ムラクモ600   作:草浪

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第16話

 

「間に合いました?!」

 

鈴谷とくだらない話(今度の休みにどこに行こうか?)をしていると肩で息をする神通が現れた。那珂ちゃんと長門は睨み合って動かなくなって久しい。鈴谷が今度、イルミネーションを見に行きたいと言い、彼女が一度も見たことがないという話を延々と聞かされたから随分長い間硬直していたことになる。ちなみに私は見たことがある。私がアバルトを買った年の冬、浮かれに浮かれていた私は一人で見に行った。別に周りがアベックだらけだろうと悔しくなかった。私にはこの子(アバルト)がいる。別に悔しくなんてなかったわよ。

 

「あら、神通。随分と立派になって……」

 

「そんなことより、那珂ちゃんです! 皆さん無事なんですかッ?!」

 

私のお世辞なんて気にする素振りもなく、神通は焦った様子で私に問いかけた。

 

「叢雲が轟沈判定、長門さんは今は小破判定だ……ですよ」

 

鈴谷がぎこちない敬語で話す。あなたはまだ神通に慣れていないの?

神通は鈴谷の話を聞くやいなや、私の身体をジロジロと見始めた。正直気持ち悪い。

 

「大丈夫ですか? どこか痛いところは有りませんか? この神通でよければ背負ってでもドックに連れて行きますが……」

 

「大丈夫よ。胸は少し痛むけれど……流石夕張が時間をかけて作っただけのことはあるわ。私以上の強度がありそうよ」

 

私は私の身を守ってくれた薙刀を神通に見せた。流石に擦り傷はついてしまったが、戦艦の砲撃に人外の加速力が加わった模擬弾頭を受けてもビクともしなかった薙刀を神通に見せた。神通はそれを受け取ると羨ましそうにそれを眺めた。

 

「……私のこれでも、同じことが出来るでしょうか?」

 

神通はそう言い、腰に下げていた日本刀に手を添えた。それを見た鈴谷が顔を強張らせるだけではなく、背筋を伸ばした。

 

「ジ……ジンツーサン……ソレハ……ナンデショウ?」

 

鈴谷が片言で話す。神通はそれを受け、気が付いたように話始めた。

 

「あぁ……そうですね。今までは木刀でしたが……これからはこれで指導が出来そうですね……」

 

神通がニヒルな笑みを浮かべる。鈴谷は今にも泣きそうだ。行き過ぎた指導、そんなことに溜め息を漏らそうとした瞬間、キーンという甲高い音が聞こえた。その音は他の二人も聞こえている。神通の顔が引きつった。

 

「……この音は?」

 

「今の川内型の主機が高回転に達した音です……夜戦特化したと言えばいいのでしょうか。手記からの排気音だけでは無く、主機が発する音もほぼ無くなりました。ですが、高回転まで回ればどうしても金属と金属が高速で擦れる音は消えません……」

 

「つまり、この音は那珂ちゃんの主機が高回転で回っている……ということね……一つだけ聞いてもいいかしら?」

 

「何でしょう?」

 

「川内型の主機に過給器は付いているのかしら?」

 

「いえ、私たちは設計が古いので……」

 

「カキューキ?」

 

鈴谷の間抜けな声を無視したけど、今の私はご機嫌だ。

 

「なら最高じゃない!!」

 

「何を言って……」

 

「後は、那珂ちゃんの……いえ、那珂さんの気合次第ってことね」

 

私がそう言うや、否や、那珂ちゃんは静止状態からとんでもないスタートを決めた。私が想像していた通り、そんじょそこらの艦娘では出来ないことを那珂ちゃんは平然とやってみせる。

少し考えて欲しい。例えば陸上選手がスタートの合図で地面を蹴るでしょう? その力は脚力によって決まるわよね。地面は動かないもの。地面を蹴った力はそのまま推進力として伝わるわ。でも、水の上ならどうかしら? 私達、艦娘は足に装着された艤装の推進力で進んだりするわ。それはスクリューから得られる推進力よ。ならゆっくり、少しずつ加速するわね?それが常識よ。

けど、那珂ちゃんは、一瞬にして速度をのせたの。これがどういう意味か、わかるかしら? 前に私が神通を投げ飛ばした時、神通は海面をバウンドしたのよ。つまり、海面は硬くなるの。正直、細かい理由はわからないわ。けれど、そういうことでしょう。

 

