ムラクモ600   作:草浪

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本編
第12話


 

バシャンッ!!

神通が海面に叩きつけられ、体がバウンドする。

私はその光景に驚いた。

 

「嘘っ……ちょっと大丈夫ッ?!」

 

私の問いかけに神通は片手を上げて答えた。もう片方の手は打ち付けられたであろう腰に添えられている。痛みを堪えゆっくり立ち上がる様は痛々しかった。

 

「大丈夫です……でも驚きました」

 

「ごめんなさい……まさかこんなに出力が出るとは思わなくて……」

 

「いえ、接近を許してしまった私の落ち度です……」

 

神通の腰に取り付けられた魚雷発射管が曲がっている。先程の衝撃のせいだろう。もしここに実弾が入っていたら……

 

「叢雲さん。気にしないでください」

 

気にしないでください。と言いながらも、痛みを堪えているのは顔を見ればわかる。

 

「演習なのに轟沈する可能性があるなんて……」

 

今回の演習の教官を務める那珂ちゃんが驚きの声を上げる。

正直に言えば、私が一番驚いている。神通の艤装からは中破判定が出ている。けれど、それは砲撃や雷撃によるものではない。新しい艤装がいまいち馴染まない私が砲雷撃戦を諦め接近し、力任せに投げただけだ。昔、那珂ちゃんが那珂さんだった時に、水面はコンクリートよりも硬い凶器になる。なんて言っていたけど、私はそれを始めて実感した。

 

「……次、鈴谷が相手したげる」

 

黙って見ていた鈴谷が私の前に立つ。口調はいい加減だけど、その眼差しは真剣そのものだ。

私は躊躇していた。この子を神通と同じ目にあわせたくはない。いや、神通のもわざとじゃないけど。

 

「大丈夫? 叢雲ちゃん。相当強くなってるけど」

 

那珂ちゃんが鈴谷を諭す。だけど、その目はどこか楽しそうに見えた。

 

「大丈夫。鈴谷は重巡だし」

 

「そっか。別に止めようっていうんじゃないんだけどね……」

 

ニコニコと笑う那珂ちゃんがゆっくりこっちに寄ってきた。何か嫌な予感がする。私の耳元に顔を近づけた那珂ちゃんがボソッと呟く。

 

「軌道は逸らすだけ……それがわかれば、鈴谷ちゃんなんか一発の砲弾も魚雷もいらないよ」

 

あまりの声のトーンの低さに背筋が凍りついた。ゆっくりと離れていく那珂さんはいつものニコニコした那珂ちゃんだった。

 

「じゃあ始めてもいいかな?」

 

「いつでもいいよ」

 

那珂ちゃんの問いかけに鈴谷は砲を持ち直した。重巡の砲を受ければ、私はひとたまりもない。

 

「叢雲ちゃんは?」

 

ニコニコして機嫌が良さそうな那珂ちゃんが私に問いかける。

 

「……いいわよ」

 

私は了承する。いえ、那珂ちゃんの命令に了解した。

 

「じゃあ……演習開始ぃ〜!」

 

アイドルのようなポーズをとった那珂ちゃんが宣言すると同時に鈴谷が撃ってきた。狙いが前よりも正確になっている。鈴谷に砲を向けられたのは、ここに鈴谷がここに来て、空のペットボトルを不法投棄していた時以来だ。演習でもずっと同じ部隊で一緒だった。

 

「ほんと……成長したわね……」

 

いつもなら何らかの軽口が返ってくると思ったけど、鈴谷は何も言わなかった。真剣な眼差しのまま、私に砲を向けている。よく狙って撃て。確かにそう教えた。

 

「そんなんじゃ叢雲ちゃんには一生当たらないよ〜」

 

心底楽しそうな那珂ちゃんがニヤニヤしながら言う。だけど、那珂ちゃんの言うことは正しい。私が言うのもあれだけど。鈴谷は下唇を悔しそうに噛む。

狙いが正確すぎるから着弾地点がわかってしまう。私はこれまで、ずっと敵艦隊に斬り込む戦い方をしていたのだ。さっきの神通との演習も鈴谷は見ていたはず。それを知らない、わからないほど鈴谷はバカじゃない。と思っていた。

