レミリア提督   作:さいふぁ

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砂浜に立った人から見える水平線は4kmから5km先だそうです。
海面に立った艦娘の場合も同じでしょうから、彼女たちの撃ち合いというのは半径数kmの範囲で行われているんだと思います。
ちなみに、この作品では艦娘たちはでっかくなったり船を出したりはしません。人間サイズで戦っています。


レミリア提督4 Game

 

 

 

 本日快晴。波風穏やかなり。

 

 

 

 赤城は海風に吹かれて頬まで垂れてきた後ろ髪をかき上げた。足元から低く唸る主機の振動が全身を這い上がって来る。穏やかな波に身を任せるように揺られながら赤城は静止していた。

 

 今日、赤城は本当に久しぶりに海に立った。このところの激務でまったくそのチャンスがなかったのだ。最近は憂鬱と疲労に塗れてへろへろだった赤城の心も久方ぶりに高揚していた。

 

 やはり艦娘である以上、海に出られるというのは嬉しいものだ。赤城は別段戦闘狂というわけではないが、己の本分が海戦であることはよく承知しているし、だからこそいつも出撃していく仲間たちを岸壁から口惜しく見送っていた。

 

 もちろん、今日赤城が海に出たのは敵と戦うためではない。これは演習である。当鎮守府を二つに分けて戦うのである。

 

 

 発端は加賀であった。彼女が、新しい提督も来たので一回演習をして欲しいと言って来たのだ。それにレミリアや金剛が乗り、かくて本日の開催と相成ったのである。

 

 ただし、今回は鎮守府内で行われることになっているが、演習というものは本来他の鎮守府との対抗戦という形で開催されるものである。とはいえそうなると他所との都合の調整をしたり、上層部に申請を行って許可を貰わないといけなかったりと、いろいろと手続きが煩雑で時間が掛るし、何よりもそうした仕事をやるのは他ならぬ赤城である。

 

 鎮守府内での演習なら、度が過ぎなければ誰からも文句を言われることはないし、そもそもちょっと手配をするだけで実行出来てしまうから楽なのだ。その点、戦う相手がよく知る相手なので、練度を上げるにはいささか物足りないが。

 

 しかし、そもそも今日の演習というのは、「演習」と呼びはしているものの、中身はゲームのようなものである。本来の意味での演習といえば、お行儀良く隊列を組んで「索敵開始」だの「ワレ敵艦隊見ユ」だの「第一次攻撃隊発艦」だの「右舷撃ち方用意」だの、面倒な手順を踏んで格式張ったやり方でしなければならない。一応、実戦というのはそのような手順にそって行われるもの、とされているからだ。

 

 ただ、あまり決まり切ったやり方では面白味もないし肩も凝りかねない。二チームに分かれてからの、個別戦闘で各自が思い思いに動けるようなゲーム形式の方が好ましいと赤城は考えたのだ。この鎮守府に揃っている艦娘は、なまじ皆練度が高く基礎が固まっているので、訓練もどんどん応用的な内容にしていかなければならない。

 

 これで気晴らしには十分である。半分遊びのようなものなのだ。こうした演習自体も行われるのは久しぶりということで、鎮守府自体が盛り上がっていた。心なしか仲間たちの顔も明るい。

 

 彼女たちがやる気を出しているのだからやらない手はない。何よりも、赤城自身が海に出られるので大賛成なのだ。

 

 

「これより演習を始めます。各艦、準備はいいですか」

 

 逸る気持ちを抑えてインカムに声を吹き込んだ。「西、準備よし」という応答が返って来る。同時に視界の中で一筋の煙が空に上がった。相手方の、準備完了の合図だ。

 

 赤城が前を見据えると、数百メートル先に同じく波に揺られながら佇む同僚の姿が目に入った。赤城と色違いの衣装を身に纏い、身の丈より大きな和弓を持ち、彼女は静かに闘志を漲らせている。西の艦隊を率いるのは一航戦の加賀。対する赤城は東の旗艦。

 

 加賀の右側に目をやると、彼女の隣に巨大な砲塔と装甲板を威圧的に携え腕組みをする戦艦の姿がある。その名を金剛という。彼女も加賀と同じく爛々とした目でこちらを見据えている。

 

 さらに金剛の右には三人の駆逐艦が並ぶ。第七駆逐隊の曙、潮、漣である。その内、曙の背中から先程の煙の筋が立ち上がっている。煙突の形をした背部艤装から噴出させた煙幕である。

 

 彼女たちも比較的旧式の武装を背負いながら、長らく最前線で戦ってきた手練れである。三人ともこちらを真っ直ぐ射抜くように見つめていた。

 

