ムラクモ600   作:草浪

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第3話

神通、妙高による鈴谷の特訓(しごき)が始まってから一ヶ月が経とうとしている。同室にした摩耶から聞いた話では、毎朝寝癖のまま部屋を出て、夜にはボロボロになって帰ってくるようだ。もうそろそろ音をあげる頃合いだろうと思っていたが、案の定だった。

 

「叢雲、これ」

 

訓練明けのボロボロの鈴谷が執務室に持ってきたのは外出申請書。

 

「何処に行くのかしら?」

 

書類を受け取り、よく目を走らせる。これが他の子ならここまで注意深く見ない。

 

「まだ決めてない」

 

鈴谷は私から目を逸らした。ちなみに摩耶は二週間で外出先届けを出し脱走を企てた。が、その目論みを神通は見破っており、仲良く二人で出掛けていった。

 

「ふぅ~ん……まぁ、いいわ」

 

どうせまた神通にバレるだろう。私はそう思い、承認の判を捺した。

 

「じゃあ、その日空けといてね」

 

「はぁ?」

 

私は目の前で満面の笑みを浮かべる鈴谷を見た。

 

「だって私足無いもん。摩耶が叢雲は外車乗り回してるって言ってたよ」

 

「それなら摩耶に言いなさいよ。あの子だって足あるじゃない」

 

「摩耶のはやだ。叢雲の無茶振りに一ヶ月近く耐えたんだから可愛い後輩を労ってあげてもいいじゃん!」

 

「上官の命令を無茶振りって……あなたねぇ……」

 

私は呆れて言葉が出なかった。鈴谷は言うだけ言って満足したのか、そのまま出て行った。しばらくして、神通が執務室に入ってきた。

 

「鈴谷さんもですか。じゃあ私もお願いしてもいいですか?」

 

神通は私の机の上に置かれた申請書を眺めると、持っていた書類に日付を書き足した。そう言えば、神通との付き合いは長いが、プライベートの付き合いはしたことがない。

 

「そうね……たまには羽を伸ばしましょうか」

 

神通の書類を受け取り判を捺す。神通は私は不思議そうな顔をしていたが、私は話を続けた。

 

「あなた、車持ってたわよね?」

 

「はい。叢雲さんの二台隣に停めてますけど?」

 

「そう、わかったわ」

 

神通はよく理解をしていないようだったが、それ以上は何も言わず部屋を出ていった。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

外出の日がやって来た。いつぶりかわからない自分の私服姿に違和感しか感じない。鈴谷との待ち合わせ時間にはまだ余裕がある。一服しようと喫煙所に向かうと、先客がいた。

 

「おはようございます、叢雲さん」

 

摩耶が眠たそうに煙草を吹かしていた。

 

「あなた……こんな時間に寝間着なんて着てて間に合うの?」

 

「…………これ、外行き用の服なんすけど…………」

 

上下ジャージの摩耶が困っている顔で私を見た。

 

「あら?あなたも外出だったの?」

 

「じんつーさんが、鈴谷と出掛けるから付いてこいって」

 

摩耶は大きな欠伸をすると、鳴らした。摩耶本人は今日の外出は不本意らしい。とても気だるそうだ。

 

「叢雲さんこそ、どうしたんすか?そんなめかし込んで」

 

カッターシャツにチノパンという格好でめかし込んでいると言われると何となく申し訳ない。

 

「そこまで気合いは入ってないわ。そんな事より、あなたその格好で神通に会ったら何言われるかわからないわよ。神通には適当に誤魔化してあげるから着替えてきなさい」

 

「えぇ……わかりました、行ってきます」

 

「着替え終わったら駐車場に来なさいよー!」

 

足早に寮へと戻っていく摩耶に聞こえる様に言うと、摩耶は手を振って答えた。仕方ない。先に神通に会いに行くか。私はゆっくり蒸気を吐き出し、駐車場の方へと向かった。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

表玄関に着くと、Tシャツにカーゴパンツというラフな格好をした神通が立っていた。顔も整っていって体も締まっているのだから、もっと可愛らしい洋服を着ればいいのにと思う。

 

「随分と早いわね?」

 

私が後ろから声をかけると神通は驚いた様子で振り返った。

 

「叢雲さん?!どうしてここに?」

 

「神通に二つほど伝えないといけないことがあってね。一つは摩耶なんだけど、私が摩耶の服に珈琲かけちゃって着替えるから遅れるってこと。もう一つは鈴谷とは駐車場で待ち合わせよ」

