ムラクモ600   作:草浪

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第19話

 

いつもとは違う那珂ちゃんが私を訪ねて来たのは昨日の夜。

昨日は朝に急な出撃があって、帰りが遅くなったから入渠してそのまま自室へ戻った。

だから昨日は執務室に顔を出していない。

 

「明日は那珂ちゃんと外出ってことになってるからね! 朝七時に正門で! 寝坊しないでね!」

 

あなたに誘われて寝坊なんかできるわけないじゃないの。

私はそう思ったけど口には出さなかった。了承して、そのまま寝た。

そして次の日の朝。言われた時間の三十分前には正門に着いた。

ワンボックスの車の横に那珂ちゃんは既にいて、私を見るなり何とも言えない表情をした。

 

「……そっか!」

 

何か思いついたような顔をすると、今度は申し訳なさそうな顔に変わった。

 

「ごめん! これからお台場に行くの!」

 

お台場。私はこの言葉を聞いて背中に嫌なものが走った。

普通、その地名を聞けば女子なら心踊るだろう。お洒落な街。楽しい所もいっぱい。

けど、私達、東京出身の艦娘は違う。

お台場には艦娘用の学校がある。再開発地区に建てられていて、一般人はまず入れない。それだけじゃない。物以外の出入りが出来ない場所だ。

 

「……着替えてくるけど、もしかしたらお腹痛くなって戻ってこれないかも」

 

私は踵を返した。やけに鎮守府の建物が遠く感じる。

歩き出そうとした私の肩を何かが力強く掴んだ。

 

「待 っ て る か ら ね !」

 

「はいぃぃ!」

 

私は駆け足で鎮守府に戻った。いや帰りたかった。帰ったらもう出たくない。

急いで制服に着替えたけど、出るのはため息ばかりだ。

 

ーーーー

 

よく、ハイエースで幼い子供を連れ去らう、なんて言うけど、私も那珂さんもいい歳だ。

それに今ハンドルを握っているのは那珂さん。

運転代わりましょうかって言ったら、叢雲ちゃんはわざと事故おこしそうだから大丈夫って言われた。その手があったかと悔やんだ。

いつもはおしゃべりな那珂さんが珍しく黙っている。近くにつれ、那珂さんのため息も増えた気がした。

 

「それで……お台場に何しに行くの? 二人で観覧車に乗るってわけじゃ無さそうだけど……?」

 

「那珂ちゃんもそうしたかったよ。けど、先輩から呼び出されちゃってね……」

 

それにどうして私まで付き合う必要があるのか。

もしかしたら、私の大いなる戦果を評価されて特別講師で呼ばれたんじゃないか。なんて淡い期待もしている。でもだったら直接私に言われるはずだ。那珂ちゃんが絡んでいるあたりその希望は薄い。

いろいろな希望的推測をしてみる。考えていることが現実になったらどれだけ楽なことか。

 

「いやね。ポロッと叢雲ちゃんの話をしたら連れてきなさいって……」

 

いろいろ考えているのを見透かされ、那珂さんが言う。

つまり、私のその大先輩が用がある。那珂さんの先輩。きっとろくでもない。

いえ、失礼ね。きっと素敵な方なんでしょう。

めいっぱい空気を吸い込んで、全てため息で吐き出す。

 

「そんなに嫌がると先輩もおこ…………悲しむよ」

 

苦笑いをもらす那珂さん。今怒るっていいかけたわよね。

 

ーーーー

 

入学で一回、卒業で一回、そして今回で三回目の門を通る。守衛さんに身分を明かして、積み荷を見せて通してもらう。最後の希望。守衛さんに止められる。もダメだった。

入学する時と違って色々な苦しみを知っているからこの門を通るのがとても苦痛に感じる。

嫌ね。本当に嫌。

那珂さんは車を訓練場の中に入れた。

訓練場に行くまで、少し中を走ったけど、昔と何も変わらない。けどおかしな点がある。

それはここにいる子が誰も外を出歩いていない。今日は日曜日で授業はお休みのはずだから庭を散歩したり、自主的に走ったり、訓練したりしている子がいるはずだ。

それが誰一人としていない。宿舎の方に目を向けると、カーテンは閉まっているが中に人がいるのがわかる。それが全ての窓で。カーテンの隙間からこちらを見ているような気もする。

すごく不気味ね。

 

私が車から降りると、横に一般道では滅多に見られない軍用の装甲車が停まっていた。

けど、何故かナンバーは普通車用のものが付いている。

 

「あらら……先に到着されてた……」

 

那珂さんはバツの悪そうな顔をすると、私の方を見た。

 

「何か言われたら、私が道を間違えたって言ってね」

 

那珂さんが自分のことを私って言った。

ちょっと待って。それほどの相手なの?

