織田信奈の野望〜乱世に迷いし少年〜(再掲版)   作:ふわにゃんちゃん

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敗北

何が起きた。長門がまず思ったことがそれだった。川並衆から軍勢を借りた半兵衛がポニーのような仔馬に跨り采配を振るい、長政によって行方不明になっていた安藤伊賀守も一族郎党の兵を引き連れ、斎藤勢の本陣を背後から突いていた。

 

「ちっ! やっぱりそっちに着いたのか半兵衛‼︎」

 

悔しそうに歯ぎしりする長門。長門はもともと本来の歴史を信じてはいなかった。著名な大名が女だったり存在しない筈の大名がいたりなど、歴史の知識はあくまで知識としてだった。

元の歴史を考慮しつつ自身の頭で考えて策を練っていた長門。長門はおそらく良晴が墨俣城を築城し、慌てて出てきた美濃勢を引きつけておき手薄になった稲葉山城を攻めてくるのだと踏んでいたのだ。実際に良晴はその手はずの筈だった。

 

「伝令‼︎ 三人衆の稲葉と氏家も寝返りました‼︎」

 

何てことだ!と長門は舌打ちをした。この二人もいずれは織田に寝返るはずだが、まさかこのタイミングだとは思ってもいなかった。長門は槍を良晴に突き出す。

 

「ちっ!なら攻めてこいつの首は………」

 

「そうはさせぬぞ! こーん!」

 

しかしそれを阻んだのが、竹中半兵衛の式神、前鬼であった。

 

「相良良晴! 今の内に」

 

「っ!ああ、助かったぜ前鬼」

 

そう言うと良晴は五右衛門を抱えて墨俣城に戻っていった。長門は前鬼と対峙していた。

 

「………そこを退け」

 

「退くわけにはいかんな。この者は我が主が主君と認めた人間。倒させるわけにはいかんな」

 

「良晴が………? おいおい何を考えているのだ貴様の主は」

 

「さて、そなたの頭で考えてみることだな」

 

そう言い残すと前鬼はすうっと立ち去っていった。

 

「長門様!」

 

ここで長門の頼れる家臣、高次が馬を連れて駆けてきた。その甲冑のあちらこちらには矢傷や刀傷で溢れていた。

 

「ここは一度お退きに!」

 

「ああ」

 

半兵衛らの登場で斎藤勢は混乱に陥っていた。緋村勢は指揮を執っていた隆成の采配でなんとか軍の混乱は最小限にとどまっていた。

長門は高次の連れてきた馬に乗り隆成に合流した。懸命に采配を振るっていた隆成も頬や鎧には矢傷でまみれていた。

 

「兄上!」

 

「うむ、緋村勢、攻勢に出る! あの式神とやらは種子島が有効だと聞く。 鉄砲隊はあの式神に狙いを定めよ! 火矢を放て! 城を燃やしてしまえ! 」

 

隆成の一括で緋村勢はすぐに行動を開始した。鉄砲隊は式神を重心的に狙い、火矢を放ちながらジリジリと追い詰めていった。

 

「おお、緋村どの、見事な武者ぶり!」

 

「我らも続けー‼︎」

 

最初こそ浮き足立っていた美濃勢だが、義龍の鬼神の如くの気迫と緋村の勇猛果敢な戦ぶりを見て奮起し、再び墨俣城を攻め始めた。

状況は斎藤が再び優勢になった。しかし長門は胸騒ぎがした。

 

(おかしい………織田のお姫様はまだ稲葉山城を攻めないのか?)

 

長門は織田が稲葉山城を攻め始めた時のために備えて城に十分の守護兵と伏兵をしのばせていたのだ。そろそろ梅が報告に来てもおかしく無いはずだった。

兵刃が重なり合う音や切られた者の絶叫の中に長門は微かに大きな足音がこちらに近づいているのが分かった。

 

「兄上‼︎兵を退いて下さい! 増援が……」

 

「墨俣城の完成はあと少しよ! みんな、美濃勢を追い払うのよ!」

 

時既に遅し。南蛮の甲冑を身につけた織田信奈が全軍を率いてい墨俣へと雪崩れ込んできた。

前線で指揮を執っていた義龍は「まさか」と唸り声をあげた。義龍も長門と同じ考えを持っていて、稲葉山城に守護兵をたっぷりと残してきていた。

しかし状況が変わり織田が全軍を率いていきては大将である自分が討たれる。

 

「お、お、お、策士策に溺れるとはまさにこのこと……」

 

