ムラクモ600   作:草浪

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第15話

 

その日は午前中は本当に幸せだったと思う。

まず、私の薙刀が完成した。改二の出力に耐えられるように強化され、伸びた身長にあわせて長くなった。その分重たくなったけど、バランスがいいのか持ってみると重さを感じない。新しい装備を開発した夕張が試したいと騒ぐ気持ちもよくわかる。

それに加えて、川内型の三人と長門が改装を受けることになった。別に長門に迷惑をかけられた覚えはないけれど、川内型の次女と三女には振り回されることが多い。それに、私が新しい装備を手に入れたということを知れば、訓練しようと騒ぎ立てられただろう。

 

「これで叢雲ちゃんターンなんて言われなくてもすむわね…………」

 

那珂ちゃんに勝手に命名された技名を実際に口に出してみるとキツいものがある。普段でこれだ。実戦で叫ぼうものなら、きっと曙が腹を抱えて笑う。そして、彼女は被弾する。ムカつくとか、イラッとするとか、そういうことじゃない。仲間に危険に晒されるから言わない。

 

「叢雲さん。いつまでそれ持ってるんですか?」

 

先程まで長門の装備を弄っていた夕張がいつの間にか私のことを珍しそうに見ていた。そう言われるのも無理もない。自分の装備はある程度は自分で手入れをしているが、細かい部分は夕張に任せている。それにあまり執着はしていない方だ。そんな私が朝からずっと薙刀を振り回して遊んでいる。

司令官に秘書艦業務は午後からでいいと言われた時はすぐにもどると思っていたけど、実際に手にしてみるといつまでも持っていたくなった。

 

「午後には手放すわよ」

 

「そんなに気に入ったのなら、執務室まで持っていってもいいですよ?」

 

夕張は笑いながらそう言う。だけど、狭い執務室でこれを振り回すわけにはいかない。

 

「いえ、置いていくわ。余計なものを斬ってしまいそうだから」

 

「つまらぬものは斬らない主義ですか」

 

どこかで聞いたことのある台詞を言うと、夕張はハッと何かを思い出した顔をした。

 

「どうしたのよ?」

 

「叢雲さん! はやくここから逃げた方がいいです!」

 

「な、何よ? 急にどうしたの……」

 

その時、プシューという風船から空気が抜けるような音が二つ聞こえてきた。私は音がした方を見る。音を発した機械には見覚えがある。私に激痛を与えたら改装装置だ。

それまでその装置の脇で何かを操作していた明石がハッチの部分をあけている。

根拠はないけど、本能が訴えている。それを開けてはいけないと。

 

「……中に誰がいるのかしら?」

 

私がそう夕張に訪ねると、ハッチの縁を掴む手が表れた。

 

「片方は長門さんです。もう片方は……」

 

「ん~~…………あっ! 叢雲ちゃん! どう? ますます魅力的になっちゃった?!」

 

身体を起こし、大きく伸びをした全裸の先輩は私を見るなり、訳のわからないことを仰った。私は理解するのに時間がかかった。言葉ではなく、今の状況をだ。

まず、私は新しい装備を持っている。そして次に、その先輩は強くなった。

 

「これが改二というものか……凄いな」

 

隣の装置からは全裸のスタイル抜群、容姿端麗な黒い長髪の美女が現れた。

 

「長門ちゃん! おはよう!」

 

「あぁ、おはよう」

 

長門は機械から出ると、まじまじと自分の身体を眺めた。さっきの言葉は取り消しましょう。やたら筋肉質な背の高い女性が現れた。長門は腕を曲げ、力こぶを見て感動している様子だ。

 

「…………脳筋が二人」

 

「「聞こえてるよ(ぞ)」」

 

小さな声で呟いたつもりだが、二人にはしっかり聞かれてしまった。

 

「叢雲ちゃん! その薙刀、新しい装備?」

 

「いや…………その…………これは…………」

 

ここで新しい装備が手に入れたなんて言えば、私の優雅な午後が無くなる。夕張に助けを求めようとそちらを見ると、残念そうな顔をしていた。

 

