マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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Mission05 月光 シンフォニア II

——夕方。

〈裸喰娘娘〉へ帰ると、店の奥のテーブルでマキナ、レイナ、チャック、ミラージュが夕食を摂っていた。

 

「精が出るな、マキナ」

 

マキナはタブレットで何やら作業をしながら、レイナに春巻きを食べさせてもらっている。

すごい集中力らしくオレが言葉をかけたことにも気づいていないようだ。

マキナが作業してるってことはデルタ小隊か〈VF-31〉関連なんだろうけど、一体何をしてるんだ?

 

「おうスバル、おかえり」

 

「おかえりなさいスバル」

 

ミラージュとチャックが迎えてくれる。

オレはそれを手で返事すると、チャックの隣へ腰を掛ける。

 

「……マキナは何やってるんだ?」

 

「マルチドローンプレートの改良だそうです」

 

オレの問いに、ミラージュが答える。

マルチドローンプレートってアレか?あのブーメランみたいなやつ。

ホログラムダンサー作ったり集まって盾になったりしてワルキューレを守る小型無人飛行端末……だっけか。

 

「そう、これからはデルタ小隊との連携がさらに重要になるからね」

 

また一つレイナから春巻きを食べさせてもらう。

確かに、ウィンダミアがヴァールを引き起こしている以上、ワルキューレの歌が特効薬になる。

今まで以上に連携を重要視しないと、敵は統制のとれたヴァールでこちらを追い込んでくるだろう。

 

すると、チャックがいつになく真面目な口調で口を開いた。

 

「なあ、スバル、ミラージュ。お前ら人間相手に戦争したことあるか?」

 

戦争ね……まあ、それに近い戦いは経験したことがある、人間相手に戦って争ったってことなら、答えはイエスだろう。

 

「ああ、新統合軍にいた頃にな」

 

「私も同じです。新統合軍にいた頃あります。チャック少尉は?」

 

「お前らと似たようなもんだ」

 

みんな一度は経験してるってことなんだろうな。

統合政府なんてできてはいるが、それに反発する人間は少なからず存在する。

結果、人類は統合政府が出来てから約60年が経っても戦いを続けているし、異星人という共通の敵が出てきても戦いは続いている。

つくづく人間とは因果な生き物だと思う。

 

「ウィンダミア独立戦争のことは?次元兵器が使われ停戦、その後休戦状態が続いてるそうですが……」

 

「さあな、俺も詳しくは」

 

「この間の宣戦布告じゃ統合政府が搾取しようとしたとか言ってたよな」

 

「違う星同士が付き合おうってんだ。そりゃ色々あるさ」

 

チャックもラグナの先住民だったから色々と思うところがあるんだろう。

事実、オレの故郷も、理由はどうあれバジュラと戦争になったからな。

 

「ミラミラ、シリアスなのもいいけど、まずは腹ごしらえだよ」

 

「ご飯は楽しく食べるべし」

 

いつの間にか作業を中断し、こちらを見ていたマキナとレイナが嗜める。

 

「そうだな。悪い悪い」

 

「1個もらうぜ」

 

マキナが食べていた春巻きをひょいと掴んで口に放り込む。

 

「あー!私の春巻き!」

 

「1個ぐらいいいだろ、別っ……」

 

噛んでいたら、何か身に覚えのある感触を口の中で感じた。

こう、柔らかいのか硬いのかよくわからない食感で、コリコリしているこれは……。

 

「マキナ……この春巻きの名前は?」

 

「〈裸喰娘娘〉名物、クラゲ春巻きだ!どうだスバル!?」

 

マキナではなくチャックがなぜか嬉々として答える。

てか、やっぱりクラゲだったか。

この店の料理にはクラゲを入れなきゃ死ぬ病気にでも罹ってんのか?

というか名物多すぎだろ、一体いくつ名物があるんだよ。

 

「か……可もなく不可もなくってことで」

 

「なんだそりゃ?美味いか美味しいで答えろよ」

 

(どっちも結局同じ意味じゃねぇか……!)

