ムラクモ600   作:草浪

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第21話

 

神通が予定していたであろう時刻よりも早く着いてしまった。

宿の当然ながら宿のチェックインにはまだ早い。

高速を降りてすぐのコンビニに車を停めて、軽食をとりながらこの後どうするかを話している。

 

「車を置かせて貰って、3人で駅伝でもする?」

 

ほろ酔い気分の那珂ちゃんが名案だと言わんばかりな顔をする。

 

「それもありかもしれませんね……」

 

神通。あなた、さっき私にゆっくりしろと言ったばかりじゃないの。

 

「けど、こんな大きい車をずっと置いておくのも申し訳ありませんし、そもそも車道を三人並んで走っていたら迷惑でしょう」

 

私の知っている駅伝はみんなで決められた距離を走るものだけど、この二人は一人で完走することを駅伝と言うのね。

 

「それもそうだね……叢雲ちゃん。冗談だよ?」

 

「あらららひふぁほふひふほほふはんひひほへはいほほ(あなた達が言うと冗談に聞こえないのよ)」

 

私はあんまんを頬張りながらそう答えた。

やっぱりあんまんはこしあんね。

 

「叢雲さんは私たちを何度と思っているのですか……」

 

「そうだよ。お休みで旅行に来てまで訓練しないよ」

 

あなた達よく聞き取れたわね。

 

「それで、どうしますか?」

 

「那珂ちゃんは関所跡地に行きたい!」

 

「叢雲さんは?」

 

「私、箱根ってあまり詳しくないのよね……四年に一度山の神が現れる程度の知識しかないわ」

 

「叢雲ちゃんはお正月は駅伝見ながらおせち食べてそうだもんね」

 

「そんなことないわ。戦場(初売り)に行かなくちゃいけないもの」

 

「正月早々出撃とは穏やかじゃありませんねぇ……」

 

神通が神妙な顔をする。きっと私の言っている意味はよくわかってないわね。

 

「まぁ、今はそれもこれも忘れて、休みを満喫しましょう。じゃあ那珂ちゃんの言っていた関所跡地に行きましょう」

 

神通はそう言って車のエンジンをスタートさせた。

 

 

ーーーー

 

関所に向かう道中、私たちは湯本の駅で車を停めた。

 

「この光景は写真で見たことあるわ!」

 

少し興奮気味な私がいる。

ちなみに私はあれだ。何度か横を走る江ノ電にサンルーフから身を乗り出して手を振ったことがある。その時はまだ艦娘じゃなかったし、社会的な立場も曖昧だった時だ。

たしかその時は、仲の良かったドイツからの留学生の運転だった。彼女は元気にしているのだろうか。

 

「意外だねぇ……叢雲ちゃんが鉄道女子だったなんて……」

 

「別に鉄道なんて興味ないわ。けど、この景色は好きね」

 

山の中に突如現れた鉄道のレール。そして温泉街らしい造りの駅。

神通がせっかくですし寄っていきましょうと気を使ってくれたことに感謝しかない。

駅の周辺をウロウロしていると、ちょうど電車がきた。しばらくすると、大荷物を持った学生や家族ずれがバス乗り場に列を成した。

 

「あんなに大荷物で……大変そうですね。車でくればいいのに」

 

「神通ちゃんは鍛えてるから平気かもしれないけど、ここまで運転してくるのも重労働だと思うよ」

 

神通のボヤキに、那珂ちゃんがそっと答える。

神通はよくわからないという顔をしていたので、別の話題に切り替える。

 

「せっかくですし、お土産でも買っていきましょうよ。ここらへんの方がいっぱいあるでしょう?」

 

「そうだね。また偶然にもここに車が停められるとも限らないし、帰る日にバタバタしてて買い忘れた、なんて言ったら川内ちゃんが拗ねちゃうしね」

 

きっと鈴谷と摩耶もそうなるでしょうね。

お詫びで買っていったお菓子を頬張りながら「マジあり得ないし」とかぶーたれそうね。

 

ーーーー

 

近くにあったお土産やさんに入ると、那珂ちゃんのテンションが急に上がった。

 

「叢雲ちゃん、叢雲ちゃん」

「何かしら?」

 

那珂ちゃんに呼ばれて振り返ると、両肩を掴まれてガックンガックン前後に揺すられた。

 

「返してよ! 叢雲ちゃんを返してよ!」

 

揺すられている頭の中で微かな記憶が蘇る。

 

「……ナカァは私の母になってくれる存在だった」

そう言うと、那珂ちゃんの両腕がピタッと止まった。

 

「叢雲ちゃん。それ作品違うよ。というか、なんでそんなマイナーなセリフを……」

 

「たまたま深夜にやってたロボットのアニメの台詞を思い出したのよ。これじゃないの?」

 

「全ッ然、違うよ」

 

那珂ちゃんはこれまで聞いたことがない盛大なため息をついた。

 

「なんか腹たつわね」

 

「叢雲ちゃんも少しは世の中に目を向けないと……社会現象になったんだよ、これ」

 

那珂ちゃんはそう言うと、そこに陳列されていたお菓子を指差した。

そこには見たことがあるロボットが描かれている。確かに私が見たやつとは違うわね。こんなにスマートじゃなかったわ。

 