 次いで、赤城は自身の右に並ぶ者たちに視線を移す。

 

 まず、隣に立つのは異様な数の魚雷を装備した重雷装巡洋艦。洋風のマントと眼帯を身に付けた彼女は海賊のような風体。名を、木曾という。腰に手をあて、口元に微かな笑みを浮かべ、これからの演習が楽しみで仕方がないといった具合だ。

 

 さらにその向こうには「海の忍者」と称される軽巡川内がいる。右手で首に巻いたスカーフを風で飛んでいかないように押さえ、左手で魚雷を回しながら遊んでいる。左手の所作とは対照的に、彼女は静かに西方の陣営を見ていた。

 

 川内の右には第四駆逐隊の野分と舞風。共にこの鎮守府では一番の新参だが、最新鋭駆逐艦の名に恥じぬ戦いぶりであり、赤城も信頼を置いている二人である。真面目な野分は直立不動で、お茶らけた舞風は脱力した姿勢だが、二人とも西方へ向けている目はぎらついていた。

 

 まるで、ゴーサインを待つ猟犬のようだ。

 

 自分の率いる面々を見て赤城はそんな感想を抱いた。遊びなようなものであって、遊びではない。当然、全員真剣勝負のつもりで臨んでいる。

 

 

 赤城は片手を上げて川内に合図を出す。それを視界の端で捉えた彼女は曙と同じように背部艤装から煙幕を立ち上げた。「東、準備よし」

 

 

「よろしい」

 

 インカムから楽しげな声が聞こえてきた。その発声元は、向かい合う艦娘たちからさらに数百メートルほど離れた岸壁に日傘と椅子を用意して見物を決め込んでいるこの鎮守府の新しい主人である。

 

 レミリア・スカーレット。この演習は、彼女に見せるための御前試合でもあった。

 

「では始めましょう」

 

 レミリアがゴングを鳴らす。遠くで、パァンという号砲の音が鳴った。

 

 それと、赤城が弓を構えることと、東の艦娘たちが飛び出すのはほぼ同時であった。

 

 海の上に充満していた闘気が爆発する。海水が撹拌されて中に巻き上げられる音、矢が空を切る音、コンマ数秒のラグをもってプロペラが唸る音。辺りは一気に戦場の喧騒に包まれた。

 

「各艦、予定通りに行動してください!」

 

 赤城は第二射を構えながらインカムに向って怒鳴る。

 

 同時に、木曾と川内が右へ、野分と舞風が左へ、舵を切りながら交差する。無論、全員全速力だ。ほんのわずかも気を抜くことは出来ない。そこはもう、金剛の射程圏内なのだから。

 

 海上に大きな花火が咲く。金剛の第一斉射。主砲に仰角を持たせず、ほぼ水平に撃ち込んできた。狙いは木曾と川内。赤城と彼女たちの間に巨大な水柱が何本も立ち上がった。

 

 着弾の轟音に、びりびりと空気が震える。最古参ながら改二になった金剛は、並みの戦艦なら赤子の手を捻るかのように容易く一蹴出来てしまう。それ程の火力をまともに受けたならば、普通の巡洋艦では足が竦んで何も出来ないまま一方的に嬲り倒されてお仕舞いだろう。

 

 だが、木曾と川内は違う。凡百ではないからこそ、彼女らはこの鎮守府にいるのであり、気狂いと紙一重の勇敢さを持つからこそ降り注ぐ鉄の雨の中に突っ込んでいける。二人は金剛の砲撃などかすりもしないと言わんばかりに、最大速力で戦艦との距離を詰めていく。

 

 第一斉射は遠弾だったようで、二人は無傷だ。金剛の狙いを分けるため、二人は左右に分かれた。一対二。挟撃は基本である。

 

 一旦、赤城は木曾たちから上空に目を向ける。

 

 そこでは激しい空戦が行われていた。パチパチと何かが弾けるような感覚が頭の隅で起こる。これは、自分の艦載機が撃墜された時に感じる感覚だ。

 

 落ちていく艦載機を補充するように、赤城は惜しみなく矢を放った。この無尽蔵ともいえる量の艦載機が一航戦の強みであり、全機発艦に要する時間が短いのが、一航戦が最強の空母といわれる所以の一つである。正確に射撃する必要がないので、今回の赤城は早打ちに徹していた。相対する加賀も、赤城に対抗するように次から次へと発艦させていく。言い方を変えれば、それは加賀が赤城のペースに巻き込まれているのである。少なくとも今、航空戦のイニシアチブを握っているのは赤城だ。

 

