マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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Mission03 再会 フェイト I

ラグナに来てから1週間が経ち、少しづつだがオレはここの生活に慣れて来ていた。

 

「オーディション?」

 

ふとデルタ小隊の待機室でチャックとビリヤード勝負中に話題に上がる。

今この待機室にいるのはオレとチャック、ミラージュだけだ。

隊長はカナメさんと何かのデータをチェックすると言ってたし、メッサーに至っては何をしてるのかすらわからん。

 

「そうだぜ。今日はワルキューレ新メンバーオーディション!銀河中から可愛い子がたくさん集まるイベントだぞ!」

 

「いや……オレたちの新しい仕事仲間を決めるオーデションなのにイベントって……」

 

チャックは自分の肩を抱きながら妄想の世界へ旅立っているようだ。

そんなチャックをほっといて5番の的球をサイドポケットへ落とす。次は6番だ。

 

「まさか忘れてたとか言うなよ」

 

「い、いや?忘れてない忘れてないぞ!」

 

嘘だ。バッチリ忘れていた。

この1週間メッサーから特訓だと言われて四六時中模擬戦をやられたんだぞ。

そんな状況じゃ忘れるのも無理ないだろう。

 

「なぁ!試しに見に行ってみようぜ!」

 

キューを放り投げ、こちらに身を出してくるチャック。

おいバカ、的球が動いたじゃないか、バカ。

 

「お前だけ行ってろ……」

 

「そんなつれないこと言うなよスバル〜。俺とお前の仲だろ?」

 

チャックにとってはビリヤードどころではないらしく、今度はこちらまで来て肩を組んでくる。

おいバカ、手玉が動いたじゃないか、バカ。

 

「新たなメンバーの様子見も、仕事のうちです」

 

ミラージュが読書を中断し、こちらへやってくる。

……お前、単に好奇心で行きたいだけなんじゃないだろうか?

もっともらしいこと言ってるけど、オーディションである以上合格者が出ない可能性だって十分あり得ると言うのに。

 

2人からジーッと見つめられる。

これはたぶん、行かないと解放されないパターンだ。

そう悟ったオレは——

 

「わかった。行くよ」

 

——両手を上げて降参のポーズを取った。

 

 

 

 

 

 

エントランスに来ると、そこは人種のサラダボウル状態だった。

肌の色1つとって見ても、白、ベージュ、黒檀、緑といった今では一般的な色合いはもちろんのこと、青や虹色、赤色など一体どこの惑星から来たんだという不思議な色合いの者もいる。

ざっと数えて100人前後だろうか。

エントランスの2階から1人2人と数えてみるが骨が折れそうだ。

 

「すげえな。これ全員オーディションを受ける連中かよ」

 

「銀河ネットワークを席巻してるのは伊達ではありませんから」

 

そういうものだろうか。

オレとしては近くに超時空シンデレラなんて呼ばれてる存在がいたからそんなことあんまり気にしてなかったけど、やはりアイドルはどこの銀河でも人気らしい。

 

「ただ……本当にわかっているのかしら。戦場で歌うことの意味が」

 

「ま、わかってる方が少ないだろうな」

 

チャックがリンゴ——ラグナ名物海リンゴというらしい。名物多すぎだろ——を齧りながら答える。

 

エントランスに集まって話している連中は確かにアイドルを目指しているだけあり、見てくれだけなら可愛いと呼べる奴は多い。

でも、戦場で可愛いなんてものは何の役にも立たないのだ。

オレたちデルタ小隊とワルキューレの任務は常に死が付きまとう戦場でのライブだからな。

必要なのは、歌に対する真摯な思いと、死に直面しても歌い続けられる心だ。

ちなみにこの辺りの知識はミラージュの受け売りだ。

 

「ええ〜〜〜っ!!」

 

突如エントランスに響き渡る驚嘆の声。

その声の方向を見ると、受付で何やら揉めているようだった。

 

「……ん?」

 

騒動の中心の人物をよく見ると、どこかで見た記憶がある。

青い髪の少年と、オレンジ色の髪の少女だ。

 

(確か、アル・シャハルにいた……ハヤテとごりごり〜とか言ってたお嬢ちゃんだっけか)

 

そこで、少女の方の名前を聞いてないことをオレは思い出した。

困るものではないのだが聞いておけばよかったと少し後悔。

視線を戻して受付を見れば、騒いでいるのはお嬢ちゃんの方らしく、ハヤテはそれをただ見ている。

これも何かの縁ってやつなのかね。

オレは飲んでたコーヒーを飲み干してカップをゴミ箱へ捨てると、階下の受付へと向かった。

 

「スバル?どこに行くんですか?」

 

「ここの方が眺めはいいぞ〜?」

 

後ろで声を上げる2人を置いて、オレは階段を降りていった。

 

 

 

 

 

 

「オーディションを受けられんってどういうことかね!」

 