『いっくよぉ〜〜〜!』

 

主機のスペックを上回る程の速さで飛び出した那珂ちゃんは余裕そうにそう言った。長門に対して、右回りで攻めようとしている。だけどこのままだと……

 

『その程度の速さで、この長門から逃れられるとお思いかッ!?」

 

長門が発砲。ほら見なさい。こっちに目掛けて飛んできた。

 

「あ……危ないッ!」

 

神通が叫ぶ。どうやら、彼女の目は私より先に危険を察知した。

というより、那珂ちゃんの航跡を予測できていた。同じ川内型だからだろうか。

 

「ギリギリまで膨らんで来ますッ!」

 

「えっ? どういうこと?」

 

この状況下で、未だによくわかっていない鈴谷が素っ頓狂な声をあげる。

私は鈴谷の前に出て薙刀を握りなおした。神通も腰に差している長いのに手をかけた。長門の砲撃が正確なら、確実にこのポイントを狙っている。長門に悪意はない。ただ那珂ちゃんを狙っただけだ。むしろ悪意があるのは那珂ちゃんだと言ってもいい。

 

「あんた、改装あけなんでしょ? 随分と自信があるじゃない」

 

「この神通、常に叢雲さんの動向には目を配っていました……」

 

那珂ちゃんが私達の目の前を通り過ぎた。本当にギリギリ。わざとじゃないかと思うほどだ。

でもわざとでしょうね。那珂ちゃんは神通を認めると、きっちりと海軍式敬礼をしてみせた。その顔にいつものふざけた笑みはない。真面目そのもの。目が座っていた。

やはり来た。長門の放った砲弾が私達目掛けて飛んでくる。狙いはさほど正確ではない。だけど、長門の放った一斉射、うち三発は命中弾だ。

 

「……水雷戦隊旗艦を差し置き、突撃するその勇姿。この神通の目に焼き付いております。なればこそ、新たに得たこの力、最初に見て頂きたく思います」

 

神通が抜刀した。それは一秒以下。コンマ何秒……もしかしたら、それより速いと思う。

改二になった私でも目で追えなかった。だけど、見えた瞬間がある。それは、抜刀された刀に砲弾が当たったその瞬間。間違いなく、神通は砲弾の中心線を捉えてみせた。

 

「……クゥッ!」

 

私は私と鈴谷に直撃するはずだった二つの砲弾を叩き落とした。砲弾を見据えて、中心を捉える余裕なんてない。ただ薙刀を振り回し、二つを捌いただけだ。

 

「お見事です!」

 

神通がまるで自分のことの様に喜んだ。ただ、私の背中に悪寒が走った。

目の前を通り過ぎた那珂ちゃんが私のことを横目に睨んでいた。悪寒の原因はこれのせいだ。口が動くのが見える。

 

「な…さ…け…な…い…」

 

私は那珂ちゃんの口の動きを見た。

あなたに言われなくてもわかっているわ。あなたと私……いえ、那珂さん直伝の砲弾斬りが見盗られた。それも……私のなんか比にならない技のレベルだ。

 

「言われなくても……わかっているわよ」

 

悔しい。

改二になって浮かれていた。

出来ないことが改二になって出来るようになったわけじゃない。

ただ、それまで出来たことの質が上がっただけ。それで満足していた。

 

「ちょっと! 叢雲! どうしたの!? どこか痛いの?!」

 

鈴谷の声が聞こえる。どこも痛くない。

 

「大丈夫ですか?!」

 

大丈夫じゃない。これからが。

悔しい。

神通が妬ましいわけじゃない。

これで満足していた、自分に対してだ。

 

 

ーーーー

 

叢雲が唐突に泣き出した。

顔を見せまいと、手で顔を覆っていても、指の隙間から泣き声が漏れている。

 

「大丈夫……大丈夫よ」

 

叢雲はそう言うも、その声にいつもの自信はない。

私は神通さんを見た。刀を手にし、心配そうに叢雲を見る神通さんを。

 

「…………」

 

わかった気がする。叢雲が何故泣いているかを。

正直、叢雲は改二になってから浮かれていた気がする。けど、もともと強かったから私はそれでいいと思っていた。でも叢雲はそうじゃなかった。プライドが高いのにおっちょこちょいで、何だかんだ私を……いえ、後輩のことを気にかけてくれる。だから嬉しいけど、悔しいんだと思う。もう、自分が神通さんに何もしてあげられないと思ったから。ずっと訓練に明け暮れて、強くなろうと頑張っていた……叢雲に追いつこうとしていた神通さんに申し訳なくなったんだ。