 

というツッコミは心の中に押しとどめて、早急にこのクラゲを胃に放り込まなければならない。

オレが口を押さえてもごもごしていると、ハヤテが帰宅してくる。

そのまままっすぐこちらのテーブルに来て、オレの隣に腰掛けた。

 

「おう!遅かったなハヤテ、どこ行ってたんだ?」

 

「ちょっとね」

 

長い前髪をかきあげて一息つくハヤテ。

こんな時間まで何をしていたんだろうか。

横目でハヤテを観察していると、カウンターの方から銀河ニュースの音声が聞こえてくる。

カウンターではフレイアがザックとエリザベスと一緒に銀河ニュースを見ていた。

 

『ウィンダミアは民間人の出入国にとても厳しいんですよ!それがどうしてワルキューレに?普通じゃ考えられません』

 

『それで信じろと言われてもねぇ』

 

世間一般じゃフレイアはウィンダミアのスパイということになっているそうだ。

デビュー初日がウィンダミアの宣戦布告の日ともなれば、ややこしい憶測が飛ぶのも無理はない。

試しにフレイアでエゴサをかけてみたことがあるが、投稿されているほとんどは心ない誹謗中傷で、それは酷いものだった。

〈売国奴〉〈スパイ〉〈裏切り者〉etc...

とは言え、これでもまだ優しい方だ。

本当に酷い言葉なんて、思い出したくもないくらい胸糞悪いものだった。

どれくらい酷かったかは、普段冷静沈着なあのメッサーが憤慨の余りモニターを素手で叩き割った、と言えば分かりやすいだろうか。

それが15歳にも満たない女の子に銀河中から襲いかかってきたんだ。

メッサーが憤慨していなかったら、オレがモニターを叩き割っていたかもしれない。

 

「フレイア、有名人!」

 

「ほんまやね。いやーまいったまいった」

 

笑顔で言ってはいるが、その声は抑揚がない。

あんなに小さい体なのに、オレたちデルタやワルキューレの中で一番年下なのに、周りに心配をかけないように精一杯強がっているんだ。

健気で心優しく何事にも一生懸命な頑張り屋。

それゆえ強がるその姿が痛ましかった。

 

「おい、いたぞ!」

 

その時、〈裸喰娘娘〉の入り口から声が聞こえた。

振り返ればカメラを持った男が手招きして外にいる連中を呼んでいるようだ。

ドタドタといきなり騒がしくなり、フレイアを中心とした半円が瞬く間に出来上がる。

そいつらは、揃いも揃って大きな撮影用のカメラをフレイアに向けてたり、ドローンを使って空中から撮影している。

インタビュアーはマイクを持って、嬉々とした表情で我先にとフレイアへ質問を飛ばす。

肝心のフレイアに至っては状況が理解できず右往左往しているようだ。

 

「なんだなんだ?」

 

「いったい何事ですか!?」

 

チャックとミラージュが立ち上がる。

マスコミ共は遠慮なしに質問しているようだ。

 

「スパイという噂が出てますが、そこのところどうなんでしょう!?」

 

「ワルキューレに入った目的は!?」

 

「貴方がウィンダミア軍の手引きをしたっていうのは本当なんですか!?」

 

……さすがにだんだん腹が立ってきたな。

どいつもこいつも好き勝手言ってくれちゃって。

 

「答えてくださいよ!フレイアさん!」

 

「やめなさい貴方たち!」

 

「客でないなら帰ってくれ!」

 

チャックとミラージュが息のあったコンビネーションで、フレイアとマスコミの間に入り込む。

 

よし、少しばかりこいつらにお灸を据えてやるとしよう。

オレはそそくさとレイナの横に移動し、耳打ちをする。

 

「ん、おっけー。任せるべし」

 

レイナは二つ返事で了承すると、立体モニターで何やらカタカタと作業をし始めた。

その横でマキナが立ち上がり——

 

「もう!ご飯中にお行儀が悪いぞ!」

 

——なんて言っている。

待て、食事中にタブレットを弄るのはお行儀悪くないのか?

