ムラクモ600   作:草浪

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第20話

 

別に神通を蔑ろにしていたわけじゃない。

けど、彼女はそう思っていたらしい。

司令官に「そう言えば……」とあからさまなご意見を頂いた時は驚いた。

どうやら、鈴谷ばっかりに目をかけるのは秘書艦としてよくないそうだ。

私にそんなつもりは一切なかった。と言うより、どちらかと言えば私が鈴谷に振り回されている。そう言った方がいい。

 

「今度の大規模作戦が終わったらしばらく休暇を与える」

 

司令官はそう言った。

 

「ふぅ〜ん……私は別に構わないけど、休暇明けに溜め込んだ仕事を私に投げたら承知しないからね」

 

私はそう言った。

しかし、どこか彼は自信満々。不思議に思ったけど、その答えは作戦完了後にわかった。

私に与えられた休暇中、長門、妙高、川内の出撃予定は空白になっていた。長門はわからなくはない。けれど、妙高と川内に関して出撃予定がない。、ということはおかしい。

出撃予定とは艤装使用許可と考えていい。妙高は教官役、川内には駆逐艦を率いての哨戒任務がある。

作戦完了後、私はこれを見てからの方が大変だった。作戦中よりもだ。

長門、妙高、川内を相手に適材適所の書類仕事の分担を割り振り、仕事が早い妙高には二人のサポートを頼んだ。そして、司令官のあしらい方もレクチャーした。彼は、定時には絶対家族の待つ家に帰る。それまではこき使っても構わないと。

私がそんなこんなでバタバタしてる間、彼はポロッとこう漏らした。

 

「神通さんがこんなことを言いださなきゃ……いや、これは彼女なりの配慮だろう」

 

神通。あなたは私に気を使ったかもしれないけど、そのおかげで私はドタバタする羽目になったのよ!

 

 

ーーーー

 

何はともあれ、無事に休暇初日を迎えられた。

私は数日分の着替えを詰めたボストンバッグを手に持ち、別に持ち歩く鞄を肩からかけて、神通に指定された時間の少し前に駐車場で待っていた。

私のニコチン供給機は灰を出さない。

ぼぉ〜っとしながら水蒸気を吐いていると、那珂ちゃんのご機嫌な声が聞こえてきた。

 

「叢雲ちゃん。煙草を吸うならちゃんと喫煙所に行きなよ」

 

面倒なのに見つかった。

私は電子タバコの電源を切り、一応那珂ちゃんに頭を下げた。

 

「申し訳ありません。休みということで気を抜いていました」

 

気を抜いていたという表現には語弊がある。

神通との待ち合わせが指定された時間よりも早く来なければならない。

なぜなら、神通が必要以上に早い時間から待っているからだ。

今回の場合、マルロクサンマル、六時半と言われたが、私は四時に起きて、五時過ぎにはこの場所にいた。つまり眠い。

 

「そうかしこまられると、那珂ちゃんは何も言えないんだな」

 

私が頭をあげると、川内型の制服では無く、可愛らしい洋服を身に纏った那珂ちゃんがお酒を片手に困った顔をしていた。

私の頭の中が?の文字で埋め尽くされる。

 

「就業時間中の飲酒は……と言ってもまだ五時半ですが……何朝から飲まれているのですか?」

 

私がそう尋ねると、那珂ちゃんは首を横に振った。

 

「朝からじゃないよ。昨日の夜からだよ?」

 

那珂ちゃんはさも当たり前だと言いたげな表情でそう言った。

けれども、那珂ちゃんの顔は赤くなっているわけでも、酔っている様な素振りは一切ない。

 

「そう……」

 

「うん」

 

そんなやりとりをしていると、神通が走ってこちらに来た。

 

「遅れてしまい申し訳ありません!」

 

「気にしないで。私はゆっくり一服したかっただけだから」

 

「那珂ちゃんも外の風を浴びたかっただけだから」

 

那珂ちゃんも?