 

「ほら、用意して」

 

那珂さんがトランクを開ける。さっき守衛さんに中身を見せた時に知ったけど、中には私と那珂さんの艤装が積まれている。

私は艤装を背負い、薙刀を持つ。やけに重く感じる。

艤装をつけ終わると、那珂さんの後ろについて小走りで中に入る。

地下にある、水上戦闘用の訓練場の扉をあけると、天龍型の二人がベンチに座って待っていた。

 

「すいません。遅くなりました」

 

那珂さんが二人の前で直立不動で報告をする。私もその横に立って謝る。

 

「まだ待ち合わせの時間じゃないから大丈夫よ〜。天龍ちゃんが無駄に早起きして無駄に早く出たから随分前に着いちゃったのよ〜」

 

ふわふわした雰囲気をしている方、天龍型軽巡洋艦二番艦の龍田さんがあくびを噛み殺しながらそう言う。その横でギラギラした右目で私を見る一番艦の天龍さん。天龍さんは視線を私から那珂さんに移した。

 

「よぅ! 久しぶりだな!」

 

「天龍、久しぶり……まだその眼帯してるの?」

 

「別にいいだろ。両目で戦うことに慣れてないんだ」

 

あら? 私はてっきりお二人が那珂さんの先輩だと思っていたわ。

じゃあ龍田さんだけが那珂さんの先輩ってことかしら?

 

「あなたが叢雲ちゃん?」

 

「はい! 吹雪型駆逐艦五番艦の叢雲です! よろしくお願いします!」

 

私は深々と頭を下げた。九十度の最敬礼。艤装を背負っているから腰が痛いけど、怒られるよりはマシ。

後頭部に手が置かれた。

あぁ……やっぱり怒られるのね。何がいけなかったのかわからないけどそんな気はしてたわ。だって昔はよく那珂さんに難癖つけられて怒られてたもの。

 

「いいのよ〜。そんな畏まらなくても」

 

私の後頭部に置かれた手は優しく動いた。つまり、今私は頭を撫でられている。

 

「ほら、顔をあげなさい」

 

そう言われ、顔をあげる。すごく優しく微笑む龍田さんがいる。

きっと、これが普通の人なら優しい人なんだと思うだろう。けど私の受けた印象は違う。

ただ怖い。得体の知れない恐怖。目も口も笑っているのに怖い。

 

「随分と那珂に指導されたのね……そんなに警戒しなくても大丈夫よ〜。理不尽なことで怒ったりしないから〜」

 

この人はやけに語尾を伸ばす。なんとなく、それで気が緩みそうになるけど、きっと気が緩んだら怒られる。私は警戒を強めた。

 

「もぉ〜……そんな怒らないのに。私達は天龍型軽巡洋艦。私が二番艦の龍田で、こっちが天龍ちゃん。よろしくね〜」

 

「よろしくな! ちなみに俺と那珂は同級生。龍田が一個上だ」

 

「よろしお願いします」

 

私は天龍さんにも頭を下げた。

天龍型軽巡は知っている。何度か写真で見たこともあるし、これまで上げてきた戦果についても多少は知っている。

那珂さんの世代の人は基本的に腕っ節が強い。何故かと言えば、元自衛官が多いから。私や曙の時ぐらいから適正のある一般人も艦娘になれるようになったけど、それ以前は肉体的に強い女性から選ばれていた。

そして、今ほど艦娘の戦術や戦い方が確立されていたわけじゃない。砲撃も雷撃もそれほど高い技術があったわけじゃない。それでどうやって戦っていたかと言えば、殴る、斬るといった接近戦が多かったと聞いている。

もちろん、それだけじゃないけど、天龍型の二人は特に接近戦が強かったらしい。

 

「じゃあ叢雲ちゃん。いらっしゃ〜い」

 

龍田さんは私の艤装とは違い、色々な機能が付いていそうな薙刀を手に取り訓練用のプールに浮いた。

 

「那珂。俺らは組手でもしようぜ」

 

「天龍が? 剣道じゃ勝てなかったけど、組手なら負けないよ?」

 

「水の上ならどうよ。踏ん張れないだろ」

 

「それでも私の圧勝かな? 叢雲ちゃん! 怪我だけはしないでね!」

 

