ウィンダミア軍宰相ロイド・ブレームの宣戦布告後、ウィンダミアの
アーネスト艦長の言う通り、陽動が目当てだったということだろう。
オレたちデルタ小隊は、ランドール新統合軍の救助活動を支援した後、ラグナへと帰還した。
ラグナに着く頃には夜になっていたが、そのまま解散とはならず、デルタとワルキューレには待機を命じられた。
そしてその待機室に今居るわけだが、あんな事があった後で重たい空気が場を包んでいた。
正確には、オレたちデルタ小隊はじっと黙ったまま待っているのだが、ワルキューレのメンバー——主にフレイア、マキナ、レイナ——は、どこからか取り出したスナック菓子をぽりぽり食べている。
「うわぁ〜ゴリ美味〜」
「止まらなくなるよね〜クラゲチップス」
「期間限定、マヨ七味味」
オレも普段ならば、あの輪に入って呑気に菓子でも食べるんだが、今回はそうもいかない。
(ランドールで見たあの機体……)
壮絶なドッグファイトを繰り広げたあの白百合のエンブレムの機体はなんだったのか。
なぜ同じ模様が描かれていたのか。
6年前の〈VF-171〉との関連はあるのか。
——考えたらキリがなかった。
隣では相変わらずスナック菓子ポリポリ食べているフレイアたちが楽しそうに話している。
(流石に呑気すぎないか……?)
いやまあ、オレたちパイロットからして見れば深刻なわけであって、彼女たちは今までとやることはそう変わらないはずだ。
例外がいるとすれば、宣戦布告したウィンダミア出身のフレイアなのだが、当の本人が指についたクラゲチップスの粉をペロペロ舐めて幸せそうな顔をしているのを見ると、さすがにお気楽すぎなんじゃないかと不安になる。
すると、待機室のドアが圧縮空気の心地よい音を立て開く。
途端、全員スイッチを切り替え、ドアの方向へ敬礼をする。
向こうからは神妙な面持ちのアーネスト艦長、アラド隊長、カナメさんがやってきた。
「待たせたな」
隊長が目配せをすると、カナメさんが何やらスイッチを押し、部屋の電気を落とす。
そうして暗くなった部屋を照らすように部屋中央の立体ホログラム装置が起動した。
表示されたのはブリージンガル球状星団の星系図だ。
それに合わせて、アンノウン——改め、ウィンダミア軍の画像が表示される。
隊長がひとつの惑星を指差し、それが拡大される。
「惑星ウィンダミアIV。ラグナから800光年の距離にあり、その周囲を
隊長が画像の一枚をさらに拡大して表示させる。
それはランドールでの編隊飛行を行っている画像だ。
「そしてこれが奴らの駆る新型機〈Sv-262ドラケンIII〉だ」
表示される機体スペックは、デルタの使う〈VF-31〉と大差ないように見受けられる。
しかしデルタの機体はワルキューレのライブに特化させているから、単純比較はできないだろう。
純粋な戦闘力だけで言えばおそらく相手の方が上だ。
そしてもうひとつ気になるのが、機体の開発コードだ。
「アラド隊長、〈Sv〉ってもしかして……」
「察しがいいな、スバル。そう、こいつは半世紀以上前、統合政府ができる前に起こった統合戦争の機体の末裔さ」
オレも話でしか聞いた事がないが、半世紀以上前西暦2008年の統合戦争末期に、反統合同盟が初めて実戦投入した機体が〈Sv-51〉だったと言われている。
その戦闘力に統合政府が脅威を感じ、急遽実戦投入した〈VF-0〉と史上初の可変戦闘機同士による戦闘が行われたらしい。
フロンティアにいた頃は、その話の他に、その時の戦いを題材にしたと言われる〈BIRD HUMAN -鳥の人-〉で少し見た程度だ。
余談だが、ランカさんはマオ・ノームの役でその映画に出演しており、なぜかオレが見ようとすると全力で止められた記憶がある。
隠れてこそっと見れたから良かったものの、それがバレた時は1週間口を聞いてもらえなかった。
その時〈Sv-51〉の開発に携わった連中はバラバラになったと聞いていたが、どこかで集まってまた機体を製造しているって事なんだろうか。
