ムラクモ600   作:草浪

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ムラクモ600 #終

 

空港ラウンジ

 温泉旅行からはあっという間だった気がする。

 引き継ぎして、荷物をまとめて、送別会をして貰って。

 アバルトをどうするか悩んでいると、鈴谷ちゃんと面倒を見てくれると言い出したので、不安ながらに預けた。若葉マークを付けられた私のアバルトを見たとき、どこかもの凄く寂しくなったわ。

 まるで今生の別れみたいに鈴谷が泣いていたのを覚えている。一年間だけ指導艦として海外にいくだけなのに。

 

「鈴谷! 今よりもずっと強くなって待ってるから!」

 

 なんて言われた時は私も思わず涙が出そうになった。

 けれど、もう一度言うわよ。

 一年間だけで、しかもその間に何度かこっちに帰ってくる。

 そこまで盛大に送り出されると帰ってくるなと言われているようで少し悲しい気持ちになるわ。

 

「しかし……思いの外はやくついたわね……」

 

 もう免税店も巡ってしまった。買おうと思っていた化粧水や、パック、クリームも買ってしまった。

 フライトまであと三時間。どうしたものか。そう悩んでいると、航空券でラウンジに入れることを思い出した。

 受付でチェックインを済ませ、大きなテレビでワイドショーを見ながらサービスのシャンパンを傾ける。

 なんて優雅なひと時なのかしら。出来ることならずっとこうしていたいわね。

 

「何か食べ物をお持ちしましょうか?」

 

 職員のお姉さんに急に声をかけられて、思わず姿勢を正してしまう。

 ピシッとした制服を着た女性に声をかけられる。下手したら艦娘よりもピシッとしてるんじゃないかしら。

 

「あっ……大丈夫です。自分で買いに行きます」

 

 私がそう言うと、お姉さんはキョトンとした顔で私を見ている。 

 お姉さんと少し見つめ合っていると、私の後ろから聞き覚えのあるため息が聞こえた。

 

「叢雲ちゃん……ここはフードコートじゃないんだよ?」

 

 振り返ると、トレーにカレーとうどん、そしてグラスに注がれたビールを二つ乗せた那珂ちゃんが呆れたように見ていた。

 

「お金いらないのかしら?」

 

「ご不要でございます」

 

 お姉さんはそう言い、那珂ちゃんは黙って頷いた。

 

「そうなの……じゃあ、何があるか見たいから自分でいくわ」

 

 ーーーー

 

 お寿司にサラダ、オードブルにスイーツ、いろいろと目移りしたけどお腹の空いていた私はカウンターで牛丼少なめとうどん少なめのセットを頼み、出てくる間にドリンクサーバーからリンゴジュースを取る。後で食べるケーキを心に決めて、私は注文したものが出てくるのを待った。

 

「お待たせしました」

 

 私、少なめって言ったわよね?

 トレーに乗せられたのは、成人男性の並盛りといってもいい量の牛丼とうどん。

 

「……あの」

 

「少なすぎましたか?」

 

 カウンターの奥からひょこっと顔を出した青年が申し訳なさそうに私を見ている。

 

「……いや」

 

「申し訳ございません。艦娘様の量がいまいちわからなくて……」

 

 さすがは至れり尽くせりのラウンジね。

 私が艦娘だっていうことも知っていた訳ね。そして彼の真摯な対応。多すぎる、なんて言えないわ。

 

「……そうね……卵をトッピングして貰ってもいいかしら?」

 

「かしこまりました……どうぞ」

 

 すぐにうどんに乗せてくれた煮卵。これでサラリーマン・豪華なランチセットのできあがりね。

 多い分は那珂ちゃんにあげましょう。

 

「おぉ……随分と豪勢だねぇ」

 

 席に戻ると、私の隣に席を取っていた那珂ちゃんが感嘆の声をあげた。

 既にからになっていた那珂ちゃんの器に牛丼とうどんを少しよそってあげる。

 

「……那珂ちゃん。こう見えて考えて量を取ってきたんだけど」

 

 既に食べ終え、ビールで一服している那珂ちゃんは不満そうに私を見た。

 

「足りないだろうと思って取ってきてあげたんだから気を遣わなくていいわよ」

 