天龍さん、那珂さんに続いて私もプールに足を踏み入れる。

私のことをニコニコしながら見ている龍田さんと向かいあった。

 

「よろしくお願いします」

 

懐かしいわ。昔はここに浮くだけでも大変だった。よくひっくり返ってびしょ濡れになったものね。

 

「しばらく好きにうち込んで来ていいわよ〜」

 

龍田さんはそう言って私と対峙した。けど構えてすらいない。本当に打ち込んでいいのか、躊躇していると、龍田さんは優しく微笑み私を見た。

 

「どうした〜?」

 

「じゃあ……いきますッ!」

 

とりあえず、正々堂々、正面から薙刀で切り掛かってみる。頭の上で回転させて遠心力を加えて上から斬る。やっぱり手を抜けばよかった。そう思った直後だった。

一瞬で捌かれる。それも片手に持った薙刀で。思わず龍田さんの顔を見てしまった。すごく不満そうな顔をしている。

 

「……本気で来ていいわよ〜?」

 

水面を蹴って距離を取る。

 

「……わかりました」

 

薙刀を握りなおして、主機の回転数をあげる。

それでも龍田さんは構えない。さっきのでわかっている。技量は圧倒的に向こうの方が上。だけど、そこまで露骨にナメられるとカチンとくるものもある。

回転数がギリギリまであがった。私は何も言わず、飛び出した。

龍田さんに対して少し斜めに入る。そして通りすぎる直前、一気に龍田さんの方に切り返す。上半身がそれまで進んでいた方向に持っていかれそうになるけど下半身で踏ん張る。下半身と上半身が捻れる。そのまま左足で踏み込んで……一気に腰を回す。捻転を利用して、薙刀を加速させる。そこに私の体重も乗せた。

今の私が出せ得る力全てを使った一振り。

これなら両手で受けるしかないでしょう!

 

「……はぁ」

 

小さなため息が聞こえた。

龍田さんは薙刀を持っていない手を出すと、そのまま私の薙刀の柄を掴んだ。

一瞬、何が起きたかわからなかったけど、私はそのまま水面に叩きつけられていた。痛むお腹をおさえる。そのまま投げられたのだと理解する。

 

「叢雲ちゃん。私は本気でうち込んできてって言ったのよ〜?」

 

だから打ち込んだじゃない!

そう言おうかと思ったら、龍田さんは薙刀で私の艤装を突っついた。

 

「砲も魚雷もあるのに、どうして使わないの〜?」

 

そういう意味だったの……撃ちこんでこいってこと。

それは申し訳なかったわ。お腹をおさえて立ち上がる。

 

「あら〜……やっといい顔になったわね」

 

そんなことを言われても、私が今、どんな顔をしているのか自分でもわからない。

けど、はっきりとわかることがある。

私は自分が出来ることを馬鹿にされるのが嫌いだ。

 

「ここからが私の本番よ」

 

ーーーー

 

砲撃に雷撃。それに斬撃。この三つでようやく龍田さんを構えさせることが出来た。

けれど、隙が一切ない。

予想はしていたけど、龍田さんも当たり前のように砲弾を斬る。魚雷も簡単に避けられる。斬撃なんて簡単に捌かれる。

だから、私は考えた。龍田さんが唯一避けなきゃいけないものを当てればいいのよ。簡単なことだわ。

砲撃をしながら距離を詰める。その間、龍田さんは薙刀を振り回さなきゃいけない。当然よ。私の砲撃ですもの。全て命中弾よ。

薙刀の間合いに入った。振り抜いてガラ空きになった脇腹めがけて薙刀を振るう。これも全身全霊の一振りよ。でも、見切っているのでしょう? 両手持ちした薙刀にあっさり捌かれたわ。

けど、これで体勢は崩したわ。薙刀の間合いは刀と違って長い。それが薙刀同士なら倍よ。安全な距離。

酸素魚雷をくらわせてあげるわ!!

五門同時斉射。この近場で放射状に撃ったから逃げ場はないわ。

 

「あらぁ〜……」

 

これで私の勝ちね。一方的に私が攻撃していたから平等だったとわ言えないけど。

 

「そんな顔して……まさかコレで勝ったつもりでいるの〜?」

 

龍田さんの間の抜けた声が聞こえる。避けられるわけないじゃない。

その時、龍田さんの足元に大きな水柱が立った。

おかしいわね。爆発音が遅れて聞こえてきたわ……それに全部が爆発した音……どれか一本に当たればいいと思ったのだけど。

私の顔に人影がかかる。思わず見上げてしまった。

飛んでる……薙刀を振りかぶった龍田さんがこちらに飛んでくる。

 

「ッ!」

 

「あら〜。声も出ませんか〜?」

 

龍田さんは更に振りかぶる。

捌いてやるわ。そんな大振りの太刀筋なんて読めるわよ。

私が薙刀を握りなおすと、龍田さんの両肩から先が消えた。

消えたんじゃない。見えないッ!