私は叢雲をグッと抱き寄せた。拒まれるかと思ったけど、叢雲は私の背中に腕を回すと、顔を私の胸に押し付けた。叢雲が震えているのが伝わる。頭に手を置き、優しく撫でると、叢雲は更にグッと力強く抱きついた。

そんな私を神通は恨めしそうに見る。悪いけどここは譲れない。

 

ーーーー

 

どうしてこの子はそんなに信用されているの。

鈴谷さんに抱き着く叢雲さんを見て、私はそう思った。

私は叢雲さんに憧れて強くなりたいと思った。駆逐艦なのに、先陣をきるその姿を何度も見てきた。敵の砲弾を捌き、砲も魚雷にも頼らず、敵を切り捨てていく姿に感動した。だから私もそうなりたかった。

那珂ちゃんと私は違う。

那珂さんが那珂ちゃんになって砲弾を弾くようになったのには理由がある。

川内型だから。水雷戦隊の旗艦だから。後ろを走る子が安心して戦果をあげられる為に。いえ、彼女達を守る為に。だから那珂ちゃんの訓練は厳しかった。生き残る為に強くなれと。もし万が一、自分が動けなくなった時に生き残る為に。

 

私にはそんなこと出来なかった。

私は私の部隊が強くなるために訓練をさせた。見敵必殺。相手に撃たせる前に撃てと。だから雷撃には拘った。軽巡、駆逐の砲では威力が足りない。だから厳しく躾けた。敵の当たらない砲撃に当たるなと。射程に収めたら確実に仕留めろと。

 

でもそれも前提条件が違う。

私は叢雲さんに守られた。何度も、何度も何度も。

だから私は自分の部隊を冷静に指揮し戦果をあげることが出来た。

叢雲さんはその度に褒めてくれた。

「よくやったわ! 神通!」

嬉しそうに、まるで自分のことのように褒めてくれた。

その度に私は言いたかった。あなたのおかげですと。いえ、何度も言ってきたわ。

けど、叢雲さんはそう言ってくれなかった。

だから、私は那珂さんではなく、叢雲さんに認められたかった。

あなたがいなければ今の私はいなかったと。

 

「じんつぅ……」

 

叢雲さんが声を震わせながら私を呼んだ。

 

「はい、なんでしょう?」

 

どうして、その子なんですか?

そう言いたいのを抑え、私は答えた。

 

「今のあなたならわかるはずよ。だから……この演習、あなたが見て、わかって! 感じたものを! 私に報告しなさい」

 

叢雲さんはそう言うと、鈴谷さんから離れ、顔を拭うと赤い目を私に向けた。

 

「そんなこと……」

 

私よりもあなたの方が得られるものが多いでしょう。

言えなかった。叢雲さんが私に向ける眼差しは、叢雲さんが那珂さんに向けるそれと同じ。

嫌だ。そんな目で私を見ないで。

 

「はい……わかりました」

 

意思とは別に、私の口は肯定した。

叢雲さんは黙って頷く。

こんな形で認められたくはなかった。

私はあなたの前に行きたかったわけじゃない。横に立って、一緒に戦いたかっただけなのだから。

 

 

ーーーー

 

那珂ちゃん……いえ、那珂さんは大きな弧を描きながら長門さんに接近した。

一直線に迫れば、長門さんの四十六センチ砲の餌食なる。

もし那珂さんが私なら、雷撃で仕留める。強化された長門さんに軽巡の砲が通るとは思えないからだ。それに、あの砲撃の精度がある。仮に、こちらが百発の砲弾を命中させなければいけないとしたら、長門さんはその十分の一……いえ、もしかしたら一発でもいいかもしれない。圧倒的不利を打開するには魚雷の全門斉射に賭けるしかない。

 

『接近戦か……よかろう』

 

長門さんの無線が聞こえる。

私には那珂さんが何を考えているのかわからなかった。

もう那珂さんは十分、雷撃を行える距離まで詰めている。だけど、魚雷管を操作する素振りは見せない。

もっと不思議なのは長門さんが撃たないことだ。あの距離なら水平射で捉えられる。長門さんの精度があれば、撃っていてもおかしくない。もし私が長門さんなら、確実に仕留めている。

 