「那珂ちゃんもお休みなの?」

 

「そうだよ〜。偶には神通ちゃんと二人でゆっくりしてこいって言われてね」

 

なるほど。つまり那珂ちゃんも一緒か。

でも私には神通がいる、面倒な雑用は彼女に任せればいいよそう思っていた。

 

「神通……その荷物の多さは何かしら?」

 

神通は大きなバックパックにボストンバッグ、更に普段の休みに持ち歩いている鞄を持っていた。たかが二泊三日の小旅行なのに荷物が多すぎる。

 

「必要な物を全ての用意させていただきました!」

 

神通は嬉しそうな笑顔でそう言った。

必要なものってそんなにあるのかしら。もしかしたら昨日の私が思いつきもしなかった様な忘れ物があるかもしれない。少し不安になった。

 

「行きましょう! 乗ってください!」

 

神通は嬉しそうにそう言うと、彼女の愛車の鍵を開けた。

彼女はトランクを開けると、自分の荷物を乗せず、私たちの荷物を先に乗せようとした。

 

「先に重たそうな神通ちゃんの荷物を乗せなよ。那珂ちゃんたちの荷物は自分で積むよ」

 

「そうですか……」

 

少し残念そうな神通は自分の荷物を積み込み、その後に那珂ちゃん、私が続いた。

 

「どうぞ乗ってください」

 

「那珂ちゃんは寝るから後ろの座席ね。叢雲ちゃんが助手席に乗ってあげて」

 

「わかったわ」

 

どうどうと寝ると宣言するのは鈴谷に似ている。

そんなことを考えながら、私は助手席に乗った。

 

「広いわ……」

 

「席、下げてもいいよ」

 

後部座席を見ると那珂ちゃんは既に靴を脱ぎ、足を座席にあげていた。

 

「那珂ちゃん……お酒をこぼさないでくださいね?」

 

「もうこれ飲みきったら寝ると思う」

 

宣言通り、車に乗ってすぐ、那珂ちゃんは後部座席に横になると寝息をたて始めた。

 

 

ーーーー

 

私は二泊三日の小旅行に行くことと、朝の集合時間しか伝えられていない。

行き先も知らされず本来なら怒るところさけど、忙しさに忙殺されていた私はあえて聞かなかった。お酒の匂いが充満した車内を換金するために開けた窓から流れ込む風が心地よい。

 

「叢雲さんはどこに行くのか聞かないのですか?」

 

ハンドルを握る神通が不思議そうに私に尋ねた。

 

「あなたが連れて行くところでしょ? 心配してないわ」

 

私がそう言うと、神通は少し嬉しそうな顔をした。

 

「そうですか……ちなみに行き先は箱根です。叢雲さんにも那珂ちゃんにも少しゆっくりして貰おうと思って温泉宿を取とりました」

 

「いいわねぇ……それで、あなたが持ってきた必要な荷物って何なのよ?」

 

「お酒がほとんどですね。焼酎とワインと、後は叢雲さんが好きそうなお菓子類ですかね」

 

「宿のご飯は付いてないの……?」

 

「今日は付いてません。予約の関係で今日は夜チェックインして、部屋で寝るだけです」

 

今日一日であの神通が持っていた巨大なバックパックの中身を空にしろというのかしら?

それは無理よ。

 

「……どうして今日の夜のチェックインなのに、こんな早い時間から向こうに向かうのかしら?」

 

混まない時間を選んだと考えれば納得はいく。けど、それにしたって早すぎる。

 

「観光もしようかと思いまして……」

 

箱根ってそんなに見るものあったかしらね?

