織田信奈の野望〜乱世に迷いし少年〜(再掲版)   作:ふわにゃんちゃん

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降伏

長門が目を開けて最初に目にしたのは見慣れた木製の天井だった。そしてあたりを見渡すと長門の私室であった。

 

(俺は………生きているのか………?)

 

長門は自分が生きていることに困惑していた。あの時自分は高次を守ろうと種子島の射線上から外した。種子島から鉛玉が放たれた瞬間がハッキリと見えて、自分の死を実感していたのだ。

上体を起こそうとした時に脇腹を貫いた種子島の痛みが襲ってきた。どうやら本当に生き残っていたのだ。

 

(部下を庇って自分が犠牲に………やれやれ、俺も良晴のことを言えないな)

 

はあ、と深くため息を吐いた。

 

「結局、俺も甘かったのか………」

 

「誰が甘いのですか?」

 

えっ?と長門は自分一人だと思っており、驚いて振り向く。そこには高次が、正座をしていた。

 

「た、高次………」

 

「長門様………」

 

自分の名前を呼ぶ高次の顔は悲しげな表情を浮かべていた。

 

「う………」

 

「う?」

 

「うわああああああん‼︎ながどざまああああああ!」

 

「ええッ⁉︎」

 

高次の子供が喚くように泣いた事に長門は本当に驚きを隠せない表情をしていた。15歳の少女でありながらも真面目なしっかり者というのが高次だと思っていたのでまさかこんな風に泣くとは思ってもみなかった。

そして長門は高次をなだめ、何とか話せるまでに落ち着かせた。

 

「で、大丈夫か………?」

 

「は、はい」

 

主の前で子供のように泣いた事が恥ずかしかったのか顔を赤らめる高次。

 

「戦は………我らはどうなった」

 

「はい、戦は…………」

 

 

種子島の乾いた銃声音が響き渡る。その刹那だけ時が止まったような感覚に襲われる高次。吹き飛ばされて目の前に映る光景は種子島で脇腹を撃ち抜かれた長門が膝から崩れ落ちる光景であった。

 

「な………長門様ぁ‼︎」

 

立ち上がった高次は長門に駆け寄り体を揺するが反応はなく意識が無かった。

 

「う、うぐっ………」

 

意識を失っていた長門は漏れたような呻き声を上げる。恐らく急所からほんの少しずれたのだろう。致命傷になる傷でないことに一先ず安堵したが、そう悠長にはしていられなかった。

怒涛の攻めを繰り返していた緋村勢が徐々に織田軍に押され始めたのだ。始めこそ獅子奮迅の働きを見せる緋村勢であったが、ほぼ全軍の織田軍とかたや数千の軍勢では多勢に無勢、徐々に押され始め、戦線が維持できなくなっていたのだ。

 

「父上、これ以上はもう限界です。ここはご決断を!」

 

嫡男の隆成が長隆に撤退を促す。

 

「うむ………前線も長門の負傷で戦線を維持できなくなってきておる。致し方ない………全軍、黒野城へ撤退せよ‼︎」

 

数時間の攻防の末ついに緋村勢も撤退を始めた。織田の追撃を鉄砲隊と弓兵隊にありったけ撃ちながら、時に反転して突撃をしつつ織田の追撃を振り切り黒野城へと到達した。

しかし織田軍も当然黒野城へも軍勢を差し向けた。黒野城攻めの軍勢は丹羽長秀、森可成を差し向けた。

長秀は始めは力攻めで攻め落とそうとしたが、籠城には向かないはずの平城である黒野城を攻め落とせない。この黒野城は長門の指示で空堀を二重に掘らせたのだ。それで敵の勢いを殺し、足の止まった兵に種子島に弓矢、石を落として織田軍に被害を与えた。

しかし、兵たちも多く負傷し、隆成ら将兵らにも疲れが見え始め抜かれるのも時間の問題であった。

 

 

「そうか………なら父上たちはまだ」

 

「はい、疲弊した兵を鼓舞しながら………しかし、それも長くは………」

 

そうかと高次の話を聞いて布団から立ち上がる長門。

 

「長門様?」

 