「遠慮しなくても大丈夫! これでやっと本来の力が出せるね!」

 

先輩は私に歩み寄ると、私の顔を覗きこむように見た。正直逃げ出したい。次に言うことはなんとなくわかっている。

 

「でも、新しい装備になれることも必要だよね?……夕張ン! 私の新しい艤装はもう動かせるの?」

 

「えっ! いやっ! まだ調整が終わってな…………」

 

夕張は私の為に嘘をついてくれようとした。だけど、先輩がとても嬉しそうにニコニコ笑っているのを見て顔が青ざめた。

 

「……………………私は大丈夫よ」

 

夕張にそう告げる。私も夕張の為に嘘をついた。夕張は申し訳なさそうに私を見ると、黙って頷いた。

 

「私の艤装も行けるか?」

 

長門も便乗する。

 

「はい。お二方の艤装の調整は終わっています。ただ…………」

 

「細かい調整は演習してするから! 大丈夫! 今日中には終わるよ!」

 

私の優雅な午後はこの一言で無くなった。

 

 

ーーーー

 

『準備いい~?』

 

鈴谷の気の抜けた声が無線越しに聞こえてくる。

 

『あぁ! いつでもいいぞ!』

 

長門は楽しそうな声で返答した。

 

『こっちもいつでもいいよ~』

 

那珂ちゃんの楽しそうな声も聞こえる。

 

「ハァ…………いいわよ」

 

思わず溜め息が漏れてしまう。二人の演習に巻き込まれた私は二人を相手にしなくてはいけない。けれど、那珂ちゃんと長門は同じチームではない。一対一対一の三つ巴戦。よくこんなルールを司令官は許したと思う。まぁ、彼も那珂ちゃんには逆らえないのは知ってるけど。

 

『じゃあ…………演習開始!』

 

鈴谷からの無線と同時に発砲音が三つ重なる。一つは鈴谷が撃った開始の合図の空砲。だったらあと二つは……

 

「フライングじゃないかしら?」

 

シューという空気を切り裂く音と一緒に大きい砲弾が飛んでくる。間違いない。長門が放ったものだ。

今回、私の演習の目的はこの薙刀が使えるかどうか。けど、それは艤装を背負った時にはわかっていた。利き手ではない、左手で薙刀を握り、グッと振りかぶる。大丈夫。砲弾はしっかりと目で捉えている。

 

「素手で弾くより、全然簡単ね」

 

薙刀を横一線に凪ぎ払う。切れ味のいい包丁でトマトを切ったような感触が手に伝わる。以前はキャベツ一玉を真っ二つにするような感触だったけど、強度だけではなく切れ味も相当よくなっているらしい。

 

「夕張には感謝しないとね」

 

もう敵の砲は怖くない。後は那珂ちゃんの雷撃だけを気を付ければいい。そう考えていると、長門から小破の判定があがった。

 

『すご~い!!…………じゃあ叢雲ちゃん! 次はそっちにいくよ~~!!』

 

那珂ちゃんの弾けるような声が無線から入った。嫌な予感がする。那珂ちゃんの姿は私より大分離れた場所に見える。長門の姿も見えているが、二人とも私の射程よりも外にいる。那珂ちゃんも私のことも長門のことも射程に捉えていない。なのに長門が小破した。私は何もしていないのにだ。

 

『…………次はそうはいかんぞ』

 

長門から無線が入ると同時に長門の主砲が火を拭いた。私と那珂ちゃんに一発ずつ。私は時分に向かって飛んでくる砲弾を目で追いながら那珂ちゃんの動向にも視界の片隅で捉えていた。私と那珂ちゃんにほぼ同時に弾着。私は先程と同じく砲弾を斬った。

 

「…………えっ?!」

 

時間にしてみたら一秒もない。那珂ちゃんがくるっと回ったと思うと、私に向かって一直線に何かが飛んでくるのが見えた。それも空気を切り裂く音よりも早く、こちらに何かが飛んでくる。

 

「また胸……」

 

