嵐で外に出られないので、家の中で姉妹仲良く『あっち向いてホイ』するお話。

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二か月くらい前に書いて、これと言った理由もなくなぜかお蔵入りにしていた作品ですが、ふっともったいないと思えてきたので投稿します。


あっち向いてホイ

「おねーちゃーん、暇だから遊ぼー」

 

 ペンを手に、部屋で一人おとなしく書き物をしていた古明地さとりは、ノックもなしにがちゃりと開けられて放たれた一言に、一瞬びくりと体を震わせた。

 声を聞いた時からわかってはいたが、振り返ってみれば、そこにはさとりの妹であるこいしの姿がある。

 普段のさとりであれば、まずはノックもせずに入ってきたことに対して叱りつけていただろう。けれど今回はそれよりも先に、なぜ? という疑問が頭の中に湧き出てきた。

 こいしはあまり家にはおらず、この地霊殿がある地底の上の世界、地上で遊び呆けている。もちろん帰ってこないわけではないし、帰ってきた際には地上での話を楽しそうに教えてくれるけれど、それでもさとりと遊ぼうと言い出すのは割と珍しいことだった。

 

「……遊ぶって、私と?」

 

 ノックのことについてと疑問を問いただすこととを天秤にかけ、さとりの口からついて出たのは後者について言及する言葉だった。

 こいしはこくこくと頷くと、人懐っこい笑みを浮かべて近寄ってくる。

 

「そうそう。ちょっと今地上に出られなくて暇してるの。それでどうしようかなぁって思ってたんだけど、久しぶりにお姉ちゃんと遊んでみるのもいいかなって」

「出られない? なにかあったの?」

「風がね、こう、ごーっ! って吹いててまともに出歩けないのよー。雨もたくさん降ってたし。びしょ濡れになる前に帰ってきちゃった」

「あぁ、なるほど。台風か。だからあんたちょっと服が湿ってるのね。それ着替えなくていいの?」

「これくらいすぐ乾くからいいよ。そんなことより早く遊ぼうよー。もう待ち切れないのよ。なにして遊ぼっか。にらめっこ?」

「あんたそれ最弱でしょうが。勝負にならないって」

 

 呆れ顔で言い放つ。こいしは大体いつも笑っているし、にらめっこは最初の数秒こそしかめっ面っぽいものを浮かべるが、その後すぐに笑顔が戻ってくる。生まれてこの方、彼女がにらめっこで勝ったところを見たことがない。

 最弱の二文字にこいしは不満そうに頬を膨らませていたが、いつも笑顔でいることはこいしの美徳でもある。できればそのままでいてほしいところだ。

 ペンを机に置く。こいしと遊ばないという選択肢はなかった。久しぶりの姉妹で遊ぶ機会なのだ。書き物なんてあとでいくらでもできる。

 

「で、なにして遊ぶか、ねぇ……」

「お姉ちゃんはなにかいい案ないの?」

「いい案って言われても……ほら、私はあんたと違ってまだ心が読めるからね。だから遊ぶにしてもそもそも遊びにならないことが多いというか、そういう経験が少ないというか……あやとりとかお手玉とかなら得意なんだけど」

「お姉ちゃんぼっちだもんね」

「ぼっちって」

「でもお姉ちゃんって私の心は読めないはずだよね? 私とならお姉ちゃんでも普通の遊びもできるんじゃない?」

「あー、それは、確かにそうかも……」

「ふっふっふ、お姉ちゃんの無敗伝説も今日で終わりにしてあげるわ!」

「いやまぁ無敗ではあるけど」

 

 微妙な顔になるさとりと、やる気満々と言った様子で気合いを入れているこいし。割といつもの光景だった。

 

「うーんとねぇ。にらめっこがダメなら……あ、そうだ。あっち向いてホイでもしてみる?」

「あっち向いてホイ?」

「知らないの? じゃんけんして、それで負けた方は上か下か右か左を向いて、勝った方はそれと同時に指を指してどこに向くか当てるの。外れたらじゃんけんからやり直してね、最後にどこに向くか当てられた方が勝ち」

「……じゃんけん」

「……えっと、じゃんけんは知ってるよね?」

「さ、さすがに知ってるわよ。っていうかあっち向いてホイも知ってるから。ちょっと記憶の片隅に沈んでただけだから」

 