そう思うと同時に脳天にゴンっと響く鈍い音。少し遅れて激痛が走った。

 

「みゃうッ!!」

 

「あら〜! みゃうって……叢雲ちゃんはウサギさんじゃなくて猫さんだったのね〜」

 

龍田さんが面白そうに笑っているのがわかる。

もの凄く痛いけど、遠慮のしらない鈴谷や、那珂さんほどじゃない。

多分当たる直前で力を抜いてくれたんだとわかる。

でも私は遠慮なく刃がついた方を振り回していたけど、龍田さんは柄の方で叩いてくれた。もしあれが刃がついた方なら、私は今頃縦に真っ二つにされていた。

 

「……悔しいわね」

 

思わず唇を噛み締めて俯いてしまう。

痛む頭を撫でられた。正直、触られると痛いのだけど。

 

「筋は悪くないわよ? でもね出来ることを極めていても意味がないわよ〜?」

 

「どういうことよ……ですか?」

 

いけない。先輩だった。

龍田さんはそんなことを気にせず顎に手を当てて考え始めた。

 

「あっ♪ その耳で白刃取りしてみるなんてどぉ〜?」

 

無茶を言わないで欲しいわ。そんなことをしたら確実に艤装が壊れる。

 

「冗談よ〜……それに……」

 

龍田さんは覗き込むように私の顔を見た。さっきと変わらない笑顔で。

 

「確実に仕留める気でいったから、一撃目を受けようとした時点で叢雲ちゃんの負け♪」

 

悔しいけど龍田さんのいう通りね。太刀筋が全く見えなかったもの。

でも、どうやってあんなに飛んだのかしら。

最大戦速から勢いを使って飛ぶのは私も出来るけど、あの時龍田さんはそんなに速力は出ていなかった。水面は地面と違って足を押し返さない。

私は足で水面を踏んでみる。足の艤装の浮力で押し返されるけど、柔らかいベッドを踏んでいるような感じ。

 

「どうやって飛んだか気になるの?」

 

「えぇ……はい。気になります」

 

頭を叩かれたせいでどうも気が回らない。

 

「これで水面を思いっきり叩くの♪ そうすると反動で体が浮くわ。棒高跳びの容量ね」

 

正直、龍田さんが何を言っているのか私には理解出来ないけど、言われた通り薙刀で水面を叩いてみる。確かに押し返されるけど、体が浮くほどじゃない。

 

「よくわからない? じゃああの二人を見てごらんなさい」

 

龍田さんはそう言うと組み合っている那珂さんと天龍さんを指した。

しばらく見ていると、那珂さんが天龍さんの一瞬の隙をついて、一本背負いをした。天龍さんが那珂さんの背中の上で一回転したかと思うと、背中から水面に叩きつけられてバウンドした。

見ていて痛々しいわ。

 

「水面って急激な力を加えると固くなるって那珂から教わらなかった?」

 

そういえばそんなことを那珂さんが言っていた気がする。

それに、前に神通を投げた時も神通はバウンドしていた。

 

「はい。教わりました」

 

「その原理を使うのよ」

 

なるほど、原理はわかったわ。けど出来るとは言っていないわ。

 

「叢雲ちゃんと今日会ったのも私から何かを得られればいいと思ったからなの〜。叢雲ちゃんは駆逐艦としてかなりの練度だから今更私が何か教えることは出来なけど……」

 

龍田さんが言いかけた途中、背中に悪寒が走る。

 

「私の指導した那珂に指導されて、他の誰かに遅れを取るなんて……私、嫌だなぁ……」

 

変わらない笑顔で、私にそう言うけど雰囲気が全然違う。

やっぱり、那珂さんの先輩よ。根っこの部分は一緒よ。

私は那珂さんに教わったけど、こうはなれないわ。

 

「戦艦の砲撃ぐらい、叢雲ちゃんならどうってことないでしょ?」

 

この前の演習のことを言っているのね。

けど、あれは那珂さんが投げたものであって……

駄目。怖くて口が動かないわ。

 

