織田信奈の野望〜乱世に迷いし少年〜(再掲版)   作:ふわにゃんちゃん

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たこ焼きデスマッチ

 

 多聞山城を後にした長門は京の本圀寺に入ると再び可能な限りの補強と即席の防衛の拠点の設置に対して人頭指揮を執っていた。本来なら指揮を執るはずの光秀が勝手に信奈についていった為に長門が指揮を執らざるを得なかった。

京に帰ってきた長門に持ち込まれた数々の報告は長門の頭を悩ませるものであった。

「………良晴と十兵衛殿の………料理対決だと………?」

「はい………タコ焼きを使用した堺の新名物作りで敗者は織田の料理番にすると………」

「話聞く限り完全に無駄な争いじゃねーかよ………」

 事の発端は信奈が先代信秀の頃から付き合いのある堺の商人、今井宗久が信奈たちに幕府設立の為の資金十二万貫文、の貸付の条件としての堺の名物タコ焼きに代わる新たなタコ焼き作る話が擦ったもんだとあり何故か義晴対十兵衛の料理対決へと発展してしまったのだ。

 おまけに前田犬千代や竹中半兵衛らも良晴の助っ人の名乗りを挙げて堺へ行ってしまったのだった。

「ようやく畿内の平定が済んで織田の地盤を固めて行く段階で武田上杉の和睦で織田軍は岐阜の守りを固める為に退却………なんか出来過ぎじゃないか」

「ええ、この前畿内から追っ払った三好勢辺りがこれを機にと攻め込む動きがあるようです」

 地図を広げた長門は眉を顰める。因縁のある武田と上杉が突然の和睦。大軍を率いての織田家は撤退を余儀なくされた。畿内へ放った斥候から三好がこの機会に乗じて京を再び取り戻そうと画策している動きを見せており、織田に降伏した畿内の武将たちに任せているとはいえ現状の戦力ではとてもではないが守り切れるかが微妙というのが長門の見立てであった。

「おまけに大和の松永も一筋縄じゃいかないだろうしな」

「え、でも松永弾正も降伏して長門様も会いに行ったのでは………」

「あいつは前将軍の義輝を三好三人衆と襲ったあとその三好を裏切ってるんだぞ。裏切るとまでは考えたくないけど何をしでかすかはわからん。あっちには梅たちを見張りにつけてる。簡単には信用しないし、…もう二度も同じ過ちはしないさ」

「長門様…」

 長門の横顔を見た高次は彼が前の戦の敗戦のことを考えているのだと直ぐに分かった。あの一戦以来、戦に限ってだが冷たい表情を見せるようになっていた。南近江攻めの時からその片鱗をのぞかせていたの感じていた彼女は自分が彼のために何が出来るのかで迷ってしまっていた。

(何があっても長門様についていく…でも長門様がこのままご自身のお心を消してしまわれては…)

長門は自身の身を顧みることはあまりしない。戦の際も常に先頭に立つだけでなく苛烈な手を用いることも多くなった。彼を一番近くで見てきた高次だからこそ僅かな心の機微を捉える事が出来たが、その想いを知るが故に止めることが出来ずにいた。

(でも私は……ッ‼)

「長門様‼」

「ん…?」

「私は…私は、いつまでも長門様のお側におりまする! 身命を賭して御守り致します!」

「え?お、おう…急にどうした?」

 高次の突然のテンションに長門も目を点にし困惑していた。しかしいつもと変わらない高次の顔を見た長門はずっと張りつめていた心に幾ばくかの安らぎが生まれていた。

 

 

 長門が京にて頭を抱えている事などいざ知らず堺では相良良晴対明智光秀による料理対決が始まろうとしていた。

 勝負内容は新たな味のタコ焼き、勝者のタコ焼きの権利を堺の会合衆に売りつけ十二万貫文を手に入れる寸法である。その料理対決で良晴と光秀は負ければ岐阜の料理番への左遷、納屋の今井宗久と天王寺屋の津田宗及による堺会合衆の新代表を決めるという一枚も二枚も嚙んでいる対決であった。