「こいつを操るのがウィンダミアの空中騎士団。王家に仕える翼の騎士たちだ」
アーネスト艦長が隊長の説明に補足を加える。
「動きから見て、メッサーの戦った機体が〈ダーウェントの白騎士〉だな」
映し出されたのは、あの黄金色の縁取りを施された〈Sv-262〉だ。
他の機体と一線を画す動きをしていたと思ったがネームドとはね。
「白騎士……?」
ハヤテが疑問を投げかける。
確かに、ハヤテの言う通りだ。
少なくともオレの色調感覚が狂ってなければ、その白騎士の機体は白色ではなく黒色のはず。
それなのに白騎士とは……皮肉か何かなのだろうか。
「空中騎士団に代々続くエースの称号だ」
「そして、昔は白銀の機体に乗っていた」
「……なんで艦長たちがそんなこと知ってるんですか?」
「腐れ縁ってやつだな」
アーネスト艦長がモニターを見つめながら不敵に笑う。
その声は隊長に同意を求めているようにも感じた。
「もしかして、ウィンダミアにおったんかね?」
「……ああ、7年前。独立戦争の時にな」
7年前って言えば、バジュラ戦役が終わった1年後じゃないか。
さすがに銀河は広いな、フロンティアで問題が起きてる時に、こっちでもそんなことになっていたとは。
「あともう一機。こいつはスバルが戦った機体だ」
そう言ってモニターに映し出されたのは、空中騎士団の中で一機だけカラーリングが施されていない漆黒の〈Sv-262〉。
尾翼に白百合のエンブレムが描かれたあの機体だった。
「この尾翼にあるエンブレムと機体のカラーリングでデータバンクを検索したところ、適合する人物がひとり見つかった」
再び隊長の目配せで、カナメさんがタブレットを操作し、ひとりの人物の写真を表示させる。
映し出された人物は、老いても若く見える不思議な雰囲気を持った男だった。
真っ白な頭髪に、
その瞳はメッサーと同じで猛禽類のように鋭いが、戦士というより殺し屋のようである。
「名前はヴァルター・ガーランド。通称〈
「黒百合?でも機体のエンブレムは白いぜ?」
今度はチャックが疑問を投げかけた。
白百合のエンブレムなのに黒百合と呼ばれるのは確かにおかしい。
「それについては不明だ。謎の多い傭兵みたいでな」
隊長がお手上げだと言わんばかりに肩を竦めてみせる。
「ヴァルター……ガーランド」
ホログラムに映し出された画像を見てポツリと言葉をこぼす。
コイツが、オレの父さんと母さんを……妹の命を奪ったやつかもしれないってことか。
真偽のほどはわからないが、調べる必要がある。
「隊長、新統合軍の機体が操られていたのも、ウィンダミアが?」
メッサーがタブレットで何やら目を通しながら話す。
それにはカナメさんがおそらくと答えるが、メッサーは特にアクションを起こすことなく、ただタブレットを見つめている。
「じゃあこれまでのヴァールの暴動は全部あいつらの仕業ってことか?」
次に口を開いたのはチャックだった。
「いいえ、彼らが関与しているのはその一部。強力な生体フォールド波が探知されたものだけと、本部は見ているわ」
「じゃあ今までのは……」
「実験」
マキナとレイナが苦々しげな顔になる。
要は人体実験ってことらしい。
胸糞悪い連中だ。
「そして今回、ただの暴徒としてではなく、統制のとれた行動を取れるまでになった。……推測にすぎんがな」
隊長の報告が淡々と室内に響く。
みんなそれに聞き入っているようだった。
「だが、惑星ボルドールも多くの新統合軍が操られ、ほぼ無血降伏だったらしい」
「戦わずしてひとつの星を……?」
「一体どうやって?」
ミラージュとチャックの目が驚愕に見開かれる。
ふたりの疑問はもっともだ。
惑星ひとつを血の一滴も流さずに支配下に置くなんて、どんな戦略・戦術にも通じたスペシャリストだって不可能だろう。
しかし、それを美雲が即答する。
「歌が聴こえたわ」
「……うん、誰かが歌っとった」