「……飛行機の中でラーメンも食べたいのに」

 

 まだ食べるというのか、この軽巡は。

 私は少し呆れながらもうどんをすする。あら。美味しいじゃない。すぐに出てきたから味には期待していなかったけど、それなりに美味しいわ。

 

「しかし、叢雲ちゃんも大変だね」

 

「何がよ?」

 

 那珂ちゃんは文句を言いながらも私がよそった牛丼を食べていた。

 

「本来なら叢雲ちゃんは今回の教育隊の教官には入っていなかったのに、鈴谷ちゃんの一件で抜擢されたんだから」

 

「……どういうこと?」

 

「向こうにも少し困った重巡がいるんだって」

 

「つまりは……ドイツ人の鈴谷がいるっていうこと?」

 

 想像がつかない。ドイツ人って真面目なんでしょ?

 鈴谷も実は真面目な子ではあるけど、それとドイツ人の真面目さとは違う気がする。

 

「そうみたいだね。仲良くなれるといいね」

 

 それは厳しいわね。まず言葉がわからないわ。

 訓練中は艤装が言葉を翻訳してくれるから問題ない。それは事前に説明を受けた。けれど、艤装がなければ言葉が解らない。プライベートで遊びにいくと言っても、お互い気を遣わせてしまうし、ましては私は教官。鈴谷の時は直属の教官じゃなかったから親しくなれたけど、もし私が昔の那珂さんとプライベートで遊びにいくとなったらガッチガチに緊張してしまうわ。

 鈴谷と神通みたいに。

 

「だといいわね……しかし、ドイツねぇ」

 

「何か思い入れでもあるの?」

 

「短大の時に仲良くなった留学生がドイツ人でね。背が高くて、スタイルもよくてとても同い年とは思えなかったのだけど……その子、見た目と言動はすごく真面目なんだけど、遊びになるとはっちゃける子でね。それも少し方面が違うのよ。どこか不良くさいというか……」

 

「大学生の遊びなんて、飲んで踊って騒ぐんじゃないの?」

 

「いつの話よ……でもそういう方面じゃないのよ。どこから持ってきたかわからない車で夜な夜なドライブ行って、日の出を見て帰ってくるの。それで、適当に見つけた定食屋さんで早出のおじさん達に混じりながらご飯食べて帰るのよ」

 

「……よくそんなことしてて叢雲ちゃんのご両親怒らなかったね」

 

「一人暮らしだったからね。私の地元、海がないのよ。あるのは湖だけ」

 

 彼女は元気にしているだろうか。確か卒業して、向こうで仕事に就いたとは聞いてはいるけど、いつの間にか連絡はとらなくなっていた。私も会社の仕事が忙しかったし、その後艦娘になったから。会える機会がえれば会おうかしらね。私も向こうに着いたら遊び相手は那珂ちゃんしかいないでしょうし。携帯を取り出して連絡先を探す。よかった。残ってたわ。あの時はSNSとかアプリなんて無かったものね。

 

「ふぅ~ん……那珂ちゃんは毎週末、一人寂しく宿舎でお留守番してればいいんだね」

 

「何拗ねてるのよ……それに向こうもそんな暇じゃないでしょう。もしかしたら家庭を持っているかもしれないわ」

 

「叢雲ちゃんと違って?」

 

「そうね。私たちと違ってね」

 

 思わずため息が漏れる。何故か二つ重なったけど。

 しばらく談笑し、目当てのケーキを取りに行くついでに那珂ちゃんのおかわりも持ってくる。飛行機に乗る前にそんなに飲んでも大丈夫なのかしらね。どうせ飛行機の中でも飲むのでしょうし、「日本の艦隊のアイドルは酒臭い」なんて悪い噂たてられなければいいけど。

 

「那珂ちゃんが那珂ちゃんでいるのは叢雲ちゃんの前だけから気にしなくていいよ?」

 

「どういう意味よ…………まさか……那珂さん?」

 

「まだ那珂ちゃんだから。そろそろ時間になるから行こう」

 

 そう言い、残りのビールを飲み干した那珂ちゃんは那珂さんの顔になっていた。嫌な予感しかしないわ。本当に。

 

