レミリア提督   作:さいふぁ

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金剛さんじゅうななさい。

落ち着いた淑女というゲームの誰かさんとは真逆のタイプですが、こういう金剛さんも見てみたいと思います。


レミリア提督6 The Tea of Memories

 

 

 

 一体全体、これはどういうことだ。

 

 金剛は自分が今置かれている状況に幾度目かの同じ疑問を抱いた。まったく、どうしてこうなったのか分からない。

 

 

 

「やっぱり、工業製品より天然ものの方がおいしいわね」

 

 というより、あれは紅茶じゃないわ。と目の前の少女提督は付け足した。

 

 その「あれ」がペットボトルの紅茶だというのは彼女自らが語ってくれた。どうやら昨日初めて自動販売機という文明の利器を利用し、ペットボトルの紅茶を買って顔を顰めることになったらしい。それを聞いただけなら金剛からすれば「だからなんだ」という話になるのだが、そこでその場に居合わせた七駆の漣が余計なことを言ったからなんだか事態がおかしな方向に流れたのだ。

 

 曰く、「この鎮守府では金剛が一番上手に紅茶を淹れる」と。

 

 だから、どうしてそう要らないことを口にするのか。

 

「貴女にお願いして正解だったわ」

 

 私は不正解デシタ。

 

 上機嫌なレミリアの言葉に金剛は心の中だけで反論した。

 

 

 現在、金剛は提督室の中でレミリアと二人だけで紅茶を飲んでいる。大きな執務机を撤去した彼女が代わりに仕事机に使っているテーブルにはこじんまりとしているが気品ある紅茶セットが並べられていて、二人でそれを挟んで小さな茶会を開いていた。これらはレミリアの持ち物である。よく使いこまれているので、彼女は常日頃から紅茶を嗜む人物なのだろう。一目見て、相当値の張る高級品であると分かった。

 

 やはりというか、レミリアの出身は裕福な家らしい。そうでなければ高級な茶器を持ち、良質な茶葉で淹れた紅茶を日常的に飲むことはない。もっとも、上品な仕草や気品漂う振る舞いによってそれはなんとなく分かっていたことである。金剛自身は別段金持ちでもない庶民なのだが、かつては身近に本物の「お嬢様」が居たから所作を見てすぐに察せられた。

 

 ただ、レミリアの紅茶好きには「無類の」という修飾語をつけるべきだろう。金剛も自分で茶器を所有するほど紅茶には思い入れがあるが、さすがにレミリアには敵わない。そんなことで張り合おうとも思わないが。

 

「ドウイタシマシテ」

 

 金剛は声に感情を込めずに社交辞令を返した。

 

 始め、レミリアから紅茶を淹れてほしいと頼まれた時は断ろうとしたのだが、持参品だという高級な茶器を見せられては淹れざるを得なかった。あまり安い茶葉を使っても失礼だと思い、渋々自分が持っている中で最高級の茶葉を持ち出したらこれだ。レミリアはたいそうご満悦で、恐らく今後も金剛に紅茶を頼むだろう。

 

 面倒なことになったと思った。

 

 その愚痴をぶちまけられる相手を金剛は頭に思い浮かべたのだが、今工廠にいるという秘書艦様は昨日から急に提督に対して肯定的なことを言い出すようになっていた。この間の演習で手助けしてもらったことが余程響いたらしい。まったく現金な奴だ、と呆れて物も言えない。

 

「そう言えば、貴女もブリテンの出身だと聞いたわ。やっぱりね」

 

 何が「やっぱりね」なのか。まさか彼の国の出身者がすべて紅茶好きだと言うんではないだろうか。

 

 そうではない。確かに国民的な飲み物ではあるが、金剛が紅茶を愛するのは純粋にそれを好き好んでいるからである。故に昔から愛飲しており、場所を移せど紅茶を飲まなかった日はほとんどない。

 

「どこの国から? イングランド? スコットランド?」

 