早く終わらせよう。私はそう思い、背中の艤装を操作した。突如、背中に悪寒が走る。それは艤装からの異変の知らせではない。外部的な要因。

那珂ちゃんだ。こちらを睨むように見ている。

 

『一発の砲弾も魚雷もいらないよ』

 

やっぱりそうだった。あれはアドバイスなんて生易しいものじゃない。一発も撃つなという命令だった。

だったら。私は主機の出力をあげ、速度を増す。徐々に鈴谷の砲撃の精度が落ちてきた。一番速度が乗った時に、方向転換をし、一気に鈴谷との距離を詰める。

鈴谷はこちらに魚雷を放った。だが、狙いがバラバラ。私は進行方向を切り返し、それを難なく避けようとした。その時、鈴谷の目に殺気のようなものを感じた。

 

「……ッ?!」

 

迂闊だった。鈴谷が狙ったのは私が切り返そうとしたこの一瞬。それまで進もうとして方向にかかる慣性の力を別の方向に向けるようとして私の動きが鈍るこの一瞬の油断だった。

鈴谷が放った砲弾が私の顔を目掛けて飛んでくる。それまでの私なら、薙刀で切り落とせたけど、今はそれがない。だけど。顔を狙ってくれてよかったわ。

 

「……嘘ッ?!」

 

嘘じゃない。腰を落として、顔を下げる。だけど、無傷じゃない。頭の上に浮かぶ艤装の右側が吹き飛んだ。それと同時に頭に激痛が走る。

 

「……初めてだわ。こんなこと」

 

私は後頭部を手で抑えた。別に血が出ているとか、そういうわけじゃない。だけど、とても痛い。まるで脳の片方を力任せにちぎり取られたような。そんな経験ないけど、そんな痛みだ。

 

「……チッ」

 

不機嫌そうな那珂ちゃんの舌打ちが聞こえる。機嫌がよくなったり、忙しそうね。

頭痛が痛い。そんなバカみたいな表現しかできないけれど、無性に腹がたった。

私はそのまま鈴谷との距離を詰めた。必死の形相をした鈴谷が私に砲を向ける。

それでいい。私は一定の距離を保つと、そのまま鈴谷と並走するようにして調整した。

二発、三発と鈴谷が発砲する。どうやら鈴谷は装填している間に狙いを定め、装填されたと同時に撃っているようだ。ならタイミングは掴みやすい。あと少し……

 

「変なこと考えてないで、鈴谷ちゃんに集中してあげなよ」

 

戦慄する。私の背後から不機嫌そうな那珂ちゃんの声が聞こえた。

那珂ちゃんは私の艤装を掴んだ。速力が落ちる。

 

「ちょッ……ちょっと! 離しなさい!!」

 

那珂ちゃんは掴んだ手を離さない。鈴谷が躊躇なく発砲する。今度は避けられない。艤装を掴まれているせいで体勢を変えられない。鈴谷はまたしても私の顔を狙っていた。

ゆっくり。ゆっくりと砲弾が私の顔を目掛け飛んでくる。嘘でしょう。この人はいったい何を考えているの?! 薙刀があれば切り落とせるのに!

 

「ふぅん……あれがないと何も出来なんだ」

 

私の痛む頭の方から楽しそうな声が聞こえた。これが腹立たしい。私は怒りに身を任せていたらしい。気が付いた時には那珂ちゃんの肩口を持ち、私の目の前に那珂ちゃんを引っ張り込んでいた。余裕そうな那珂ちゃんの顔が目の前にある。それがまた無性に腹が立つ。

 

「仕方ないな。一回だけだからね?」

 

私は自分の目を疑った。那珂ちゃんは空いている手で背面にまわすとその場で一回転して鈴谷の放った砲弾を捌いた。だけど、正直に言うとこれは予想していた。私が驚いたのは私自身に対してだ。

