壁の板を剥がして中庭に出た。
植込みの死角を上手く使うことで、鬼門になると警戒していた庭師の目もなんとか欺けた。手近な窓から一階の回廊に侵入し、メイドたちと出くわさないよう、物音に耳を澄ませながら進んでいく。ここまで来れば作戦の成功は目前だ。今さら魔法を使うわけにはいかない。例の憎き
目的の場所に辿り着くまで、魔法は使えない。
東棟の、現在は使われていない廊下に入ると、空気が一変して埃っぽくなった。清掃はここまで行き届いていないらしい。今のエーテルにとっては好都合だ。
廊下に面する扉を虱潰しに開けていく。いずれも、簡素なベッドと、木の箱があるだけの、鬱陶しい部屋だ。おそらく噂に聞いていた、昔いたという使用人たちの住居だろう。
――今から十一年前。ユスティヘル家先代当主と、その夫人が、行楽に出かけた先で魔物に襲われるという事故があったらしい。連れていた使用人も大勢死んだ。
その時に亡くなった先代当主夫妻が、
現当主は、先代当主の弟――エーテルの叔父に当たる人物だ。
(うぎゃっ、蜘蛛の巣……)
なにはともあれ、綺麗好きなエーテルにここはいささか厳しい環境であった。
それよりも――と、エーテルは考える。
(……やりすぎた)
泣かすつもりはなかった。
名前も知らないけど、小動物みたいな愛くるしい容姿をしていたあのメイド……自分の絵に興味を示してくれていた。どちらかと言えば好印象なメイドだった。
(謝ったら仲直りできるかなぁ……?)
そうしたら、友達になってくれるだろうか――エーテルは考える。最近読んだ本のなかに、貴族の娘と、庶民の娘の、友情を描いた物語があった。ある日、偶然出会った少女らは、すぐに打ち解ける。しかし身分の違いから親の反対に遭い、次第に引き離されていく。そのうちすれ違いになって、喧嘩してしまうのだけど、お互いの思いの丈をぶつけ合った後はより硬い友情で結ばれる。オチは、家出して、遠出――少女らは旅と呼んでいた――するというなんとも有耶無耶なもので、あまり好みではなかったが。
喧嘩 → 仲直り → 仲良し
あの本の語るところによれば、これこそが友達作りの黄金式だ。
この計画の次にすることを、エーテルは心に決める。――友情大作戦である。
それにしても、アトリエからの脱出は、監視の目を振り切らなければならない最難関だった。それが拍子抜けするほどスムーズに達成されてしまった。
無論、運任せというわけではない。アトリエに付き添うのをメイドたちは極端に嫌っており、新入りに押しつける傾向が強かった。そして新人りであれば言いくるめられる可能性は高い。さっきのやりとりにしても、父に言いつけてクビにするなどと脅したが、長く務めた者ならばエーテルにそんな権限がないことくらい看破しただろう。
ただ、これらは希望的観測に過ぎない。
問題なく事を運べたのは、やはり幸運と言うべきだ。
心にわだかまった罪悪感も払拭されたところで、エーテルは目先の作業に集中した。窮屈な廊下だが、扉の数は両手の指で数えられない。さらには立て付けが悪く、開けるのに苦労する扉が少なからずある。これもやはり骨の折れる作業だ。使用人の出入りがないことが救いとはいえ、迅速に済ませてしまうべきだろう。考え事をしている暇などないのだ。
そして、地下へと下りる階段を、目の当たりにした。
口内の唾液を飲み込む――。
真っ暗――。
ここから先は手明かりなしでは進めない。もちろん持参しているが……。
ドレスの胸もとからペンダントを取り出すと、先端のブルーオーブが光を放ち、闇を払う。
エーテルが喉を鳴らしたのは――単に暗がりが怖かったからだ。
ペンダントを前に突き出して、極力視界を広くしながら進む。一段一段を両足で踏みながら、下りていく。
階段はらせん状に続いていて、先を見通せないのがまた恐怖を煽る。下に行けば行くほど肌寒さが増していき、それに伴い鼓動も早くなった。壁には燭台が付いているが、蝋燭がない。さっきよりも一層闇が深くなっている気がする。
(ど、どこまで下りるの……)
分からない。地の果てまで下りていくのかもしれないし、歩くのが
安心してください、
「友情大作戦」しませんよ! (`・ω・´)