「義龍どの、ここは退かれよ」

 

そう言葉を放ったのは緋村長隆だった。美髭公を彷彿させる顎髭を撫でながら槍を持ち馬に跨った。

 

「ここは我ら緋村が殿を承る。最早我らに残されているのは稲葉山城に立て籠もることしかなかろう」

 

「ぐぬぬぬ………全軍、稲葉山城に撤退しろ!」

 

悔しそうに義龍は全兵に撤退を命じた。義龍も馬に乗ると墨俣の地を後にした。

戦場に残ったの緋村勢。兵数は三千程度。だが長隆は命じた。

 

「緋村の勇猛果敢なる士よ! 織田の者共に見せてやれ! 我ら緋村の底力を! そして、鬼緋村を‼︎」

 

長隆の一喝に兵達はおお!歓声を上げた。緋村の兵達は農兵の他に元山賊や川賊、それと国を追われた者達など多くのものを長門が迎え入れた者達だった。長門が常備兵を集めるために持ち出した案件で、あらゆる罪を不問とする代わりに死ぬまで緋村のために尽くすという約定のもと彼らを軍に組み入れた。最初こそ「賊を軍に加えるなど」反対が多かったが、長門や賛成した家臣共々理を必死に唱え続け、そして迎え入れられた賊達も自分らのためにそこまでしてくれた長門らに恩義を感じ死に物狂いで働いた。

一癖も二癖もある連中であるが裏を返せば一騎当千のもの達であったのだ。

 

「緋村長隆! 鬼神と呼ばれた我が武、とくとみよ‼︎」

 

緋村長隆。黒野の豪族から城持ちの大名にまでのし上げた。その武勇はまさに鬼の如くと呼ばれ、「鬼神」と称された豪将。城持ちになり始めた頃から己が戦場に出ることは少なくなったがその武勇は衰えが無かった。

 

「我こそが緋村長隆が嫡男緋村隆成である!我が槍の錆になりたいものから前に出よ‼︎」

 

隆成も武勇や指揮能力で長隆の血を一番濃く引き継いでいた。兵を指揮しながらも自分も槍を振るっていた。

 

 

「同じく三男、緋村長門! これより修羅に入る! 我が首取れるものならとってみよ!」

 

緋村一門が先陣を切って織田の先鋒に食らいついた。兵数では劣っている緋村だが長隆らの怒涛の攻撃は兵力差などなんのその。羽虫の如く振り払っていた。

織田は陣を六つに分けて敷いていた。第一陣、第二陣と破った第三陣には森可成、佐久間信盛の旗印が見えた。森可成は十文字槍の名手で柴田勝家、に並ぶ次ぐ武勇を誇り「攻めの三左」として知られている。そして佐久間信盛も古くからの織田の重臣で撤退戦を得意とすることから「退き佐久間」と呼ばれている。

そんな織田の重臣達を相手にしても彼らは退くことは無かった。

長門も彼らに負けない気迫で馬上から槍を振るっていた。近くものを叩き殺し、引き摺り下ろそうとするものを足で蹴り槍を振り回す。柴田勝家や自分の兄には劣るもののその時の長門武勇は並の将を遥かに凌駕していた。

その長門の背後をとった織田兵が斬りかかろうとしていた。しかしその背後の剣戟が長門を守った。

 

「長門様‼︎」

 

高次と長門が互いの背中を守るように背を合わせた。長門は一度深呼吸をして高次に声を掛けた。

 

「高次………」

 

「はっ………」

 

「………背中は任せたぞ」

 

「御意‼︎」

 

その言葉と同時に2人は駆けた。ただ眼前敵を切るためそして互いの背中を守るため。

長門の気迫は鬼気迫るものがあった。武勇名高き緋村に生まれながらもその武勇は並の将ほどのものであった。しかし今の長門は死と隣り合わせの死戦の中で確実に成長していたのだ。

しかし、その激戦は長門から確実に体力を奪っていた。槍で薙ぎ払った勢いが余って泥濘に足を取られその場に転倒してしまった。それを好機を見た織田兵は長門を組み敷き首を掻き切ろうした。しかしそれを高次が解き、切り捨てる。

 

「長門様!ごぶじっーーー⁉︎」

 

突然横に弾き飛ばされる高次。高次の背後から種子島を狙う兵を視線に入れた長門は咄嗟に高次をはじき飛ばした。そして種子島の鉛玉は、

 

「ぐっ………!」

 

長門の脇腹を貫いた


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