 しかしながら、戦力的に赤城たちが不利なのは明白であった。一隻しかいない戦艦は相手方に付いたし、加賀の搭載機数は赤城より上であり、空母同士の戦いでは搭載機数が物を言う。相手も同じく一航戦なのだ。

 

 無類の雷撃火力を持つ木曾を引き入れられたとはいえ、それだけで加賀と金剛のコンビに勝てるわけではない。制空権を取られて金剛が弾着観測射撃を出来るようになったらそれこそ目も当てられない惨状になる。

 

 だからこそ、赤城は奇策を取ることにした。

 

 すなわち、

 

「赤城さん。貴女まさか、艦戦しか積んでないの?」

 

 空戦は加賀隊が明らかに負けていた。お陰であちらの艦攻・艦爆が一機もこちらに到達していない。赤城の視界の中で落ちていくのは、護衛機を抑えられて無防備になった加賀の艦攻や艦爆ばかりであった。それもそのはず、赤城は烈風しか積んでいないのだから。

 

「まともに戦えば私の方が負けます。そうなれば砲爆撃で一方的に蹂躙されるのは火を見るよりも明らか。ならば、私が艦戦だけを積んで、加賀さんを完璧に抑えた方がまだ勝算があるというもの。私も攻撃に参加出来なくなりますが、制空権を確保出来るという副産物も得られますし、そうなれば川内が弾着観測を出来るようになって火力の不利を多少は埋め合わせられる。一石二鳥の作戦なのよ」

 

「それでも、金剛さんには勝てないわ……」

 

「勝負のステージに上がることは出来たわ。貴女が動けたらそれすら出来ないもの」

 

 加賀の指摘する通り、現状でなお赤城たちの勝利は厳しい。奇策は上手くいったものの、最大のポイントは木曾と川内が金剛をしのげるかである。

 

 作戦は順調だ。戦艦という最大の攻性兵器を守勢に回らせるために、赤城たちは先手先手で動いた。金剛に攻められれば負ける。彼女が攻め始める前に追い込んで落とすのだ。

 

 だが、それすらも巨人に棍棒一つで戦いを挑むような無謀とも言える作戦である。魚雷で落とせるような楽な相手ならそもそも端から赤城は眼中に入れていない。自分が艦攻で叩けばいいだけなのだ。

 

 無論、金剛はそんな生易しい相手ではない。百戦錬磨の古兵なのだ、あの戦艦は。小手先の戦術など軽く捻り潰してくれるだろう。

 

 赤城は再び目を戦艦と巡洋艦の戦場に向けた。

 

 木曾と川内は金剛の降らせる鉄の雨の中でも未だ健在だ。至近弾で多少損傷を受けてはいるものの、その高い機動力と魚雷で上手く金剛の狙いを外させ、翻弄している。

 

 だが、勝てるとは思えなかった。木曾たちは金剛の周りを動き回るだけで、彼女に与えられる決定打を持っていない。いや、確かに木曾の魚雷がそうなのだが、あれだけの機動戦の中で魚雷を当てるのはまず無理と言えるだろう。

 

 赤城の胸中に焦りが生まれる。

 

 状況は膠着状態に移行しつつあるが、自分たちに事態を動かす力がない。金剛を仕留めるためには木曾を射線に着かせなければならないが、金剛の激しい攻撃にそれは難しそうだ。というより、金剛自身が一番木曾の魚雷を警戒していて、命中弾を与えるより木曾に“撃たせない”射撃をしているようだった。

 

 加えて、舞風と野分は第七駆逐隊と数的不利な状況で戦っている。上手く動いて二人は善戦しているが、そちらはそちらで手一杯のようだ。

 

 何か手はないか。赤城は必死で頭を巡らした。その耳に、再び加賀の声が入る。

 

「なるほど。赤城さんの術中に嵌ってしまったようね」

 

 普段とあまり変わらないトーン。ぎりぎりで戦っている赤城に対し、加賀は随分と余裕そうである。いや、実際そうなのだろう。どう見ても、あちらのほうが圧倒的に有利なのだから。

 

「でもね、赤城さん。私はいつも余力を残して戦っているのよ。こういう時のために」

 

 加賀がおもむろに赤城に背を向ける。背負った矢筒が目に入った。

 

 まだ、そこには矢が入っている。

 

「まさか!?」

 

 加賀は全機発艦させていなかったのだ。まだわずかな数の艦載機を手元に残していた。そしてそれは、間違いなく艦載戦闘機ではないだろう。

 

 加賀の意図に気付いた赤城の思考が止まる。反射的に自分の矢筒に手を伸ばすが、矢を掴み取ろうとした指は空しく空を切るだけだった。もう、射ち尽くして赤城の“手持ち”はない。