「あら〜? 怖くて声も出ませんか〜?」

 

その通りよ。

あまりのプレッシャーに思わず後ずさりをしてしまう。

けど、手を掴まれた。

 

「続けましょ♪ 絶対に逃がさないから〜♪」

 

その後は龍田さんの攻撃を凌ぐので精一杯だった。

那珂さんの訓練が懐かしいわ。那珂さんは理不尽だったけど、龍田さんは容赦がない。

辛いとか、キツイとか、そんなんじゃない。

痛くないように頑張るんじゃなくて、生きるために必死になる。

結局、龍田さんが疲れたと言ったのは日付が変わったころ。

龍田さんはキラキラで。私はボロボロ。那珂さんと天龍さんはやっと体があったまってきたと言っていた。

もうこの人たちとは会いたくないわ。

けど収穫もあった。私も薙刀で飛べるようになったし、他のこともいくつか出来るようになった。

 

「仕方ねぇ、帰るか。龍田も明日改装があるし」

 

「そうねぇ……じゃあ叢雲ちゃん。また時間がある時に会いましょう。改二になって今度はぜぇぇぇったい、このプールに沈めてあげるからね♪」

 

龍田さんが出ていく。

もう二度とお会いしたくないわ。

 

「えっ? 随分と長いことやってると思ったら、叢雲ちゃん、一回も轟沈判定出てないの?」

 

「おいおい、マジか。てっきり二、三回沈められて、それでも龍田がシゴいているのかと思ったら……」

 

「どういうこと?」

 

「天龍ちゃ〜ん! 帰るわよ〜!」

 

「あッ……あぁ! じゃあな、那珂。叢雲、今度は俺の相手もしてくれ!」

 

天龍さんは足早に龍田さんの後を追っていった。

 

「帰ろっか……」

 

「えぇ……帰りは運転するわよ?」

 

「いいよ。叢雲ちゃん、今度は素で事故りそうだから」

 

ーーーー

 

「本当に一回も轟沈判定だしてないの?」

 

「えぇ。出してないわ。龍田さんも手加減をしてくれていたし。最初の一撃なんて、私、真っ二つにされていたわ」

 

「それは見てた。叢雲ちゃん、油断してたからね」

 

那珂ちゃんと話しているけど、眠気がすごい。

終わった安堵感と疲れと……けど那珂ちゃんに運転させて寝るわけにはいかない。

 

「天龍も那珂ちゃんも、すぐに自分たちの番だと思ってたからね。さっきも天龍が言ってたけど、叢雲ちゃんが龍田さんの機嫌を損ねてずっとシゴかれてるのかと思ってたよ」

 

「シゴかれてたのは変わらないわ……正直那珂ちゃんの訓練よりもキツかったわ。本当に殺されると思ったわ」

 

「多分、叢雲ちゃんが頑張るから龍田さんも機嫌が良かったんだと思うよ。那珂ちゃんも天龍も、昔訓練中に怒らせて沈められた挙句に踏まれて溺れたことあるからね」

 

那珂ちゃんはそう言うと楽しそうに笑った。

何が面白いのか全くわからない。

 

「その後、起こされて、また沈められて溺れさせられたからね」

 

「私も沈んでたらそうなったのね……」

 

「それはないかな。龍田さんは飽き性だから張り合いのない相手とはやらないの。那珂ちゃんと天龍が相手をして、沈められて、また叢雲ちゃんが呼ばれてたと思う」

 

「大して変わらないわよ」

 

「全然違うよ。待ってる間に休めるし、叢雲ちゃんならどうやって龍田さんを沈めるか考えてると思うもん」

 

そういうことね。

 

「那珂ちゃんが優しかったのわかった?」

 

「それは龍田さんと比べたらの話よ。私から見ればどっちも怖いわ」

 

「えぇ〜。あの人に比べたらだいぶ後輩思いだと思うんだけど〜」

 

那珂ちゃんが不満そうに言う。

それにしてもお腹空いたわね。

 

「後輩思いの先輩。夜ご飯ご馳走しなさいよ。お腹空いたわ」

 

「仕方ない。奢ってしんぜよう。こんな時間だしファミレスでいい?」

 

「ラーメンでもいいわよ?」

 

「こんな時間にそんなの食べたら太るよ?」

 

「その分のカロリーは消費してきたわ。今なら炒飯も食べられるわよ」

 

「はいはい。じゃあ餃子もつけてあげるよ」


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