『ファンとの距離感。那珂ちゃん、すっごく大事だと思うの』

 

那珂さんはそう言うと、その場で回った。

目で追えない。けれど、その回転の間に魚雷を放射状に放った。

これで仕留められる。私はそう思った。

 

『お前の愛は私には届かんな』

 

長門さんが艤装の前部に装着された砲を海面に向けて放った。

海面に大きな水柱が立つ。だけど、想像してものよりも高さがない。それに立った水柱一本が太い。

三式弾。散弾の様に放たれたそれは、那珂さんが放った魚雷を全て撃ち抜いたのだろう。

 

『大丈夫! 本当の愛を貴方に届けてみせるから!』

 

那珂さんはまだ回っていた。

 

「……なんてことを……」

 

私は感心を通り越して呆れていた。

右足を軸にしてまわり、左足を長門さんの方へ思い切り踏み込んだ。那珂さんの身体はギリギリまで捻転している。そして大きな水柱を立てた左足を今度は軸にして、その捻転を一気に解放させる。左足首、左膝、股関節、腰、右肩、右肘、右手首、右手の指、全てが同時に加速し、最高速に達したその時、その右手に持たれていた一本の魚雷が放たれた。

放たれた魚雷は、水中ではなく、空中を滑走した。長門さんが放った砲弾が作った水柱の中に一瞬で吸い込まれると、直後に大きな音がした。

 

『そんなに那珂ちゃんのこと嫌い?』

 

那珂さんが不満げな声を漏らす。

 

『あぁ。いい歳してアイドルを自称する軽巡相手に負けるわけにはいかんからな』

 

四十六センチ砲の威力はガソリン満タンの軽自動車が爆薬を満載して音速を超えて飛んでくると聞いたことがある。けど、私には那珂さんの放ったそれはそれ以上の様に思えたが、長門さんは何事も無かったかの様に答える。

 

「そんな……あれでも無傷だと言うの……」

 

『神通ちゃん。まだだよ』

 

私の独り言に、那珂ちゃんが答える。

 

『川内型は水雷戦隊旗艦。必中の距離まで詰めたなら、相手が戦艦だろうと沈めないといけないの』

 

キーンと言う音が更に甲高く大きくなった。那珂ちゃんは必要以上に主機を回している。

 

「那珂さん! それ以上は主機が持ちませんよ!」

 

『那珂ちゃんッ!! 大丈夫。さっき叢雲ちゃんも言ってたじゃない。川内型の主機は自然吸気だって』

 

那珂さんはそう言えるやいなや、長門さんに真正面から突っ込んでいく。

長門さんは砲を構えなかった。握り拳を作り、ファイティングポーズをとっている。

 

『この長門に軽巡が肉弾戦を挑もうとは……』

 

『さっきから、この長門、この長門ってさ。私の方が艦娘になってから長いんだけど』

 

長門さんの顔が恐怖に歪んだ。ここからじゃ那珂さんの顔は見えない。けれど、あの長門さんが怖気付いた。

 

『恋の2ー4ー11ってなんだか知ってる?』

 

那珂さんがそう言うと、長門さんは引いた右の拳を那珂さんの顔を目掛けて繰り出した。もう那珂さんは長門さんの拳の射程に入っていた。

 

『2は「引く」』

 

那珂さんは右足を踏み込んで急制動をかけた。それによって左足が浮き、身体が大きく後ろにそれた。それにより、長門さんの拳を寸前のところで回避する。

 

『んなッ!』

 

『4は「踏み込む」』

 

振りかぶった左足を長門さんの目の前に叩きつけた。先程とは比べ物にならない程の水柱が立つ。その水柱に長門さんは飲まれた。ここからでも、長門さんが水柱に打ち上げられ、宙に浮いているのがわかる。

 

『11は……「立てなくなるまで殴る!!」』

 

那珂さんはそのまま先程魚雷を投げた要領で、右の拳を宙に浮く長門さんに放り込んだ。

だけど、その一発だけではない。右、左、右と何発も。

空気を切り裂く様な音が何度も聞こえた。

長門さんはそのまま殴り飛ばされた。

 

「『みんな、ありがとぉ〜!!』」

 

長門さんが海面に叩きつけられた。

那珂さんは右手の拳を天高く掲げ満面の笑みで、こちらを振り返った。

私も鈴谷さんも……そして叢雲さんもそんな那珂ちゃんに対し、何も言えなかった。


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