「父上らが戦っておるのに私が寝ているわけにはいかない。鎧を持て」

 

長門は痛む傷を堪えながらも長隆らの元へ向かう為に、部屋を後にした。

 

 

「父上!」

 

甲冑を着込んだ長門が自ら先頭に立ち兵を鼓舞し回っている長隆と隆成、義隆兄弟の元に駆け寄った。

 

「長門、お主傷は………」

 

「私の事は心配ご無用。敵の動きは」

 

「今は動きは無い。このまま持ち堪えて、明日の明けと共に別働隊を向かわせ一気に崩す」

 

長隆の言葉は正しいと長門は思った。しかし、織田は長政との結婚を阻止すべくと息を巻くものもおり、何としても今日の内に落とそうとするだろう。

それは長隆も同じ思いであろう。

 

「ご報告!」

 

そこに一人の伝令兵がやって来た。

 

「何事だ」

 

「織田軍からの軍使です。軍使は丹羽長秀とおぼしき人物かと」

 

とうとう来たか。

長門も長隆らもこの事は想像していた。恐らく降伏を勧める軍使だろうと。しかも長秀が直々にである。

 

「通せ!」

 

長隆の一言で城門が開けられた。その門を丹羽長秀は潜り抜け、広間へと案内された。

広間では一門を始めとし、前田玄以、長束広家ら重臣たちがすでに集まっていた。

そして長隆が奥座に座ると長秀は作法に倣って平伏する。

 

「織田家家臣、丹羽長秀と申します」

 

「儂は緋村長隆だ」

 

「此度の緋村どのの戦振りは実にお見事でございます。その屈強さ、まさに鬼の如く………」

 

「丹羽どの………世辞は結構。早く本題に入られよ」

 

何の為に来ているのかはすぐにわかる。長秀は、これは失敬と軽く謝罪をし、背筋をピンと伸ばした。

 

「では単刀直入に申し上げます。緋村長隆どの、織田に降ってくださりませんか?」

 

長門は予想通りだと思った。このままやっても長隆らには勝ち目は無いのは明らかであった。

 

「悪いがそれはできん。儂らは斉藤とは同盟を結んでおる。義龍に恩義は無いが義理はある。それまでは儂らは戦うぞ」

 

長隆が言った。義理を果たす。その為に降ることは出来んと。

 

「ですが、稲葉山城が落ちるのは時間の問題です。そうなれば姫様はすべての軍勢をこの黒野城に向けるでしょう。降伏してくだされば黒野の安堵は私が姫様に説得いたします」

 

長秀の言葉に長隆は口を閉じる。正直な所、緋村にはもう弓矢や鉄砲玉もここから巻き返す策も残ってはいなかった。

 

「父上………」

 

長門は神妙な面持ちで長隆を見つめる。その顔を見るに長門にも既に挽回の策は無いのだろう。

しかし、長隆の考えは走ってきた伝令兵によって一択に絞られることになった。

 

「伝令! 稲葉山城が陥落、斎藤義龍殿は降伏しました!」

 

「何だと⁉︎」

 

「こんなにも早く?」

 

稲葉山城陥落に重臣たちはそれぞれに口を開く。幾ら形成不利とはいえ、あの堅牢な稲葉山城をこんなにも早く落とすなど考えられなかった。

長隆はしばらく瞑想し、ため息を吐くと長秀に視線を向ける。

 

「丹羽殿」

 

「何でしょうか?」

 

「儂らは降伏する。その旨を織田信奈どのに伝えられよ」

 

長隆の言葉にさらにざわつきは大きくなった。

 

「父上!何故です! 何故………」

 

長門は信じられなかった。確かに策も鉄砲玉も尽きかけていたが、彼にも意地があり、降伏を受け入れられ無いのだろう。

 

「長門よ………儂かて出来るのであれば最後まで戦いたい。じゃが、この地に住む民をこれ以上傷つけることは儂には出来ん、許せ」

 

長隆はすまんと頭を下げる。ここまでされると長門もまだ戦う意思を持つ家臣たちも何も言えなかった。

こうして緋村長隆は降伏したのだった。

 


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