 ぱたぱたと手を振って早口でまくし立てる。なにはともあれ、こいしとする遊びはあっち向いてホイに決まった。

 さとりだけイスに座っているのも悪いので、二人してベッドの端に腰を下ろす。上半身をお互いの方向に向け、いざ尋常に勝負という場面。

 ドキドキと、いつもより心臓の鼓動が少し速いことを感じる。

 実のところ、さとりはあっち向いてホイをしたことがなかった。じゃんけんは一応経験があるが、心の中が見えるさとりにとって、それは単に手の形を変えるだけの一つの動作に過ぎない。人の思考が大きく絡む勝負において、さとりはほぼ無敵と言ってよかった。

 だけれど、とこいしをじっと見つめる。第三の目で、その心を見通すように。

 

「それじゃあ行くよー。じゃーんけーん」

「じゃ、じゃんけーん」

 

 こいしの心が読めない。こいしが次になにを出すかがわからない。勝てるか負けるかが定かではない。

 だからただのじゃんけんなのに、こんなにもわくわくできるのだろうか。

 

「ぽん!」

 

 同時に手を出す。さとりはパー、こいしはチョキ。さとりが負けた。じゃんけんで負けることもまた、初めての経験。

 けれどその感慨に浸るより早く、遊びの続きが始まってしまう。

 

「じゃあお姉ちゃん行くよー。あっち向いてー」

「ほ、ほい!」

 

 さとりが向いたのは右。こいしがさしたのも、さとりから向いた右の方向。なんてことはない、あいこや外れなど一度もない、こいしのストレート勝ちだった。

 ……ま、負けた? こんな簡単に?

 呆然としてしまうさとりに対し、ぷるぷると震えていたこいしは、その歓喜に耐えられなくなったと言わんばかりに、ばぁっ! とその両手を広げた。

 

「わーいっ! お姉ちゃんに勝ったー! これでお姉ちゃんの無敗伝説も打ち止めね! そして新しく私の最強伝説が始まるんだわ!」

「……ま、待って。ちょっと待ってこいし。もう一回、もう一回やりましょ。もう一回」

「おおう、お姉ちゃんやる気だねぇ。ふふん、時間ならたっぷりあるからね。何度でも受けて立ってあげるわ!」

 

 もう一回。そんなさとりの懇願のもと、再びあっち向いてホイが始まった。

 まずはじゃんけん。同時に出して、勝ったのはこいし。

 次に方向当て。二人一緒に顔を向け、そして指し示し。

 外すことなく、再びこいしが一瞬で勝利を収める。

 

「おぉ、また勝ったー。あはは、お姉ちゃん弱いねぇ」

「……もう一回よ。もう一回」

 

 三度目の正直。そんなことわざが頭をよぎった。三度目に勝ってしまえば、これまでの負けなど大した問題ではないのだ。

 そう、三度目の正直。ゆえにこそ、二度あることは三度ある。

 じゃんけんぽん。あっち向いてホイ。

 

「そんな……」

 

 一度目や二度目と同様あいこなどなくじゃんけんに負け、こいしと指差した方向と同じ方を向いて。まるでそれが運命なのだと言わんばかりに、さとりは三度目の敗北を突きつけられた。

 まさしくことわざの通りであった。

 

「も、もう一回……!」

「……えっと、お姉ちゃん? あんまり落ち込まないでね? これどっちが勝つかとか運が大きいから。お姉ちゃんが悪いわけじゃないから」

 

 本来は何度もあいこや外れを繰り返すはずの遊びを三連続で、しかも一瞬で勝利してしまったからか、若干申しわけなさそうにこいしが言う。いつもなら「わかってるわよ」と冷静に答えて自分を落ちつかせていたところだろうに、その態度は今のさとりにおいては、次は絶対に勝つ、という決意の炎に薪をくべる以外の役割を果たさなかった。

 四回目。奇跡的なまでのこいしのストレート勝ち。

 五回目。なんと偶然にもこいしのストレート勝ち。

 六回目。割と普通にこいしのストレート勝ち。

 七回目。当然のようにこいしのストレート勝ち。

 八回目。こいしのストレート勝ち。

 九回目。ストレート勝ち。

 一〇回目。言うまでもない。

 

「もう一回! もう一回よ! もう一回勝負よこいし!」

「ちょ、ちょっと待ってっ、ちょっと待ってお姉ちゃんっ。ちょっとでいいから落ちついて、冷静になってっ、ね?」

「私は冷静よ! だからもう一回やりましょうっ? もう一回だけでいいから! ね? もう一回、お願いだからもう一回だけ……!」

「わ、わかったから。あと一回、一回だけね? ほんとにこれが最後だよ? 最後だからね?」

 