というかもう少し有名人の自覚を持てよ、マスコミ共の前で変装もしてない状態だと——

 

「……?あ、マキナ・中島!レイナ・プラウラーまで!」

 

——ほら見ろ、言わんこっちゃない。

フレイアだけでなくこっちにまで飛び火してきた。

するとレイナが袖を引っ張り、完成したソレの端末を渡してくる。

 

「後は実行キーだけ」

 

「……サンキュー、レイナ」

 

端末を受け取り、レイナはマキナと一緒にマスコミからの質問攻めに自ら参加しにいく。気を逸らしているってことなんだろう。

オレは内心で感謝しつつ、受け取った端末の実行キーを即座に押した。

その瞬間、レイナ印のウイルスがネットワーク経由で拡散され、マスコミのドローンや携帯に侵入する。

即効性があるウイルス()はドローンのシステムを破壊し即席で適当なプログラムを組み上げ、携帯はデータをどんどん削除して回る。

 

プログラムを書き換えられたドローンは店の外へと飛び出していき、何人かがそれを追うように出ていった。

気がつくと、ハヤテとフレイアの姿が消えている。どうやら先ほどのどさくさに紛れて逃げたらしい。上手いことやりやがって。

 

その後、30分ぐらい悪戦苦闘しつつも、何とかマスコミ共を帰らせ、事なきを得ることができた。……なんかどっと疲れた気分だ。

 

 

 

 

 

 

静かになった店内で晩御飯を摂り終えたオレは、夜風に当たるため外へ出ていた。

〈裸喰娘娘〉から少し離れた所にある小高い丘の上にある公園。

今日はなんとなくそこに行きたい気分だった。

 

「〈黒百合の悪魔〉……ね」

 

目的地に向かう道中、一昨日戦闘した仇かもしれない機体を思い出す。

確かにあのパイロットの腕は凄まじかった。

悪魔と呼ばれるのも納得だ。

 

(仮にアイツが仇だったとして、オレは勝てるのだろうか)

 

そんな疑問が浮かぶ。

ランドールでの戦いは終始防戦の一方だった。

ありえない軌道に翻弄され、こちらの攻撃は見切られる。

もっと強くならなければ倒せない、そんな気がしてならなかった。

 

「あーもう……!」

 

いくら考えても、勝てるわけではない。

それどころか、考えすぎて飛ぶのにも一苦労しそうだ。

頭を抱えていると、いつの間にか目的地へ辿り着く。

しかし、そこにはオレより先に先客がいた。

 

「美雲?」

 

風になびく(スミレ)色の長髪が月明かりに照らされて淡く輝き、真っ直ぐに海を眺めている横顔はあまりに美しく、それはまるで女神のようで、オレはつい見惚れてしまった。

 

「あら、スバルじゃない」

 

こちらに気づき振り返る。

聞き慣れた虹色の声、夜想曲(ノクターン)の如き調べが鼓膜を揺する。

やはり美雲だ、見間違いなんかじゃない。

 

「珍しいな。ここで会うなんて」

 

「ええ、そうね」

 

美雲の近くの手すり壁に寄りかかり、空を仰ぎ見る。

今日は雲も少なくて、月がよく見えるな。

 

「隣、いいか?」

 

「もう来てるじゃない。……いつもと立場が逆ね」

 

「はははっ、いつものお返しってことで」

 

「フフッ」

 

ふたりで笑い合う。

静かな公園に笑い声だけが響く。

 

「何してたんだ?」

 

「何も。ただ海を眺めていたの」

 

「ま、確かにここからの景色は綺麗だからな」

 

見晴らし台の上から眼下のバレッタシティを見下ろす。

まだ早い時間だからか民家の電気は灯っており、まばらに光る様子はさながら海クラゲのようだった。

その向こうに見える海は月明かりを受けてキラキラ輝いて宝石のように見える。

海に停泊しているアイランド船の中は観光客向けのホテル街になっているので、バレッタシティに比べて灯りが多い。

むしろホテル街はこれからが本番になるだろう。

 

「そういう貴方は?」

 

「オレか?オレは……ちょっと考え事をな」

 

「そう」

 

公園に静寂が訪れる。

近くの森で木の葉が擦れる音やざわめく音だけがこの場を満たしている。

そして美雲との間にあるこの沈黙は、不思議と嫌じゃない。

 

(……そうか、似てるんだ)

 