「で、ですから、今日は最終選考でして……予選を通過した方でないと……」

 

受付嬢は詰め寄るフレイアの剣幕に少し引き気味だ。

 

「で、でもでも、ほら……あ゛」

 

フレイアは手にしたチラシを見せようとしたが、そこには確かに最終選考と書かれていた。

 

「おいおい……マジか」

 

信じられないものを見たというような顔でハヤテはフレイアを見つめる。

 

「な、なんとかならんですかね〜!」

 

「と言われましても……」

 

「お願いしますお願いしますぅ〜〜!落ちたんならまだしもオーディションに出れんなんてあんまりや!また1年も待つのは長すぎるけん!どうか〜!このとお〜り!!」

 

フレイアは必死に懇願する。

憧れの夢の舞台に上がるチャンスを掴もうとなりふり構わずといったところだ。

無理もない。

自分が見落としていたのが悪いとはいえ、アル・シャハルで危険な目にあってまで来たこのラグナで、志半ばで終わりたくなかったのだろう。

 

「やっぱりお前らだったか」

 

そんな時だった。

人でごったがえすホールの向こうから、確かに少年たちへ向けられた言葉が聞こえて来た。

その声には聞き覚えがある。

忘れもしない、自分たちを助けてくれた声だ。

振り返るとそこには、あの時——アル・シャハルで出会った星那スバルが立っていた。

 

 

 

 

 

 

階段を降りたオレは、そこで自分の行動が如何に浅はかだったかを思い知った。

1階のホールは人でごったがえしており、上から見るより密度が濃い。

だが、あんなのを見た手前、無視するのも寝覚めが悪いので、仕方なく人の壁を掻き分けながら前へと進む。

 

「待ってください!スバル!」

 

「置いてくなっての〜!」

 

後ろからチャックとミラージュの声が聴こえるが無視だ無視。

今立ち止まったら流されて外に放り出されそうだからな。

 

そうして人の波を掻き分けて悪戦苦闘すること数分。

ようやく受付の前に抜け出すと、どうやらまだ揉めているらしかった。

しかもお嬢ちゃんは土下座しそうな勢いだ。

ハヤテはその様子を静かに見守っている。

 

「やっぱりお前らだったか」

 

声をかける。ハヤテたちは振り返ると青と緑の双眸を見開いて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

 

「アンタ……確か」

 

「スバルさん!」

 

「よう、元気してたか」

 

「スバル!一体何が……って、貴方たちどうしてここに……まさか!私に苦情を!?」

 

追いついて来たミラージュがハヤテを見るなり訳の分からんことを言っている。

——そういえばアル・シャハルでハヤテのことぶん殴ってたな。

あと婦女暴行犯とか強姦魔とか言って組み伏たりもしてたな。

うん、そりゃ苦情の1つや2つきてもおかしくない。

 

「へっ、自意識過剰」

 

「なっ!」

 

ハヤテにバカにされワナワナと震えだすミラージュは今にも掴み掛かりそうだ。

だが、それを止める前にお嬢ちゃんが泣きそうな顔でミラージュに泣きつく。

 

「デルタ小隊の人ぉ〜!オーディション受けさせてくれんかねぇ〜!!」

 

「え?はっ?オーディション?」

 

「オーディションオーディションオーディションンンンン〜〜!」

 

お嬢ちゃんは目尻に涙をためて、壊れたスピーカーみたいに同じ言葉を繰り返している。

すると、受付嬢のひとり、ミズキ・ユーリがおどおどと立ち上がる。

 

「あの……特別に許可がおりました。オーディションに参加していいそうです」

 

「ほ、ほんとかねぇ……」

 

ミラージュに泣きついたままへなへなっと崩れ落ちる。

 

「それと……ハヤテ・インメルマンさん?」

 

「ん?そうだけど」

 

「デルタ小隊のアラド隊長がお会いしたいそうです」

 

「隊長が……?」

 

ミラージュが驚いた声を上げる。

 

「俺に?」

 

ハヤテも何が何だかわかってないらしく、キョトンとしている。

むしろオレもさっぱり状況が掴めないが、ひとつだけわかるのは、何かよからぬ力が働いたのではないかということだ。

ふと、天井を見上げると、監視カメラの1つがこちらを見ている。

オレが怪訝そうな顔で見つめると、慌てて角度を変えている。……すごく怪しい。

こういうことをする奴はひとり心当たりがある。

 

「チャック。アイツの所に行って来る」

 

それだけ伝え、オレはエントランスを後にした。

 

 

 

 

 

 

〈マクロス・エリシオン〉の一室。

壁一面のモニターと、机に山積みにされたゴミのような資料の山、もしくは資料の山に見えるゴミの中で、女性は作業をしていた。

 

モニターに映るのは先ほどエントランスで騒いでいた少女——名前にはフレイア・ヴィオンと表示されている——と、ハヤテ・インメルマンの2名。

 

「ふむふむ……やっぱり」

 