 

 前半にハイペースで発艦させていたのが裏目に出た。赤城は慌てて上空の戦闘機に指令を出すが、間に合わないのは目に見えている。加賀もそれが分かっているのか、半ば自滅するように戦闘能力を喪失した赤城に完全に背中を見せて、悠然と矢を番えた。

 

 その、加賀の舐め切った態度は赤城のプライドを刺激するのに十分で、しかし赤城にはその場で地団太を踏むしかなかった。

 

「第二次攻撃隊、発進」

 

 加賀は静かに宣言した。反撃の合図であった。

 

 矢が放たれる。加賀の和弓から鋭い軌道で大空へ打ち上げられた数本の矢は上空で彗星十二型に変化すると、一度隊列を整えてから逆落としのように落ちていった。狙いは、金剛と相対する二隻の巡洋艦。

 

 そう。赤城たちには事態を打開することは難しくとも、火力的に有利な加賀たちには容易いことである。金剛を翻弄する木曾と川内の足を乱してしまえばいいだけなのだ。そうすれば、後は正確無比な金剛の艦砲射撃が二人を薙ぎ払う。

 

 作戦が崩壊した。赤城は成す術もなく木曾と川内が爆撃に晒されるのを見ているしかなかった。

 

 一瞬で摩天楼のようにそそり立った巨大な水柱に二人の姿が飲み込まれる。それが晴れた時、奇襲を受けた二人は深手を負っていた。

 

 木曾、中破。川内、大破。

 

 これで、木曾の雷撃能力が奪われてしまい、川内に至っては行動不能になった。もう、金剛を刺す鉾を放てない。一縷の望みも絶たれた。

 

 続いて、足の止まった二人に、金剛の砲塔が舌なめずりをするかのようにゆっくりと狙いを付けた。木曾が諦めず加速し始めるが、直に金剛に捉えられているのは明らかで、いくらもしない内に砲撃で吹き飛ばされるに違いなかった。

 

 ダメだ。負けだ。

 

 最早赤城たちに手は残されていなかった。そもそも、頼みの綱は木曾であり、その木曾が中破してしまってはどうにもしようがなかった。巡洋艦の二人は手負いになっても闘志を引っ込めず、必死で海面を蹴って金剛の狙いを外そうと動いている。だが、それが時間稼ぎ以上の意味を持たないのは誰の目にも明らかだった。

 

 もう、諦めた方がいい。二人が理不尽な鉄の雨に蹂躙される前に投了しよう。

 

 泣けるほど悔しかった。途中まで作戦が上手くいっていたのに、圧倒的優位な立場から加賀によってすべてをひっくり返されたのが尚のこと悔しかった。同僚に舐め切った態度を見せられたことも我慢ならない。

 

 せっかく意気込んで頑張ってくれていた四人には申し訳ない。木曾も川内も、野分も舞風もベストを尽くしてくれていたのに、そもそもの赤城の立案した作戦に決め手がなかったせいで屈辱的な黒星を付けることになる。ふがいない自分を殴りたくなった。

 

 本当ならどうにかしたいが、万策尽きてしまった。将棋で言えば詰み。チェスで言えばチェックメイト。もう出来ることと言えば負け惜しみを吐くくらいだが、それは赤城のプライドが許さない。

 

 潔く負けを認めるのだ。このまま往生際悪くあがいても、完膚なきまでにボロボロにされて惨めな気分になるだけだ。

 

 観念した赤城は加賀にその意を伝えようと口を開いた。

 

 その時だった。

 

 

 

「赤城。赤城」

 

 と、呼ぶ声がする。

 

「はい。提督」

 

 加賀と会話していた周波数とは違う無線から絶妙なタイミングで挟み込まれた呼び掛け。赤城は反射的に返事をした。相手は言うまでもなく、それまで見物していた鎮守府の主である。

 

「ほら、チャンスよ」

 

 レミリアは言う。その言葉に、赤城は考えるより先に飛びついた。

 

「チャンス? ですか?」

 

「そうよ。加賀が無防備じゃない」

 

 レミリアの指摘の通り、加賀は今艦載機を射出し尽くして実質丸腰である。しかも、油断しきってこちらに完全に背中を見せている状態。

 

 だが、それは赤城も同じであった。そもそも、赤城は艦戦しか積んで来ていないので加賀を攻撃することは叶わない。

 

「ですが、攻撃する手段がありません」

 

「駆逐艦が居るじゃない」

 