「やべぇ事になってきたな…俺は料理からっきしだしこんな時長門のやつがいればなぁ。」

 あいつ料理も超美味いしなと、鉢巻を巻き割烹着を着込んだ良晴はぶるっと身震いをした。

「緋村氏は京の守備を離れられぬと仰って残られたでござる」

「長門さんに申し訳ない事をしました……私達のせいで連日働きづめです」

「こりゃ、帰ったらあいつにぶん殴れそうだな俺」

 助っ人として五右衛門と半兵衛は良晴に倣って割烹着を身に着けていた。

「長門殿には悪いですがこれも十兵衛が信奈様お側に近づく為の勝負なのです!」

 フッフッフと悪い笑みを浮かべた光秀の後ろでは前田犬千代が一人光秀側なことを不満に感じながら薪をくべていた。

「頑張りなさいねー。負けたらその格好のまま岐阜城に左遷だからねー」

 町娘の吉に扮した信奈が座敷で今井宗久と茶を啜っていた。後にこの発言を後悔することになるのだが今の信奈がそれを知ることはできないでいた。

『勝負のお題はたこ焼き! 制限時刻は半刻! ついでに堺の新代表まで決まっちゃう天下の大勝負よ!始め!』

 信奈の号令で調理に取り掛かる両者。

「良晴さんすいません。鉄板の予熱を忘れていました」

「くそっ、十兵衛ちゃんはもう調理に取り掛かっているぜ」

「拙者にお任せを相良氏!」

 鉄板の予熱をしておらず開始から後れを取った良晴陣営は五右衛門が着火させようと炸裂弾を使用し着火どころか屋台を倒壊させてしまった。

 初っ端から自爆している良晴陣営に対し料理に一家言のある光秀は堺と京にある伝手をフルに使用し小麦粉からタコに至るまで最高品質の食材を使用し慣れた手捌きで調理していた。

 その後は良晴は起死回生の揚げたこ焼きと即席マヨネーズで審査員の好評を買い、その予想だにしていない展開に焦った光秀は仕上げに味噌をたこ焼きに塗ってしまい台無しにしてしまった。

 その結果光秀は、大差で勝ってしまった。その裏には津田宗及による会合衆の買収があり勝負には負けてしまった。

 良晴は勿論五右衛門や半兵衛、犬千代も八百長を訴えたが当然そのことを知らない光秀は抗議を一蹴し意に返さない。怒った彼女たちは京へと戻るために堺を後にした。

 そして良晴も厨房係への左遷を言い出せず光秀に詰められる信奈みて陽気に振る舞い岐阜への帰路についた。自身の言い出したことを取り消すこともできずいたが光秀光秀の言葉に我慢が出来なくなったのか怒りが爆発してしまった。

「うっさいわね、バカ! きんかん! なに一人で喜んでるのよ! 空気読みなさいよ!」

「えっ……の、信奈様?」

「そもそも京の守護を任せたのに何勝手にこっちに来てるのよ!」

光秀は何故自分が怒られているのかよく理解できていなかった。自分にとって目障りに思っていた良晴を排除することに成功し信奈からの寵愛を受けられると思っていた。

「サルを追うわ」

「の、信奈様⁉」

「十兵衛! サルの好敵手を名乗りたいならこれからは正々堂々勝負しなさいよ! 宗久、馬を借りるわ」

 そう言い捨てた信奈が宗久の静止も振り切りもう姿の見えなくなった良晴を追いかけていった。

 

 

 

 

 

「まあ茶、でも一服」

 光秀は宗久に気遣われ、目尻を拭き鼻をすすりながら誤った。

「……申し訳ありません」

「相良はんに対して少々やりすぎましたな。おひいさまだけでなく織田家の中で孤立してしまう。本日は引き分けということで勝ちを譲るべきでしたな」

「……ですが、競争相手に甘い顔をしては」

「おひいさまにとって家臣は家族も同然、一族で争いをしている三好とはそこが違います。そしてそれこそがおひいさまの強さの源なのです」

「光秀には分かりません。光秀の家族は母上ただ一人です。家族と家臣は違います」

「おひいさまは唯一家族といえる先代の信秀公を早くに亡くし、兄のように慕っていた宣教師もあえなく亡くし弟君とは後継者争いで対立しておられたのです」

「……それでも母上がおられれば、父上がいなくても我慢できるはず」

「……おひいさまはご自分の母上に愛されておらんのですわ。それどころか酷く嫌われておりますんや。それ故にああいうご気性となられたのかと……」

「そんな……あの天才の信奈様が……」

 光秀は耳を疑ったが凡人では信奈の考えは理解出来ないものであったのだあるものは『うつけ』と揶揄しあるものは理解が及ばず拒絶してしまう。母の愛を感じることの出来なかった彼女にとって自分を信じて付き従ってくれる家臣団こそ家族同然の存在である。

 故に家臣同士が蹴落としあう所を見ることが耐え難く信奈の逆鱗に触れてしまったのだろうと宗久が伝えると光秀は京へと戻りますと頭たれた。

「おひいさまを追いかけへんのですか」

「それはサル人間の役目です。光秀にはそのような資格はありません」

 光秀の相貌を伝う雫がポトリと地面に落ちた。

「明智はんも織田家ではまだ新参者、これからは家臣団との和を心掛ければ良いこと」

「はい……」」

 光秀は後悔のあまり顔をあげることが出来なかった。

「旦那様‼」

 しかし宗久の召使いの知らせがそんな暇を与えてはくれなかった。

「なんや、どないした。そんな慌てて」

「三好三人衆が再起し軍勢を率いて京へと攻め入っている模様!」

「なんやと⁉」

 

織田家にとって最悪な知らせが届いてしまった。

 

 

 

 


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