空からデルタ小隊とワルキューレを乗せた輸送機が観客の視界に入ると、それに合わせて、音楽が流れ始める。
いよいよ始まるという期待が観客の心を震わせ、会場のボルテージが上がっていく。
その歓声はまるで騎士の凱旋を祝う民のように、女神の降臨に歓喜する信徒のように響き渡る。
先頭を務めるデルタ小隊から遅れて1機の輸送機が降下してくる。
薄桃色に塗装を施されたワルキューレの輸送機だ。
その後部ハッチが開き、次々とさながらスカイダイビングのように飛び降りていく。
「歌は愛!」
「歌は希望!」
「歌は命!」
「歌は神秘!」
それぞれの掛け声が会場へと響き渡る。
だが、ひとり足りない。
「うぅ……」
期待の新星、5人目のワルキューレ、フレイア・ヴィオンは躊躇していた。
それも当然である。
話に聞いていたとは言え、練習なしのぶっつけ本番でスカイダイビングをやるのだ。誰だって躊躇うのは必定である。
しかしワルキューレにそんな弱音は許されない。このスカイダイビングより遥かに危険な戦場に赴く事だってあるのだから。
「飛べば飛べる飛べば飛べる飛べば……!」
いつも口にする言葉を繰り返す。
勇気を振り絞る魔法の言葉。
フレイアの森のような深緑の瞳に覚悟の色が加わる。
「ゴリゴリ〜〜!!」
謎の掛け声とともに、フレイアは大空へと飛び出した。
「歌は元気!」
5人目の掛け声が会場に響き、ますます盛り上がりを見せる観客。
「5人目だ!」
「新メンバーだ!」
聴衆を見下ろしながら降下しているフレイアだが、どうやらガスジェットクラスターの姿勢制御がうまくできないらしく、空中で一回転したり前のめりになったりと忙しそうにしている。
ようやく着地するかと思ったらそのままずっこけるというファンサービスをやってのけた。
他のメンバーはまるで本当の女神のように降り立っているので、フレイアのぽんこつぶりにますます拍車がかかる。
そんなフレイアは放置したまま、美雲は一歩前に出て礼をする。
「聴かせてあげる!女神の歌を!」
美雲の掛け声に合わせて、カナメは両手を交差させて〈W〉を、マキナとレイナは2人で〈W〉を、美雲はいつも通り片手で〈W〉を作って見せた。
「「「「超時空ヴィーナス!ワルキューレ!!」」」」
「わっ、わっ、ワルキューレ!」
遅れて立ち上がったフレイアが両手で〈W〉を作る。
観客のボルテージは最高潮に達し、会場からは割れんばかりの歓声と拍手が響き渡った。
それに合わせるようにして、〈不確定性☆COSMIC MOVEMENT〉のイントロが流れ始める。
ワルキューレの衣装が輝きを帯び、変身にも似た衣装の衣替えが行われる。
——奇跡のステージが幕を開けた。
◆
歌がサビに入ると会場はさらなる盛り上がりを見せた。
そんな時だった、ハヤテがフォーメーションを乱したのは。
あまりに突然の出来事でデルタ小隊の全員が驚いたし、ミラージュはプランを乱されたことでさらに腹を立てていた。
それに拍車をかけるかのように腹立たしいのは、その動きが見事と言うほかにないことだろう。
何しろ、なんの打ち合わせもないアドリブのダンスを差し込んでいるのに、一々それが、デルタの動きにハマっているのだ。
「あれが天才ってやつなのかね」
スバルはアクロバットをしながら、空中で変形して、バトロイドでワルキューレのダンスを一瞬でトレースする青い可変戦闘機を見つめる。
「天才とは少し違うな」
それに反応したのは、意外にもアラドだった。
ハヤテの能力は、アラドに言わせれば、鳥の目とか、そう言う類の、ある種の異能だそうだ。
自分の視界を確保しつつ、鳥が天から見下ろすように演出全体を俯瞰できる。
類稀なる想像力と空間認識能力を持つアスリートに稀に現れる性質なのだ、と。
もちろん、それについていけて、即興で合わせられるミラージュ達もまた、ある種の異能のパイロットであると言えよう。
「ハヤテ!……ッ、勝手に!」
若干怒気を含んだ声でミラージュがハヤテに追従し何とか立て直すが、当の本人は悦に入っているのか、はたまたそれも計算のうちなのか、踊り続けている。
観客も今までにないアクロバットで興奮を隠せないのか、ハヤテと一緒になって踊り始める人もちらほら現れた。
まさに会場と一心同体のライブと言えるだろう。
——そして熱狂の渦はまだまだ続いていく。
◆
——Boom Boom Boom Boom Space!!