「Englandデス。Barrow. Barrow-in-Furness」

 

 バロー=イン=ファーネスはイングランド北西部、島の西アイルランド島との間に横たわるアイリッシュ海に面する港町だ。港町と言っても、バローにおける主要産業は漁業ではない。最も著名なのは造船業であり、全英でも造船における代表的な工業都市として知られている。

 

 その歴史は古く、産業革命時代までに遡る。造船で発展したこの町の名誉は、かつて七つの海を支配した大英帝国海軍における多くの主要艦船を建造し、その力の源泉の一つとして連合王国の輝かしい歴史に貢献し続けたこと。そしてそれは形を変えて今なお続いている栄誉ある伝統であることだ。

 

 バローの造船所は現在BAEシステムズの一部となっている。そこで行われているのは最早重厚長大な巨大艦船の建造ではない。小さくとも頑丈で、精密であれど堅牢な艦娘艤装の開発。それこそがバローの役割である。

 

 かつて金剛はこの町に生まれ、この町にて竣工した。

 

 

「あら? 近いじゃない。私は湖水地方なの」

 

 湖水地方……。

 

 金剛は声に出さずに呟いた。

 

 湖水地方はバローの北方に存在する風光明媚な土地だ。氷河時代に氷に削られた大地が複雑な起伏を作り、氷河が溶け去った大きな窪地に水が溜まって、丘と湖が連なる独特の風景が出来上がった。ピーターラビットの作品の舞台はこの地であり、英国の内外から数多くの観光客を集める代表的な観光地の一つでもある。

 

 金剛自身も比較的近距離にあったということもあって、幾度か訪れたことがある。シーズンを外せば観光客も少なく、ゆったりと歩き回れる。その代わり湖水“地方”というだけあって面積は広く、起伏も大きいためすべてを回りきることはかなわなかった。

 

 ただ、観光に訪れる分には非常に良い土地であると思うが、それは裏を返せば生活の便はあまりよろしくないということだ。

 

 そんな片田舎に彼女は住んでいたのだという。

 

「ウィンダミアから10マイルほど北に離れた小さな町に住んでいたのよ」

 

「金持ちはそんなとこに住んだりしまセンヨ」

 

「排ガスまみれの都会には住みたくなかったの」

 

 母国から離れた異国の地で出会った郷里の近い英国人。しかし、不思議と親近感は湧かなかった。

 

 普通なら自国の思い出話をしたり、英国人にしか通用しないようなジョークを言い合ったりするものだろう。仮に金剛が目の前の彼女とは別の英国人に出会ったなら、間違いなくそういう風な会話をする。自分はそういう性格をしている。

 

 だが、レミリアとそのような打ち解けたやり取りをする気は毛頭なかった。金剛は自分のコミュニケーション能力には自信を持っていて、どんなに気難しい相手だろうとある程度気を許した会話をすることが出来ると思っている。それだけの話術があって話題の引き出しも数多いはずなのだ。

 

 レミリアの方もあれこれと金剛に話し掛けて来て、積極的にコミュニケーションを取る気があるようだ。普段なら金剛も応じただろうが、ある一点が非常に気になって、というよりその気懸りのせいでレミリアを好意的に見れなくて、どうしてもレミリアと仲良くしようと思わないのだ。

 

 彼女の出身。ただその一点のみのために。

 

 

「静かに暮らすにはいい環境だったわ。時折ウィンダミアやカーライルの街に出るのだけど、ちょっとした旅行気分で楽しかったしね」

 

 自分の過去を喋り出すレミリア。その様子を見るに、レミリアはどうやら話好きな性格をしているようだった。最初に出会った時の厳かな雰囲気は何処へやら、砕けた様子でずいぶん饒舌だ。

 

 金剛は合の手を挟まず耳を傾けた。

 

「不便を感じたりはしなかったわねえ。優秀な華僑の女中がいたから家事に手を煩わされることもなかったし。暇潰しに読める本は無尽蔵にあって、居候している友人もいたから話し相手にも困らなかったわ」

