階段を下りきった踊り場にある木製の大扉には、鍵がかけられていた。
その鍵は入手済みだ。
鍵が鍵穴に拒絶されることなく刺さって、抵抗なく回ると、ほっと胸を撫でおろした。
一呼吸の間をおいてから扉を押し開ける。
この部屋の正体を、エーテルは知っている。
一年前。
城の中庭で、薬草からポーションを精製する方法を学んでいたとき、家庭教師に気づかれないよう、さりげなく別の魔法を使って、父の書斎を盗聴した。同じ
しかし、あの時は違った。
「あいつには気づかれるな…」「絶対にあいつを入れてはならないぞ…」「東棟の一階廊下…」「地下室の書物庫…」「これが他の公爵どもに知られたら私は破滅だ…」
話し相手が誰かまでは分からなかった。
だがエーテルの心には火が付いた。
何度も出てきた「あいつ」というのは、多分エーテルのことだろう。
あの不敵な男が、何かをひた隠しにしている。その秘密から自分を遠ざけようとしている。
それを「知りたい」と思うのは当然のことだ。
オーブの蒼い光が、庫内をほのかに照らした。肌寒さは書物庫というよりワイン庫のそれだ。そして想像以上に奥行きがあり、大きな机がいくつも置かれている。かつては図書室として解放されていたのだろうか。天井まで届かんばかりの本棚が平行に並んでいて、両側に通路が出来ている。どの棚にもぎっしりと書物が詰め込まれており、目ぼしいものを探し当てるのには苦労しそうだ。
ライトを各棚にかざしていき、流れ作業で背表紙をチェックしていく。大抵こういうのは種別ごとに棚を分けるものだ。そう当たりを付けて、気になる情報をひたすらに探す。
時間は無限ではないが、余裕はある。
エーテルは、自分が逃げ出したことが表沙汰にならないなど、虫の良いことは考えていない。エーテルの脱走を知った使用人たちが、じきに屋敷中を右往左往しだすだろうと、初めから承知している。ただ、彼らが頼みの綱にしているあの
間もなくして閲覧禁止の書物がまとめられている棚を見つけた。
エーテルの目に留まったのはほとんどが家伝の書だった。
秘薬のレシピ。
一子相伝の魔書。
ユスティヘル家史書。
大魔導士叙事詩の考察。
――重ねて持つと、これだけでも相当な重みだ。
手首の筋が悲鳴を上げている。そのまま抱えて机に置いた。どさりと音を立てて本が机に着地し、かなりの量の埃がオーブの光を乱反射させる。
「馬鹿だな、私。これくらい予想できたのに……。掃除道具、持ってくればよかった……」
本の上にも、棚の上にも――床も、椅子も、机も――どこもかしこも灰色の雪が積もっている。呼吸器官を痛めてしまいそうだ。
ハンカチでせめて座面の埃を
ペンダントのオーブを首から
公爵家、家伝の史書たるユスティヘル一族史書だ。
小口についた埃を
高揚感に包まれながら、その表紙をめくる……。
次回へつづく( ˙ө˙)