 

「那珂ちゃんターン!!」

 

決めポーズまでしっかりとっている那珂ちゃんを私は呆然と見ていた。

これまで見えなかった、この那珂ちゃんターンが全て見えてしまった。体の動きから指先までの動き。全てが見えた。

 

「ちょっと!! 邪魔しないでよ!!」

 

鈴谷が怒鳴る。那珂ちゃんは鈴谷にペコペコと頭を下げると私の方を楽しそうに見た。

 

「……わかった?」

 

「えぇ……この目に焼き付けたわ」

 

「そう……ならよかった」

 

そう言うと那珂ちゃんは私の痛む方の頭を掴む。那珂ちゃんの握力に加え、先ほど捌いた方の手なのだろう、物凄く熱い。激痛。本当に痛いはずなのに、痛みを理解できない。那珂ちゃんが見開いた目で私の目を覗き込んでいるからだ。

 

「ならさっさと終わらせてくんない? まだこの後にも予定はぎっしり詰まってるんだから」

 

「はっ……はいッ!!」

 

「叢雲ちゃん。私に敬語はダメだよ?」

 

「わ、ワカッタワヨ!」

 

自分の意図せず、棒読みのなってしまう。那珂ちゃんがゆっくり私の頭から手を離す。

 

「い……いったぁぁぁぁぁぁいぃぃいぃぃぃ!!!」

 

頭が割れるんじゃないか。そんな激痛が走る。私は思わず頭を抑えてしゃがみこんでしまった。

 

「だ……大丈夫ッ?!」

 

鈴谷の声が頭の上から聞こえる。

 

「大丈夫! 叢雲ちゃんは強い子だから! ほら、立って。早く続けよう!」

 

呑気な那珂ちゃんの声が聞こえる。誰のせいで私がこんな目にあってるのよ!!

痛みを堪えてゆっくり立ち上がる。頭の血管に血が流れているのがわかる。

 

「じゃ〜あぁ〜……再開!!」

 

那珂ちゃんの合図が聞こえ、私は主機の出力をあげた。しかし、並走する鈴谷は撃ってこなかった。

 

「どうしたの?」

 

私の問いかけに鈴谷は私を睨んだ。

 

「どうして撃ってこないのさ!!」

 

自分が舐められている。鈴谷はそう感じているのでしょう。那珂ちゃんに一発も撃つなって言われたから。そんなことを言えば、鈴谷は那珂ちゃん撃つだろう。本音はそう言いたい。けれど言うわけにはいかない。

 

「……あなたを傷つけたくないから?」

 

適当なことをいったつもりだった。私がそう言うと、鈴谷の顔が真っ赤に染まる。突如私の足元に水柱がたった。

 

「かっ! からかわないでよ!!」

 

やればできるじゃない。油断していたのあるけど、私に当てるなんて大したものよ。今ので本来の最大出力は出せなくなった。けど、まだ充分動ける。

 

「そうね……じゃあ本気で行くわよ」

 

私はそのまま出せる限りの速力で鈴谷に向かった。今度は躊躇しない。きっちり距離を詰めてみせる。

鈴谷はさっきと同じく、魚雷を放った。今度はしっかりと私を狙っている。出力が上がらないせいでさっきよりも速度が遅いからだろう。けど、私はそんなこと気にしない。さっきと同じように切り返す体勢を整えた。鈴谷も撃ってきた。タイミングもバッチリ。私が切り返すタイミングで着弾する。唯一違うのは、顔じゃなくて私の胴体を狙ったこと。

 

「少しは学習したみたいね」

 

私はこちらに向かってくる砲弾に向けて手を伸ばす。魚雷が私に向かってくる。安全に避けるならもう切り返していい。だけど、それじゃあ砲弾が捌けない。私の伸ばした手に砲弾が触れた。タイミングはバッチリ。