ドイツ・ハンブルク空港

 私の英語力も相当なものになったわ。スチュワーデスさんに迷惑をかけること無く、自分の要求を伝える事が出来たもの。本当に快適な空の旅だったわ。横の那珂さんはずっと飲みながら映画を見ていたけど。ちょっと気まずかったけど。

 けど、そんな私の前に入国審査という難関が待ち受けている。観光客に混じって列に並んでいる。何を言えばいいのかしら。自分の名前とビジネスっていえばいいのよね。たぶん。

 

「Next」

 

 初老の女性審査官に呼ばれて、彼女の前に立つ。パスポートを渡すと、彼女は両手で私にサムズアップをしてみせた。こっちでは、こんな挨拶があるのかしら?

 

「Put your thumb」

 

 サムって親指よね。彼女が指さした機械に親指を乗せてみる。待ちがってなければいいけど。指紋を取られ、彼女は私の顔とパスポートとモニターを交互に見比べると、ニコッと笑って私を見た。

 

「アリガトウ。ガンバッテ」

 

 彼女はそう言い、私にパスポートを返してくれた。よく解らずに立っているとゲートが開いた。どうやら通っていいらしい。

 

「だんけしぇん」

 

 私なりに流暢な発音で言ってみたけど、彼女は姪っ子を見送るような目で私を見ていた。

 さて、あんまりのんびりはしていられない。荷物をピックアップして、着替えて、所定の時間までに待ち合わせ場所に向かわなくてはいけない。それに一服もしたい。時間を逆算しながら早足で受け取り場所に向かう。掲示板で乗ってきた飛行機を探す。あった。まだ荷物は降ろされてないみたいね。

 

「叢雲ちゃん。こっちこっち」

 

 那珂ちゃんの声が聞こえ、那珂ちゃんの姿を探すとカートに那珂ちゃんのトランクと私のトランクが既に乗せられていた。どうしてもう降ろされてるのかしら?

 

「悪いわね。取りに行ってくれてたの?」

 

「那珂ちゃん達は艦隊のアイドルだから、関係者のところから出られたのに。荷物も職員さんが用意してくれてたよ」

 

「早く言いなさいよ……」

 

「言ったけど、真剣な顔でぶつぶつ何か言ってたからそれ以上は声かけなかったよ。まぁ、入国審査の練習してたんだろうけど」

 

 図星だわ。それしか考えてなかったわ。

 

「とりあえず急ごう。着替えて、叢雲ちゃん一服したいでしょ?」

 

「そうね。急ぎましょう」

 

ハンブルグ空港・駐車場

 さすがはドイツ人。時間には正確ね。鈴谷とは大違いだわ。

 

「お待ちしておりました。ナカサン。ムラクモサン」

 

 とてもスタイルのよろしい制服姿の金髪女性がビシッと敬礼する。対する私たちはちんちくりん二人。

 そして日本語もご達者で。勝者、ドイツ美女。艦隊のアイドルも形無しね。チラッと那珂ちゃんを見る。滅多に見れない那珂ちゃんの礼装姿のせいかしら。どうして冷や汗がでるのかしら。

 

「出迎えご苦労。エルナ・グロック中佐」

 

 あぁ、昔の那珂さんですね。あの口調じゃない、昔の口調ね。あら、えるな、えるな、ぐろっく?

 那珂さんとエルナさんが握手している。エルナさんの横顔をしっくり見てみる。あら。間違いないわ。

 

「よろしく頼む」

 

 エルナさんが私に手を差し出す。このちょっと見下ろされる感じ。間違いないわ。

 

「久しぶりね。エルちゃん」

 

「……やっぱりスズちゃんか。久しいな」

 

 エルナさん、エルちゃんの手を握り返すとそのまま抱きしめられた。身長差でつま先立ちになってるけど。

 

「ウサギ。知り合いか?」

 

 那珂さんの少し苛立つ声に反応してしまった。エルちゃんの両肩をグイッと押してはね除けて、那珂さんに正対する。

 

「先ほど話した大学時代の友人です」

 

「すまない。仕事中だった。今は航空母艦、GrafZeppelinだ。よろしく頼む」

 