 自分が血走った目でこいしの肩をがくがくと揺さぶる。あまりに熱中しすぎている姉に、遊びに誘ったはずのこいしの方が若干引いていた。

 これが最後。冷静と言いつつ明らかに熱くなっていた頭を、大きく息をつくことで、できる限り落ちつかせる。

 さとりは曲がりなりにもこいしの姉である。姉としての威厳のためにも、最後であるこの勝負で負けるわけにはいかなかった。

 遊びにこいし以上に熱中している時点で威厳もなにもないのだが、今のさとりがそんなことに気づけるはずもなく。

 そして、容赦なく最後の勝負が始まる。

 

「じゃあ、やるよ? じゃーんけーん」

「じゃんっ! けんっ!」

 

 なお、気合を入れて大声を出している方がさとりである。

 

「――――ぽんっ!」

 

 

 

 さとりは、ベッドに顔を突っ伏していた。

 結局、さとりはこいしに勝つことはできなかった。最後のあっち向いてホイは、やはりこいしの勝利で終わってしまったのだ。

 だけど、最後の勝負はこれまでと少し違った。

 一度だけ、あいこがあったのだ。それ以外は、他となにも変わらなかったけれど。

 遊んでいる最中はずっと熱さと悔しさだけが胸の内にあった。しかし敗北したと言えど、遊び終えたさとりの胸中にすでに熱さはなく、代わりに、一つの思いだけが静かに燻っている。

 

「……うぅ、次こそはお姉ちゃんとしての威厳を……」

「次、かぁ」

 

 さとりのそばに座ってお手玉をしていたこいしが、次という単語を意味深そうに呟いたものだから、思わず顔を上げて彼女を見た。

 

「……もう私とは遊んでくれないの?」

「ううん、そうじゃなくてね。お姉ちゃんっていっつも本読んだりとかおとなしいイメージで、私とはあんまり気が合わないかなって思ってたから。私と一緒にいてもあんまり楽しくないかもって。遊んでってせがんでも迷惑がられると思ってたし」

「そんなこと……むしろ私がおんなじこと思ってたわよ。あんたは外で遊ぶのが好きみたいだし、呼び止めちゃ悪いかしら、って」

「あれ、そうだったの? もう、だったら言ってくれればよかったのに。せっかく遠慮してたのに損したみたいじゃん」

「それはこっちのセリフだってば」

 

 すれ違い。心を読み合うことができていた昔ならありえないことだから、少し残念に思うと同時に、けれど懐かしくも思った。

 言葉で伝え合った思いは、かつてのように、お互いのことを考えた心だったから。心は読めなくても、交わした言葉から、こいしの根底にあるやわらかい心だけは変わっていないことがなんとなく理解できたから。

 

「でもね、うん。今日は勇気を出して遊びに誘ってみてよかったわ。お姉ちゃんと遊ぶのって新鮮で楽しかったもん」

 

 わずかに頬を緩ませて、こいしが言う。

 さとりは少し恥ずかしげに、それでいてしょんぼりとするように眉尻を下げた。

 

「その、しつこくて迷惑じゃなかった?」

「あはは、まぁ、確かに真剣すぎて正直ちょっと引いたけど。でもお姉ちゃんがあんなに楽しそうにしてるの久しぶりに見たし。あんなお姉ちゃんが見られるんなら、たまにはお姉ちゃんと遊んでみるのも悪くないって、そう思えたもの」

 

 お手玉をやめて横に置くと、こいしにしては珍しく、苦笑いなんてものをする。

 

「でも次に遊ぶ時は、あっち向いてホイ以外でね?」

「……ふふ。ええ、わかったわ。今日はありがとうね、私なんかと遊んでくれて」

「それはこっちのセリフだよ」

 

 もう地上の台風は、やんでいるだろうか。お出かけが大好きなこいしに、見てきたらどうかと提案してみることも考えたけれど、やめておく。

 だって、せっかくこいしがさとりのもとに自ら来てくれた日なのだ。今日一日くらい、姉妹一緒に過ごしても。今日一日くらい、こいしを独り占めしても。

 たくさん遊んだ後、楽しかったのだと。こんな大人げない姉の前でなんの屈託のない笑顔を浮かべてくれる妹を眺め、それくらい許されるのではないかと、さとりは思った。



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