 

 金剛は黙って聞いている。やはりというか、レミリアは思った以上の金持ちだったようだ。女中はともかく、大量の蔵書を持ち、居候を養えるなど普通の財力ではかなわない。

 

 それが、何故裕福な身分で日本まで来て軍隊にいるのか。ますます彼女の存在自体が謎めいてくる。

 

 落ちぶれた? いや、あるいは“追い出された”のだろうか。

 

「今は日本の田舎に住んでいるけど、昔より友人が増えて、新しい趣味も出来たし、楽しいわよ。田舎暮らしっていうのも」

 

 日本語が流暢なのは日本に移住してきたからか。あるいは逆かもしれない。日本語が流暢だからこそ日本に送られた可能性もある。どっちにしろ、金剛には知る由もなかった。

 

「どうして日本に来たのデスか?」

 

「色々あって、郷里に住み続けられなくなったの。それで知人の紹介で日本に来たのよ」

 

 やはり、と金剛は思った。ぼかした言い方も気になる。

 

 喋り好きな割に、訊いたことに対する答えが要領を得ない。何か隠しごとがあるのだろう。それが金剛が関心を寄せることなので、そこまで踏み込んでみようという考えが思い浮かんだが、直ぐにそれを破棄した。

 

 レミリアが答えてくれないのは明白だし、今時分で彼女から不信感を買いたくはない。金剛はあまり興味が無いように装った。

 

「最初はどうなるかと思ったけど、来てみると案外悪くなかったし、私はこの国を気に入っているのよ」

 

 金剛が続けなくとも、レミリアは勝手に喋り続けている。このまま気分良く口を動かしていて貰おうと考えた。

 

 金剛にはレミリアと友好する気はなくとも、彼女という存在には興味を持っていた。彼女の生い立ち、半生、日常、この鎮守府に来るまでの経緯。それらを直接訊くのは相当な信頼関係を築かなければならないわけで、つまりそれらの情報を得るには彼女と友好を築き、心を開いて貰うしかない。

 

 話好きのレミリアならその内話してくれるだろう。後は彼女の不振を買うようなことをしなければいいだけで、だから金剛はこのまま聞き役に徹することにしたのだ。今日話して貰えなくとも、明日には、あるいは来週には、話して貰えるかもしれない。ならば、この退屈な茶会も少しは有意義に感じられるというものだ。

 

 そうは言っても、多少の合の手を挟むくらいはする。無論、この程度の不自然にならないもので。

 

「どこにお家があるのデスか?」

 

 そう尋ねると、レミリアの口が止まった。

 

 彼女はおもむろにスコーンを手に取り、クランベリージャムをスプーンですくって白いパン生地にべったりとくっつけると、小さく口を開けて齧った。それから数秒ほど、考えるように彼女は咀嚼して、それを飲み下してからようやく答えた。

 

「長野、というところよ」

 

「長野県、デスか? 松本とか軽井沢とか」

 

「うーん。あんまり詳しくないから分からないけど、山の方よ。高い山があるの」

 

 高い山なら長野県下にはたくさんある。何しろ「日本の屋根」と呼ばれている地域だ。レミリアはその実何も言っていないに等しい。

 

 隠しごとをしているのか、単に親しくない相手にはそこまで打ち明けるつもりがないのか。

 

 金剛は後者だと考えた。ならば、今ここでレミリアから情報を無理に引き出す必要はない。

 

 慎重に行こう、と思った矢先に、やはり天性の話し好きなレミリアは勝手に続きを言い出した。

 

 

「家は湖の畔にあってね、これがまたよく霧の出るところなんだけど、空気はとても澄んでいるし、霧の朝はとても涼しくて清々しい気分になれるから気に入っているのよ。人里からは離れているけど、近くに神社があって頻繁に宴会をしているから結構賑やかだったりするしね」

 

「神社で宴会、ですか?」

 

「不謹慎だと思う?」

 