「なるほどねぇ……」

 

 那珂さんが大きくため息を吐いた。まさかいま、ここで腕立てをしろなんて言わないわよね。

 

「叢雲ちゃんのお友達なら那珂ちゃんともお友達だね。那珂ちゃんのことは那珂ちゃんってよんでね!」

 

「いえ、お二人は日本からの迎賓なわけで……」

 

「いいから、大人しく従いなさい。面倒だから」

 

「スズちゃんがそう言うのなら構わないが……」

 

「あと、プライベートは構わないけど、仕事中は叢雲って呼んで頂戴。私が私じゃなくなりそうで怖いわ」

 

「……そういうことか。わかった。積もる話は後にしよう。乗ってくれ」

 

 さすがはドイツ。日本では超高級車もこっちでは国産車ですものね。

 

「すごい。ふっかふかね」

 

 後部座席に座り、足が伸ばせる足下の広さとふかふかのシートに思わず感動してしまう。横に座った那珂ちゃんは足を組んで座り、いつの間にか取り出したサングラスをかけていた。

 

「プロデューサー。次の仕事は何?」

 

「後輩の指導になります。大物女優の那珂ちゃんさんのレッスンが受けたいと皆楽しみにしています」

 

 那珂ちゃんの寸劇にグラーフが乗っかる。そういえばこの子、日本のお笑いが好きだったわね。

 

「後輩の指導……その子達、ステージに立ったことはあるの?」

 

 寸劇をやりながら真面目なことを聞いている。ここらへんのニュアンス、グラーフはわかるのかしら。

 

「いえ、まだです。皆、ステージに立つことを夢見て稽古に明け暮れています」

 

 運転席に座るグラーフがミラー越しに那珂ちゃんを見る。グラーフもいつの間にかサングラスをかけていた。ここら辺の用意の良さはドイツ軍人の周到性なのか、本人の正確なのか、それとも運転するときはいつもサングラスなのかわからない。

 

「売れそうな子はいるの?」

 

 那珂ちゃんは足を組み替えてミラー越しにグラーフを見る。すごいわ。映画のワンシーンみたい。

 

「若干名ですが、ステージに立つには早すぎる。今回お二方に来て頂いたのは彼女たちを一刻も早くステージに立たせるためです。今の欧州はいつ日本の様に深海棲艦の危機に晒されてもおかしくない」

 

「う~ん……そこはもっと別の言い回しをして欲しかったな」

 

 那珂ちゃんは残念そうに呟いた。グラーフもハッとしたような顔で「すまない」と謝ったけど、日本語が話せる外人さんにそこまで求めるのは無理じゃないかしらね。よくやったほうだと思うわ。

 

「ちょっと気まずいからCDかけてもいいか?」

 

 那珂ちゃんがいじめるからグラーフがしょげた。「ごめん! 気にしないで!」と謝る那珂ちゃんだけど、こうなったらグラーフはしばらく引きずる。反省する。仕方ない。ここは私が助け船をだしてあげましょう。

 

「なんで気まずいのか解らないけど、聞きたければ聞けばいいんじゃない?」

 

「ごめんね!」

 

「泣かせの効いたラブソングじゃないから安心してくれ」

 

 那珂ちゃんの謝りを軽くいなして、グラーフはオーディオを操作する。どうせエルちゃん……もとい、グラーフのことよ。かかる曲は知っている。爽快なギターから入るこのイントロは何度も聞かされた。

 

「……那珂ちゃん、タオル持ってないんだけど」

 

「止まらなければ大丈夫でしょ?」

 

 ここはドイツ。窓から流れる景色もヨーロッパそのもの。

 なのに車内に流れる白いスーツの渋い日本語。おばさん二人の大合唱。

 不安なんて絡みつく鎖なんてどこかに捨ててきてしまった気がするわ。

 

「ナカチャンサン。気が合いそうだな」

 

「那珂ちゃん! そうだね。グラーフちゃん!」

 

「ちゃんはさんと同じ敬称だから、那珂ちゃんで大丈夫よ。グラーフ」

 

「よくわからないけど、そういうものなのか。那珂ちゃん」

 

「そう。それでよろしい」


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