飛んできた何かを薙刀で受けたが、胸部に激痛が走る。薙刀の柄の部分で受けたそれは、そのまま薙刀を押し込み、胸部に激突した。私の艤装からは轟沈判定が出ていた。今回は意識を飛ばさずに済んだが、何が起きたのかはわからない。薙刀に食い込んだそれを見ると、それは紛れもなく戦艦が放った演習用の砲弾。

 

「軽巡がこんなものを撃てるようになったと言うの……?」

 

『それは違う』

 

長門から無線が入る。その声には焦りも含まれいた。

 

『どっかぁ〜ん!』

 

那珂ちゃんの楽しそうな声も聞こえる。那珂ちゃんに目をやると、手で銃の形をつくり、私に撃った。無性に腹がたつ。

 

『まぁまぁ。叢雲ちゃんは鈴谷ちゃんと一緒に見ててよ!』

 

不機嫌なのが顔に出てしまったのか、那珂ちゃんは諭すようにそう言った。私は大人しく、言われた通りに鈴谷の横まで航行した。

 

「叢雲、大丈夫?」

 

鈴谷が心配そうに私を見る。ここ最近、この子の前で情けない姿しか見せていない気がする。

 

「えぇ。大丈夫よ……あなた、那珂ちゃんが何をしたのかわかった?」

 

私がそう言うと、鈴谷は黙って首を横に振った。

 

「そう……ならここから見させて貰うわ」

 

「那珂ちゃんって本当はすごい人なんだね。鈴谷には何が何だか全然わからないけど……知らない世界で戦っているみたい」

 

「だから私も神通も頭が上がらないのよ。今はああやってふざけているけど、頭の中で、私達の想像のつかないことを考えているのよ。普段の言動もそうだけど」

 

『どういう意味?』

 

いけない。会話は全てを聞かれているのだった。私は押し黙ると、長門が多少イラついた声をあげた。

 

『この長門を前にして余裕ではないか』

 

『余裕……ではないかな。那珂ちゃんはアイドルだからファンの前では常に全力だよ!』

 

『そうか……ならこちらも全力でいかせてもらう』

 

長門はそう言うや否や、耳を塞ぎたくなるような轟音が響いた。長門の全門一斉射。放たれた全ての砲弾が那珂ちゃんめがけて飛んでいく。

 

『那珂ちゃんには、本当の愛しか届かないんだから!』

 

それを難なく避ける那珂ちゃんは、砲弾ではなく、長門を見ていた。水柱が一つ、また一つと那珂ちゃんに近くに立つ。私はその数を数えていた。四つまで数えた時、再び轟音が響く。

 

「鈴谷の魚雷みたいなものだったのね……」

 

長門の狙いは正確だった。那珂ちゃんが残りの砲弾を避けるために身体を切り返す。そのタイミングを見計らって長門は正確に捉えている。避けれない。いえ、言い方を変えましょう。那珂ちゃんは避けるために切り返したわけじゃない。

 

『なっかちゃぁ〜〜〜〜ん……』

 

那珂ちゃんは空に手を伸ばす。その手が掴もうとしているのは空ではない。那珂ちゃん式に言うなら、ファンからの愛だろう。私は目を見開き、那珂ちゃんの一挙手一投足を逃すまいとした。那珂ちゃんが長門の愛を手で受け取った。これは私も出来たやつだ。戦艦の砲弾は自信がないけど。

 

『「タァ〜〜〜ンッ!!!」』

 

だけど、そこから先は何も見えなかった。私の目でも追えない程の速さで一回転してみせた。だけど、那珂ちゃんが放った戦艦の砲弾の正体がわかった。私はあの時、一直線で飛んでくる砲弾を見たわけだが、少し考えて欲しい。砲弾は距離が離れている場合、放射線を描いて飛んでくる。けど、あの時、那珂ちゃんと私の間には距離があった。

 

「本当に……あの人、私より年上なの? よくあんなことが出来るわね」

 

『叢雲ちゃんも恥じらいを捨てなよ! 可愛いんだからこっちの世界に飛び込んでおいで!』

 

「遠慮するわ」

 