「これなら見たことあるわ。あれでしょ。何億年も前から愛してる〜♪ ってやつでしょ?」

 

「それも違うよ!」

 

「じゃあ何なのよッ!?」

 

私がそう言うと、那珂ちゃんが何かを思いついたようだ。

 

「じゃあ神通ちゃんに、この那珂ちゃんの七光り! あんたバカァ? って言ったら教えてあげる」

 

「なんでそんなこと言わなくちゃいけないの! ちょっとッ! 押さないでよ!」

 

那珂ちゃんはそう言うと、私の背中を押した。

神通はお菓子を真剣に選んでいたようだ。

 

「神通ちゃん! 神通ちゃん!」

 

那珂ちゃんがそう言うと、神通は横目で私たちを見た。

 

「ほら、叢雲ちゃん!」

 

「この那珂ちゃんの七光り! あんたバカァ?」

 

神通、ごめんなさい。あなたのことをそんな風に思ったことなんて一度もないし、この自称艦隊のアイドルよりもよっぽどあなたのほうが賢いと思っているわ。

けれど、私も那珂ちゃんの後輩であって、逆らえないのよ。

神通が珍しく、私を睨む。正直に言えば怖い。

 

「私が誰よりも二水戦をうまく扱えるんです」

 

「神通ちゃん、それ、違うよ」

 

「二人ともいい歳なんだからお店の中ではしゃがないでください」

 

神通はそう言うと、盛大なため息をついた。そしていつもの神通の顔に戻る。

 

「何をそんなに悩んでいるの?」

 

「二水戦の子たちにも何かを買っていってあげようと思いましてね。ついでに那珂ちゃんや川内ちゃんの子達の分も買っていこうかなと」

 

偉いわね。そうなると私は一応秘書艦という立場だから鎮守府のみんなに買っていくなくちゃいけない。それだけですごい数になる。だから買っていかない。不公平が生まれちゃうから。

 

「今気がついたのだけど、私、艦娘になって初めて旅行に来たかもしれない」

 

そう言えばそうだ。遠出はしているけど、全部日帰りだし、外泊なんて出張ぐらいしかない。だからお土産をみんなに買っていくなんて頭がなかった。

 

「叢雲さんも、那珂さんも、買い物が目的でついでにどっか見ていくって感じで外出しているからでしょう?」

 

それは一理あるかもしれない。

 

「じゃあ那珂ちゃんも選ぶよ。どれがいいかな?」

 

「甘いものが駄目な子もいますからね……それで、これは好き嫌いが分かれそうだし……」

 

「じゃあ全種類買っていけばいいじゃない」

 

「それは安直すぎます」

 

二人があーでもない、こーでもないと言い始めた。

そんな二人を他所に、店内を見回していると、面白いものが目についた。

 

「なになに……これを……こうして……ここを……こうね」

 

サンプルを手にとりながら説明書の指示に従っていく。

 

「それで? 最後はここね」

 

やったわ。開けることが出来たわ。

 

「これ、面白いわね。あの二人に買っていってあげましょう」

 

そして中に別のお土産でも入れておきましょう。

近くに置いてあったよく見かける猫と青いタヌキのストラップを買い物かごに放り込み、私は店員さんを呼んだ。

 

「すいませ〜ん」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「これの一番難しいやつを二つください」

 

「かしこまりました」

 

店員さんはそう言うと、在庫をしまう下の引き戸から同じものを二つ。パッケージには最高難易度と書いてあるものを取り出してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「何かありましたまたお声がけください」

 

店員さんは一礼すると、レジに戻っていった。

あとはお土産のお菓子類を買っていけば終わりね。

 

「……いつまで悩んでいるのよ」

 

お菓子売り場に戻ると、神通と那珂ちゃんはその場にしゃがみこみ、ジッとお菓子を眺めていた。二人とも目が真剣だ。

 

「いえ、川内型が持って来たお土産として、恥をかかないのはどれかと思いましてね……」

 

神通は目を逸らさずにそう言った。

恥をかかないのお土産ねぇ。私はもしあの那珂さんからお土産をもらった時を想像した。

 

「間違いなく。何でも、美味しいです! って言う気がするわ」

 

「いや、お土産を貰って美味しくないとは誰も言わないでしょ?」

 

那珂ちゃんも目を逸らさずに答えた。

 

「全種類買っていけばいいじゃないの」

 

多分一つずつ買っていっても足りないであろう。それだけ川内型が指導してきた子は多い。

 

「それだと、人気不人気が出て不公平になるかなと思いまして」

 

変なところで真面目になるんじゃないわよ。

 

「なら残ったやつは私に回せばいいわ。執務途中のお茶菓子として司令に処理させるから」

 

きっとあの人のことだ。

残ったお土産を家に持ち帰って奥さんと食べるに違いない。去年、私が一応義理であげたバレンタインチョコレートを家に持ち帰って二人で食べたと報告してきたぐらいだ。そして、ホワイトデー。司令のお家にお邪魔して夜ご飯をお返しに頂いた。

奥さんの「旦那は私のものよ!」アピールかと思ったけど、そんなこともなく、何かあれば司令に厳しくいって欲しいと言われたくらいだ。

 

「……それもそうですね。ここでいくら悩んでいても仕方ありません」

 

神通は立ち上がると、端から一つずつ買い物かごに入れていった。

 


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