最後の歌詞が終わり、後奏も終わると会場は一瞬の静寂に包まれる。
そして、次の瞬間には割れんばかりの拍手が轟いた。
歓声や指笛、拍手の音を受けて、頬を紅潮させたフレイアは自分がワルキューレの一員として歌ったのだと再認識させられる。
十万の叫び、二十万の瞳がフレイアを見ていた。
全員がフレイアを見ているわけではないのだが、ここまで来たらもはや関係ない。
「あ、あんがとございます!!」
90度を超える深ぁーいお辞儀をして、身体を起こすと、また割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。
「改めて新メンバーを紹介します!」
リハーサル通り、タイミングを見計らったカナメからのフリが入る。
バックの立体スクリーンには同様にカナメが映し出され、そのカナメが手を振ると、振った先へカメラが移動、今度はカメラを向けられ、緊張で若干表情が堅くなったフレイアが映し出された。
その固まりぶりに、投げて寄越されたマイクを危うく取り落としそうになる。
「あ、えと……う、ウィンダミアから来ました。リンゴ大好き、フレイア・ヴィオン、14歳!よ、よろしゅくおにゅぎゃいしにゃす!」
噛んだ。盛大に噛んだ。
あまりにも酷い噛みっぷりだった。
もはや訛りがどうこうという次元ではない。
噛みまくった。
ただでさえ紅潮した頬がさらに赤くなり、大好きなリンゴと同じくらい真っ赤になっているフレイアだったが、それすらも観客にとってはキャラ立ての一環と受け取られたようだった。
こんなに広い会場だというのに、自分たちとは違いマイクなんて使っていないのに、何人ものファンからフレイアの名を呼ぶ声が聞こえた。
プラカードを掲げている者や、お揃いのコスプレをしている人までいる。
デビュー発表は昨日だったのに、徹夜で作ってくれたのだろう。
それが嬉しくて、自分が受け入れられるか不安だった気持ちが、安堵のため息をこぼして、思わず涙がこぼれた。
「休んでる暇はないわよ」
横から美雲の声が聞こえてくる。
同様にカナメ、マキナ、レイナが頷く。
——そう、ライブはまだ始まったばかりなのだ。
感極まって泣いている場合ではない。
ぐしぐしと涙を拭い、前を見据える。
正面には6機のバックダンサーが次のアクロバットをするために待機している。
自然と吸い寄せられるようにハヤテの機体を見ていた。
それに気づいたのか、青い可変戦闘機はグッとサムズアップしてみせる。
——それがフレイアにとってはたまらなく嬉しかった。
「次は幻惑的なこの曲!〈チェンジ!!!!!〉」
美雲のタイトルコールが会場に響き渡った。
◆
アクロバット飛行をしながら、スバルはワルキューレの歌——美雲の歌に聴き入っていた。
彼女の一挙手一投足に観客が声援を送り、彼女の歌声が観客を自分たちの世界へと引き込む。
——会場が一体となるその光景は圧巻だった。
「すげぇ……」
嘆息に短い言葉が混じってこぼれた。
改めて、彼女がワルキューレであり、チームのエースボーカルであると感じさせられる。
感嘆すると同時に左耳のイヤリングが、スバルの中の何かが、震えた気がした。
「ヴァール発生危険率48に低下!」
通信機からカナメの報告が流れる。
スバルはその数字がどのような状態を示すのかは分からなかったが、少なくともいいライブになっている、とだけは理解した。
「フレイア、フォールドレセプターノンアクティブ」
次に聞こえてきたのはレイナの声だった。
それを聞いて約1ヶ月前にアイシャから聞いていた話を思い出す。
おそらくフレイアの中にある特殊な因子を計測しているのだろう。
そして、それはまだ動きを見せていない。
その報告を淡々と告げるところから、その辺りも想定内だったのかもしれない。
もっとも、レイナ・プラウラーは常に淡々と言葉を話すので、彼女の心の中は彼女のみぞ知るというところだろう。
その時、ARスクリーンの向こうで、敵襲を告げるアラートが光った。
「〈アイテール〉よりデルタ小隊各機へ。アンノウン、衛星軌道上に出現、大気圏に突入してきます」
「敵!?こんな時に!」
空を見上げれば、いくつもの流星が落ちて来ている。
それはまるでアル・シャハルの再来のようであった。
「デルタ・リーダーより各機へ。そういうわけだ、飛び入り参加の客には帰ってもらうぞ!」
アラドのその言葉が戦いの始まる合図となった。
◆
アンノウンが降下してから、ワクチンライブ会場の上空は一気に混戦状態となった。
ゴーストに搭載された装置により、ホログラムダンサーを投影していたマルチプレートドローンが機能を失い落下し、パラボラ型フォールド波変調装置が破壊される。
このままではワルキューレは当初の目的を果たせなくなってしまうだろう。
なぜならば、フォールド波変調装置はワルキューレの歌に含まれるフォールド波成分を広範囲に拡散するための要であり、これが壊されるとせいぜい会場の人々程度にしか歌の効果を及ぼすことができないのだ。
「こっちのことは研究済みってわけ……!」
それを見て美雲が苦々しげに呟く。