フレイアが賛同して声を上げる、
「綺麗な声だったけど……」
「ヒリヒリ、痛かった」
どうやらマキナとレイナにも聴こえていたらしい。
「あれは、男の子の声」
「男の子……うん、そうかも」
フレイアが小さく頷く。
「カナメさんにも、聴こえたのか?」
「……はい」
隊長の質問にカナメが答える。
これで、ワルキューレメンバー全員に聴こえたってことになる。
「天使か悪魔か……あれだけのヴァールを一瞬で虜にしてしまうなんて、感動的じゃない?」
美雲の声色には力がこもっていた。
怒っているわけではないだろう、どちらかと言えば闘志を燃やしているような感じだ。
「聴こえたか?」
「いえ……ワルキューレメンバーにだけ聴こえたのでは?」
チャックとミラージュが顔を合わせて首をかしげる。
違う、違うぞミラージュ。聴こえていたのはワルキューレだけじゃない。
「俺にも聴こえたぜ」
「はぁ!?本当かよ?」
オレより先にハヤテが声を上げる。
どうやらハヤテにも聴こえてたらしいな。
「ああ、オレも聴こえた」
「スバルまで!?」
「でもあれは聴こえたというより……」
「ああ……感じた、だな」
ハヤテと顔を見合わせ答える。
その解答に、室内の全員が顔を見合わせた。
まあ、我ながらよく分からないことを言ってると思うよ。
「光よりも早く、時空を超えて届く歌声……なんだか風の歌い手みたいやね」
「なんだそりゃ」
「伝説だ。ウィンダミアに伝わる、な」
「そ、ルンに命の輝きを、ちゅーてね」
ニシシと笑顔になるフレイア。
今はこの能天気さが羨ましくなるよ。
「風の歌い手……」
美雲は口元に指を当て何かを考えているようだったが、誰に聞かれるわけでもなく、その言葉は虚空に消えていった。
◆
あの後、ブリーフィングは終了となり、各々帰路に着いた。
とは言え男子寮と女子寮に住んでいるのがほとんどなので、男女に別れての帰路になったことだろう。
オレはと言えばハヤテたちとは一緒に帰らず、とある部屋に向かっていた。
夜中ということもあってか艦内に人は少なく、空調の機械音だけが鼓膜を揺すっていた。
コツコツと小気味よく歩く靴の音が廊下に響く。
そして、目的の部屋に着いた。
コンコンコン。
3回ノック——しかし反応はない。
もう一度ノック——やはり反応はなかった。
オレは扉の脇にあるパネルを操作して、勝手に入ることにした。
圧縮空気が抜ける音ともに扉が開き、部屋の中が露わになる。
室内は真っ暗だった。
だが、人がいない訳ではない。
「アイシャ」
声をかけると、もぞもぞとモニターの前にいた影が動いた。
「こんな時間に珍しいお客さんね。夜這いにしても遅すぎよ?」
「冗談、馬に蹴られるのはゴメンだ」
「あら、なんでそう思ったのかしら?」
「モニター脇の写真」
オレが指差す先にはモニターの脇に写真立てがあり、茶髪の青年とアイシャ、水色の髪の少女の3人がとても仲が良さそうに写っている。
普段来た時に見当たらないところから察するに誰かが来るときは隠してるんだろう。
指摘を受けてアイシャは慌てて隠すが時すでに遅し。
アイシャの弱みをひとつ握ってやった。
しかし、昔の写真をなぜ隠す必要があるのだろう。
別にやましいことしてる訳じゃないなら堂々としてればいいものを。
「そ、それでスバル。あなたこんな時間に一体何の用なの?」
椅子をクルリと回転させて、足を組むがまったく威厳のカケラも感じられない。
「ああ、そうだった。本来の目的を忘れるところだった」
アイシャとの舌戦に勝ったことでここに来た目的を忘れてしまっていた。
オレは手近な椅子に腰掛けて、話し始める。
「オレたちが交戦した機体のことは聞いてるか?」
「ええ。ウィンダミア空中騎士団でしょ?」
「その中に一機だけ傭兵の乗る機体があることも?」
「そうね、確か〈
さすがはアイシャ、耳が早くて何よりだ。
おかげで説明する手間が省けた。
「実はその傭兵について調べて欲しい」