独り言をブツブツ呟きながら何かをカタカタ打ち込んでいる。

あまりの集中力に、後方でドアが開いたことに気づいていないようだ。

 

「やっぱりお前が暗躍してやがったな。アイシャ」

 

「うひゃあ!?……ってなんだスバルじゃない。脅かさないでよ」

 

「ノックもしたし声もかけたんだけど?」

 

「集中してる時は入ってこないでって言ったでしょ?」

 

バチバチと静かな火花が飛び散る。

オレはこいつ——アイシャ・ブランシェットが苦手だ。

別に嫌いというわけではないのだが、何というか反りが合わないというか。

なぜか会うたびに会話が喧嘩腰で始まってしまうのだ。

ちなみに天才美少女をいい歳して自称してる痛いやつでもある。

 

「それで、何の用かしら?あたし、研究で忙しいんだけど」

 

「そいつらの事だよ」

 

顎でモニターに映っているふたりを指す。

 

「なんであんな特例出したんだ?どう見ても普通の女の子だろ?」

 

「あら?あなたにはそう見えたのかしら」

 

「そうじゃなきゃ、こんなこと言わねえっての」

 

それともオレには見えない何かを持ってるとか言うつもりか。

 

「じゃあこれを見てちょうだい」

 

そう言ってこちらにポップアップモニターを投げてよこす。

それはアル・シャハルで、オレが初めてヴァール化した連中と遭遇した時のワルキューレの鎮圧ライブの映像だ。

それに合わせて画面の下では何かの数値を表したらしいグラフが広がったり縮んだりしている。

 

「これは……」

 

「アル・シャハルでのワルキューレの映像。そしてその時、計測していたフォールド波のグラフよ」

 

「これがどうしたっていうんだ?」

 

「せっかちね、そんなんじゃモテないわよ」

 

余計なお世話だこのやろう。

言ってやりたい気持ちは山々だったが、言えば話がまたややこしくなると思ったので、心にそっとしまう。

 

「次はこっち」

 

そう言って寄越したのも同じくアル・シャハルでのライブ映像だ。

だが、そこにはさっきのお嬢ちゃん——右下のプロフィールにはフレイア・ヴィオンと書かれている——が映っていた。

一緒に渡されたグラフは先ほどと比較しても顕著なほど広がっている。

 

「これって……」

 

「理解できたかしら?そう、彼女には強力なフォールドレセプター因子が備わっている可能性があるの」

 

確か、ヴァールを沈静化させるためのフォールド波を発することができて、体内に共生するフォールド細菌に直接干渉できる因子受容体だったか。

 

「ただ、あくまで仮説に過ぎないから、オーディションを通して調べる必要があると踏んだまでよ」

 

「……難しい話はよくわからん」

 

要はフレイアの歌にはワルキューレと同じ力があるかもしれないからオーディションを通して検証するってことか。

 

「今はフレイアもワルキューレ候補って思っておけばいいわ」

 

「わかった。じゃあもう1つだ、ハヤテが隊長に呼び出されたのは?」

 

フレイアに特例が降りた理由はわかった。そうなると今度は、ハヤテが隊長に呼び出された理由がわからなくなる。

 

「そっちについてもフレイアと同様よ」

 

「なっ、そうなのか?」

 

つまりハヤテにもフォールドなんちゃら因子があるってことなのか。

……なんか急に安っぽくなったな。

その辺のやつスカウトして検査をすれば持ってたりするんじゃないか?

 

「と言っても、こっちも仮説だけどね。最初からアラドが目をつけてたみたいよ」

 

そう言って3つめのポップアップモニターを寄越してくる。

やっぱりアル・シャハルの映像だった。

映像の中ではヴァール化した巨人族のリガードやヌージャデル・ガー相手に〈VF-171〉単機で立ち回っている様子が映されている。

 

映像の中のそれは戦うというよりは躍るに近かった。

リガードに回し蹴りを食らわせ吹き飛ばし、後ろから迫っているヌージャデル・ガーの攻撃を屈んで躱し、そのままスピンして足払い。

左腕で逆立ちをしたと思えば、そのまま別のヌージャデル・ガーの顔面へドロップキック。

その流れるような戦い方に、風のように舞う躍りにオレは見惚れてしまった。

 

「戦場で躍るなんて大した奴だな」

 

「戦場で歌っているワルキューレも似たようなものじゃない」

 

いや確かにそうなんだけどさ。

自分の身体を動かすのと、機体を動かして躍るのとでは訳が違う。

〈VF-22〉や〈VF-27〉のようにBDIシステムを使って思考制御で動かすならいざ知らず、ワークロイドのようにマニューバの組み合わせで動かす手動操縦での難易度は想像に難くない。

 

「……オーケー。とりあえずさっきの理由がわかったからスッキリした。邪魔して悪かったな」

 

後ろ手で別れを告げ、オレはアイシャの部屋を後にした。

 


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