織田信奈の野望〜乱世に迷いし少年〜(再掲版) 作:ふわにゃんちゃん
長門が黒野城に着いた時にはすでに家臣たちが軍議を開いていた。長門が来たことに成秀が気づいた。
「おお、来たか長門よ!」
「兄上、戦況はどうなっておるのですか?」
隆成は長門に地図を見せた。
「道三殿は息子である義龍殿に稲葉山城を追われた。そして手勢を率いて長良川へ出陣した。そして義龍殿もその十倍近い大軍で長良川へ出陣、という状況だ」
成秀が戦況を説明する。長門に付き従う高次は眉をひそめる。
「ですが、何故道三殿は籠城戦をしないのでしょうか?ここまでの兵力差がありながら……このままだと全滅では……」
高次の言う通りである。兵法の常識から考えればこの状況では籠城策が賢明であろう。しかし道三はあえて野戦に出ていた。
「多分織田のお姫様の為だろうな」
「ど、どういうことですか⁉︎」
長門の言葉に高次は何故⁉︎という表情を浮かべている。
「籠城して戦を長引かせれば、織田が援軍を出すだろう。確かにそうすれば道三様は助かるかもな。だが、尾張は現在今川が上洛の準備を進めている。もし織田が援軍を出したら瞬く間に今川が織田を攻めるだろうな」
「うむ、道三殿は恐らくこの戦で散る覚悟なのじゃろうな」
長門の考えに長隆は肯定する。道三とは国盗り時代からの旧知の友である長隆は道三のことがわかるのかもしれない。
「しかし父上、我ら緋村はどうするのですか。義を貫き道三殿にご助力するか……義龍殿に味方し、黒野の安泰を計るか」
「あの兵力差では幾ら蝮と恐れられる道三殿とて………」
隆成と義隆は頭を抱え悩む。隆成も目を瞑り、考える仕草を取る。緋村家は浅井との戦果や道三に従わない領主の城を攻めたり、その軍勢の規模を八千までに広げていた。しかし領地は黒野とその周辺とあまり変わらずであり、旧な軍勢は出せても所詮は焼け石に水であろう。
「……長門様」
重い空気にオロオロしながら高次は長門の見る。しかし長門はそれに気にかけずに考え事をしていた。
(史実ではこの戦は道三殿が負ける。後の事を考えるならここは義龍殿に付くべきだろうが、義父上たちは義に厚い。そう簡単に首を縦に振らないだろうな。だが我らが全兵を出しても兵数は全然足りないだろうな。なら……)
実際に史実では道三に与した敗将は斬首や国外追放など罰せられていた。戦国乱世ではそれが世の常である。
「長門よ、お主ならどうする?」
隆成は長門に視線を向ける。最早考えが出ない成秀も義隆も長門に視線を向ける。横を見ると高次もこちらを見ていた。長門は一度溜息を吐くと話し始めた。
「俺は、この戦、静観すべきかと。後から先日の大雨で国が荒れ、復旧の為と申して」
「なんと⁉︎静観とは⁉︎」
声をあげたのは隆成だが義兄達や高次も目を開いていた。確かに先日大雨で村や集落の被害が出たがそれも二日前に終わっている。
「むむむ、しかし……道三殿を見殺しにするなど……だが道三殿味方したと知れれば義龍はここ黒野を攻め立てるだろう」
「ええ、ですから静観といっても形だけです。道三殿お救いする為に」
「??」
長門の説明に誰もが頭に疑問符を浮かべていた。
「私の見立てでは織田は援軍を出すかと思います。あくまで勘ですが」
「うむ」
「確かに義龍軍は大軍です。我らが全兵を挙げても数では及ばないでしょう。無論私の初陣の奇襲のように上手くいく保証はどこにも無い」
ならばと長門は言葉を続ける。
「義龍殿に偽報を流し、疑心暗鬼に陥らせます」
「「「なんだと⁉︎」」」
隆成達の驚きがちょうど三重奏の如く揃った。
「まずは美濃に間者を義龍軍に忍び込ませます。その者達に道三殿の密書を義龍殿に渡させます。そこには『ワシが合図を送ったら側面を突け』などと書かせておけば」
「なるほど、さすれば軍の統率が乱れる」
「密書は部下に書かせました。梅!」
「……ここに」
天上うらから黒い忍者服に身を包んだくノ一が姿を現した。
「これを義龍殿に持っていけ、そしてこう付け加えろ。『怪しい者を捕らえた。道三様からの密書だと吐いた』と」
「御意!」
そして梅と呼ばれたくノ一は直ぐに消えた。
*
「ぬぅ、流石は美濃の蝮と呼ばれた親父殿。簡単には行かぬか……」
道三の息子、斎藤義龍は寡兵である道三の粘りに手こずっていた。戦場は霧が立ち込めていた。しかし多勢に無勢、勝負の天秤は義龍に傾いていた。
「だが、最早ここまでだ。全軍で仕留めよ!」
義龍は自らも馬に乗ろうとした時に伝令兵が入ってきた。
「義龍様。怪しい者を捕らえました。道三殿の手の者だそうです」
道三という単語を聞いた瞬間、義龍は兵から密書を奪い取り、それを開く。そこには道三と、義龍についた川村某の内通の証拠であった。
それを見て、義龍は道三の斥候を斬った。
「ええい!川村某め!稲葉に川村を潰せと命じろ!」
伝令兵は直ぐに陣を後にした。義龍は憤慨し、采配をへし折った。義龍が川村某を攻めさせたことで義龍は長門の術中にはまっていたのを気づく者はいなかった。
*
義龍が謀叛を起こしてから約二半刻ほど経っていた。中立を選んだ緋村家は黒野城で待機していた。
(これは一種の賭けだ。もし失敗したら緋村は終わりだ)
そこに伝令兵が入ってきた。
「伝令!義龍勢の川村某が裏切り、義龍軍を奇襲!義龍軍は混乱しております!」
なんと統率を乱すためのでっち上げが誠になるとは思ってもいなかった長門。彼は天に愛されているのかもしれない。
その半刻後、伝令兵が入ってきた。
「伝令!尾張の織田が美濃に到着、道三様は救出されたとの事!」
そして長門の予想通り、織田が援軍を出した。そして道三を救出した。
しかし織田は今川が上洛を始めたや否や直ぐに尾張に戻ったらしい。
「長門よ、よくやった。これで道三殿もこの黒野も無事じゃ」
隆成は長門を讃える。だが長門は首を横に降る。
「いえ、まだやるべき事があります。とりあえず義龍殿に弁明をしなければなりません」
確かにそうである。緋村家はこの戦に関わっていないのである。緋村家はこれからの対策を夜が明るまで話し合っていた。