ムラクモ600   作:草浪

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第6話

 

訓練という名のしごき。昨今、教師による生徒への体罰、上司から部下へのパワハラが問題視されている中で、どうして私達のことは取り上げられないのだろうか。それは死なせないためだ。

 

「これ、訓練、じゃなくて、本気で、殺りに、きてるとしか、思えないのだけど!」

 

空から落ちてくる爆弾を避けながら曙が途切れ途切れにぼやく。

 

「本気でしょうね。彼女達も下手な結果は残せないでしょうから」

 

全速力で海面を走り、私に降り注ぐ砲弾を避ける。

 

「この編成に意味があるとしたら、弱い者いじめですよね……たぶん」

 

私の後ろを走る朧の目は死んでいる。

 

「多分じゃなくて確実。長門と加賀の攻撃で私達を自分らのキルゾーンに追い込む気だわ。私たち三人を執拗に攻撃するのも、沈めた後で残りを嬲り殺すためでしょう」

 

『怖いこと言わないでよ!』

 

加賀の艦載機に追いかけ回されている鈴谷から無線が入る。鈴谷、漣、潮とは演習開始早々に分断された。というより、漣が逃げた。それにつられて、残りの二人も逃げた。表情も見えない程遠くにいた川内型三人から禍々しい雰囲気を感じた。

 

「だったら、艦載機を、落として、さっさと、こっちに、合流しない!」

 

曙が怒鳴る。彼女が怒るのも無理はない。加賀の攻撃は曙に集中している。三人を追いかけ回している艦載機は曙を攻撃している数の半分以下だ。三隻もいて何をやっているのか。

 

「このままじゃ向こうの思うつぼね」

 

長門の砲撃がどんどん正確になってきている。それも当然で、私達から向こうに近づいているのだ。

 

「下がれば艦載機に追いかけ回されて、近づけば砲弾の雨あられ。もっと近づけば魚雷、更に近づけば那珂さんと神通さんが突っ込んでくる。たぶん駄目ですね」

 

「冷静な状況解析ありがとう」

 

朧に礼を言い、私はどうしようか考えていた。が、それも無駄に終わった。遂に曙が被弾した。距離が詰まっている分、加賀が嬉しそうな顔をしているのに気がついた。

 

「あのクソ空母」

 

曙がキレた。それは中破判定を貰ったからじゃないのは明らかだ。

 

「曙! 落ち着きなさい!」

 

私がそう叫ぶも遅かった。一人、出せる限りの速度で敵艦隊に突っ込んでいく。攻撃が曙に集中する。私と朧はこの隙をついて逃げ回っていた三人と合流することができた。

 

「ボーノの犠牲は無駄にしないよ」

 

『まだ死んでないわよ。あんた、後で覚えておきなさいよ』

 

漣の独り言はしっかり曙に聞こえていた。

 

「あんたたち。これ勝たないとこの後どんな目にあわされても知らないわよ?」

 

私の一言に三人の顔が蒼ざめる。

 

「だって! こんなのイジメじゃん! どうして鈴谷まで!」

 

鈴谷が泣き言を喚く。そんなこと知ったことじゃない。

 

「そんなこと言ってらんないわよ。今は突っ込んだ曙をなんとかしないと」

 

「でもどうすんのさ? 私、あれ避けられる気しないし!」

 

「じゃあ私が避けさせてあげるわ。これは訓練よ。体で覚えなさい」

 

私は鈴谷の腕を掴み、そのまま敵艦隊に突っ込んだ。朧たちも私達の後に続く。再び長門の攻撃が私達に向いた。

 

『クソ空母は私が殺るから、あんた達は長門を……』

 

「そうも言ってらんないみたい。那珂さんと神通が突っ込んできたわ」

 

正直、これは予想していなかった。近接戦闘になる前に魚雷と砲撃を浴びせてこちらの戦力を削いでくると考えていた。あの二人が突っ込んでくるんじゃ、向こうも撃てない。

 

「叢雲、どうするの?」

 

私に腕を引っ張られている鈴谷が不安そうに言う。

 

「叢雲さんに二人を任せて、私達は突っ込みます」

 

私じゃなくて、朧が答える。私は何も言わずに鈴谷から手を離し、こちらに向かってくる二人を見た。薙刀型の艤装を握り直す。

 

「叢雲?!」

 

「あんたは避けることに集中しなさい」

 

何故だかわからないけど、無性に腹がたっていた。さっきまで諦めようとしていたのに。鈴谷の顔をみたら何故か那珂さんにも神通にも腹がたった。

 

「そうね。これは訓練なんだから。彼女達に何かを教えないといけないはずよね」

 

「舐められたもんですね。私達二人を相手取ろうなんて」

 

先行してこちらに突っ込んでくる神通が挑発的な笑みを浮かべていた。

 

「舐めてなんかいないわよ。ただ、一つだけ教えてあげる。私はあなたよりも一年早く那珂さんの教えを受けているのよ」

 

神通との距離が縮まる。この時、私は那珂さんが神通の真後ろにいるのを見てしまった。さっきは舐めていない。そう言ったが、神通を相手にしている場合じゃなくなった。すれ違う直前、神通が発砲する。それをいなし、反動を利用して薙刀を後ろの那珂さんに突き刺そうとした。

 

「よく気がついたねぇ! でも神通ちゃんがこの距離で外すと思った?」

 

薙刀が那珂さんに届く直前、私の体は後ろへと吹き飛ばされた。神通がそのまま私に体当たりをしたのだ。

 

「このッ!」

 

「離しませんよ。はなから叢雲さんに勝てるとは思っていませんから」

 

距離を詰めた那珂さんが拳を握り込んだのが見えた。

 

「何が艦隊のアイドルよ……」

 

「顔はやめてあげる!」

 

何かが折れる音が聞こえた。

 

 

 


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