 

「あら、そうだったんですか。わかりました。わざわざありがとうございます」

 

「どういたしまして。じゃあ行きましょうか」

 

「はい!…………はい?」

 

未だによくわかっていない神通と共に私達は駐車場へと向かった。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「待たせたわね」

 

私達が駐車場に到着すると、鈴谷と摩耶は既に来ていた。鈴谷は今時の若い子らしい格好をしている。摩耶はきっとあるものを着てきたのだろう。ジーパンにTシャツ、その上にライダースを羽織っている。

 

「そんな待ってないから大丈夫…………です」

 

私の後ろにいたいた神通を見るなり、鈴谷の顔が青ざめた。

 

「神通さんもお休みなんですね……」

 

「えぇ、御一緒させて貰うわ」

 

神通の一言に、鈴谷は言葉を失った。摩耶は神通に対して普通に話していたが、鈴谷の方は駄目なようだ。

 

「じゃあ行きましょうか……神通、車頼むわね」

 

「叢雲さんも御一緒するんですか?!」

 

どうやらやっと事態を飲み込んだようだ。私は頷くと、神通はどうしたものかと悩みはじめた。

 

「なに?私がいたら不都合なの?」

 

後輩に露骨に邪険にされると傷付く。正直泣きそうだ。

 

「いえ……そうじゃないんです。その、実は車検に出してまして……代車を頼んでないんです」

 

神通はそう言い、何もない駐車スペースを指差した。

 

「そんな……」

 

私も言葉を失った。

 

「後輩を便りにするからいけないんだよ~…………ですよ」

 

鈴谷、無理に敬語を使わなくていいわ。こうなったら仕方ない。

 

「狭いけど我慢しなさいよ」

 

万が一の時の為に車の鍵をもっていて良かった。私はアバルトの鍵を開けた。

 

「差し支えなければ、私が運転します」

 

神通なりの配慮だろう。私は首を横に振った。

 

「いいわ。気にしないで」

 

私はそう言い、扉を開けると助手席を前に倒して鈴谷と摩耶に後ろに乗るように促した。

 

「これ、叢雲さんのだったんすか……これ四人乗れたんですね」

 

摩耶が乗り込み、鈴谷が乗ろうとすると、神通が鈴谷の肩に手を置いた。

 

「あなたが前に乗りなさい。本来なら叢雲さんと二人だったんだから」

 

「でも……」

 

「いいの?狭いわよ?」

 

でもの後に言葉が続きそうにない鈴谷に代わりに訊ねると神通は頷いた。

 

「えぇ、私と摩耶は監視ですから」

 

「そんな他人行儀な……」

 

神通はするりと後ろに乗り込むと助手席を元の位置に戻した。

 

「じゃあ……お邪魔しまーす」

 

鈴谷は嬉しそうに助手席に座る。私も運転席に乗り込むと、エンジンをかけた。1.4Lターボの心臓が動き出す。

 

「単車みてぇ……」

 

「あなたのバイクよりちょっと排気量が多いだけよ」

 

クラッチを踏み、ギアをいれる。

 

「すごーい!かっこいい!」

 

隣にいる鈴谷が子供の様にはしゃぐ。

 

「お願いだからシートベルトはして頂戴」

 

私はクラッチを繋ぎ、アクセルを踏み込んだ。

 

 

ーーーー

 

 

 

鈴谷が行きたいと言った北関東の厄除け大師に行くことが決まり、鈴谷が寄りたいと言ったコンビニに寄り、私達はやっと北関東を走る三本のうち真ん中の高速道路までたどり着いた。コンビニぐらい寄ればいいじゃないか。そう言う人もいるだろうが、お菓子を買うために青いコンビニ、緑のコンビニ、茶色いコンビニと全部寄ることになった。それも、わざわざ探してだ。

 

「でも、美味しいでしょ?……美味しいですよね?」

 

摩耶はよく喋るが、神通は監視役に徹底している。先程から必要最低限しか話さない。私はバックミラーを見やると神通と目があった。何か言いたそうな顔をしている。

 

「後で文句ならいくらでも言っていいから、今は楽しみなさい」

 

私がそう言うと、神通は渋々頷いた。鈴谷が買ったお菓子を一口食べ、ようやく話始めた。

 

「私的にはサラダの方が好きなのだけど」

 

