデルタ小隊ってワルキューレと一緒に飛んどる?」

 

「え?そうですが……?」

 

「ふわぁぁぁ〜!ゴリゴリ〜〜!」

 

ミラージュの答えを聞き、少女の夢見る笑顔がさらにキラキラになる。

ハヤテの渋面にも気づかずに1人舞い上がって『はわぁ』なんて言ったりしている。

……ところでゴリゴリってなんだ?

 

「な、何なんですか!?」

 

「……ファンなんだと。アンタたちとワルキューレの」

 

「ふ、ファン!?」

 

「はいな!」

 

眩しいくらいの満面の笑みで振り返る。

今までの反応はそういうことか。

そりゃ憧れの人を前にすれば誰だってミーハーになるだろう。

こんな反応になるのは至極当然のことである。

 

「……それで、貴方の方は?」

 

おずおずとミラージュがこちらへ話しかける。

今度はこちらに矛先が向いた。

まあ隠すようなことでもないし、言ってもいいか。

 

「ご覧の通り軍人崩れさ。フロンティア新統合軍第13戦闘航空団サジタリウス小隊元所属、星那スバルだ」

 

そう言って丈を半分くらい切り詰めた新統合軍のジャケットをヒラヒラと見せ、おどけて見せる。

 

「フロンティアの元軍人、ですか?」

 

「ああ、ここにはラグナに——っ!」

 

ミラージュの問いに答えようとした。

その刹那、左耳のイヤリングが、背中が震えた。

かすかに、わずかに

祈りのような、願いのような。

呪詛のような、怨嗟のような。

善とも悪ともとれないような

透明で底が見えない、泥の沼のような絡みつく感触。

言葉では形容しがたい『何か』がオレの全身を貫いた。

それはまるで歌のフレーズのようでもあり、詩の朗読のようでもあり、荘厳な祈りのようでもあり、しかし、暗く深い透明な深淵の奥底から響いてくる、どうしようもなく冷え切った何かのようにも感じた。

 

「……どうしました?」

 

近くにいるミラージュの声がすりガラスの向こうから話しているようにくぐもった声で脳内に木霊する。

立ちくらみのような感覚に襲われ、思わず壁に手をついた。

背中から冷や汗が、額から脂汗が止まらない。

初めて戦場に出撃した時のような、明確な恐怖と気怠さが全身を支配していた。

 

「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?」

 

ミラージュが心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる。

 

——なんだ……今の感覚。

 

「……なんだよ、これ」

 

どうやら異変を感じたのはオレだけではなかったらしい。

ハヤテとオレンジ髪の少女も同じような青い顔になっている。

 

すると突然再開発地区にけたたましいアラートが鳴り響いた。

フロンティアにいた頃にも嫌という程聞いた敵襲を知らせる警報。

突如鳴り響いた聞き慣れない音で、再開発地区に住んでいる人々が何事だと顔を出し始める。

そして、女性のアナウンスで何が起こったかが伝えられた。

 

『ヴァール警報が発令されました。市民は直ちにシェルターへ避難してください。繰り返します——』

 

そのアナウンスの後、状況を理解できていない市民に発破をかけるように遠方から爆音が轟いた。

一瞬の静寂が辺りを包む。

そして次の瞬間に、オレたちのいる再開発地区は逃げ惑う人々によって混沌と化した。

我先にと逃げ惑う人々による怒声や罵声、子供の親を探す泣き声で再開発地区は騒然とする。

 

「——了解」

 

ミラージュはどこかと通信をしていたらしい。

軍用の通信端末をしまうと、軍人のように厳つい顔つきになりこちらへ向き直った。

 

「貴方たちはすぐにシェルターに避難してください。ここはすぐに戦場になります」

 

「え?」

 

「——ヴァールが来ます」

 

ヴァール。

聞きなれない単語だった。

だが、ミラージュの顔つきやこの警報を聞いて元軍人としての勘が告げていた。

人命に関わる何かが起こっていると。

モタモタしていると死んでしまうぞと。

 

ミラージュはそれだけ告げると踵を返して路地裏へと消えていく。

オレはねっとりと絡みついたままの不快な感覚を振り払うように頭を振ると、ミラージュの後を追って路地裏へと続いた。

ハヤテと少女に構っている暇はない。

爆音は遠かった、まだシェルターに避難する時間はある。

だが、今まさに戦場になろうとしている場所はどうだ。

逃げ遅れた人が命を落とすのは時間の問題だ。

ならば、優先順位はハッキリさせなければならない。

先に駆けていくミラージュに追いついて並走する。

オレが追って来たことがそんなに意外だったのか、急に立ち止まり、信じられないようなものを見る目で詰め寄って来た。

 

「な、何をしているんですか貴方は!退避しなさいって!」

 

「悪いなミラージュ。さっき言ったぜ?軍人崩れってな」

 

ミラージュは怪訝そうな顔になる。

 

「自前の機体ぐらいは用意してるってことだ」

 

「なっ!?危険です!というより退役したなら貴方は民間人です!そんな貴方が軍用機で戦場に出るなんて!」

 

「まあそこは上手いことやるさ。それより時間ないだろ?」

 

再び爆音が再開発地区に轟く。

方角的にシャハルシティだろうか、さっきより近づいている。

——こりゃますます時間がないな。

 

「ああもう!仕方ない……!」

 

観念したのかミラージュは頭を抱えて叫ぶと、再び走り出した。

オレもそれに続いて走り出す。

 

「遅れたら置いていきますからね!」

 

「わかってる!お前こそオレに抜かされるなよ!」

 

混沌とする再開発地区を——シャハルシティの中を、逃げ惑う人々の波に逆らうように駆け抜けていく。

遠くでは未だに爆音が響いている。戦いは始まったばかりだった。

そして空よりも高い宇宙(そら)では災厄を起こす凶星が衛星軌道上の艦隊を襲撃していたが、この時のオレはそんなことを知る由もなかった。


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