「ここが神谷活心流の道場か。」
長かった。この世に転生してから30年と数年あまり。ようやく原作に介入できる。いや、まだ決めつけるには早いだろうか。
ここしばらくの間、東京で『神谷活心流』の『人斬り抜刀斎』なる人物が辻斬りを行っており、既に10名を超える死傷者を出している。今までに『人斬り抜刀斎』を名乗る犯罪などは、たまに起こってはいたが、これほどまでに被害の規模が大きい事件は初めてである。
ここ数日、横浜の方に仕事の用事で行くことがあり、調査が後手に回っていたが、情報が集まり、
道に迷い、道場にたどり着くのが予定より遅くなってしまった。スマホで位置情報を検索しながら道を歩くことが、なんと便利なことであったのだろうか。
しかし、夕方だが構わないだろうか。門下生は皆辻斬りの一件でいなくなってしまったと聞いているため、稽古で忙しいということはないだろうが。
せっかく来たのだし、断られたらまた出直せばいいだろう。そう思い、正門より道場にお邪魔させていただくことにする。
「すみませーん。誰かいらっしゃいませんかー。」
「はーい。」
道場の中から元気な女性の声が聞こえてきた。
迎えてくれた女性は、神谷薫と名乗った。こんな人物がるろ剣にいたような気もする。薫殿と呼ばれる人物はいたが、目の前の彼女がご本人かと問われれば、所詮漫画と現実。確信が持てない。たぶん、志々雄とかなら会って一発でわかるんだけどね。
道場にあがらせてもらい、お茶を頂きながらお話を聞くと、彼女がこの道場の師範代とのこと。自分から、神谷活心流の『活人剣』の思想に感銘を受け、ぜひとも教えを請いたいと話すと、亡き父も喜んでいると大変喜んでくれた。剣術は好きだが人を殺めることに嫌悪感を持つ私としては、心からの本心だったため、喜んでいる様子を見ていると、こちらも心がほっこりしてくる。
どうも話を聞くに、神谷さんの父は西南戦争にて戦死されたそうで、『人を活かす剣』という父の志を継ぎ、道場を存続させようとしていたが、例の辻斬り騒動のせいで十数人いた門下生は道場に来なくなってしまったらしい。
念のために人斬りについても聞いてみたが、神谷活心流とは無関係の人物で、門下生にもあれほどの辻斬りをこなせる腕前を持つ人物はいないとのことである。ここまで調査した情報と齟齬はないが、なんともきな臭い話である。
彼女の話が思いのほか長く、日も落ちてきたことなのでさすがにまずいと思い、そろそろ帰ることに。明日から稽古に来ることと、道場の再建に協力できることがあれば相談してほしい旨を伝えて帰ろうとすると、外から妙な気配がする。
持参してきた木刀を左手に、外見は平静を装いつつ自然に玄関の方に警戒心を向けると、身なりのよさそうな爺さんが道場に入ってきた。神谷さんの祖父であろうか。
「どうもこんばんは、お邪魔しております。」
「おや珍しい。薫さんにお客さんですか。」
「ええっ、そうなのよ喜兵衛。浜口さんって言うんだけど、うちの新しい門下生よ!」
喜兵衛と呼ばれた爺さんは少し訝しむような顔でこちらを見つめいている。こんな時期に門下生になりたいなんて、妙な奴と思われているのかもしれない。
「あぁ。そいつは残念だったね。この道場はもうたたんじまうんですよ。この通り書類もまとまっていましてね。」
頭を下げて自己紹介しようと口を開きかけたところで、喜兵衛が妙なことを言いながら書類を取り出した。
「…喜兵衛?」
神谷さんが混乱していると、道場の縁側より見るからにガラの悪い連中が乗り込んできた。これだけの人数がいたにもかかわらず、気配を感づけなかったとは、新選組を引退してから時間がたっているとはいえ、私も衰えたものだ。先頭にいるひげ面の大男だボスっぽいな。ニヤニヤ笑っていて気持ち悪い。