「何言ってんすか、チーズが最強ですよ」

 

「鈴谷はこれが一番ですし!……叢雲……さんはどれが一番ですか?」

 

「今は叢雲でいいし、敬語も使わなくていいわ。明太チーズバターが一番よ」

 

「「それは無しで」」

 

若手二人が否定する。神通も不満そうな顔をしている。

 

「それなら、私、北海道のやつが一番好きだわ」

 

「それも反則じゃないですか」

 

「叢雲って限定って言葉に弱そうだよね」

 

「この車も限定だから選んだんですか?」

 

あら、神通。よく知ってるわね。でもその言い方には刺があるわね。

 

「…………否定はしないわ」

 

「やっぱり……」

 

「そんな珍しい車なんすか?」

 

「イタ車の英車なんてなかなかお目にかかることが出来ませんから」

 

「痛車?」

 

鈴谷のイントネーションのニュアンスが違ったように思えたけど、まぁ気にしないでおきましょう。

 

「でも、叢雲がこんな小さい車乗ってるのは意外だね」

 

「どういう意味?」

 

「ドイツの高そうな大きい車に乗ってるのかと思ってた」

 

「そんな車を国からお給料貰ってる私達が乗っていたら国民から大顰蹙を買うわよ」

 

神通の言う通りである。私のこの車はOLの時に自分へのご褒美で買ってそのまま持ってきたものだが、それでも問題になったぐらいだ。

 

「まぁ、そうね……私も憧れるわ。けど、そういう車は女は助手席、男は後部座席って言われてるからね」

 

「流石は叢雲さん。出来る女は言うことが違いますわ」

 

摩耶が茶化す。それに便乗した鈴谷が調子にのる。

 

「なに?そんな男の人とお付き合いしてたの?ナニしたの?」

 

鈴谷、それは言い過ぎ。あなたからは見えないけど神通が恐い顔して、隣の摩耶が青ざめてるわよ。

 

「もしそうだったら、こんな車買ってないわよ」

 

「そういうものなんだ」

 

「そういうもんよ」

 

会話を強引に終わらせる。神通の機嫌がよろしくない。

 

「えぇと……そういえば、那珂ちゃんて神通さんの妹的な存在ですよね?」

 

神通の表情が一転、真顔になる。かくいう私も、背筋に冷たいものを感じている。

 

「えぇ、そうだけど?那珂ちゃんが何かしましたか?」

 

「いえ、普段どういう会話してるのかと思って……二人とも全然性格が違うじゃないですか」

 

「普通に会話してますよ。普通にね……」

 

神通が景色を眺める。私もあまりこの会話には参加したくない。

 

「那珂ちゃんてあのお団子ヘアーの明るい人?」

 

鈴谷が私に問いかける。

 

「えぇ、そうよ。神通の制服と同じの着てるわ」

 

バックミラー越しに神通を見やると、彼女はこちらをチラッと見ると直ぐに窓の外に目をやった。

 

「自称、艦隊のアイドルなんだよ。時々テンションが高くてうざった…………ついていけない時があって……」

 

「「滅多な事を言うんじゃない(のよ)」」

 

私と神通がハモる。私達の様子に二人に気まずい雰囲気が流れた。私はため息をつくと、仕方なく話始めた。

 

「那珂ちゃんは……私が艦娘になる前から艦娘をやっていたの。神通が強くなったのも、那珂ちゃんのおかげよ」

 

「そ、そういう言い方はよしてください!那珂ちゃんに怒られます!」

 

神通が慌てて反論する。私達より上の存在だとわかった鈴谷は何かに気がついた様だ。

 

「えっ……じゃあ叢雲より歳上……それで艦隊のアイドル?」

 

「鈴谷さん。それ、絶対に那珂ちゃんの前で言わないでくださいね?那珂さんは那珂ちゃんであって、あれでもすごい人なんです」

 

神通、その言い方も大概よ。

 

「そうだったんすか……高雄は自分より歳上なんで、姉妹艦というのは年齢順なのかと思っていたら、姉が年下の場合もあるんですね」

 

「別に珍しくはないわ。私も吹雪型の中では一番上だし、川内型なんて下からだし」

 

「本当に大変なんですよ……」

 

神通は盛大なため息をついた。

 

「ほら、そろそろ高速降りるわよ」

 

楽しい会話だったかどうかはわからない。けれど単調な景色の高速を飽きることなく運転できた。

 

 

 


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