私は砲弾を掴んだ。正確には掴んだわけじゃない。ただ手の平で側面を抑えたという感じだけど、掴んだように感じる。手のひらが燃えるように熱い。痛む脳内に先程の那珂ちゃんのイメージが焼き付いている。同じように回るだけ。手のひらで砲弾を押す。回転しながら飛ぶそれは私の手の平の皮を削り取ろうとする。回転に合わせて、腕がまわり、肩が持っていかれそうになる。だけど争わない。そのまま腕から伝わる回転を身体に伝える。

 

『軌道は逸らすだけ』

 

ほんの少しだけ、砲弾を押してやる。腕の力だけで押すんじゃない。体全体の力でほんの少しだけ押してやる。それだけで砲弾は私への直撃コースから逸れた。そのまま回転を殺さずに体を回すだけ!

 

「叢雲ちゃんターンッ!!」

 

那珂ちゃんが興奮気味に叫んだ。正直、その呼び名はダサいからやめて頂きたい。けれどわかった。なんで那珂ちゃんがあんな踊るように戦うのかを。

 

「正直、私にはキツイわね……」

 

いろんな意味でキツイ。体力的にも、精神的にも。

クルッとまわり、鈴谷の方に向き直ると、鈴谷は呆然とした顔をしていた。

 

「何をボサッとしているのよ」

 

回転で得た力を殺さず、私はそのまま鈴谷との距離を詰めた。もう手を伸ばせば鈴谷を掴める。鈴谷は咄嗟に離れようとした。それがいけなかった。鈴谷の襟首を掴もうとした手に柔らかい感触が伝わる。そんな遠くない昔の記憶が呼び起こされる。鈴谷の顔が真っ赤に茹で上がる。これはダメかもしれない。

ゴンッ!!

頭の中で鐘が鳴る。私が覚えているのはここまでだった。

 

 

ーーーー

 

「うぅぅぅぅ……………あぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!」

 

「叢雲!! うるさい!!」

 

修復ドックで偶然一緒になった曙に怒られる。その声さえも頭に響く。

私は痛みに堪えきれず、ドックに潜った。頭を修復液に浸けても意味がないことはわかっている。けれど何もしないよりはマシ。でもない。

 

「大丈夫ですか?」

 

神通も私に投げられた時に負った腰痛のせいで隣にいる。心配そうに私を見る目はどこか悔しそうにも思えた。

 

「大丈夫じゃない! 頭が痛い! きっと割れているわ!」

 

「……もう後遺症がでたのかしら?」

 

曙が呆れたように私を見る。そうよ。後遺症。頭をなんども攻撃されて、もし後遺症でも残ったら……この痛みがずっと消えなかったら……あの頭にのったお団子を剥いでやる。そして食べてやる。もうこんな思考に陥っているのは後遺症かもしれない。

痛む頭の中で訳のわからない思考がグルグルと回る。回れば回るほど余計に痛い。

 

「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」

 

「落ち着いてください」

 

突如神通に頭を抱きかかえられる。顔に柔らかい何かがあたる。そういう趣味はないけど、不思議と落ち着いた。神通は優しく頭を撫でてくれる。

 

「……あんた。最近そっちに目覚めたの?」

 

曙が楽しそうにこちらを見ていた。そんな曙の胸元を見る。

 

「……そうね。あんたじゃ駄目だわ」

 

「クソ兎。今どこみて言った?」

 

「それぐらいにしてください」

 

神通が優しく私を撫でる。

そういえば、海に出て二連続で重傷を負っている気がするわ。情けないわね。

そんなことを考えているとあくびがでた。

 

「あら? 叢雲ちゃんはおネムですか?」

 

曙の茶化す声が聞こえる。

 

「お疲れでしょう。このまま寝ても大丈夫ですよ」

 

神通の優しい声が聞こえる。もうこのまま寝てしまおう。

 

「修復があけたら、また訓練に付き合ってもらいますから……あんなもの見せられたら興奮しちゃいますよ。本当に……鈴谷さんが羨ましくも妬ましいですね」

 

危ない声が頭の上から聞こえた気がするけど、もう眠い。私はそのまま意識を手放した。


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