 赤城の反論に、レミリアは頓珍漢な言葉を返す。何を言っているのか。こちらの駆逐艦は二人とも手一杯なのだ。加賀を攻撃する余裕なんてあるわけがない。

 

「舞風も野分も手が離せませんよ」

 

「ああ、鈍いわねえ。戦闘機って言ったって、ちょっとは攻撃出来るでしょう? ほら、機銃で撃ったり」

 

「あ……」

 

 レミリアの言わんとしていることが分かった。

 

 なるほど、それならば勝算があるかもしれない。赤城は直ちに上空の戦闘機に指令を出す。

 

 加賀隊との空戦は未だ続いているが、赤城隊の艦戦に何機か敵を撃墜して手持無沙汰になった者たちがいる。新しい敵機を探してうろうろしていた烈風に母艦から攻撃の指示が飛んで来た。

 

 狙いは第七駆逐隊。

 

 ひらり、ひらりと数機が翼を返し、真っ逆様に海戦に夢中の駆逐隊に向かっていく。

 

 突然上空から機銃掃射を受けた第七駆逐隊の隊列が乱れる。ここぞとばかりに舞風が追い打ちの砲撃を撃ち込んだ。

 

 第七駆逐隊の三人は散り散りになり、慌てて個別に対空戦闘を開始した。彼女たちの意識は完全に上空の戦闘機に向き、野分と舞風から目が離れたようだ。

 

上手くいった。

 

「野分!!」

 

 赤城は二人の駆逐艦の内、冷静で射撃の腕が立つ方の名前を呼ぶ。

 

「加賀さんを雷撃して。今なら刺せるわ!」

 

「了解!」

 

 赤城の意図を悟った野分が反転する。

 

 戦闘中でも冷静さを失わない彼女は、周りをよく観察しながら戦うことが出来た。その能力は赤城も重宝しているもので、今回も加賀が無防備になっているのは見えていたことだろう。だから、野分の反応は早かった。

 

 白波を切って、野分は舞風から離れて行く。背を向けている相手方の旗艦に野分の焦点が合わせられる。射線を計算し、彼女は慎重に魚雷を構えた。

 

 絶望的に不利な状況の中、赤城たちに唯一残された一発逆転の手段。チャンスは一度のみ。旗艦を大破に追い込めば勝ちだ。狙うは加賀の撃破しかなかった。

 

「舞風は煙幕を! 烈風で援護するわ」

 

「了解でっす!」

 

 二人の駆逐艦の内、残った方が主砲から数発の煙幕弾を射出する。対峙する綾波型の第七駆逐隊の面々とは違い、陽炎型の舞風や野分は背部艤装に煙幕噴出装置を持たない。そこで彼女たちに与えられたのが煙幕弾。実弾の装弾数を犠牲にして、代わりに駆逐艦の足を生かす煙幕弾を装備することで、任意の場所に煙幕を展開して敵の視界を遮ることが出来るようになっている。

 

 煙幕弾は首尾良く七駆の頭上で破裂し、濃厚な煙が三人を覆い尽くす。

 

 さらに、舞風は前に飛び出した。視界の端に、射線に着く同僚の姿を映しながら、相手の注意がそちらに向かわないように矢鱈滅多らに打ちまくりながら突撃する。砲弾は煙幕を突き破り水柱を立てる。これで七駆の三人は間違いなく舞風に目を向けるはずだ。“この隙を野分が狙っているだろう”という予測までして勝手に守りに入ってくれたならなお好都合だ。

 

 赤城もさらに烈風に追撃を命じる。絶対に第七駆逐隊の目を野分に向けてはならない。例え妨害はされなくとも、加賀に通信を入れられたら目論見は破綻する。回避されるのはもちろん、防御姿勢を取られるだけでもダメだ。頑丈な正規空母を駆逐艦の魚雷で撃破するには完全なる奇襲が成立しなければならないのだから。

 

 

 野分が雷撃する。背部艤装から延ばされたアームの先に装着されている四連装魚雷管が下を向き、四発の槍が海に飛び込んだ。

 

 同時に、海上の空気が震え、轟音と共に木曾が水の壁に飲み込まれたのが見えた。ついに、金剛の砲撃が木曾を捉え、それを見た加賀は勝利を確信しただろう。油断した彼女が背後から近付く魚雷に気付いた様子はない。

 

 

 そう。だから、この一撃は当たるのだ!

 

「慢心したわね。加賀さん」

 

 放たれた槍は真っ直ぐに青い空母の背中に突き刺さった。巨大な水柱が加賀を飲み込む。

 

 

 

「ハートブレイク!」

 

 

 楽しげな少女の声が終了のゴングだった。

 

 

 


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