惑星フロンティアにいた頃、よくランカさんとグリフィスパークの丘から空を見上げては談笑したり、ただ星を眺めたりしていた時に似ているんだ。

 

「なあ、美雲聞いていいか?」

 

「なにかしら?」

 

「美雲の家族ってどんな人たちなんだ?」

 

「急にどうしたの?」

 

「ほら、この間オレの恩人がどうとか話たろ?美雲はどうなのかなーって思ってさ」

 

「そうね……」

 

しばしの熟考。

そして返ってきた答えは意外すぎるものだった。

 

「わからないわ」

 

「わからないってことないだろ」

 

「本当にわからないのよ。だって私には記憶がないもの」

 

「え……」

 

そう言った美雲の横顔はいつもと同じ表情だったが、どこか寂しく、悲しげな雰囲気を纏っていた。

そこでオレは自分の失言に気づく。

人には踏み込まれたくない領域というのが大なり小なりある。

美雲にとっては記憶に関することがそれなんじゃないかと思った。

 

「……悪い。そんなつもりじゃなかった」

 

「別に気にしてないわ。……私はね、気づいたらラグナ(ここ)にいたの」

 

淡々と美雲は言葉を紡ぐ。

独白のように、独り言のように、あるいはスバルに語るように。

 

ラグナ(ここ)にいて、ワルキューレに入って、歌を歌っていた。……それが、私の中にある一番古い記憶」

 

「…………」

 

「でも、微かにだけど靄がかかったようになってる記憶もあるの」

 

「それは——」

 

「どこかの星で私は歌っているの、誰かに、まるで子守唄を聞かせるように、ね」

 

「……その記憶を取り戻したいって思ったことは?」

 

「ないわ」

 

即答だった。

清々しいくらいの答えっぷりに引き結んでいた口が綻んでしまう。

 

「私の中にあるのは歌を歌いたいという思いだけ」

 

——その言葉の裏に、心の中に、目の前にいる少年の存在が自分の中で次第に大きくなっていることに美雲は気づいていない——

 

「だからどんな事になっても、記憶があろうとなかろうと、私は歌い続けるだけ。この声が果てる、その時まで」

 

月明かりに照らされた公園の見晴らし台で、見つめ合う。

そう言い切った美雲の顔に迷いの色はなかった。

 

「強いな、美雲は」

 

「弱くはないつもりよ」

 

確かに美雲の表情(かお)に迷いはなかったが、オレはそれが逆に危ういと感じた。

全てを投げうっても歌い続けるということは、つまり自分の命すら投げうつ対象という事になる。

確かにワルキューレの使命はヴァールから人々を救うために命をかけて戦場で歌うことだが、本当に死んでしまっては意味がない。

 

「……命を粗末にするようなことだけはやめてくれよ?」

 

「あら、そうならないように守ってくれる騎士様(ナイト)がいるんじゃないかしら」

 

まるで子供がイタズラした時のように、無邪気に笑う。

美雲の言う通りだった。

オレ達はワルキューレのバックダンサー兼護衛のデルタ小隊だ。

彼女たちに危険が及ばないように守るのがオレの役目だ。

自分たちの存在理由を見失うなんて、デルタ失格だなこりゃ。

 

「はははっ、おっしゃる通りで」

 

「フフフッ」

 

ふたりの笑い声が再び公園の高台に響く。

すると、頭上を1機の〈VF-31〉がバレッタシティ近海へ向かって飛んでいくのが見えた。

暗くてよく見えないが、青っぽい色合いが見えた気がする。

ということはハヤテだろうか。

 

「ねえ、スバル。また貴方のハーモニカを聴かせてくれないかしら?」

 

「うん?……ああ、いいぜ」

 

首から下げたハーモニカを手に取る。

そして、何を演奏するか考えていたら、先に美雲が歌い出してしまった。

どうやら合わせろって意味らしい。

 

(……やれやれ)

 

適当なタイミングを見計らって歌詞にメロディを乗せる。

 

(しかし〈GIRAFFE BLUES〉とはね)

 

——海上ではハヤテとフレイアが躍り、地上ではスバルと美雲が奏でる。

この日、バレッタシティは4人の奏でる旋律が、夜遅くまで響き渡っていた。


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