「ええ、まあ……」

 

 それは西洋風に言えば、十字架の前で酒盛りするようなものだ。不謹慎どころか神罰が下りそうなものだが、レミリアはいたく楽しそうに宴会の様子を語り始めた。

 

「それもそのはず、神社には巫女が居るんだけど、そいつが不謹慎の塊みたいな奴でね。修行はしないわ、縁側で茶を飲みながら一日を潰してばかり居るわ、普段は碌に神事の一つもしないわ、とても巫女とは思えないような罰当たりなのよ。でも、宴会の開き方だけは誰にも負けないくらい上手でね。私も含め、色んな奴があいつの下に集っては騒ぐのよ。

 

春は花見に秋は月見。夏は境内で涼みながら飲んで、冬は家の中で鍋を突つきながら飲む。そりゃあ、楽しいってものじゃない? 祖国に居る時にはそんな風に誰かれ構わず飲み交わして騒ぐことはなかったから、こういう酒の飲み方もあるのかって、最初は驚いたけどね」

 

「お祭りみたいなものデスカ」

 

「そう! お祭りよね。なんのお祭りかは知らないけど。みんな騒ぎたいからお祭りになっているの」

 

 レミリアはとても愉快そうだ。

 

 その様子から金剛も、神社での宴会はさぞかし楽しいものなのだろうと思った。英国に生まれ、英国に育ち、日本にやって来た外国人である金剛は、神社の縁日というものを体験したことがない。祭りと言っても共に行くような相手は限られていたし、一人でそういう場を訪れるような性格ではないから、せいぜいが地元の街の花火大会を見上げるくらいであった。

 

 だから、レミリアの口から語られる楽しそうな宴会の風景を想像することは出来なかったけれど、実に楽しそうだという感想は抱いた。

 

 そう。ほんの少しだけ、その宴会に行ってみたいとも思う。

 

「良いデスネ」

 

 もし自分がその場に行くとしたら横にいるのは一人を除いて他に居ない。その人物の顔が思い浮かんで、しかし慌ててかき消す。

 

 あり得ない仮定だ。永遠に訪れることのない場面なのだから、想像するのも無意味だろう。

 

「どうしたの?」

 

 声を掛けられて意識を目の前に戻すと、レミリアと視線が合う。

 

「……ちょっと、想像していました」

 

 誤魔化しても見透かされる気がして、正直に答える。想像は意味があろうとなかろうと、無料である。

 

「行ってみればいいわ。想像よりもずっと楽しいから。特に大切な人と行くのが、ね」

 

 見透かされるというより、思考を読まれたと言った方が適切かもしれない。

 

 先程ふと思い浮かんだ“あり得ない仮定”を、まるで見たかのように彼女は言い当てる。

 

 その真紅の瞳に、金剛の心が映っている。

 

 

 否、それは考えすぎだろう。いくらなんでも人の心なんて読めはしない。ひょっとしたら、これは金剛としては断じて認めたくないところだが、少しだけ寂しさが顔に出ていて、レミリアは目敏くそれに気付いたからああ言ったのかもしれない。

 

「……そうですネ。ところで」

 

 

 

 もう内心が顔に出ないように、せめてもの取り繕いのため、金剛は話題を変える。

 

「提督はお酒が飲めるのデスカ?」

 

「ええ? もちろんよ。これでも肝臓に自信があるの」

 

 なんなら競ってみる? と挑発するので、素直に首を振っておいた。

 

「遠慮しておきマス。あまり強くないので」

 

「そう、残念。まあ、もし貴女が誰かと一緒に神社の宴会に来たいなら、私が話を通しておくわ。大歓迎で、潰してあげるから」

 

 ケタケタと、目の前の小さな悪魔のような提督は笑った。

 

 それに、引き攣った愛想笑いを返しながら金剛は思う。

 

 今日、一つだけ分かったことがあった。

 

 決して、自分は彼女とは仲良く出来ない。

 

 

 

 

 


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