エーテルちゃんはひとりぼっち   作:菓子ノ靴

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chapter 1 - 6 当然のことさ

階段を下りきった踊り場にある木製の大扉には、鍵がかけられていた。

 

その鍵は入手済みだ。

 

鍵が鍵穴に拒絶されることなく刺さって、抵抗なく回ると、ほっと胸を撫でおろした。

一呼吸の間をおいてから扉を押し開ける。

 

この部屋の正体を、エーテルは知っている。

 

一年前。

城の中庭で、薬草からポーションを精製する方法を学んでいたとき、家庭教師に気づかれないよう、さりげなく別の魔法を使って、父の書斎を盗聴した。同じ悪戯(いたずら)を過去再三に渡って実行しているが――発覚して懲罰房行きなったことも数回――ほぼすべて不発に終わっていた。メイドの愚痴だったり、誰もいない場所を盗聴してしまったり、義母の繰り言だったり。強いて実りある情報と言えば、メイド全員から嫌われているということが分かったくらいか。

しかし、あの時は違った。

 

「あいつには気づかれるな…」「絶対にあいつを入れてはならないぞ…」「東棟の一階廊下…」「地下室の書物庫…」「これが他の公爵どもに知られたら私は破滅だ…」

 

話し相手が誰かまでは分からなかった。

 

だがエーテルの心には火が付いた。

 

何度も出てきた「あいつ」というのは、多分エーテルのことだろう。

あの不敵な男が、何かをひた隠しにしている。その秘密から自分を遠ざけようとしている。

それを「知りたい」と思うのは当然のことだ。

 

オーブの蒼い光が、庫内をほのかに照らした。肌寒さは書物庫というよりワイン庫のそれだ。そして想像以上に奥行きがあり、大きな机がいくつも置かれている。かつては図書室として解放されていたのだろうか。天井まで届かんばかりの本棚が平行に並んでいて、両側に通路が出来ている。どの棚にもぎっしりと書物が詰め込まれており、目ぼしいものを探し当てるのには苦労しそうだ。

 

ライトを各棚にかざしていき、流れ作業で背表紙をチェックしていく。大抵こういうのは種別ごとに棚を分けるものだ。そう当たりを付けて、気になる情報をひたすらに探す。

 

時間は無限ではないが、余裕はある。

 

エーテルは、自分が逃げ出したことが表沙汰にならないなど、虫の良いことは考えていない。エーテルの脱走を知った使用人たちが、じきに屋敷中を右往左往しだすだろうと、初めから承知している。ただ、彼らが頼みの綱にしているあの魔法道具(マジック・アイテム)は、今回ばかりはガラクタだ。エーテルの残留マナはどこにもない。まさか、よりにもよって、こんな地下室に潜んでいるとは思うまいし、そもそも、この書物庫の存在を使用人が知っているのかも微妙だ。そしてなにより、警戒すべき護衛の女はいない。アトリエの件がばれても、地下室の件がばれなければ問題ないのだ。懲罰房行きは確定しているが、なにも殺されはしないだろう。

 

間もなくして閲覧禁止の書物がまとめられている棚を見つけた。

 

エーテルの目に留まったのはほとんどが家伝の書だった。

 

秘薬のレシピ。

一子相伝の魔書。

ユスティヘル家史書。

大魔導士叙事詩の考察。

 

――重ねて持つと、これだけでも相当な重みだ。

 

手首の筋が悲鳴を上げている。そのまま抱えて机に置いた。どさりと音を立てて本が机に着地し、かなりの量の埃がオーブの光を乱反射させる。

 

「馬鹿だな、私。これくらい予想できたのに……。掃除道具、持ってくればよかった……」

 

本の上にも、棚の上にも――床も、椅子も、机も――どこもかしこも灰色の雪が積もっている。呼吸器官を痛めてしまいそうだ。

 

ハンカチでせめて座面の埃を(ぬぐ)うと、エーテルは椅子に浅くかけた。

ペンダントのオーブを首から()げて、最も興味をそそられた一冊の本を持ち上げる。

 

公爵家、家伝の史書たるユスティヘル一族史書だ。

小口についた埃を(はた)き落とす。

 

高揚感に包まれながら、その表紙をめくる……。




次回へつづく( ˙ө˙)

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