「よォ!」
「お前はっ!」
ひげ男をみた瞬間神谷さんが、驚いたような顔をして、素早く道場に置いてあった木刀に手をかける。何やら因縁ありげだね。
「鬼兵館頭目、比留間伍兵衛。儂の弟だ。あぁ、浜口さんだったね。あんたも運が悪かった。何もこんな道場じゃなくても、道場はいくらでもあるだろうに。」
喜兵衛の爺さんがしたり顔で話し出した。どうも話を聞くにこの爺さん、道場に潜り込んで乗っ取りを画策し、弟を利用して道場の名を貶めたり、いろいろとやっていたようだが、それもうまくいかず、強硬手段に出たようだ。
喜兵衛の自分語りも終わり、道場にぞろぞろとチンピラが乗り込んできた。そもそも自分の悪事を語るとか、三下もいいところだよな。
「『人を活かす剣』てのがここの目標だとか。面白い。ここはひとつその『人を活かす剣』ってヤツで自分を救ってみたらどうだ。」
「くっ…。」
ひげ男の挑発に神谷さんの顔が悔しさで歪む。ジッと見ていたが、そろそろいいだろう。左手に持った木刀を正眼に構え、神谷さんとひげ男の間に割って入る。
「…浜口さんっ!」
「神谷さん…、いえ神谷先生。ここは先生の出る幕ではありません。私に任せてください。」
「そんな、無茶よ!」
「ほぅ面白い、兄さんそんなにこの小娘が…。」
ひげ男がしゃべり終わる前に、私は動き出していた。『さみだれぎり』だ。流れる水が如く、チンピラの間を駆け巡りながら最小の動きで敵を木刀で殴りつける。全員殴り終えたところであたりを見回すと、誰一人と立っているものはいなかった。まぁ、さすがにこの程度のチンピラに負けるほど弱くなっていない自信はあったが。弱いものいじめなような気がしてあまりいい気はしないな。
「すごい…。」
神谷さんが驚きの表情でこちらを見ている。まずい。ドン引きされたかもしれない。その時、玄関に新たな気配がしたため、ふとそちらをみると、チンピラが一人立っていた。新手か?
「つっ、強え…。」
そういってチンピラはどさりと倒れた。えっ?お前のこと殴った覚えないんだけど。
まぁおそらくは、今倒れたチンピラの後ろにいる強そうな気配のヤツの仕業なのだろう。
倒れた男の後ろには小柄な男が立っていた。髪は長髪で首の後ろで縛っており、赤い着物を着た頬に十字傷を持つ男。おっ?おっ?これはもしかして?
「流浪人…!」
「遅くなってすまない。話は全てこいつに聞いたが…。拙者がいなくても大丈夫だったようでござるな。」
困ったような顔をしながらこちらに歩み寄ってくる男。私は構えを解き木刀を下すと、彼に話しかけた。
「えっと、すいません。神谷先生のお知り合いの方ですよね?警官さんを呼んできますので、先生と一緒にいていただけますか?神谷先生もそれでよろしいですよね?」
「えっ…。あ、うん…。」
ドキドキして、頭が回らない。長年探し求めていた人物が目の前にいる。緊張している自覚はあるが、常識的に振舞わなければ悪印象を持たれてしまう。
「お主は…。」
「はいっ?」
「お主は、浜口竜之介ではござらぬか?」
真剣な表情でこちらの目をみて名前を呼ぶものだから、ぎょっとしたよね。まさか主人公様に名前を知られてるとは思わなんだ。
「…はい。私は浜口竜之介と申します。申し訳ありませんが、この場はお願いします。では、私はちょっと行ってきますので、お願いしますね。」
そう言い残すと、私はそうそうにその場を逃げ出し、警官を探しに夜の街へ駆け出して行ったのであった。
17.08.17憲兵を警官に変更。
17.08.17江戸を東京に変更。史実的に既に東京に名称変更済みのため