芦ノ湖があって……関所があって……後は山があるわね。

 

「観光って……あなた、まさか、お正月みたいに山を走らせようなんて考えてないわよね?」

 

私がそう言うと、神通は笑いながら答えた。

 

「二水戦の子達ならそれもアリかと思いましたけど、叢雲さんにそんなことはさせませんよ。先ほども言った通り、お二人にはゆっくりして貰うつもりです」

 

「……駆逐艦として、私はあなたが怖いわ」

 

「叢雲さんが駆逐艦だと思ったことはありませんよ。いくら那珂ちゃんの訓練を受けたとはいえ、単艦で長門さん達と戦える力を有しているのですからね……改ニになられた今、もう私は太刀打ちできないなと思ってます」

 

「そんなことないわよ。本来の実力を考えれば、私なんかより、あなたの方が圧倒的に上だわ」

 

これはまた今度話そうかしらね。

私は演習で神通に負けた。彼女は自分の負けと言うけど、結果は紛れもなく私の負け。

けど、不思議と悔しいという感情は湧かなかった。

 

「また今度機会があれば」

 

神通はそれ以上、この話題に触れようとはしなかった。私もそれを感じ取り、それ以上は続けなかった。

 

「それにしても……なかなか珍しい組み合わせね。私とあなたと、那珂ちゃんなんて」

 

「摩耶と鈴谷も誘ったのですが……二人は休みが取れずに駄目でした」

 

あの二人がこういう話に食いつかないはずがない。

けど、ある疑問が浮かんだ。

 

「鈴谷と那珂ちゃんが仲がいいのは知っているけど、摩耶と那珂ちゃんって仲いいの?」

 

「そこは何とも。あの摩耶が誰かに苦手意識を持つということは無さそうですけど……」

 

私はその言葉で何となく察した。

きっと、摩耶が事情を察して鈴谷を説得したのだろう。

 

「そうねぇ……おばさん達の苦労を若人にも知ってもらいましょうか」

 

私は大きく伸びをした。

そう、今は休暇中なのだ。気兼ね無く、遊んだって許されるはずだ。

 

「私はまだおばさんという歳じゃ無いのですが……」

 

「あの二人からすれば、私たちはおばさんよ」

 

「そうですか……そう言えば、曙さんとは歳は違えど同期生ですよね? 曙さんとは遊びに行かれたりしないのですか?」

 

曙か。曙ねぇ。

 

「言われてみれば、二人でどこかに遊びに行ったことはないわね」

 

まず趣味が違う。

曙には釣りという趣味がある。けど、私にそんな趣味はない。

どちらかと言えば、買い物に出かけた方がいい気分転換になる。何もせず、じっと海を眺めているのは退屈だと思う。

 

「意外ですね。お二人は仲がいいのに」

 

「そうねぇ……歳の離れた友達というより、歳が離れた生意気ないとこみたいな感覚ね」

 

実年齢が下の人間で私に気兼ねなく物事を言えるのは曙ぐらいしかいない。

それも、後ろでぴーすか寝てる鬼教官のシゴキに共に耐えた仲だからだろう。

 

「羨ましいです」

 

「あなたが同期生にいたら、きっと私なんて相手にされていなかっわよ」

 

「そんなことありません」

 

「立場が違えば見える景色も変わるわ。あなたと私の先輩後輩の関係はこれからも変わらないけれど、もしあなたが私の上に立てば、私の扱いづらさがわかるはずよ」

 

「叢雲さんは自分のことをお局さんとお思いですか?」

 

失礼ね。

そう思ったけれど、実際そうなのかもしれない。

私は何も答えなかった。

 

「叢雲さんの下の人はそんなこと思ってませんよ。少し言い方がキツイときがあるけれど、優しくて頼りになる女性だと思っているはずです。そうでなければ、あの鈴谷さんがあなたに懐くはずありませんよ」

 

神通は少し寂しそうな顔をした。

 

「だといいわねぇ……」

 

そう言われて少し安心した。

そして、今回の旅行の目的も少しだけわかった。

彼女も悩んでいるのね。

時間はたっぷりある。ゆっくり温泉に浸かって、部屋でお菓子を食べながら神通の話も聞いてあげましょう。

後ろで寝ている艦隊のアイドルはきっと夜に備えているのでしょうし。

 


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