「やっぱり……敵はただのテロリストや宇宙海賊なんかじゃない!」
——またひとつ、カナメのすぐそばで変調装置がその役目を果たせぬまま爆散した。
◆
「デルタ2!ツインマニューバいくぞ!!」
「お前に言われるまでもない!」
交戦が始まると同時にスバルとメッサー、真紅と黒の〈VF-31F〉が飛び出す。
互いの背面を守るようにしてまっすぐに突き進み、ゴーストとアンノウンを捉えた。
即座にミサイルシステムを起動し、視線でターゲットを追うと、ヘルメットに搭載されたセンサーが捉え、オートでロックオンする。
「これでも喰らえッ!!」
脚部の装甲が開き、内蔵されたミサイルハッチからミサイルの奔流が吐き出される。
が、その眼前で、敵機がブレた。
ミサイルの炎の嵐を苦もなくかいくぐり、射線から離脱する。
「やっぱジャミングされてるよな」
やや自嘲気味に呟く。
作戦ブリーフィングの段階で、アンノウンが出現した際の対処も聞かされており、その中で、敵機が特殊なジャミングを用いてミサイルや自動標準を無効化している可能性があるということも説明されていた。
「わかっているなら無駄に撃つな」
メッサーにたしなめられる。
「悪かったよ。次からは真面目にやるって」
戦闘機に乗っている状況で不真面目だったことなどないスバルであったが、軽口を叩けるくらいの余裕はあるらしかった。
機体正面に向き直り、手近な敵機を迎撃しようたした瞬間、ロックオンされたアラートがコックピット内に響く。
しかしARスクリーンには敵機が映っていない。
新手のジャミングかもしれないと考えたが、それより先にメッサーから通信が飛んでくる。
「デルタ5、上だ!」
言葉に従い、頭上を見上げれば2機のアンノウンがこちらに向かって真っ直ぐに突き進んできていた。
そう、先刻スバルとメッサーが行ったツインマニューバのように突撃してきたのだ。
「くっ、
指示より先にスバルの身体は動いていた。
操縦桿を傾け、メッサーとは反対側へ飛び出す。
フォーメーションを立て直そうとするが、今しがた突っ込んできた敵機も同じく散開し、各個に追ってきた。
立て直しが不可能と判断すると、軌道を変更し、アンノウンと対峙するコースに入る。
互いに真っ直ぐ突き進み交差した瞬間にスバルの目が見開かれた。
(この機体は……!)
◆
真紅の〈VF-31〉と交差した瞬間、アンノウンのコックピットにいる男は何かを思い出したかのような顔つきになった。
「あの飛び方、アル・シャハルの……」
猛禽類を思わせる
砂漠の星でたった一瞬だけ交戦した時から男が感じていた昂り、それが確信に変わった——
「はっ、殺しがいがあるぜ!」
——こいつこそ、自分を愉しませてくれる存在だという事に。
◆
アンノウンから放たれたミサイルを右へ急旋回、そのまま推力で振り切って回避し、後方から追従するアンノウンを睨む。
すべてが黒に染まった装甲は間違いなくアル・シャハルで見た機体で間違いない。
自然と操縦桿を握る手に力が篭る。
気を抜くことは許されない。
アンノウンのパイロットが恐ろしく腕が立つということが、ほんの少し戦っただけにも関わらず理解できた。
(強い……!)
今まで、これほどのパイロットと戦ったことがないスバルは信じられなかった。
コックピットは装甲で覆われており、パイロットの顔を見ることはできなかったが、無人機ではないらしかった。
無人機や遠隔操縦とは違い、その動きには人間的なクセのようなものが残っているからだ。
——とはいえ、その技量はおよそ人間とは思えないほど異常だった。
有人機とは思えない軌道を描いて飛行し、普通の人間ならば骨がへし折れて死ぬであろうタイミングで宙返りして、加速Gを物ともせずに突っ込んでくる。
ジャミングが発動していない機を見計らって放ったミサイルの奔流を針の穴に糸を通すかのような精度で僅か数センチの距離で回避、ガンポッドやレーザーの射線を見えているかのようにことごとく躱してみせる。
「ホントに人間が乗ってるのかよ!」
アンノウンは機体の機首を上げて急減速——俗に言うコブラと呼ばれる空中機動——でスバルの〈VF-31F〉をオーバーシュートさせる。
さらにクルビット——機首を前方に戻すのではなく、後方に一回転させるコブラの派生技——でスバルの背後を取った。
「くそっ!もっと人間らしい飛び方しろってんだ!」
機体を急加速させてミサイルから距離を取る。
ある程度距離を取った瞬間に機体をシャンデルで減速、そのまま慣性で円の軌道を描きつつバトロイドに変形し、両腕部のレールマシンガンでミサイルを迎撃、撃ち落とせなかったミサイルが爆炎の中から飛び出すが、同時に機体の空中機動が終わる。
そのタイミングで再びファイター形態へと急速変形を行い、加速Gに歯を食いしばりながら推力で再び距離を取りつつ、マルチパーパスコンテナユニットに搭載されたビームガンポッドで残りのミサイルを撃破した。
「振り切れねえ……!」
スバルの双眸が大きく見開かれる。
後方からは、再びアンノウンが急加速して突っ込んできていた。