そういう意味で言ったんじゃない。那珂ちゃんターンに巻き込まれた砲弾は一直線に長門に目掛けて飛んでいく。長門の小破判定もこれによるものだろう。あの砲弾を受けて小破とはどれだけ頑丈なのよ。

 

『この長門に同じ手が二度通用すると思うなよ』

 

長門がそう言うと同時にゴンッという鈍い音が響いた。演習用の砲弾は爆発することがない。長門に砲弾が当たったということだけど。

 

「あっちもこっちもマッチョよね」

 

長門は握り拳を真っ直ぐ伸ばしていた。その拳の先に、ひしゃげた砲弾がくっ付いている。推進力を失ったそれは、そのままポロッと海に落ちた。

 

「さっきから随分冷静に分析してるけどさ。鈴谷が普段やらされてる訓練とは全然別物なんだけど?! こんなの見せられたら、今までの訓練に意味なんてあったのか疑問に思っちゃうんだけど!」

 

横で鈴谷が喚く。私もそう思う。けど、何度も何度も馬鹿げた光景は見てきた。そして、私もそんな中で砲弾斬りなんて馬鹿げた芸当を覚えた。

 

「あんな風になりたくなかったら艦娘も元人間、女の子だってことを忘れないことね」

 

『那珂ちゃんは女の子の憧れの的、アイドルなんだけど』

 

「那珂ちゃんみたいなアイドルなんて今まで見たことないんだけど」

 

鈴谷が思ったことを口にする。そんなことを言われた那珂ちゃんは何か騒いでいるが、そんな状況ではない。戦艦の砲弾を拳一つで払いのけた長門に対して、那珂ちゃんが勝てるとは思わない。那珂ちゃんの砲弾返しは、多分直接掴んで投げ返してるわけじゃない。ただ軌道を逸らしているだけだろう。そこに高速回転によって砲弾を更に加速させている。今の那珂ちゃんが出せ得る、最大火力のはずだ。

それを、長門は小細工なしのパンチ一つで叩き落とした。今ので長門にダメージが入ったとは思えない。自分との戦いを蔑ろにする那珂ちゃんに腹をたてるかと思ったけど、長門は冷静に那珂ちゃんを見ていた。そして、ゆっくりと主砲を動かす。

 

『……意外と冷静なんだねぇ』

 

鈴谷と漫才をやっていた那珂ちゃんが急に冷静な声を発した。

 

『あぁ、負ける気がしないからな』

 

長門が挑発をする。おかえし、というわけだろう。那珂ちゃんの舌打ちが無線越しに聞こえてくる。

 

「どういうこと?」

 

「もし、長門が那珂ちゃんの言動に冷静さを欠いてがむしゃらに砲撃しようものなら、那珂ちゃんはそれを返してた。けど、うまくいかなかったっていうことよ」

 

「でも、那珂ちゃんは長門さんの砲弾を返せるんでしょ? だったら無敵じゃん」

 

「同時に命中弾が来たらわからないわ。二発までならなんとかなっても、三発、それも、四十六センチ砲弾だったら……」

 

さすがの那珂ちゃんでもひとたまりもない。だから長門には余裕がある。

 

「……じゃあ那珂ちゃんは負ける?」

 

「”那珂ちゃん”は負けるでしょうね」

 

『叢雲ちゃん。うるさい』

 

いけない。またやってしまった。別に長門を応援しているわけじゃないけど、有利な情報を与えてしまったわ。長門の方を見ると砲門は全ての発射用意は出来た。本人は腕を組み、余裕の表情を浮かべているのがわかる。どうやら私の言った言葉の意味は理解していないようだった。

 

「鈴谷は格闘技とか好き?」

 

「格闘技? そんなの興味ないけど?」

 

「私もないわ。けど、実際に見てみると迫力があってハマる子が多いみたいよ」

 

「そうなんだ……それが何?」

 

「いえ、別に……ただ今年の紅白はよくわからなかったと思っただけよ」

 

『那珂ちゃんを呼ばない紅白なんてありえないよね!』

 

「「それは絶対にない(わ)」」

 

まだ那珂ちゃんね。


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