「珍しいわね。あなたが素直にお願いしてくるなんて」
「茶化すなよ。こっちは真面目に頼んでるんだ」
アイシャはふーんと言いながら顎に手を当てて考える仕草をする。
値踏みでもされてる気分だ。
「アラドが謎が多くてお手上げだと言ってたけど?」
「別に全てを知りたい訳じゃない。6年前に〈
「また随分とピンポイントに指定して来たわね……」
「頼む」
椅子から立ち上がり、頭を下げる。
「はぁ、わかったわよ。あなたがそこまでお願いするんなら調べてあげるわ」
「恩に着るぜアイシャ」
オレは礼を告げ、踵を返して部屋を出て行こうとするが、アイシャが引き止めるように声をかけてきた。
「ねえ、どうしてそこまでその傭兵の事を知りたいの?」
「……まあ、色々とな」
振り返らず、言葉だけ返す。
そのまま手をヒラヒラ振って挨拶をし、アイシャの部屋を後にした。
◆
スバルが去っていった後も、アイシャの視線は扉を向いたままだった。
普段からなにかと口論している彼が、素直に頭を下げてお願いするなんてことは今までになかった。
「なんでその傭兵にこだわるのかしら……」
彼は調べて欲しいと言っていた。
〈
「調べる必要がありそうね、傭兵のこともだけど。スバル自身のことも」
指で写真立ての縁をなぞりながら考え込むアイシャ。
その脳裏に去って行くスバルの後ろ姿が浮かぶ。
彼の後ろ姿は、写真立ての中にいる茶髪の青年と同じようで、人に言えない何かを背負って戦っているような、そんな気がした。
◆
翌日、デルタ小隊を含め、ケイオス・ラグナ支部のメンバーがブリーフィングルームに召集された。
召集内容は依頼内容の更新、要はミッションアップデートってやつだ。
「ラグナ星系自治組織連合からの要請だ」
艦長が淡々と続ける。
前に並んでいるのは、艦長、隊長、カナメさんの3人だ。
全員が神妙な面持ちのまま、艦長の言葉に耳を傾けている。
「今まではヴァールによる暴動への対応のみだったが、そこにウィンダミア王国の侵攻に対する防衛任務が加えられた」
「つまりここからは戦争ってわけだ」
「それに従い、私たちも契約の更新を行います」
隊長とカナメさんが艦長の説明を噛み砕いて説明する。
(戦争か……嫌な響きだ)
「ケイオスは民間企業です。契約に納得が行かなければ除隊もできますが——」
「無論更新します!」
誰よりも早く声を上げたのは、デルタ小隊紅一点、堅物真っ直ぐ娘ことミラージュ・ファリーナ・ジーナスだった。
「同じく」
「聞くまでもないわ」
メッサーと美雲はやはり淡々と答える。
「キャワワ〜な〈
「さすがマキナ姐さん!」
「一生ついて行くっす!」
マキナの言葉で整備士連中の腹も決まったらしい。
「俺も……まだ誰ともデートしてないしね〜」
チャックは最初はすごく真面目なトーンだったのに理由がアレすぎてオペレーター3人娘にドン引きされている。
「ハンコ、押す」
レイナはお手製ハンコまで用意して準備万端だ。
「ったく……スバル、ハヤテ。お前らは?」
「ここでやめたら無職ですからね。おまんま食いっぱぐれるのだけは勘弁です」
1日経って少しは気持ちの整理もつけられたので、いつも通りの調子で肩を竦めておどけてみせた。
まあ実のところ、本音半分嘘半分といったところだ。
無職になるってところは本当だが、正直今はどうでもいい。
あの〈黒百合の悪魔〉とかいう傭兵と6年前の白百合の機体の関係性がわかるまではここに残る。
それが、昨日の夜就寝前にオレが決めた事だ。
「…………」
「まあいい、考えておけ」
だが、昨日からずっと渋いままのハヤテは隊長の言葉を返すことができず悩んでいるようだった。
無理もないだろう、エアショーと戦争じゃ訳が違う。
昨日のように守るための戦いだけじゃない、空中騎士団と命をかけた戦いだってしなければいけないのだ。
戦争と無縁だった人間にいきなり戦えと言われても、そう簡単に割り切れるものではないからな。